転ちい!異世界から転移してきたラブリーちいたんの不遇で理不尽な日々

麦畑ムギ

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第二章 異世界に飛ばされて

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 「病気はなさそうですよ。ただお腹に寄生虫がいたから薬飲ませときました。下痢や軟便がでないか、おうちでも様子見ておいてくださいね」

 獣医の山本先生はキビキビとそう言った。三十代前半ぐらいの女医さんで、黒髪のショートヘアが似合うクールな美貌の持ち主だ。こういう人を才色兼備というのだろう。

 変な生き物を捕まえてから6日後、私は大脇さんに紹介してもらった動物病院を訪れていた。昨日初めて受診し、謎生物は検査のためにそのままお泊りした。そして今日、私は指定された時間に再びやって来た。結果を聞き、この生物を連れ帰るためだ。

 連れて帰りたくはなかった。一週間近く経っても、私にはこの生物に対して全く情が湧かなかった。なんせ可愛げがないのだ。ここまで可愛くない生き物がこの世にいるのかと驚愕するレベルだった。ここ数日の出来事について、誰かに詳しく聞いてもらいたい。だがさすがにここで先生に愚痴るわけにはいかない。

 「はい、分かりました」

 「あとこの子、ネズミの仲間ですね」

 山本先生はさらりとそう言った。
 
 「ネズミなんですか!?こんなにブクブク太ったネズミいます!?」

 私は思わずそう言った。山本先生は小さく吹き出した。笑った顔はますますチャーミングであった。

 「確かに肥満ですね。私も、パッと見じゃとても判断できなかったと思います。でも調べてみたらキヌゲネズミ…要はハムスターに近いらしいことが分かりました。体長は25㎝で、ヨーロッパハムスターと同じぐらいですね。ただ、はっきり言ってこの子は奇形です。手足が短すぎるし、頭も異常に大きい。そのせいで余計丸っこい体つきになっています」

 正体が判明して、何だか少しほっとした。珍妙な見た目も、奇形だからだと言われれば納得がいく。 

 「道理で…バランスが絶対におかしいと思っていました」

 先生は頷いた。

 「ここまで奇形が見た目に出ていると、普通は長く生きられないことが多いんです。ですが歯の状態を見ると、この子は一歳は過ぎている立派な大人です。それにしては、雄か雌かも現時点では判断できないですけどね」

 「そうなんですか?」

 「ええ。その点も様子を見たいので、定期的に来ていただきたいです。血液検査の結果は正常でしたよ。体が重くて負担がかかっていそうだから、ダイエットは必要ですけど。えーっと…一週間から二週間後に、また診せに来ることはできますか?」

 「うーん…分かりました。まだうちに置いていたら、見せに来ます」

 正直、病院代が痛い。今日の会計も、おそらく1~2万円はするだろう。通院が続くとなると、失業保険を受給しながら職探しをしている身にとってはかなり辛い金額になる。ケンさんは自分が出すと言ってくれたけれど、それはお断りした。夏に行く予定の新婚旅行費を全額払うと言ってくれているのに、予定外の出費まで背負わせたくなかった。

 「…飼い主さんが早く見つかるといいですね」

 先生は優しくそう言ってくれた。負担になっていることを察してくれたのだろうか。

 「ありがとうございます。…もし見つからなかったら、私が引き取ってくれる人を探すべきでしょうか?」

 「その方がいいと思います。保健所に連れて行くと、確実に殺処分されてしまうでしょうから。ネットや地域の情報紙に里親募集の情報を載せてみたら、反応があるかもしれませんよ」

 「反応ありますかね、あれに…」

 同じネズミの仲間でも、ハムスターぐらいの手乗りサイズだったらだったら飼いたいという人はいそうだ。逆にあのサイズでも、穏やかで人懐っこければ飼い主も見つかるかもしれない。たとえ雌雄の分からない奇形ネズミであっても。だが、数日様子を見ていて分かった。あのネズミをペットとして飼いたいと思う人は多分いないと思う。それについては先生も概ね私と同じ意見のようだった。 

 「うーん、まあ…可能性はゼロじゃないですから。そうそう、いいご報告もありますよ。ペレットは全く食べませんでしたが、ハムスター用のゼリーは食べました。少しずつ食べられるものが増えていけば、飼いやすくなると思います」

 「そうなんですか、良かったです」

 いやペレットを食べろよと私は内心思った。良く知らないが、ハムスター用のゼリーなんて当然おやつや栄養補助食品的な位置づけだろう。それだけを食べるってなんだ。あのネズミの好みに合わせていたら、短期間でもかなりの出費になってしまう。しかし、山本先生の手前今すぐ保健所に連れて行くにはわけにはいかない流れになってしまった。

 私は途方に暮れた。宗教団体みたいな某会社をどうにか辞めてやっとのんびりできるようになった矢先、とんだ厄介者を背負い込んでしまった。
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