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独眼竜、傾奇者に諭される
残り香の正体は…
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愛は障子の隙間から差し込む朝日で目が覚める。起き上がろうとするが、腰に回された逞しい腕に阻まれ身動きができない。身じろぎすれば、その腕は更に力を込めて抱き寄せる。だが、決して悪い気はしない。むしろ嬉しい。だから、その抱き寄せられた胸に顔を埋めてしまう。
「藤次郎様…。」
愛は自分を抱きしめて離さない愛しい男の名を呼んだ。すると、彼の左の睫毛が震えた。どうやら、彼も覚醒が近いようだ。
「愛?」
「お目覚めになりましたか?」
「ああ、もう、朝か…。」
「はい、ですから―――。」
そう言いかけた愛だったが、その先は政宗の唇によって続けることができなかった。政宗は愛の唇を貪り、そのまま舌を潜り込ませる。
「んっ…。」
愛の吐息に甘い響きが混じるのに気を良くして、歯列をなぞりそのまま口腔内を蹂躙していく。腰に回していた手は尻をやわやわと這いずり回る。その感覚に堪えられなくなったのか、愛が身を捩る。その拍子に気付いてしまう、太腿に触れる政宗の逸物がはち切れんばかりに勃ち上がっていることに…。
「!!」
「フッ…。」
「藤次郎様?!」
「朝立ちは男の性だ。」
「な、何を…。」
「朝餉まで時間はあろう?」
「で、ですが…。」
「俺は其方が欲しい…。」
「あっ。」
政宗は起き上がるり愛の膝を立てて足を開くと一気に押し入る。昨夜散々交わっただけに蜜壺はすんなりと受け入れる。故に愛はいつも以上に感じてしまう。気付けばはしたなく喘ぎを漏らす。だが、政宗にはそれが堪らなく嬉しかった。愛の中は自分を絡めとり奥へ誘うように蠢いていたから。
「愛…、そろそろ…。」
「はぁんっ、やぁっ、あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
政宗は一際強く奥を穿った。愛はいとも簡単に達する。そして、子種を欲しがるように政宗を締め上げ蠢いた。政宗はそれに抗うことなく己を解き放つ。
「はは、やはり其方は一番の女子だ…。」
そういって額に口付けを落としたのだった。
*********************************************
その後、二人で朝餉を取ったのだが…。
「…………。」
「愛…。」
「…………。」
「何をそんなに――――。」
「あんなことをされては怒りたくもなります!」
「あんなこと?」
「あ、朝から…。」
「其方を抱いたことか?」
「と、藤次郎様!!」
愛は羞恥で顔を真っ赤にして慌てている。だが、政宗は平然としたもの。恐らくは『妻を抱いて何が悪い』とでも思っているのだろう。だが、愛はいつまでも慣れない。明るい中ですべてをさらけ出して乱れる自身を思い出すと、それこそ穴があったら入りたいといった気分であった。
「せ、せめて夜だけにしていただきとうございます…。」
「考えておく。」
シレっとそう言い切った政宗に愛はため息しか出ない。
「そうだ。」
「はい?」
「近々、古田織部の元で茶会を催そうと思っておる。」
「茶会、ですか…。」
「愛、其方も同席してもらう。」
「え?」
「詳しいことは今夜話す。」
それだけ言うと、政宗はそのまま朝餉を平らげたのだった。
*********************************************
――――――――数日後・古田織部邸――――――――
愛は政宗に連れられ、足を踏み入れる。案内されたのは奥の庭園だった。
「野点か。」
「紅葉も見ごろを迎えましたので…。」
「さすが、宗易殿の一番弟子、といったところか。」
「おだてても何も出ませぬぞ。 それより…。」
「もう、いらっしゃっておられるか?」
「はい、奥でお待ちになられております。」
織部に案内された先には大野治長が立っていた。
「お待ちいたしておりました。」
「うむ。」
「あ、あの…。」
「お初にお目にかかります。
それがしは修理大夫・大野治長と申します。」
「あ、わ、私は…。」
「存じております。 伊達殿の御正室・愛殿であらせられますな。」
「は、はい。」
治長はそれ以上語ろうとはしなかった。愛は政宗に促されて治長の後に続く。その先には可憐な一人の女人がいた。艶やかに流れる黒髪、意志の強そうな瞳。どこか妖艶な色香を漂わせるその女人に愛は息を顰める。
「おお、よう参られた。 ささ、こちらへ。」
「は、はい。」
愛はその女人の目の前に座らされる。何が何だかわからず不安になるも隣に座る政宗が自分の手を握っていてくれることで平静を保っていた。そして、あることに気付いた。この目の前の女人から漂う香の匂いがあの時政宗が纏って帰ったものと同じものだということに…。
「では、改めて…。 妾は浅井茶々。
伊達殿に無理を言うてこのような席をもうけてもらったのじゃ。」
「え?」
「伊達殿が殿下から隠すほどの奥方とはどのようなものかと思うてな。」
茶々は妖艶に微笑んでみせる。その笑みに愛は困惑するばかり。
「じゃが、少々強引過ぎたようじゃ。」
「茶々様…。」
「分かっておる。」
「では、ここから先はそれがしが…。」
「大野様?」
「以前、殿下の茶席に招かれた折、伊達殿は『病で伏せっているから』とお断りになられました。」
その言葉に政宗がそっぽを向く。よく見ると耳が赤い。
「それがあなた様のことを守るための嘘であったと聞き及びまして。
茶々様は興味を持たれたのです。
独眼竜と渾名される奥州の覇者がそこまで惚れ込んだ奥方とはどのような女子なのかと。」
そこで、治長は一つため息をつく。茶々は悪戯っぽい笑みを向けている。愛はその意味を図りかねて首を傾げた。
「茶々様は時折大胆な真似をなされますので。」
「は?」
「その…。」
「大野様?」
「先日、ここで伊達殿が茶の湯を学びにいらしていると聞きつけ…。」
愛はようやく合点がいった。先日の残り香はこの目の前の女人が政宗に直談判をしに乗り込んできたためだったようだ。
「じゃが、そのせいで其方の気を煩わせてしもうたようじゃ。」
「え?」
「随分と叱られてしもうた。」
茶々は愛に自ら点てた茶を差し出す。戸惑いを隠せずにいると、政宗に頷かれその茶をいただく。
「おお、もう始めておられたか。」
「遅れて申し訳ございません。」
そこに現れたのは、慶次郎と兼続。愛は更に困惑した。視線を政宗に向ければ少し困った顔をしている。そこから、二人をこの席に呼んだのが政宗だと察した。
「愛殿…。」
「は、はい。」
「妾のことを叱ったのは慶次殿じゃ。」
「え?」
「どうも妾は伯父上の血が濃いようで…。 あと先考えず行動してしまう。
其方にはいらぬ気を使わせてしもうたようで申し訳ない。」
茶々は愛に深々と頭を下げる。まさかそのような経緯があったなど思いもよらなかったので慌ててしまう。
「茶々様もこう申されておることだし、許してやったらどうですかな?」
「前田殿まで…。」
愛は戸惑ってしまう。自分は誰かを咎める気などないのないのに政宗ばかりか茶々にまで頭を下げられてしまったのだから当然だ。
「あ、あの、茶々様、 頭を上げてください。 私に詫びなど不要です。」
「じゃが…。」
「真相を問いたださなかったばかりに起きたことですので…。」
「良いのか?」
「はい。 事情が分かれば私はそれで…。」
「そうか。 なら、よかった。」
茶々は頭を上げ、安堵の笑みを浮かべた。周りの空気が和らいだ。
と、その時!
ギギギギィィィ バターーーーン!!
「え?」
茶々たちの後ろに貼ってあった幕が柱ごと倒れたのだ。そこには二人の武将が折り重なっていた。
「ばっかやろう! バレちまたじゃねぇか!」
「何言ってるんだ、虎が押すからだろう?!」
「はぁ?! 俺のせいかよ!!」
二人は今にも取っ組み合いの喧嘩を始めるかのように胸倉を掴み合う。すると、後ろから扇子で二人の頭をはたいた男がいた。
「だっ!」
「てぇ~」
「お前ら、茶々様の御前ぞ!!」
二人は渋々といったようにおとなしくなる。
「お騒がせして申し訳ございません。」
「治部、これはどういうことじゃ。」
「こ、これはその…。」
茶々に問われたのは治部こと石田三成。どう返すべきか悩んでいる。
「それがしが治部殿にお教えしたのです。」
「山城守殿が?」
「はい、伊達殿から此度の茶席に招かれました故。」
「そうであったか…。」
「それで、何故、加藤殿と福島殿がここにいるのと関係がある?」
口を挟んだのは茶々の後ろに控えていた治長だった。怒りを含んだその声を例の二人は全く意に介していないらしい。興奮気味に語りだす。
「そんなの決まってるだろ?!」
「おおよ!!」
「で、理由は何だ?」
「「伊達の恋女房殿を見るためよ!!」」
それを耳にした政宗は口を着けていた茶を吹き出してしまう。
「ゴホッ、ゲホッ…。」
「と、殿?!」
「だ、大事ない。」
愛が背中を摩る。政宗は手で制して、息を整える。顔を上げると慶次がニヤニヤとこちらを見ている。
(慶次殿の仕業か!)
「いやぁ~、ほんに可愛らしい方で。」
「儂もこんな嫁が欲しかったわ。」
「おい! お前ら、いい加減名乗らんか!!」
「「あ…。」」
三成に再び頭をはたかれ、二人は自分たちが名乗っていなかったことを思い出す。
「これはとんだ御無礼を…。
それがしは賤ヶ岳七本槍の一人、加藤清正。
通称は虎之助なので、皆は俺のことを『虎』と呼んでおる。」
「儂は福島正則。
幼名が『市松』なので皆は『市』と呼んでおる。
お見知りおきくだされ!」
「は、はい。」
愛鼻息荒く名乗る二人に気おされて返事をするのがやっとだった。
「お二人には茶を点てるよりお酒をお持ちした方がよろしいですかな?」
「おお、さすが織部。 分かっておる。」
「大したものは出せませぬがよろしいか?。」
「儂らは酒ならなんでも良いぞ。」
織部は家人に申し付けて酒と肴を用意させる。野点の茶会はいつの間にやら酒宴へと変わっていた。酒が入ったせいで清正と正則は更に愛に絡んでくる。
「それにしても珍しい読みですなぁ。」
「え?」
「『愛』と書いて『めご』と読むとは…。」
「ああ、それは――――。」
「国の言葉で『可愛らしい』を『めごい』と言うからだ。」
政宗が不機嫌そうに答える。清正と正則はそれを聞いてさらに悪乗りし始める。政宗の苛立つ様子が楽しくて仕方ないようだ。
「聞いたところ、輿入れされて十数年とお伺いしたが。」
「はい、十七年になります。」
「それはそれは。」
「ですが、なかなか子に恵まず、幾度となく離縁を考えました。」
その言葉に政宗がギョッとする。今の今までそんな話を聞いたことがなかったから…。最早、気が気ではなかった。それを見て清正はニヤリと笑い、正則に目配せする。正則は頷き返し話を続けた。
「ははは、そう思うても伊達殿が離してはくださらなかったのですな!」
「こんなかわいい嫁だ。 子が出来んぐらいで手放したりするものか!!」
「それだけ、惚れ込んでおるんじゃな。」
「親父殿と一緒じゃ!!!」
「え?」
愛は彼らのいう『親父殿』が太閤秀吉のことであることは分かっていた。加藤清正、福島正則といえば秀吉が我が子同然に育てた子飼の将。だが、彼らは政宗をその秀吉と同じだという。何をもって同じなのか愛には分からなかった。
「おかか様との間に子はできんかったが、親父殿は決して離さんかった…。」
「愛殿、何故じゃと思う?」
「さ、さぁ…。」
「それはのぉ…。」
清正は杯の酒をグイッと飲み干し、ニカッと笑うと言葉を続ける。
「親父殿が惚れに惚れて、嫁にしたのがおかか様じゃからだ。」
「おかか様は親父殿の『恋女房』よ。」
「どんなに脇に逸れようが最後に戻るのは惚れた女子の元よ。」
「じゃから、愛殿は『伊達の恋女房』じゃ。 人の言うことなど気になさるな。
伊達殿が離さぬのは惚れてる証拠だと思って隣におればよいのじゃ。」
愛は胸のつかえがとれたような気がした。すると、自然と涙があふれてくる。
「愛?!」
「も、申し訳ありません…。」
「大事ないか?」
「はい…。」
「おい、貴様ら!! 覚悟はできているのだろうな?」
「「へ?」」
政宗が怜悧な気を纏い始めた。清正と正則はおたおたとし始める。
「ククク…。」
「フハハハ!!」
すると、兼続と慶次が笑い出す。政宗は鋭い視線を2人にに向け、今にも躍りかかろうとする。
「何がおかしい!!」
「いやぁ、音に聞く『奥州の独眼竜』も惚れた女のこととなると態度が変わるのだと思うと…。」
「慶次殿、それは仕方のないこと。 心底惚れぬいた相手なればそうなります。」
「お! さすがは直江殿!」
「そう言えば、直江殿の奥方は…。」
「あ~~~、その話は…。」
いつの間にやら清正と正則の興味は兼続に移ったようだった。すると、茶々が愛の隣にやってきた。
「あの二人の申す通りじゃ。」
「え?」
「如何に妾がお拾いの母じゃというても殿下が最後に向かわれるは北政所様のところ。
どれほど女を磨こうが敵うことはないのじゃ。」
「茶々様…。」
「じゃから、其方も信じて付いてゆくがよい。 最後に帰ってくるのは自分のとこだと…。」
「はい。」
愛は涙を拭い、茶々に微笑みかけた。その笑顔に茶々も満足した表情を見せた。
*********************************************
あれから宴は日が暮れるまで続けられた。話が兼続と奥方との馴れ初めにうつり、楽しい宴となった。結局、日が暮れ夜の帳が降りたころに帰ることになった。愛は政宗の愛馬に乗せられ、その身を政宗に預ける。
「藤次郎様?」
「どうした。」
「私、信じていますから…。」
「?」
「だから…。」
「愛?」
「私の元に帰ってきてください。」
「ああ、勿論だ。」
政宗は愛を強く抱き寄せた。二人は秋の風を感じながら屋敷へと戻っていったのだった。
************************************************
お読みいただきありがとうございます
これにて一旦完結といたします。
「藤次郎様…。」
愛は自分を抱きしめて離さない愛しい男の名を呼んだ。すると、彼の左の睫毛が震えた。どうやら、彼も覚醒が近いようだ。
「愛?」
「お目覚めになりましたか?」
「ああ、もう、朝か…。」
「はい、ですから―――。」
そう言いかけた愛だったが、その先は政宗の唇によって続けることができなかった。政宗は愛の唇を貪り、そのまま舌を潜り込ませる。
「んっ…。」
愛の吐息に甘い響きが混じるのに気を良くして、歯列をなぞりそのまま口腔内を蹂躙していく。腰に回していた手は尻をやわやわと這いずり回る。その感覚に堪えられなくなったのか、愛が身を捩る。その拍子に気付いてしまう、太腿に触れる政宗の逸物がはち切れんばかりに勃ち上がっていることに…。
「!!」
「フッ…。」
「藤次郎様?!」
「朝立ちは男の性だ。」
「な、何を…。」
「朝餉まで時間はあろう?」
「で、ですが…。」
「俺は其方が欲しい…。」
「あっ。」
政宗は起き上がるり愛の膝を立てて足を開くと一気に押し入る。昨夜散々交わっただけに蜜壺はすんなりと受け入れる。故に愛はいつも以上に感じてしまう。気付けばはしたなく喘ぎを漏らす。だが、政宗にはそれが堪らなく嬉しかった。愛の中は自分を絡めとり奥へ誘うように蠢いていたから。
「愛…、そろそろ…。」
「はぁんっ、やぁっ、あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
政宗は一際強く奥を穿った。愛はいとも簡単に達する。そして、子種を欲しがるように政宗を締め上げ蠢いた。政宗はそれに抗うことなく己を解き放つ。
「はは、やはり其方は一番の女子だ…。」
そういって額に口付けを落としたのだった。
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その後、二人で朝餉を取ったのだが…。
「…………。」
「愛…。」
「…………。」
「何をそんなに――――。」
「あんなことをされては怒りたくもなります!」
「あんなこと?」
「あ、朝から…。」
「其方を抱いたことか?」
「と、藤次郎様!!」
愛は羞恥で顔を真っ赤にして慌てている。だが、政宗は平然としたもの。恐らくは『妻を抱いて何が悪い』とでも思っているのだろう。だが、愛はいつまでも慣れない。明るい中ですべてをさらけ出して乱れる自身を思い出すと、それこそ穴があったら入りたいといった気分であった。
「せ、せめて夜だけにしていただきとうございます…。」
「考えておく。」
シレっとそう言い切った政宗に愛はため息しか出ない。
「そうだ。」
「はい?」
「近々、古田織部の元で茶会を催そうと思っておる。」
「茶会、ですか…。」
「愛、其方も同席してもらう。」
「え?」
「詳しいことは今夜話す。」
それだけ言うと、政宗はそのまま朝餉を平らげたのだった。
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――――――――数日後・古田織部邸――――――――
愛は政宗に連れられ、足を踏み入れる。案内されたのは奥の庭園だった。
「野点か。」
「紅葉も見ごろを迎えましたので…。」
「さすが、宗易殿の一番弟子、といったところか。」
「おだてても何も出ませぬぞ。 それより…。」
「もう、いらっしゃっておられるか?」
「はい、奥でお待ちになられております。」
織部に案内された先には大野治長が立っていた。
「お待ちいたしておりました。」
「うむ。」
「あ、あの…。」
「お初にお目にかかります。
それがしは修理大夫・大野治長と申します。」
「あ、わ、私は…。」
「存じております。 伊達殿の御正室・愛殿であらせられますな。」
「は、はい。」
治長はそれ以上語ろうとはしなかった。愛は政宗に促されて治長の後に続く。その先には可憐な一人の女人がいた。艶やかに流れる黒髪、意志の強そうな瞳。どこか妖艶な色香を漂わせるその女人に愛は息を顰める。
「おお、よう参られた。 ささ、こちらへ。」
「は、はい。」
愛はその女人の目の前に座らされる。何が何だかわからず不安になるも隣に座る政宗が自分の手を握っていてくれることで平静を保っていた。そして、あることに気付いた。この目の前の女人から漂う香の匂いがあの時政宗が纏って帰ったものと同じものだということに…。
「では、改めて…。 妾は浅井茶々。
伊達殿に無理を言うてこのような席をもうけてもらったのじゃ。」
「え?」
「伊達殿が殿下から隠すほどの奥方とはどのようなものかと思うてな。」
茶々は妖艶に微笑んでみせる。その笑みに愛は困惑するばかり。
「じゃが、少々強引過ぎたようじゃ。」
「茶々様…。」
「分かっておる。」
「では、ここから先はそれがしが…。」
「大野様?」
「以前、殿下の茶席に招かれた折、伊達殿は『病で伏せっているから』とお断りになられました。」
その言葉に政宗がそっぽを向く。よく見ると耳が赤い。
「それがあなた様のことを守るための嘘であったと聞き及びまして。
茶々様は興味を持たれたのです。
独眼竜と渾名される奥州の覇者がそこまで惚れ込んだ奥方とはどのような女子なのかと。」
そこで、治長は一つため息をつく。茶々は悪戯っぽい笑みを向けている。愛はその意味を図りかねて首を傾げた。
「茶々様は時折大胆な真似をなされますので。」
「は?」
「その…。」
「大野様?」
「先日、ここで伊達殿が茶の湯を学びにいらしていると聞きつけ…。」
愛はようやく合点がいった。先日の残り香はこの目の前の女人が政宗に直談判をしに乗り込んできたためだったようだ。
「じゃが、そのせいで其方の気を煩わせてしもうたようじゃ。」
「え?」
「随分と叱られてしもうた。」
茶々は愛に自ら点てた茶を差し出す。戸惑いを隠せずにいると、政宗に頷かれその茶をいただく。
「おお、もう始めておられたか。」
「遅れて申し訳ございません。」
そこに現れたのは、慶次郎と兼続。愛は更に困惑した。視線を政宗に向ければ少し困った顔をしている。そこから、二人をこの席に呼んだのが政宗だと察した。
「愛殿…。」
「は、はい。」
「妾のことを叱ったのは慶次殿じゃ。」
「え?」
「どうも妾は伯父上の血が濃いようで…。 あと先考えず行動してしまう。
其方にはいらぬ気を使わせてしもうたようで申し訳ない。」
茶々は愛に深々と頭を下げる。まさかそのような経緯があったなど思いもよらなかったので慌ててしまう。
「茶々様もこう申されておることだし、許してやったらどうですかな?」
「前田殿まで…。」
愛は戸惑ってしまう。自分は誰かを咎める気などないのないのに政宗ばかりか茶々にまで頭を下げられてしまったのだから当然だ。
「あ、あの、茶々様、 頭を上げてください。 私に詫びなど不要です。」
「じゃが…。」
「真相を問いたださなかったばかりに起きたことですので…。」
「良いのか?」
「はい。 事情が分かれば私はそれで…。」
「そうか。 なら、よかった。」
茶々は頭を上げ、安堵の笑みを浮かべた。周りの空気が和らいだ。
と、その時!
ギギギギィィィ バターーーーン!!
「え?」
茶々たちの後ろに貼ってあった幕が柱ごと倒れたのだ。そこには二人の武将が折り重なっていた。
「ばっかやろう! バレちまたじゃねぇか!」
「何言ってるんだ、虎が押すからだろう?!」
「はぁ?! 俺のせいかよ!!」
二人は今にも取っ組み合いの喧嘩を始めるかのように胸倉を掴み合う。すると、後ろから扇子で二人の頭をはたいた男がいた。
「だっ!」
「てぇ~」
「お前ら、茶々様の御前ぞ!!」
二人は渋々といったようにおとなしくなる。
「お騒がせして申し訳ございません。」
「治部、これはどういうことじゃ。」
「こ、これはその…。」
茶々に問われたのは治部こと石田三成。どう返すべきか悩んでいる。
「それがしが治部殿にお教えしたのです。」
「山城守殿が?」
「はい、伊達殿から此度の茶席に招かれました故。」
「そうであったか…。」
「それで、何故、加藤殿と福島殿がここにいるのと関係がある?」
口を挟んだのは茶々の後ろに控えていた治長だった。怒りを含んだその声を例の二人は全く意に介していないらしい。興奮気味に語りだす。
「そんなの決まってるだろ?!」
「おおよ!!」
「で、理由は何だ?」
「「伊達の恋女房殿を見るためよ!!」」
それを耳にした政宗は口を着けていた茶を吹き出してしまう。
「ゴホッ、ゲホッ…。」
「と、殿?!」
「だ、大事ない。」
愛が背中を摩る。政宗は手で制して、息を整える。顔を上げると慶次がニヤニヤとこちらを見ている。
(慶次殿の仕業か!)
「いやぁ~、ほんに可愛らしい方で。」
「儂もこんな嫁が欲しかったわ。」
「おい! お前ら、いい加減名乗らんか!!」
「「あ…。」」
三成に再び頭をはたかれ、二人は自分たちが名乗っていなかったことを思い出す。
「これはとんだ御無礼を…。
それがしは賤ヶ岳七本槍の一人、加藤清正。
通称は虎之助なので、皆は俺のことを『虎』と呼んでおる。」
「儂は福島正則。
幼名が『市松』なので皆は『市』と呼んでおる。
お見知りおきくだされ!」
「は、はい。」
愛鼻息荒く名乗る二人に気おされて返事をするのがやっとだった。
「お二人には茶を点てるよりお酒をお持ちした方がよろしいですかな?」
「おお、さすが織部。 分かっておる。」
「大したものは出せませぬがよろしいか?。」
「儂らは酒ならなんでも良いぞ。」
織部は家人に申し付けて酒と肴を用意させる。野点の茶会はいつの間にやら酒宴へと変わっていた。酒が入ったせいで清正と正則は更に愛に絡んでくる。
「それにしても珍しい読みですなぁ。」
「え?」
「『愛』と書いて『めご』と読むとは…。」
「ああ、それは――――。」
「国の言葉で『可愛らしい』を『めごい』と言うからだ。」
政宗が不機嫌そうに答える。清正と正則はそれを聞いてさらに悪乗りし始める。政宗の苛立つ様子が楽しくて仕方ないようだ。
「聞いたところ、輿入れされて十数年とお伺いしたが。」
「はい、十七年になります。」
「それはそれは。」
「ですが、なかなか子に恵まず、幾度となく離縁を考えました。」
その言葉に政宗がギョッとする。今の今までそんな話を聞いたことがなかったから…。最早、気が気ではなかった。それを見て清正はニヤリと笑い、正則に目配せする。正則は頷き返し話を続けた。
「ははは、そう思うても伊達殿が離してはくださらなかったのですな!」
「こんなかわいい嫁だ。 子が出来んぐらいで手放したりするものか!!」
「それだけ、惚れ込んでおるんじゃな。」
「親父殿と一緒じゃ!!!」
「え?」
愛は彼らのいう『親父殿』が太閤秀吉のことであることは分かっていた。加藤清正、福島正則といえば秀吉が我が子同然に育てた子飼の将。だが、彼らは政宗をその秀吉と同じだという。何をもって同じなのか愛には分からなかった。
「おかか様との間に子はできんかったが、親父殿は決して離さんかった…。」
「愛殿、何故じゃと思う?」
「さ、さぁ…。」
「それはのぉ…。」
清正は杯の酒をグイッと飲み干し、ニカッと笑うと言葉を続ける。
「親父殿が惚れに惚れて、嫁にしたのがおかか様じゃからだ。」
「おかか様は親父殿の『恋女房』よ。」
「どんなに脇に逸れようが最後に戻るのは惚れた女子の元よ。」
「じゃから、愛殿は『伊達の恋女房』じゃ。 人の言うことなど気になさるな。
伊達殿が離さぬのは惚れてる証拠だと思って隣におればよいのじゃ。」
愛は胸のつかえがとれたような気がした。すると、自然と涙があふれてくる。
「愛?!」
「も、申し訳ありません…。」
「大事ないか?」
「はい…。」
「おい、貴様ら!! 覚悟はできているのだろうな?」
「「へ?」」
政宗が怜悧な気を纏い始めた。清正と正則はおたおたとし始める。
「ククク…。」
「フハハハ!!」
すると、兼続と慶次が笑い出す。政宗は鋭い視線を2人にに向け、今にも躍りかかろうとする。
「何がおかしい!!」
「いやぁ、音に聞く『奥州の独眼竜』も惚れた女のこととなると態度が変わるのだと思うと…。」
「慶次殿、それは仕方のないこと。 心底惚れぬいた相手なればそうなります。」
「お! さすがは直江殿!」
「そう言えば、直江殿の奥方は…。」
「あ~~~、その話は…。」
いつの間にやら清正と正則の興味は兼続に移ったようだった。すると、茶々が愛の隣にやってきた。
「あの二人の申す通りじゃ。」
「え?」
「如何に妾がお拾いの母じゃというても殿下が最後に向かわれるは北政所様のところ。
どれほど女を磨こうが敵うことはないのじゃ。」
「茶々様…。」
「じゃから、其方も信じて付いてゆくがよい。 最後に帰ってくるのは自分のとこだと…。」
「はい。」
愛は涙を拭い、茶々に微笑みかけた。その笑顔に茶々も満足した表情を見せた。
*********************************************
あれから宴は日が暮れるまで続けられた。話が兼続と奥方との馴れ初めにうつり、楽しい宴となった。結局、日が暮れ夜の帳が降りたころに帰ることになった。愛は政宗の愛馬に乗せられ、その身を政宗に預ける。
「藤次郎様?」
「どうした。」
「私、信じていますから…。」
「?」
「だから…。」
「愛?」
「私の元に帰ってきてください。」
「ああ、勿論だ。」
政宗は愛を強く抱き寄せた。二人は秋の風を感じながら屋敷へと戻っていったのだった。
************************************************
お読みいただきありがとうございます
これにて一旦完結といたします。
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考えやすく
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
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退会済ユーザのコメントです
お読みいただきありがとうございます
独自の解釈が入っているため独眼竜と渾名された戦国武将の部分は少し控え、妻を思い愛した一人の男として描いてみました
書きたいエピソードはもう少しあるのですが、もう少し練ってから公開したいと思っております
そのさいはまたお付き合いいただけましたらありがたく思います
こんにちは。拝読させていただきました。
初陣を前に、結ばれた政宗と愛。
政宗のぎこちなさにも若い二人がお互いを思う心が伝わってきました。
もう、愛が可愛すぎて!
前祝いと称して口づけをしていた政宗、GJです!
きっと二人の間に戦や陰謀など色々ありそうですが、愛には幸せになってほしいです。
楽しみにしています!
月乃 拝
お読みいただきありがとうございますm(__)m
この二人は【艱難辛苦を乗り越えた】というイメージがありましてそれを私なりの解釈で作品にしてみました
次回もお付き合いいただけましたら幸いです