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5歳 人喰い狼と、親子
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「パステール、いってきます!」
「ああ。気をつけるのだぞ」
銀花の街へ通うようになって、もう一年が過ぎた。
今やすっかり街の子供達に溶け込んだローザは、街へ行くのを何よりの楽しみにしている。
中でも、キースとは親友といっても過言ではないほど仲良くなったらしい。
ローザが公園へ来たことを真っ先に気づくのはいつもキースだった。
何度か言葉を交わしたが、キースは賢い子どもだった。
植物に関する知識が豊富で、ローザの「あの花はなに?」「どんな味がするの?」といった問いかけにもすぐに答えられるのだ。
なんでも、病で亡くなった父親が植物学者だったらしい。
いつも持ち歩いている図鑑は、父の遺作なのだと言っていた。
将来は父親のような植物学者になるのだと言っていたが、キースならきっとその夢を叶えられる筈だ。
ローザもいつか、キースのように夢を抱く時が来るのだろうか。
その日が楽しみだ。
そんなふうに思いを巡らせていると、不意に欠伸が出た。
特に寝不足というわけでも無いのだが、木漏れ日のほどよい温もりに眠気を誘われたのだろう。
「あら、寝不足?」
欠伸をした私に気がついたのか、サラがふわりと宙を漂った。
いや、と首を横に振って目をしばたたかせる
「寝不足ではないのだが……」
「ああ、もう春だものね。
ローザは見ておくから、あんたは寝なさい。
家に帰る途中で寝られたら困るもの」
「すまないな」
サラの勧め通り、夕方になるまで一眠りすることにした。
身体を丸めて、目を閉じる。
途端、睡魔が襲ってきた。
その日は、久々に夢を見た。
ただの夢ではない。マギアスがまだ生きていた頃の夢だ。
彼が死んでからしばらくの間は毎日のように見ていたが、時が経つごとに夢を見ることが少なくなり……最近では年に一度くらいしか見ないようになっていた。
夢に出てきたマギアスは、目も鼻もない真っ黒な顔をしていた。
初めの頃は鮮明だった記憶が薄れるにつれて、夢に出てくるマギアスの顔も黒く塗りつぶされていくようになったのだ。
それが分かった当初は悲しんだ。
何故あれほど大切な相手を忘れるのかと、彼に抱いていた恩義や思いはその程度だったのかと。
だが、サラは「私だって、もうマギアスの顔も声も殆ど思い出せないわよ」とこともなげにいった。
それでよいのか。悲しくはないのか。
そう問いかけたときに返された言葉は、今でも覚えている。
『忘れるってことは、それだけ悲しみを昇華できてるってことでしょう。
マギアスが、自分のことを思い出してぐずぐずうじうじしてる私たちを見て喜ぶような奴だと思う?
思い出だけ覚えておけばいいのよ。どうせ、寿命が尽きれば向こうで会えるんだから』
それで、私はマギアスの顔や声を思い出せなくなったことを悲しまないようになった。
夢でマギアスの影を見ても、穏やかな気持ちでいられるようになった。
その顔が、声が思いだせずとも彼がどんな人間だったかはよく覚えている。
それで十分だ。
「パステール、おいで。ご飯だよ」
その声―――夢の中では違和感なく受けいれられているこの声も、目が覚めると途端にどんなものだったか忘れてしまうのだ―――に顔を上げた私は、まだ子犬ほどの大きさだった。
首輪はついていたから、きっとまだ使い魔になったばかりなのだろう。
用意してくれた食事を夢中になって平らげる私の耳に、マギアスの笑い交じりの声が届いた。
「たくさんお食べ。大きくなるんだよ」
その声や頭を撫でる暖かな手には、深い愛情が籠もっていた。
マギアスは決して、私と血が繋がっているわけではない。それでも彼は実の親のように私を愛し、教え、導いてくれた。
優しいだけではなかった。時には叱られたこともある。ただ、彼は私を見捨てなかった。
私は、ローザに同じことを出来ているだろうか。
確かに私はローザを可愛がっているが、マギアスのようにきちんと愛情を注げているだろうか。
彼女が幸せになれるよう、導けているだろうか。
いくら考えても、その答えは出なかった。
その時「起きなさい」という声と共に鼻先が温められた。
湿った鼻先を温められる違和感に目を開けると、赤い光が視界に入る。
「そろそろ帰るわよ」
「ああ、そうか……」
「どうしたのよ。元気ないわね」
それに答えようとしたとき、ローザがこちらに駆け寄ってくるのが見えた。
後ろにはキースもいる。
「パステール、サラ!」
「おかえり。今日も楽しかった?」
「うん」
サラの問いかけに短く頷いた後、ローザがキースに向き直った。
「キース、またね」
「うん、またね。ローザ……あ」
いつものように手を振り合って別れようとしたとき、キースが目を見張った。
視線を追えば、公園の入口にウィオラの花を思わせる淡い紫のドレスを着た女性が立っている。
髪の色は茶色だが、その瞳はキースと同じく紫色をしていた。
「母さん」
キースが弾んだ声でそう言った。
どうやら、二人は親子らしい。
女性は私とサラを見て少し驚いた顔をしたが、すぐに柔和な笑みを浮かべて「はじめまして」と礼をした。
「キースの母の、シャーロットと申します」
「私はサラ。こっちはパステール。
両方とも、ローザの保護者よ。
ローザ、挨拶は?」
「こんにちは……」
自分よりもずっと年上の人間と話をするのは、ローザにはまだ難しかったらしい。
私の腹の毛をぎゅっと握り、普段よりも少し小さな声で挨拶をしていた。
シャーロットがにこりと微笑んで、ローザの前で膝を折る。
「こんにちは、ローザ。
キースから、いつもおはなしを聞いているわ。
おひめさまみたいにかわいい女の子だって」
「母さん!」
シャーロットの言葉に思うところがあったのか、キースが頬を真っ赤に染めてその袖をひいた。
くすくすと笑ったシャーロットが、言葉を続ける。
「キースと仲良くしてくれて、ありがとう。
これからも、よろしくね」
「……うん」
小さく返事をしたローザに優しげな視線を投げかけて、シャーロットが姿勢を正した。
サラや私に別れの挨拶をしてから、キースの手を引いて公園を後にする。
その間、ローザはずっと黙っていた。
私もサラも、それが自分よりも年上の人間を見て人見知りしていたせいだとばかり思っていた。
そうでないことが分かったのは、家に戻ってからだ。
「……パステール、サラ」
夕食を終えた後、私の腹をクッションにして膝を抱えていたローザが不意に口を開いた。
その声が妙に元気がないことに気がついて「どうした?」と問いかける。
「どうして、パステールとサラはみんなとちがうの?」
それは、ローザを拾い育てると決めた時からいずれはされるだろうと予想していた問いかけだった。
言葉に詰まる私とサラをよそに、ローザの言葉が更に続けられる。
「まえにね、みんなにきいたの。
みんなのおとうさんとおかあさん、どんな色してるの? 毛皮はふかふかなの? って。
そしたらね、みんなのおかあさんもおとうさんも、サラみたいに赤くひかってないし、パステールみたいにふかふかの毛皮もないって……。
キースはね「人によっておうちの事情はちがうから、気にすることじゃないよ」っていってたけど、でもキースのおかあさんもキースとおなじ形で……」
そこまで言って、ローザが口を噤んだ。
ローザが悩んでいる理由は分かったが、それは私にもサラにもどうしようもないことだ。
私が魔狼であり、サラが炎の精霊である以上、人間の姿にはなれないのだから。
五歳の幼子には少々重く、難しい話かもしれない。
それでも、嘘をついたり誤魔化したりして真実を知るのを先延ばしにしようとは思わなかった。
彼女には知る権利がある。
「それはね、パステールが魔狼で私が炎の精霊だからよ」
「わたしは?」
「ローザは人間よ。キースやシャーロットと同じ」
サラの言葉を聞いてじっと考えこんだあと、ローザが「でも」と口を開いた。
「鳥の子どもは鳥で、モノケロースの子どもはモノケロースだよ。
どうしてわたしは、魔狼と精霊の子どもなのに人間なの?」
「それはな、ローザ。お前が私やサラと血が繋がっていないからだ」
「血?」
「つまり、サラが産んだわけでも私が産んだわけでもない、ということだ」
そう言うと、ローザの赤い瞳が大きく見開かれた。
「じゃあ、わたしはだれから産まれたの?」
「分からない。ただ、人間から産まれたことは間違いない。
鳥の親が鳥であり、モノケロースの親がモノケロースであるように、人間の親は人間しかあり得ないからな」
異種族と交わり子どもをもうける人間はごく稀にいるが、その子どもは人間ではなく半人と呼ばれ、匂いも人間とは異なる。
だから、人間の匂いがするローザの両親はやはり人間でしかあり得なかった。
「じゃあ、わたしはどうしてパステールとサラといっしょにくらしてるの?」
「私が、森の入口でローザを見つけたからだ」
そうして、私はローザを見つけたときの状況や経緯を話した。
散策の途中で森の入口に置き去りにされていたローザを見つけたこと。
親が見当たらなかったので私とサラで育てる事にしたこと。
ローザという名も私とサラで名付けたこと……。
全てを聞き終えた後、ローザは何かを堪えるように眉をひそめて私とサラを見上げた。
「じゃあ……わたしは、パステールとサラの子じゃないのね」
「それは違う」
ローザの問いかけに、私は首を横に振った。
「確かに、お前は私ともサラとも血が繋がっていない。それは事実だ。
だが、私とサラにとってお前は間違いなく愛しい子供だ」
「ほんとうに?」
「なんとも思っていない人間を五年間も育てるほど、私もパステールも物好きじゃないわ」
私とサラの言葉を聞いて、ローザが俯いた。
今語ったことに、嘘偽りはない。サラもきっとそうだろう。
だが、事実だからといって必ずしも受けいれられるわけでないことはマギアスの使い魔として生きてきた数十年で理解していた。
ローザは、私達を受けいれてくれるだろうか。
やがて、ローザが私にしがみついた。
「わたしも、パステールとサラ、だいすき」
私とサラに向けられた満面の笑みとその言葉だけで、返事としては十分だった。
マギアスのような度量も、サラのような深い知識も私にはない。
けれど、マギアスからもらったような深い愛情を私も彼女に注げていると、少しは自惚れていいのだろうか。
「ああ。気をつけるのだぞ」
銀花の街へ通うようになって、もう一年が過ぎた。
今やすっかり街の子供達に溶け込んだローザは、街へ行くのを何よりの楽しみにしている。
中でも、キースとは親友といっても過言ではないほど仲良くなったらしい。
ローザが公園へ来たことを真っ先に気づくのはいつもキースだった。
何度か言葉を交わしたが、キースは賢い子どもだった。
植物に関する知識が豊富で、ローザの「あの花はなに?」「どんな味がするの?」といった問いかけにもすぐに答えられるのだ。
なんでも、病で亡くなった父親が植物学者だったらしい。
いつも持ち歩いている図鑑は、父の遺作なのだと言っていた。
将来は父親のような植物学者になるのだと言っていたが、キースならきっとその夢を叶えられる筈だ。
ローザもいつか、キースのように夢を抱く時が来るのだろうか。
その日が楽しみだ。
そんなふうに思いを巡らせていると、不意に欠伸が出た。
特に寝不足というわけでも無いのだが、木漏れ日のほどよい温もりに眠気を誘われたのだろう。
「あら、寝不足?」
欠伸をした私に気がついたのか、サラがふわりと宙を漂った。
いや、と首を横に振って目をしばたたかせる
「寝不足ではないのだが……」
「ああ、もう春だものね。
ローザは見ておくから、あんたは寝なさい。
家に帰る途中で寝られたら困るもの」
「すまないな」
サラの勧め通り、夕方になるまで一眠りすることにした。
身体を丸めて、目を閉じる。
途端、睡魔が襲ってきた。
その日は、久々に夢を見た。
ただの夢ではない。マギアスがまだ生きていた頃の夢だ。
彼が死んでからしばらくの間は毎日のように見ていたが、時が経つごとに夢を見ることが少なくなり……最近では年に一度くらいしか見ないようになっていた。
夢に出てきたマギアスは、目も鼻もない真っ黒な顔をしていた。
初めの頃は鮮明だった記憶が薄れるにつれて、夢に出てくるマギアスの顔も黒く塗りつぶされていくようになったのだ。
それが分かった当初は悲しんだ。
何故あれほど大切な相手を忘れるのかと、彼に抱いていた恩義や思いはその程度だったのかと。
だが、サラは「私だって、もうマギアスの顔も声も殆ど思い出せないわよ」とこともなげにいった。
それでよいのか。悲しくはないのか。
そう問いかけたときに返された言葉は、今でも覚えている。
『忘れるってことは、それだけ悲しみを昇華できてるってことでしょう。
マギアスが、自分のことを思い出してぐずぐずうじうじしてる私たちを見て喜ぶような奴だと思う?
思い出だけ覚えておけばいいのよ。どうせ、寿命が尽きれば向こうで会えるんだから』
それで、私はマギアスの顔や声を思い出せなくなったことを悲しまないようになった。
夢でマギアスの影を見ても、穏やかな気持ちでいられるようになった。
その顔が、声が思いだせずとも彼がどんな人間だったかはよく覚えている。
それで十分だ。
「パステール、おいで。ご飯だよ」
その声―――夢の中では違和感なく受けいれられているこの声も、目が覚めると途端にどんなものだったか忘れてしまうのだ―――に顔を上げた私は、まだ子犬ほどの大きさだった。
首輪はついていたから、きっとまだ使い魔になったばかりなのだろう。
用意してくれた食事を夢中になって平らげる私の耳に、マギアスの笑い交じりの声が届いた。
「たくさんお食べ。大きくなるんだよ」
その声や頭を撫でる暖かな手には、深い愛情が籠もっていた。
マギアスは決して、私と血が繋がっているわけではない。それでも彼は実の親のように私を愛し、教え、導いてくれた。
優しいだけではなかった。時には叱られたこともある。ただ、彼は私を見捨てなかった。
私は、ローザに同じことを出来ているだろうか。
確かに私はローザを可愛がっているが、マギアスのようにきちんと愛情を注げているだろうか。
彼女が幸せになれるよう、導けているだろうか。
いくら考えても、その答えは出なかった。
その時「起きなさい」という声と共に鼻先が温められた。
湿った鼻先を温められる違和感に目を開けると、赤い光が視界に入る。
「そろそろ帰るわよ」
「ああ、そうか……」
「どうしたのよ。元気ないわね」
それに答えようとしたとき、ローザがこちらに駆け寄ってくるのが見えた。
後ろにはキースもいる。
「パステール、サラ!」
「おかえり。今日も楽しかった?」
「うん」
サラの問いかけに短く頷いた後、ローザがキースに向き直った。
「キース、またね」
「うん、またね。ローザ……あ」
いつものように手を振り合って別れようとしたとき、キースが目を見張った。
視線を追えば、公園の入口にウィオラの花を思わせる淡い紫のドレスを着た女性が立っている。
髪の色は茶色だが、その瞳はキースと同じく紫色をしていた。
「母さん」
キースが弾んだ声でそう言った。
どうやら、二人は親子らしい。
女性は私とサラを見て少し驚いた顔をしたが、すぐに柔和な笑みを浮かべて「はじめまして」と礼をした。
「キースの母の、シャーロットと申します」
「私はサラ。こっちはパステール。
両方とも、ローザの保護者よ。
ローザ、挨拶は?」
「こんにちは……」
自分よりもずっと年上の人間と話をするのは、ローザにはまだ難しかったらしい。
私の腹の毛をぎゅっと握り、普段よりも少し小さな声で挨拶をしていた。
シャーロットがにこりと微笑んで、ローザの前で膝を折る。
「こんにちは、ローザ。
キースから、いつもおはなしを聞いているわ。
おひめさまみたいにかわいい女の子だって」
「母さん!」
シャーロットの言葉に思うところがあったのか、キースが頬を真っ赤に染めてその袖をひいた。
くすくすと笑ったシャーロットが、言葉を続ける。
「キースと仲良くしてくれて、ありがとう。
これからも、よろしくね」
「……うん」
小さく返事をしたローザに優しげな視線を投げかけて、シャーロットが姿勢を正した。
サラや私に別れの挨拶をしてから、キースの手を引いて公園を後にする。
その間、ローザはずっと黙っていた。
私もサラも、それが自分よりも年上の人間を見て人見知りしていたせいだとばかり思っていた。
そうでないことが分かったのは、家に戻ってからだ。
「……パステール、サラ」
夕食を終えた後、私の腹をクッションにして膝を抱えていたローザが不意に口を開いた。
その声が妙に元気がないことに気がついて「どうした?」と問いかける。
「どうして、パステールとサラはみんなとちがうの?」
それは、ローザを拾い育てると決めた時からいずれはされるだろうと予想していた問いかけだった。
言葉に詰まる私とサラをよそに、ローザの言葉が更に続けられる。
「まえにね、みんなにきいたの。
みんなのおとうさんとおかあさん、どんな色してるの? 毛皮はふかふかなの? って。
そしたらね、みんなのおかあさんもおとうさんも、サラみたいに赤くひかってないし、パステールみたいにふかふかの毛皮もないって……。
キースはね「人によっておうちの事情はちがうから、気にすることじゃないよ」っていってたけど、でもキースのおかあさんもキースとおなじ形で……」
そこまで言って、ローザが口を噤んだ。
ローザが悩んでいる理由は分かったが、それは私にもサラにもどうしようもないことだ。
私が魔狼であり、サラが炎の精霊である以上、人間の姿にはなれないのだから。
五歳の幼子には少々重く、難しい話かもしれない。
それでも、嘘をついたり誤魔化したりして真実を知るのを先延ばしにしようとは思わなかった。
彼女には知る権利がある。
「それはね、パステールが魔狼で私が炎の精霊だからよ」
「わたしは?」
「ローザは人間よ。キースやシャーロットと同じ」
サラの言葉を聞いてじっと考えこんだあと、ローザが「でも」と口を開いた。
「鳥の子どもは鳥で、モノケロースの子どもはモノケロースだよ。
どうしてわたしは、魔狼と精霊の子どもなのに人間なの?」
「それはな、ローザ。お前が私やサラと血が繋がっていないからだ」
「血?」
「つまり、サラが産んだわけでも私が産んだわけでもない、ということだ」
そう言うと、ローザの赤い瞳が大きく見開かれた。
「じゃあ、わたしはだれから産まれたの?」
「分からない。ただ、人間から産まれたことは間違いない。
鳥の親が鳥であり、モノケロースの親がモノケロースであるように、人間の親は人間しかあり得ないからな」
異種族と交わり子どもをもうける人間はごく稀にいるが、その子どもは人間ではなく半人と呼ばれ、匂いも人間とは異なる。
だから、人間の匂いがするローザの両親はやはり人間でしかあり得なかった。
「じゃあ、わたしはどうしてパステールとサラといっしょにくらしてるの?」
「私が、森の入口でローザを見つけたからだ」
そうして、私はローザを見つけたときの状況や経緯を話した。
散策の途中で森の入口に置き去りにされていたローザを見つけたこと。
親が見当たらなかったので私とサラで育てる事にしたこと。
ローザという名も私とサラで名付けたこと……。
全てを聞き終えた後、ローザは何かを堪えるように眉をひそめて私とサラを見上げた。
「じゃあ……わたしは、パステールとサラの子じゃないのね」
「それは違う」
ローザの問いかけに、私は首を横に振った。
「確かに、お前は私ともサラとも血が繋がっていない。それは事実だ。
だが、私とサラにとってお前は間違いなく愛しい子供だ」
「ほんとうに?」
「なんとも思っていない人間を五年間も育てるほど、私もパステールも物好きじゃないわ」
私とサラの言葉を聞いて、ローザが俯いた。
今語ったことに、嘘偽りはない。サラもきっとそうだろう。
だが、事実だからといって必ずしも受けいれられるわけでないことはマギアスの使い魔として生きてきた数十年で理解していた。
ローザは、私達を受けいれてくれるだろうか。
やがて、ローザが私にしがみついた。
「わたしも、パステールとサラ、だいすき」
私とサラに向けられた満面の笑みとその言葉だけで、返事としては十分だった。
マギアスのような度量も、サラのような深い知識も私にはない。
けれど、マギアスからもらったような深い愛情を私も彼女に注げていると、少しは自惚れていいのだろうか。
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