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第三章 かわいそうなちいたん

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 ちいたんは暗い中をあてもなくさまよった。時折野蛮で知能の低い野生動物どもが鳴き声や物音を立て、ちいたんを驚かせた。ビクビクしながら田んぼの畦道を進んで行くと、人間が住む家があった。ちいたんの住んでいた家とはずいぶん違った見た目だったが、賢いちいたんにはちゃんと民家だと分かった。

 「ワイ!」

 ちいたんは喜んでトトトと駆け出した。人間がいるなら必ず助けてもらえるはずだと思ったからだ。あたりはようやく白み始めていた。ちいたんは庭を横切り、縁側によじ登った。そしてガラス戸をトントンと叩いた。人間たちがこうすることをちいたんは知っていた。

 トントン、トントン
 トントン、トントン

 何度も何度も叩いているのに、誰も出て来ない。ちいたんのちっちゃな柔らかいお手々が痛み始めてしまった頃、ようやくガラス戸が開いた。  

 「んん~?一体誰やぁ、こんな時間にぃ?」

 出てきたのはかなり高齢の男性だった。この人は近所から三宅のおじいちゃんと呼ばれている人で、畑仕事をしたり本を読んだりしてのんびり余生を楽しんでいる。

 「フ!フ!」

 ちいたんはトストスと足踏みをして、ここにいるよとアピールをした。

 「あぁ?」

 三宅の爺さんは視線を落とし、ついにちいたんを見た。ちいたんは自分が困っていることが伝わりやすいようにしっかりとまゆ毛を下げ、ウルウルした目に涙を溜めて悲しそうに訴えた。

 「あ~ん…あ~ん…ウウッ…」

 これだけで十分すぎるほど伝わるはずだ。大変な目に遭ったばかりのかわいそうなちいたんに、爺さんは深く同情するだろう。ちいたんを優しく抱き上げて、温かい風呂で丁寧に洗い、ホカホカごはんとあまあまお菓子を惜しみなく食べさせてくれるだろう。ちいたんにはそれが分かっていたので、心の中はニコニコであった。だが爺さんは顔を強ばらせ、体をわななかせた。

 「!!こっ…こいつ…」

 そう言うと、爺さんはたまたま近くにあった孫の手を素早く取り、ちいたんに向かって真っ直ぐに振り降ろした。

 「ンギャアッッ!!!」

 まさか人間が自分を攻撃するはずがない、そう心から信じていたちいたんはとっさに避けることもできず攻撃をまともに食らった。爺さんは体を丸めたちいたんを強かに打ち据えまくった。

 「この!薄汚い!ドブネズミ!!のうのうと!肥えよって!!叩き!殺して!くれるわ!!」

 三宅の爺さんはモグラとネズミと猪が大嫌いだった。大切な作物を台無しにされたことがあるからだ。しかも爺さんは寝ているところを起こされて大層機嫌が悪かった。目が悪いので泥まみれのちいたんを茶色のドブネズミだと勘違いしていたが、その割に打撃はとても正確だった。

 ちいたんは這々の体で何とかかんとか逃げ出した。爺さんは追ってこようとしたが、突っかけサンダルを履こうとモタモタしているうちにちいたんを見失った。

 「ヒッ…ヒィイ……ウウゥッ……」

 倒れそうになりながら三宅邸の隣の敷地にヨタヨタと侵入し、花壇の花に隠れてへたり込む。

 ちい族の打たれ強さに加え分厚い脂肪に守られていることが幸いして、打撲だけで済んだ。それでもちいたんは顔をグシャグシャに歪めて長いこと号泣していた。

 こんな仕打ちを受けたことが信じられなかったのだろう。人間は皆ちいたんの可愛さに夢中になり、ちやほやと甘やかすものだと無意識に信じていたからだ。信頼を裏切られ、ちいたんは悲しみに打ちひしがれていた。まさか敵意むき出しで、あんな勢いで殴られるなんて。ここはなんて恐ろしい場所なんだとちいたんは心底怯えていた。

 異世界に来てしまったなどいうことはちいたんには分からない。ただ、何かの間違いでとんでもなく惨たらしい環境に自分が置かれていることはいやというほど思い知らされた。
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