トキメキは突然に

氷室龍

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春香視点

策士、奔走する

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佳織の部下・相楽春香視点です。

********************************************
策士、奔走する。

それは一年前の出来事でした。
母・相楽登紀子からの1本の電話。
それがなければこんなことなんてしなかったんだけど。

――――――――1年前――――――――

「春香! 兄さんが離婚したって本当なの?!」
「母さん…。」
「何かしら?」
「今、何時だと思ってるの?」
「18時。」

私は危うく手にしたスマホを床に叩きつけそうになった。

「あのね、母さんは今どこにいるんだっけ?」
「ロンドン。」
「で、私は今どこにいるでしょう?」
「どこって…。 東京でしょ?」

シレっと答えやがったよ、この人は!

「母さん!!!!」
「そんなことよりも!!」

私の言葉を遮るようにして話し出そうとする我が母。
やめてくれ。
すると、後ろから手が伸びて持っていたスマホを取り上げられてしまった。
それは去年から付き合っている山中幸久さん。

「お義母さん、申し訳ないけど日本は夜中の2時です。
 で、春香は僕とお楽しみ中なので邪魔しないでください。」

それだけ言って終了ボタンを押して、何事もなかったようにスマホを返される。

「春香、面倒だから電源切っときな。」
「う、うん。」
「さて、目が覚めちゃったから一汗かかない?」
「えっと…、今から?」
「明日、っていうかもう今日か。
 出かける予定ないだろ?」
「そう、だけど…。」
「俺、こんなになってるから…。」

彼は私の手を取ると自分の股間にやる。
既にそこは固くそそり立っていた。
彼はニヤリと笑うとそのまま押し倒したのだった。

翌日、改めて母から電話が入ったのは言うまでもない。
そして、至上命令が下された。

『何が何でも兄さんを再婚させること!!』

そんな訳で私・相楽春香は伯父・梶原雅之の再婚相手を探すことになったのだった。

****************************************************************

そんなこんなで現在。
未だに伯父は再婚できずにいます。

「はぁ~。」
「春香、またため息ついてる…。」

桜が満開となり、お花見シーズン真っ只中のある日の朝。
私は朝食を幸久さんと取っていた。
私たちは結婚前提で付き合い始め、ちょうど例の電話があったころから同棲している。
実は来月ジューンブライドの花嫁になることが決まってます。
そのことで母から件の命令にタイムリミットが設けられてしまった。

「だって、あれから1年経っても進展なしなんて…。」
「伯父さんのこと?」
「そう。」
「確か上司の女性を紹介したとか言ってなかったか?」
「それがさぁ、どういう訳か逃げられたんだって。」
「なんだ、それ?」
「課長、お酒弱いから簡単に落とせると思ったんだけどなぁ。」
「お前、何気にすごいこと薦めてないか?」
「そうかな?
 酔い潰してベッドに押し倒して既成事実作っちゃう。
 絶対うまくいくと思ったんだけど…。」
「いや、それ、ダメだろ。」
「えぇ~、ダメなの?」
「鬼畜すぎる。」

あれ? 幸久さん思いっきり引いてる?
そうか、あの作戦は失敗だたのか…。
でも、課長って絶対伯父さんの事、惚れてるはずなんだけど…。

「お互い気があるのに?」
「そうなのか?」
「うん。 一之瀬課長…。 あ、私の上司ね。
 多分、伯父さんに好意持ってるはずだもん。」
「女の勘か?」
「私、課長のサポートしてるからほぼ四六時中あの人の側にいるのね。
 だからわかるの。
 伯父さんの左手薬指見ては悲しそうな顔してるのよ。」
「好きだけど、相手は既婚者だから諦めるしかない。って?」
「うん…。 多分そんな感じ。」
「で、1年進展なし?」
「伯父さんが離婚を公にしてないのが原因だと思う。」
「何でまた…。」
「財産分与で揉めてるんだって。」
「それはまた、面倒なことに…。」
「大した資産があるわけでもないのににね。」
「もしくは社会的な地位か…。」
「確かにうちの会社の常務だけど、本人は定年退職して田舎で悠々自適に暮らす気満々よ。」
「そういえば、離婚の原因は何なんだ?」
「確か『雅之さんは絶倫過ぎて私には無理!』だったかな?」
「………………。」

あ、幸久さんが固まった。
ま、そうなるよねぇ。
まさか伯父の性欲の強さが離婚の原因って…。
確かにあっちが強そうな感じはしてたけどね。
だって、伯父さんってとても52には見えないもん。
こないだ社内に併設されてるプールで見かけたけど、腹筋キレイに割れてた。
俗にいうシックスパックってやつ?
大胸筋、上腕二頭筋、僧帽筋も凄かった…。

「春香の伯父さんてマッチョなのか?」
「うん、ガチガチのマッチョ。」
「どのくらい?」
「照英なんか目じゃないくらい?」
「ははははは…。」
「大丈夫、私は幸久さんみたいな細マッチョの方が好きだから。」
「そ、そうか…。 それはよかった。」

あ、なんかホッとしてるよ。
可愛いなぁ。
なんて思ってしまうんだけど、もちろん口にはしないよ。
その辺はわきまえています。

私のことはさておき。
伯父をどうするかです。
このままだと、あの母がロンドンからすっ飛んできて嵐を巻き起こしてしまう。
母の嵐の凄まじさは身をもって知っています。
まさに『死して屍拾うものなし』です。
なんとしてでもそれだけは阻止しなくては…。

「う~~~~ん。」
「なぁ、春香。」
「なに?」
「この際、搦め手で攻めてみるとか?」
「搦め手?」

幸久さんの提案に私は首をかしげた。
幸久さんは手にしていたマグカップをテーブルに置き、真剣な眼差しで話し始めた。
あまりにも真剣な表情だったので私も背筋を伸ばして聞いた。

****************************************************************

――――――――翌日・常務室――――――――

「…ていう作戦で課長を落としてみてはどう?」
「それは登紀子の入れ知恵か?」
「違うよ、幸久さんがね。
 あ、幸久さんって婚約者の山中幸久さんね。
 彼が『搦め手から攻めてはどうか』って言ってくれたの。」
「で、持って来た作戦が今のか?」
「そう。 今度こそうまくいくと思うよ。」
「…………。」

伯父は顎に手をやり考え込んでる。

「あ…。」
「どうした?」
「指輪、どうしたの?!」
「ああ、先週ようやく結審したから外した。」
「伯父さん!!」
「な、なんだ?」
「今日やりましょう!」
「は?」
「私、伯父さんが呼んでるって言って終業後にここに来るように伝えとくから!」
「お、おい!」
「じゃ、今度こそ上手くやってよ!」
「春香!!!」

私は伯父の制止を無視して営業三課へと戻った。
戻ってみると一之瀬課長はいつにも増してどんよりオーラを纏っていた。
あれ? なんかあったのかな?
あ、もしかしてまた陰口でも叩かれたのかな?
それなら好都合だ。
というわけで、私は早速作戦を実行に移す。

「課長?」
「あ、ごめんなさい。」
「珍しいですね。 課長が考え事なんて…。」
「年度初めの忙しさが一段落したからかしら。
 ちょっと気が抜けてたみたい。」

課長がチラッと私の薬指に視線をやったのを見逃さなかった。
さらにどんよりオーラが濃くなった、ような気がする。

「それより、要件は何?」
「あ、そうでした。 梶原常務がお呼びです。」
「え?」

課長が一瞬固まったのがわかる。
しかも相当動揺している。
だって、手にしてた書類全部落としたんだもん。

「それで、常務はすぐに来いって?」
「いえ、急ぎではないようで…。
 終業後でいいそうです。」
「そ、そう、わかったわ。」

私は一礼して自席に戻る。
その日はずっと課長を観察していたが相当動揺している。
うむ、これなら今回の作戦はうまくいくはずだ。
あとのことは伯父に任せて定時で上がったのだった。

****************************************************************

――――――――さらに数日後――――――――

私は課長とともに社食でランチをしていた。

「課長、大丈夫ですか?」
「あんまり大丈夫じゃないかも…。」

お? なんかいい感じの反応。
ふむ、これは伯父が上手くやっているに違いない。

「ふふ、課長も乙女だったんですね。」
「何それ?」
「だって、今の課長って恋する乙女の顔してますよ?」
「え?」

課長が顔をあげ、真っ赤になる。
おっしゃ、これはもうひと押しだ。
私は課長に気づかれないようにテーブルの下で拳を握っていた。

「あ、そうだ。
 踏ん切りつかないなら思い切って縁結びのパワースポット回るとかどうですか?」
「パワースポット?」

よしよし、『パワースポット』って言葉に食いついてきた。
内心、小躍りしそうなのを抑えて淡々と話を進める。

「ウジウジ悩むよりいいんじゃないですか?」
「そうかしら…。」
「課長はそんなに嫌なんですか?」
「自分でもよくわからないわ。」

何? 自分の気持ちがわからないだと?!
これはこのまま押し切るとマズい?
なら、ちょっと変化球を一つ入れとくか。

「もし、断ち切りたいなら『縁切り』って手もありますよ。」
「縁切り?」
「ええ、関西にはその手のお寺や神社があるそうですよ。」
「縁切りかぁ…。」

あ、黄昏てる。
しかもかなり遠い目になってるし。
よし、これならいける!!

「私はお勧めしませんけどね。」
「相楽さん?」
「だって、課長がこの会社に勤める限り常務と縁を切るなんて不可能です。
 だから、私は『縁結び』のほうを勧めます。」
「縁結びねぇ…。」

課長が頬杖付きながら窓の外をぼんやり見始めてる。
フフフ、ここまで来れば作戦は8割方成功だ。
よし、畳みかけるぞ!

「奥出雲に一人旅なんてどうです?」
「奥出雲?」
「玉造温泉に三瓶山。
 で、メインは出雲大社!」
「出雲大社?」
「出雲大社の主神・大国主命の嫁探しの話って知りません?」
「ごめん、そういうの疎いの。」

疎いといいつつ、興味津々なのが伝わってくる。
これはもう上手くいくとしか思えない。

「大国主命は自分の妻を探すために長い旅をして娶ったんです。
 そこから出雲大社は縁結びのご利益があるってことらしいです。」
「そうなのね。」
「大きな注連縄があって結構な迫力です。
 本殿までに四つの鳥居があるんですよねぇ。
 見ごたえありますよ!」
「相楽さんは行ったことあるの?」

おお! かかった、かかった。
あとはど真ん中にストレートの剛速球を投げ込むだけだ。

「はい! 平成の大遷宮があったときに行ったんです。
 実は今度結婚する彼ってその時にお参りした後にできたんです。」

ちょっと、頬を赤らめ俯いてみせる。
これくらいの演出しとかないとね。

「そ、そうなんだ…。」
「だから、課長も行ってきたらどうですか?」
「そうね。 そうしようかしら…。」

昼休憩が終わるころには課長は奥出雲へと思いを馳せていた。
ここまでくれば、あとは総仕上げだ!
伯父の同窓会に合わせて日程を勧め、参拝方法を事細かくレクチャー。
ついでに伯父が帰省すると必ず寄るという喫茶店のこともそれとなく教えておく。
これでお膳立てはすべて整った!
これで失敗したらその時は伯父を袋叩きにしてやる!!

私がその結果を知るのは私の結婚式の控室でだった。
************************************************
偶然を装うには下手すぎる雅之さんに代わって春香がお膳立てをしたのでした。
といっても、実際の立案者は婚約者の幸久だけど。
因みに彼は月下の軍師・山中鹿之助の子孫だったりします。
なので、この程度の策を弄するのはお手の物だったり…。(笑)
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