トキメキは突然に

氷室龍

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雅之視点

その男、『今元春』につき~其の参~

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雅之視点。
新たにオッサン二人投入です。
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その男、『今元春』につき… ~其の参~

「で、なんでそんなことになってるんですか?」

春香は腰に手を当て、俺を睨んでいる。
眉間には深~~~~い皺が刻まれている。
ここは俺の仕事場・常務室。

「何というか…。 失念してた。」
「はぁ?」
「し、仕方ないだろ?!
 ドキドキしながら佳織のこと誘って、OK貰って食事して…。」
「馴染みのバーで酔い潰したと…。」
「ハイ、ソノトオリデス…。」

なぜかそこは片言になる俺。
春香は額に青筋立てて怒ってる。
なんで俺が姪っ子に説教されてるかというと…。
佳織に交際を申し込んだとき、あろうことか結婚指輪をしたままだったのだ。
そのことで、彼女は俺が『愛人として囲いたい』という意味に取ってしまったようで…。
それ以来、徹底的に拒絶されてます。

「もう…。 折角考えた作戦が台無しじゃん。」
「スマン…。」
「美味しく頂いといて指輪外し忘れるなんて…。」

うん?
春香ちゃん、今おかしなこと言わなかったかな?

「美味しく頂いた?」
「え? だって、課長が『気づいたら常務に組み敷かれてた』って…。」
「はぁぁぁぁ?!」

俺は盛大に驚き、立ち上がる。
春香はキョトンとしている。
俺は脱力し、項垂れて机に突っ伏した。

「伯父さん?」
「美味しく頂かれたのは佳織じゃない。」
「はい?」
「俺の方だ…。」

俺は掻い摘んであの夜の顛末を語った。

「ははは…、ご愁傷さま。」
「…………。」

もう、俺泣きたいです。
というか、辞職して田舎に引っ込みたい…。

「いやぁ~、課長がお酒弱いのは知ってたけど、まさか記憶飛んじゃうほどだったとは。」
「こういうのを『青天の霹靂』というのだろうか…。」
「多分、そうだと思う…。」

まさかの『俺を押し倒して襲い掛かってきた』ことを綺麗サッパリ覚えてないという事実。
これを『青天の霹靂』と言わずして何と言う!!!

「とりあえず、私もそれとなく伯父さんと話してもらえるように言ってみるから…。」

さっきまでの『怒髪天を突く』様相から憐みに変わった春香。
腫れ物に触れるようなその態度に俺はただただ項垂れるだけだった。

****************************************************************

――――――――一か月後――――――――

それからも誘ってみるが、全戦全敗。
新任の課長ということもあって多忙を極める佳織。
何とか週末だけでもと思って誘うが常に予定で埋まってるという。
春香にそれとなく探ってもらって判明したのは土曜日は乗馬クラブに通っているとのこと。
で、日曜日はカメラを持ってどこかに出かけているという。
どこに出かけているのかは掴めなかったらしい。
俺の方も新規事業の立ち上げやらなんやらでプライベートに割ける時間がなくなり、結果進展なしという最悪な状態なのだった。

「はぁ~。」
「伯父さん、相変わらず鬱陶しい。」
「そんなこと言ってもなぁ~。」

俺は頬杖ついて、黄昏る。

「50超えたマッチョなオッサンが頬杖なんてキモイからやめなって。」
「悪かったな。」

俺はプイッとそっぽを向く。

「あ…。 そういえば30日の日曜日って空いてる?」
「30日?」

俺はスケジュール帳を開いてみる。
因みにプライベート用だ。
そしてものの見事に真っ白である。

「空いてる…。」
「そっか、じゃ、気分転換だと思って付き合ってもらっていいかな?」
「どこに?」
「東京競馬場…。」
「は?」

そんな訳で俺は春香と春香の婚約者の山中幸久君と一緒に競馬場に来てます。

「すみません。 強引にお誘いしたようで…。」
「あ、いや、気にしなくていいよ。」
「そう言ってもらえると助かります。」
「それにしても、ここって関係者席だろ?」
「ええ、うちの専務のご実家が生産牧場なんですよ。」
「へぇ…。」
「今日はその伝手でここに招待されたんです。
 何しろ年に一度の日本ダビー・東京優駿の日ですから…。」
「そんなに凄い日なのかい?」
「年に4000頭以上生まれるサラブレットがその頂点を決めるレースなんです。
 3歳の一度しか出れません。
 おまけに出走できるのはその中のわずか18頭。
 まぁ、一世一代の大舞台ってことですね。」
「なるほどねぇ…。」
「幸久さん、ごめんね。
 伯父さんって競馬に全然興味ない人だから。」
「気にしないよ。 俺もダービーと有馬記念くらいしか見に来ないし。」

そんな会話がなされているところに声をかけてきたのは幸久君が務める会社の専務・野田逸郎氏だった。
上等なスーツにティンガロンハット。
口髭のよく似合う老紳士だった。

「いやぁ、ようこそいらっしゃいました。
 中川物産の野田です。」

野田氏は名刺を差し出してきた。
そこには物流業界では中堅にあたる『中川物産(株)専務取締役』との肩書がある。
俺も自身の名刺を差し出す。

「ほう、あなたでしたか…。
 お噂はかねがね。」
「どのようなお噂でしょうか?」
「やり手の営業マンで、現場からの叩き上げで常務になったと…。」
「ははは、過分な評価痛み入ります。」

俺はそこで話を切ろうとした。
何故なら、この御仁は明らかに俺を見下そうとしている。
恐らく俺のプライベートを知っているのだろう。
それをネタに酒の肴にでもするつもりのようだ。
だが、その目論見はもう一人の人物によって握り潰された。

「逸郎! お客様に対して何だ、その態度は?!」
「あ、兄貴。」

野田氏が慌てふためく。
その姿に俺は留飲を下げた。

「弟が失礼をしました。
 私は兄で野田哲郎と申します。」
「あ、お、私は梶原雅之です。」

俺は哲郎氏にも名刺を渡した。
それを受け取った哲郎氏の眉間に皺が寄る。

「どうかされましたか?」
「あ、いえ、何でも…。」
「?」
「そういえば、梶原さんはどうしてここへ?」
「姪っ子に誘われまして…。」
「姪っ子?」
「山中幸久君の婚約者なんです。」
「なるほど、そういうことでしたか。」
「初めてで少し緊張しています。」
「楽になさってください。
 そして、今日は思いっきり楽しんでいってください。」
「伯父さん、こっちこっち。」
「ああ、今行く。」
「では、失礼します。」

俺は一礼して哲郎氏のもとから去った。

「三浦商事の梶原常務、か…。」
「兄貴?」
「あの男だろ? 佳織をホテルに連れ込んだのは。」
「知ってたのか?」
「畠山は優秀だからな。
 わざわざ俺のところにも報告に来た。」
「そうだったのか…。」
「だが、話した感じでは佳織は何か勘違いしているような気がする。」
「いや、でも、奴が佳織を…。」
「だが、佳織はあの姉さんの娘だぞ。」
「うっ。」
「一番似てる娘だけに、アレも引き継いでるんじゃないのか?」
「ま、まさか?!」
「そのまさかも知れん。 もう少し様子を見よう。」
「ああ、わかった。」
「ところで佳織は?」
「いつも通り、パドックに張り付いて写真ばかり撮ってますよ。」
「やれやれ…。 ま、あいつの唯一の趣味だからそっとしておくか…。」

そんな会話が野田兄弟の間でされているなど俺は知る由もなかった。
そして、この日佳織がすぐ近くいたということすらも…。
そのことを知るのはまだもう少し先のことである。



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えっと、佳織の秘密が徐々に明かされていきます。
次ではっきりするかな?
オッサン視点はどこまで続く?
作者もわかりません(汗)
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