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7.ぼっち令嬢のお泊り計画(1)

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 私は宮廷への出仕をあっさり諦めることはできず、それまでとは比べ物にならないくらい自分磨きに精を出した。今の私では上級侍女として宮廷に上がるのにふさわしくない。ということは、上級侍女にふさわしい人間になれば両親も反対せず推薦してくれるだろうと思ったのだ。

 私は教養を身につけようとこれまで以上にたくさんの本を読み、立ち居振る舞いに気をつけ、苦手なダンスも毎日一人でこっそり練習した。だが、挫けそうになったことは正直何度もあった。

 どれだけ頑張ったつもりでも、姉の圧倒的な記憶力の前では私が必死に蓄えた知識など雀の涙程度だったし、指が折れそうになるくらいピアノやバイオリンを練習してやっと私が弾けるようになった曲でもエレノアは初見でさらりと弾いてしまう。努力って何だろう?とか、私が頑張る意味ってあるのかな?とか、そんな風に思うことがたくさんあった。

 (もう十分やったんじゃないかな~)

 頑張るのに疲れて、何度そう思ったか分からない。いっそ全部やめて、結婚もせず一生この家で親の脛をかじって生きていくのも悪くないんじゃなかろうか。周りからの陰口や嘲笑には慣れてきてしまっていたし、開き直って堂々と好き勝手生きても良いんじゃなかろうか。

 そう思っては私はこっそり屋敷を抜け出し、あてもなくぶらぶら歩いた。そしてぐみの実やベリー、すももなんかをもいで食べたり、川につるつるした石を投げ入れたり、なだらかな斜面をころころ転がり落ちたりして遊んだ。非常に子どもっぽいが、そうやって思いっきり童心に帰って過ごすと私は少し元気になれた。この気晴らしはドレスを汚して嫌味を言われたり叱られたりするまでがセットだったが、それでもやめられなかった。

 だいたい半年に一度ほどだろうか、宮廷の侍女になりたいから推薦状を書いてくれと両親にせがんだものだ。そしてその度に断られてきた。十七歳で自分が転生者であると分かってからは、少しずつ戻ってきた前世の記憶を生かせないかと思って試みもした。しかし、これもやはり失敗であった。失敗しかしていないレベルである。こんな転生者はいかがなものだろうか。だが実際問題難しいのだ。この世界と前に私がいた世界は似ているところもあるとはいえ、文化も社会も暮らしている人々も違う。私が前で世得たものはどれも大したものではないし、それになかなか応用がきかないのだ。前世持ちというのは私の唯一の強みとなり得るステータスであるだけに、上手に生かせないのがとても歯痒かった。

 しかし私は何だかんだで励み続けた。教育環境については恵まれていた。父は家庭教師を住み込みで雇う他に、必要に応じて何人もの先生を呼んで子どもたちに必要な教育を受けさせた。母も娘たちには教養のあるレディに育ってほしいと思っており、一般科目やマナー、基礎的な芸術科目を修めた後には自分の学びたい専門的な勉強もさせてくれた。

 ただ私には姉のような一を聞いて十を知る明晰さも無ければ妹のような芸術的センスも無かったため、これ以上勉強を続けるのは無駄だろうと18歳になる直前に両親から言われた。要は教育の打ち切りを告げられたのだ。しかし私は頭を下げて頼み込み、19歳になるまでは勉強を続けさせてもらうことになった。今まで他にほとんどわがままを言ったことがないという実績が効いたのか、両親は少し苦い顔をしながらも承諾してくれた。何とかうまくいった、と私は胸を撫で下ろした。必死で頼まずにはいられなかったのは、私がまだ出仕を諦め切れていない何よりの証拠だった。

 (あと一年だけ、頑張ってみよう)

 私はそう心に決めた。

 その翌日はちょうどエルネストおじさまの訪問日だった。久しぶりにおじさまのひとり息子であるテオドールも一緒だったので、私は特に嬉しかった。この再従兄弟はとこが来てくれるだけで、斜面100転がり以上の気晴らしになるのだ。

 おじさまは到着早々仕事のことで父と話をしに行ったので、私はテオドールと釣りに出かけることにした。当然「伯爵家の令嬢が魚釣りに興じるなんてみっともない」と言われてはいるが、私は子どもの頃からおじさまやテオドールとしょっちゅう釣りに出掛けてきたので周囲は呆れながらも半分諦めている。

 今回、私には大いなる計画があった。明日、エルネストおじさまとテオドールが自分たちの屋敷に帰るときに同行し、泊まらせていただくつもりなのだ。おじさまの許可はすでに取ってあり、おじさまの口添えのおかげで両親を説得することにも何とか成功した。あとはテオドールに聞くだけだ。

 ここまで根回ししておいてなんだが、もし彼がほんのちょっとでも嫌そうな様子を見せたらこの計画はその時点で中止しようと私は決めていた。私にはぜひ達成させたい目的があるためこのお泊まり会を計画したのだが、それについてテオドールがどう思うかは全く予想がつかない。どうしようドキドキしてきた。しかし、やらねばならない。長いこと温めてきた渾身の計画を無駄にしないためにも、失敗は許されない。私は帽子を目深にかぶり、釣り竿を肩に担ぎながら気持ちを引き締めた。
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