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霧の里のお殿さまとお方様

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霧の里のお殿様とお方様~若き日の元就~

時は室町末期、群雄割拠の時代がひたひたと近づく時代。
安芸国(現在の広島県西部)の吉田荘。この地には鎌倉幕府草創期にその中枢を担った大江広元おおえのひろもとの後裔と称する一族がいた。毛利氏である。

広元の四男・季光すえみつが相模国毛利荘を領地としたため、その氏を名乗り始めた。季光は武功を上げ、その恩賞として安芸国吉田荘の地頭となり、それ以降吉田の地を治めるようになったのだ。
御家人の中でもそれなりの地位を保っていた毛利氏であったが五代執権・時頼の時代に転機を迎える。北条にとって【目の上のこぶ】であった有力御家人・三浦一族との決戦である。
事の起こりは北条一門・名越なごえ光時による謀反だった。彼らは前将軍である藤原頼経の復権を目論んだのである。それにより時頼を廃し、自分が執権になることを目論んだのだ。
だが、謀反は露見し、未遂に終わる。この騒動を踏まえ、時頼は前将軍・藤原頼経を京へと送り返した。
それに怒りを露わにしたのは頼経の側近・三浦光村である。これにより北条と三浦は次第に対立するようになる。それを決定的にしたのは三浦の当主であり、光村の兄である泰村との意見の相違である。泰村はことごとく時頼と意見を異にしていく。やがて、それは決定的となり両者は武力衝突することになったのだ。世に言う【宝治合戦】である。
季光は妻の実家である三浦に加担し、執権・時頼に敵対した。これにより一族郎党のほとんどを失うこととなる。それでも生きながらえることが出来たのは経光(季光の四男)が越後の領地に止まり、戦に加わらなかったため難を逃れたからだった。本領の毛利荘は失ったが、越後の佐橋荘と安芸の吉田荘は安堵された。
経光は嫡男・基親に佐橋を、四男・時親に吉田を継がせる。ここに毛利は越後の北条きたじょう毛利氏と安芸の南条なんじょう毛利氏に分かれる。その後、佐橋は北条きたじょう、吉田は毛利を名乗り現在に至るのである。

さて、現在の毛利家当主は心配性な殿さまだった。名を少輔次郎しょうのじろう元就という。僅か10歳で母を、15歳で父を亡くした元就は家臣に所領を横領され『乞食若殿』と呼ばれた。
元々、次男だった元就は兄・興元を酒毒で亡くし、後を継いだ甥・幸松丸も夭折したため当主の座が舞い込んできた。もっともその家督相続には異母弟・相合あいおう元綱との骨肉の争いを勝ち抜いて得たものであり、家中に少なからず火種を残す苦いものであった。

そんな元就の苦痛を和らげる者がいた。それは近隣の大朝荘から嫁いできた吉川国経の娘・美伊みいだ。『鬼吉川』と渾名される国経の娘ということでどんな鬼姫がやってくるかと皆気がかりであったが、蓋を開ければ何のことはない。鬼などとはとても縁遠い明るく、気さくな姫だった。
元就の苦心をいつも笑って支えた美伊。気が滅入っている元就を『この世がひっくり返ることでもありますまい』といって明るく励ます。正反対の性格でそれが逆に二人を似合いの夫婦にしたらしめていた。

これはそんな二人のお話。



「ありゃ、殿さまじゃねぇですか」
「ほんまじゃあ、毛利の殿さまじゃあ」

ある秋晴れの日。元就は側近の志道しじ広良と領内の巡回をしていた。この年は周防・長門の大内と石見・出雲の尼子の大規模な戦がなかったため吉田は平穏無事であり、例年以上の実りの時を迎えていた。田んぼは金色に輝き、稲穂は実りの多さから頭を垂れている。

「ふむ、今年の出来は上々のようじゃのぉ」
「今年は大内・尼子ともに成りを潜めておりました故でしょう」

元就は広良とともに辺りを見回しす。稲刈りに精を出す領民たちの顔は皆穏やかで活気があった。どの顔にも笑みが浮かんでいる。一瞬、笑みを浮かべた元就だったがすぐに暗い表情へと変わった。

「殿さまぁ。まぁた、ここに皺寄っとりますでぇ」

元就の姿に気付いた一人の青年が眉間に指を当てながらニカッと笑った。元就は少し驚いた表情をして広良の方を振り向く。すると、広良は困ったように苦笑いを浮かべていた。

「そうか、儂の眉間には皺が寄っておるのかぁ……」
「そげん、難しぃ顔をなさっとると幸せが逃げていきまけぇ」
「そうじゃ、そうじゃ。殿さまはもちぃと笑いなすった方がええ」
「そうは言うてものぉ」

元就は顎に手を当てどうしたものかと首を傾げる。領民たちは相変わらずな領主を笑って見上げていた。

「殿様ぁ、明日は明日の風が吹きますけん。悪いことばぁ、考えるんは止めなさった方がえぇ」
「だが、誰かが考えねば、そなたらを……」
「儂らをそう思うてくれるだけでええですけん」
「じゃがのぉ……」
「ほんに、うちの殿さまは心配性じゃあ」

領民たちは笑い飛ばしたが、まだ心配そうに考え込む元就。そんな主君を見やりつつ広良はため息をつく。元就のこれはいつものこと。自分はそれとなく助け船を出すのが仕事と切り替え声をかけた。

「殿、そろそろ城へ戻りましょう」
「うん? もうそんな刻限か?」
「はい、随分と時が過ぎております」

元就が空を見上げると太陽は随分と高い位置まで登っていた。元就は大きく息を吐くと表情を変え、城へ帰還する為に馬首を返したのだった。



吉田郡山こおりやま城。
毛利本家の居城であるこの城は他の城と同じく山の頂上に立つ城だ。山に城を築くのは守りやすく攻めにくいからである。
元就が城主となってから改修工事がなされ、山ごと一つの城塞と化し、吉田の守りは一層強固なものになっていた。それにはこの土地特有の背景があった。
安芸守護職の武田氏が没落しその権威を失ったからだ。国人衆の一人である毛利が生き残るためには強国の庇護下に入るより他にない。祖父・豊元は備後守護・山名氏、父・弘元は周防・長門守護・大内氏の庇護下に入った。このように毛利は揺れ動きながらもどうにかバランスを保って生き抜いてきたのだ。
だが、それも石見・出雲を領する尼子あまごの台頭で崩れ始める。経久が家督を継ぐと守護代であった尼子はメキメキと力を付ける。その版図を広げ、ついには主君・京極きょうごく氏から独立を勝ち取ったのだ。後に【十一州の太守】と渾名あだなされるほど知略に富んだ当主の登場で尼子は中国地方を二分する一大勢力へと成長を遂げたのである。
故に元就はこの地が大内・尼子の草刈り場になることを常に頭の片隅に入れていた。土地は荒れたならば耕せば良い。だが、民はそういうわけにはいかない。だからこそいざという時を考え、領民をまるごと受け入れられる城に改修することに決めたのだ。それは元就の満足いくものとなっていた。勿論、それだけで安心という訳ではなかったが……。



「お戻りなさいませ、殿さま」
「うむ、今帰った」

そんな元就を迎えたのはお方の美伊。二人はお互いを名で呼ぶことはない。元就は美伊のことを『お方』と呼び、美伊も元就のことを『殿さま』と呼んだ。
それは『美伊』というのが【幼名おさなな】であったからである。美伊は父・国経から『女の幼名など符牒ふちょう(仲間内でのみ通用する言葉)のようなもの』と言われて育ったため、兄が妻のことをそう呼ぶように『お方』と呼んでほしいといったのだ。因みに『美伊』と名付けられたのは『の日に生まれたから』だ。それでも、まぁ。二人は仲が良いのでその呼び方に違和感は持っていない。

「巡回は如何でしたか?」
「皆、活気があってホッとした」
「さようですか」

美伊は元就の着替えを手伝いながら訪ねる。二人の会話は万事が一時こんな感じであり、お互いがその奥に隠された感情を読み取り、視線で会話するのが常であった。
着替えが終わると元就は庭の見える縁側に胡坐をかく。何とはなしに庭を見つめていると植えられた紅葉が紅く色づき始めているのに気付く。

「そう言えばもうすぐ秋祭りか……」
「では、餅と酒をたんと用意しませんとね」
「そうじゃのぉ」

美伊は隣に座り、侍女が用意していた餅を皿ごと差し出す。元就はそれに手を伸ばし頬張った。元就は下戸ではないが、決して酒を口にしない。それは父・弘元ばかりか兄・興元も酒毒で若死にしていたためである。それは元就にとってある種の戒めでもあった。
その代わりに餅をたらふく食べる。それを知ったお方ははじめ目を丸くして驚いたものだ。
美伊の父・国経も兄・元経も酒豪でならしていたからだ。故に男は酒をかっ食らうものだとばかり思っていたのだが、元就はそんな父たちとは全く違う男であった。
更に言うなら始祖・大江広元は公家の出。その特徴を元就も受け継いでいたことも戸惑う理由の一つと言えよう。
切れの長い優しい目許。鼻筋は通っていて、山国育ちの武士にしては珍しい優美な風貌。その上、声も柔らかく優しい。
四六時中、大声を張り上げる父や兄のそれとは違い、元就の声は耳に心地よかった。だから、元就のことを知れば知るほど、好きになっていく自分がいた。

「殿さま、まだ召し上がりますか?」
「む?」
「皿が空になっておりますよ」
「は、はは、ははは……」

元就は美伊に言われていつの間にやら餅を平らげてしまっていたことを気恥ずかしく思う。照れ隠しの笑いに眉を下げて頭を掻き、それを美伊はクスクスと笑うのだった。元就は恥ずかしさを誤魔化すように庭に目を向ける。そして、先程気付いた紅葉の色づきをさも今気付いたかのように話し始めた。

紅葉もみじが色づき始めたか……」
「そうですね。この分でしたら、秋祭りのころには真っ赤に染まっておるでしょうね」
「それが済めば、冬が駆け足でやってくるな」

元就の眉間にまた深い皺が刻まれる。その視線は冬の後にやってくる春のことを見ているようであった。
美伊は元就がしなくても良い心配を始めたのに気付いていた。だから、夫の眉間に手を伸ばし真剣な眼差しでその皺を伸ばす。美伊が突拍子もない行動に出るのは知っているはずの元就もこれには驚いて、思わず後ろ手に手を突いてしまう。

「冬は毎年来るもの。そのように難しい顔をなさらず……」
「冬が来れば、やがて春になる。春になれば尼子か大内か……。どちらが先に動くか、そう思うと気が滅入るのじゃ」
「そのような先のこと、考えても詮無き事。なるようにしかならぬのが世の常でございましょう。天地がひっくり返るようなことでもありますまい」
「だがな、お方よ」

言葉を続けようとした元就に対して美伊は首を横に振る。両手で夫の頬を包み込み口を封じるように唇を重ねた。元就は目を瞠り動けない。それをいいことに美伊は舌を割り入れる。やがて元就の舌をか絡め取り、口づけを深くする。
常になく積極的な美伊の口付けに思考が止まる元就。だが、体は正直なもので、逸物は熱く滾り始めた。

(悪足掻きはせぬに限る。まして、お方が相手では詮無きこと)

元就はそう諦め、口付けに応える。更には美伊の体を抱き寄せ、裾をはだけるとその白い柔らかな太腿を撫でまわした。そして、脚の間にある秘された場所に指を差し入れる。そこは既に潤い、いつでも受け入れる状態だった。元就がその秘裂をなぞれば美伊は唇を離し小さな喘ぎを漏らす。

「殿さま?」
「先に誘ったのはお方だ」
「ですが……」
「そうは言うても儂のコレは収まりがつきそうにないからのぉ」

元就は美伊の手を取り、着物の裾を払い自身の股間に当てる。褌越しにも分かるほどそこは固く張りつめていた。
美伊は驚いて手を引こうとするが、元就にしっかり捕まれているのでどうにもできない。元就は反対の手で褌を解く。夫が何を求めているのか美伊にはわかっていた。ゴクリと唾を飲み込むと恐る恐るそれに触れた。美伊に触れられた瞬間、それはピクリと跳ねた。それをゆるゆると上下に扱く。そこからもたらされる快感に元就の口からため息のような喘ぎが漏れてくる。
すぐにでも一つになりたい衝動に駆られる元就だったが、自制心をかき集めてグッと堪える。代わりに濡れそぼった美伊の秘裂に中指を上下に這わせる。しっとりと濡れたそこは更に蜜をこぼす。元就は蜜口を探り当て、ゆっくりと指を差し込む。

「あっ……」

美伊はその衝撃に軽く身震いし、息を詰める。それを見計らって元就は抜き差しを始めると妻はそれに応え腰を揺らし始めた。指を奥へと沈めれば、食いちぎらんばかりに蠢いた。

「相変わらずの具合じゃな」
「殿さまの意地悪……」

美伊の強請るような視線に元就は気を良くし、親指の腹で花芯をグリグリと捏ねた。美伊の口から悲鳴にも似た喘ぎが上がる。体を強張らせ、与えられる快楽を逃がそうとした。その拍子に元就の逸物を強く握ってしまう。

「くっ!」
「あっ……」
「少々、悪戯が過ぎたか」
「殿さま……」
「ああ、皆まで言わんでもわかっておる」

元就はそっと囁き、美伊に腰を上げさせた。逸物を蜜口に宛がい、腰を下ろすように促す。逸物はあっという間に中へと飲み込まれていく。自らの重みで奥まで飲み込んだ美伊は背中を突き抜けるほどの快感に仰け反ると喘ぎを漏らした。

「あぁぁぁぁぁ!!」
「はは、そんなに締めるな」
「と、殿さま、いつもより……」
「そうか?」

元就は美伊が何を言いたいのかわかったが、唇を重ね言葉を遮った。美伊はそれに従順に応える。二人の間に言葉は不要だった。元就が腰を突き上げる度に美伊は喘ぎを上げる。二人の結合部からは卑猥な水音が響く。徐々にその動きが激しくなる。美伊は振り落とされないよう元就の背を抱きしたる。元就も決して離さぬと言わんばかりに強く抱き寄せる。二人はただただ互いを貪り続けた。
やがて絶頂を迎えた美伊は元就の背中に爪を立て、嬌声を上げ果てた。美伊は無意識に元就を締め上げる。子種を強請るように蠢くそれに元就は抗うことなく己の熱を吐き出した。しばらくその場には二人の荒い息が響く。そして、息を整えた元就は力を失った逸物を蜜口から引き抜いた。まだ意識のもうろうとする美伊を優しく抱き留めながら囁いた。

「お方、寝所へ行くか?」

だが、美伊は首を横に振り、口づけを強請る。元就は苦笑しながらもそれに応えた。軽く触れるだけの口付け。美伊は夫の首に両腕を回して引き寄せる。元就は美伊の瞳をのぞき込み、その中に熾火のように燻る情欲のかけらを見つけニヤリと笑みを浮かべた。

「なら、続けてもいいのだな?」
「殿さま、早く……」

美伊が何を求めているかなどわかりきっていた。だから、体を離し反転させうつ伏せにする。そして、その細い腰を持ち上げ再び中へと押し入った。角度が変わったせいか、更に乱れる美伊。元就は箍が外れたように闇雲に奥を穿ち続けた。肉がぶつかる音が上がるたびに美伊の嬌声が上がる。その嬌声は歓喜の響きが含まれていることを元就は知っている。
時々、後ろを振り返る妻の瞳は先を強請っている。だから、時に緩めては円を描くように腰を振る。美伊はそれに弱かった。だからなのか、貪欲に先を強請り自ら腰を振り始める。

「おかた、もっと欲しいか?」
「あんっ! 殿さまぁぁぁ」
「どうして欲しい?」
「わ、分かってる、くせ、にぃ……」
「たまには言ってもらいたいものよ」
「意地悪……」
「なら、もっと意地悪をしてやろうか?」

元就はニヤリと口の端を上げ、敢えて抽挿をやめる。とはいえ、中はひっきりなしに蠢いているのだから我慢は続かない。それを誤魔化すように腹に力を入れる。そして、意地悪く囁きかける。

「お方、早う言わぬとこのまま……」
「いやぁ、殿さまぁ……。 お願い、もっと……」
「もっと?」
「もっと、奥、まで……」

元就にはそれだけで十分だった。再び抽挿を始めるとそれまで以上に激しく奥を穿つ。美伊は歓喜で震え、ただただ喘ぎ続けた。そして、二人は同時に果てたのだった。

「お方、続きは寝所で……」

元就はそう囁きかけ、美伊を抱き上げる。美伊はそのまま身を預け、されるがままに寝所へと連れて行かれた。

「先程はそなたの願いを聞いた。今度は儂の願いを聞いて貰おうか」
「殿さまの願い?」
「そう難しいことではない」

元就は少しばかり意地の悪い笑みを浮かべた。美伊は夫が何を考えているのか分かっていた。
元就が褥に寝転がると、腰紐を解くように促した。美伊は躊躇うことなくそれを解き、着物をはだけた。そこには再び力を持ち反り返った逸物があった。美伊は躊躇うことなくそれを咥える。舌を這わせ、元就が感じる場所を探り当てる。鈴口を強く吸い上げたり、裏筋をしたで舐めあげたりし反応を確かめる。その間、左手で根元を軽く握ることも忘れない。

「お方……」

元就は美伊の髪を優しく撫でた。それは【十分だ】という合図。美伊は顔を上げ、微笑んだ。

「殿さま、今宵は如何でしたか?」
「いつにも増して良かった」
「それはようございました」

元就の満足げな様子に美伊も微笑み返す。元就は美伊の手を取り、自分に跨がるように導く。導かれるまま夫の腰をまたぎ、逸物を蜜口に宛がい腰を下ろす。美伊は続々と這い上がるような感覚に身震いする。

「今度はお方が動いてくれ」

元就に囁かれ、美伊はおずおずと腰を動かす。だが、慣れていないせいもあるのであろう、その動きはぎこちない。その動きにもどかしさを感じた元就は軽く突き上げる。

「あっ!」

突き上げた拍子に美伊の良いところに当たったのだろう。短い喘ぎとともに仰け反る。元就は反応を確かめるようにコツコツと突き上げる。

「殿さまぁ……」

甘く強請るような声に元就は眉根を寄せる。美伊に動くよう促してみるが、思い通りにしてくれるはずもない。元就は一つ息を吐き、美伊の腰を両手でしっかり持つと強く突き上げた。それに反応するように喘ぎを漏らす美伊。皆の前で明るく振る舞う姿からは想像も出来ないほど妖艶であった。

「お方、もっと欲しいか?」
「あんっ。そ、そこは……」

目の前で揺れる双丘に元就は目を細め、手を伸ばす。下から持ち上げるように揉みしだく。その柔らかな肌はしっとりと汗で濡れている。その頂を指で摘まめば、ビクリと背を震わせ喘ぎを漏らす。美伊の乱れる姿に煽られた元就は更に強く腰を突き上げる。
美伊が果てるまでさほどかからなかった。子種を強請るように中の蠢きが激しくなる。元就は腹に力を入れ、最後の一突きと言わんばかりに奥を穿った。

「あぁぁぁぁぁ!!!」

絶叫するかの如く甲高い嬌声を上げ美伊は果てた。それと同時に元就も己の熱を解き放った。それを感じながら美伊は意識を失い、そのまま夫の胸に倒れ込んだのだった。
元就はそれを優しく抱きとめる。息を整えながら、美伊の背中を優しく撫でる。

「お方……」
「殿さま?」

美伊が顔を上げると元就の瞳には未だ欲情の炎が燻っていた。その唇が弧を描き笑みを作る。夫が何を望んでいるのか分からぬ美伊ではない。こくりと頷き、唇を重ねる。
結局、二人は一晩中睦み合い、眠りについたのは空が白み始めた頃だった。



激しく交わったあの日から数日後。吉田は深い霧に包まれた。この辺りは霧が深い。雲が海の如く里を覆い尽くす。山霧と呼ばれるそれは日が高く昇ってもなかなか晴れないこともある。だが、その日に限って綺麗に晴れた。

この辺りで最も信仰を集めるのが清神社すがじんじゃだ。
素戔嗚尊スサノオノミコト八岐大蛇ヤマタノオロチを退治した際に『吾の心清々しや』といったことからその名がついたと伝わるこの神社は秋祭りを迎えていた。
里中に響く祭り囃子の笛と太鼓。領民は今年の豊作を喜び、社に感謝の印として様々な供物を捧げる。元就もそれに加わり、郡山城からも餅と酒を用意して今年の豊穣を祝った。

「皆、楽しんでおるか?」
「殿さま、今年の稲はええ出来ですけぇ」
「おお。そうか、そうか」
「お主は上戸か? 下戸か?」
「ああ、ワシゃ、酒はてんで……」

元就は気さくに声をかける。声を掛けた男は申し訳なさそうに頭を掻くと元就は餅を差し出してカラカラと笑う。

「酒はいかん。あれは身の毒じゃ。飲むと怒りっぽくなって人をあざ笑う。儂も飲まぬ。代わりに餅を食う故、其方もたんと喰うがいい」
「へい」

元就から差しだされた餅を両手で受け取り、男は何度も礼を言い、家族の元へと戻っていく。それを見送り、歩を進めていると今度は酒樽を囲んで笑い合う集団に出くわした。
杯を手にして大笑いする男の顔は赤らんでおり、息が酒臭い。どうやら相当の呑兵衛のようだ。

「ありゃ、これは殿さまでねぇですか」
「楽しんどるか?」
「へい、美味い酒をたんといただいとりますけぇ」
「そうか、そうか。其方、酒は好きか?」
「わはは、飲み比べなら負けませんけえぇ」
「ほう、それは頼もしい」

男は胸を張る。どうやらこの男はこの辺りで一番の酒飲みのようだ。楽しげに笑うその男の肩に手を置いてニコリと笑う元就。

「酒はよい。あれは『百楽の長』じゃ。酒を飲むと大らかになって楽しいからのぉ」
「さすが、殿さまじゃあ!! よう、分かっちょりますでぇ」
「今宵もたんまり飲んで楽しんでいってくれ」
「へい。お言葉に甘えさせてもらいますけぇ」

男は楽しげに杯を空け、周りのものにもすすめた。元就はそれを嬉しそうに見やったのだった。

元就はどちらか一方を否定することはしない。酒が好きなものには酒を振る舞い、酒の苦手なものには餅を振る舞う。そうやって皆をまとめ上げていた。それは元就が家督を引き継ぐ際の苦い経験から学んだことでもあった。
その日、夜半過ぎま楽しげな声が響いたのは言うまでもない。




秋祭りからしばらくすると、どんよりと曇る日が多くなり始めた。元就は空を見上げてはため息をつく。

「そろそろ冬支度かのぉ」
「そのようでございますね」

この日は城の物見櫓に美伊とともに上がって城下を見下ろしていた。やがて、雨が降り始める。美伊が櫓から手を差しだせば小さな氷の塊・みぞれが混じっている。

「あらあら、氷雨になりましたねぇ」
「ほんに、寒いと思ったらこれか」
「殿さま、風邪を召します故、そろそろ……」
「そうするか」

元就は美伊とともに館へと降りた。夜半過ぎ、氷雨は雪へと変わる。そして、翌朝には一面が真っ白な音のない世界へと変わったのだ。

「寒い、寒いと思ったがとうとう積もったか……」
「殿さま、そんな格好ではお風邪を召しますよ」
「お方……」

美伊は羽織を元就の肩にかける。その目は心配そうに見上げていた。元就は申し訳なさそうに眉を下げ、促されるままに着替えに戻ったのだった。



元就は再び物見櫓へと上る。一面銀世界とはよく言った物だ。田畑と道の境なく白一色に覆われている。この景色が今しばらく吉田を守ってくれる。だが、それは長く続かないことを元就は知っていた。

「殿……」
「広良か」

振り返ればそこには側近の志道広良が沈痛な面持ちで立っていた。何か動きがあったのであろうか。元就は眉をひそめた。

「なんぞ動きでもあったか?」
「特にございません」
「そうか。その割には浮かない顔だな」
「この雪では思うように行きませぬからな」
「確かに……」

元就は再び城下に視線を戻し、顎に手をやり考え込む。一度目を瞑り、思考の海へとこぎ出す。如何にして毛利が生き残るか。だが、そのために必要なものが決定的に不足している。

(今の毛利に不足しているのは情報だ。だが、如何にしてそれを得るか……)

「殿、妙案は浮かびましたかな?」

広良の言葉に元就は思考の海から現実へと意識を戻らせる。大きなため息をつき、振り返った。

「広良。商人の中からこれぞと見込める者を集めよ」
「御意」
「その者たちになるべく多くのことを掴ませるのだ」
「お任せ下さい」

広良が一礼をしてその場を立ち去ろうとしたところで、元就は呼び止めた。広良は訝しみ主君を見つめる。そこでハッと息を飲んだ。元就はそれまでとは違い、底知れぬ闇を湛えた瞳で自分を見つめ返したからだ。広良は息を潜め、元就の言葉を待った。

「もう一つ……」
「殿?」
「そなたに頼みたいことがある」

元就は広良に耳打ちをしてあることを指示した。それは普段からは到底考えられぬほど冷酷無比な決断に広良は恐れを抱かずにはいられなかった。同時に元就が毛利を継いだことの正しさを思い知ったのだった。



元就は広良が去った後も櫓に止まり、城下を見つめ続けた。

「殿さま、ここにいらしたのですね」
「お方……」
「また、なんぞ心配事ですか?」
「まぁ、そんなところよ」

美伊はいつものように明るく声をかけようとしたが、夫の瞳に普段とは違う冷たい色を見て取り言葉を飲み込んだ。それは美伊を不安にさせる。
それに気付いたのか元就は妻の手を引き、真綿に包むように優しく抱き寄せた。美伊はすがりつくように身を寄せた。そうしなければ、夫がどこか遠くに行ってしまいそうだったから……。

「儂らもそろそろ覚悟を決めねばならぬ」
「殿さま……」
「辛いこともあろうが、ついてきてくれるか?」
「そのようなこと、聞かずともついてまりますよ」
「そうか……」

元就は視線を再び城下に向けた。この音のない世界で降りしきる雪が解けた後のことに思いを馳せる。この雪が解け切らぬうちに戦が始まるか否か。この白い世界が血の色で真っ赤に染められるのか。
その血は尼子か、大内か……。はたまた己の血となるか……。
それを考えてはため息をついた。それを美伊は呆れ顔で眺めるのだった。

霧深い吉田が雪という名の白い城壁に覆われて眠りの時を刻む。若い元就の前途はまだまだ多難のようであった。




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みんなの感想(1件)

堅他不願(かたほかふがん)

 まだ元就が若い時分のお話で、楽しく読めました。戦国随一の謀将に相応しいエピソードと濡れ場の描写がバランス良く配分されていると思います。

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