瀬戸内の狼とお転婆な鶴

氷室龍

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穏やかな日に

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 楓は差し込む日の光で目覚める。その光の強さから既にかなり日が高く昇っているのはわかる。起き上がろうと身をよじると、腰が妙に重い。更に体の節々が痛む。

(ああ、そうか。明け方まで寝かせて貰えなかったから……)

 そう思い至ったところで腰に回された腕に引き寄せられる。

「今、何刻なんどきか?」
「かなり日が高くなってるみたいだから、巳の刻みのこく(10時頃)かしら……」
「じゃ、そろそろ起きなるか……」

 そう言って、吉隆が起き上がる。それに釣られるように楓も体を起こした。その拍子に足の付け根をぬるりとした感触が伝う。

「あ……」
「どうした?」

 吉隆が不思議そうに首をかしげる。楓は顔を背け、顔を赤くして俯いた。その様子から彼女の身に何が起きたのか察した。

「湯殿を支度して貰うように頼んでくる」

 吉隆は楓の方に軽く口づけると、寝所を出て行った。



 それから半刻後、楓は吉隆と供に湯殿にいた。後ろからしっかりと抱きかかえられる。

「何で抱きしめられているのかしら?」
「一人で湯につかれる状態じゃないだろう?」
「誰のせいよ!」
「俺?」

 しれっと言ってのける吉隆が憎らしかった。腹立ち紛れに逸物を強く握ってやる。

「いっ!」

 抱きしめる腕の力が弱まる。ここぞとばかりに扱けば、吉隆が息を詰める。

「楓……」
「いつもみたいに思い通りにはならないから!」

 と、強気に出てもあっという間に逆転されるのが常。気付けば、双丘の頂きがツンと立ち上がっている。その上、吉隆の右手は楓の秘めた場所を探り、その奥に隠された花芯を嬲る。そうなると息が上がるのは楓の方だ。形勢は逆転し、彼女の口からは喘ぎが漏れる。

「又四郎……」

 後ろを振り返り、吉隆を見上げるその瞳は懇願するように揺らめく。吉隆は返事の代わりに唇を塞ぐ。そして、逸物を彼女の秘裂に沿わせ、一気に突き入れた。

「あぁぁぁぁぁ!!!」

 その衝撃に背を逸らせ、大きく喘ぐ。吉隆は腹に力を入れた。明け方まで睦み合っていたにもかかわらず、隘路は思いのほか狭い。それ故、彼を絡め取り締め上げる力は強い。吉隆は眉をひそめた。今にも果ててしまいそうなのを必死で我慢する。
 ゆるゆると腰を動かし責め立てる。その動きをもどかしく思ったのか、自ら動き始める楓。ぎこちない動きは逆に吉隆を刺激する。そうして、堪えきれなくなったのは吉隆の方だった。
 立ち上がり、楓に縁を掴むように囁く。そして、自身は彼女の腰をしっかりと掴み、奥を穿った。突き入れる度に楓の喘ぎは大きくなり、やがて一際大きな嬌声と共に果てたのだった。

「くっ!!」

 吉隆は息を詰めると、それまで溜めに溜めた飛沫を解き放つ。最後の力を振り絞るように最奥を強く穿ったのだった。



 それから二日後。二人は鞆へ帰るために亀寿山城を発った。見送りに来た人々は口々に【次は赤子を連れてくるように】と添えるのだった。

「やれやれ、【子供は授かり物】だって言うのに……」
「やることやってるの知っているからだと思うわ」

 楓がため息交じりに呟く。そんなふうに知れ渡った理由が自分にあると分かっている吉隆は黙り込むしかない。

「だから、帰ったらすぐに身籠もっているかもね」

 楓ににっこり微笑みかけられては吉隆は苦笑いしかでなかった。



 鞆に帰ってきて一月ほど立った頃。楓の懐妊が分かる。大可島おおかしま城では喜びで大騒ぎとなる。更に鞆城の義昭にもそのことが伝わり、祝いの品を贈られた。

「思いのほか遅かった気もせんでもないが……」

 そう言って顎をさする驚いていたのは小早川隆景だった。その言いように吉隆は心外と言わんばかりに眉を寄せたのだが、楓が尻をつねって黙らせる。

「子は授かりものですし、世の中思い通りにならぬものの一つや二つありましょう」

 にっこりと微笑む楓の目は全く笑っていない。その様子に吉隆ばかりか、隆景も戦いたのだった。



 楓が鞆にやってきて二度目の春を迎える頃。そのお腹は大きくせり出し丸みを帯びていた。

「男子か女子か。どちらであろうか……」
「こればかりは【神のみぞ知る】よ」
「兎に角、元気な子であればどちらでも構わぬ」

 吉隆は胡座あぐらを掻き、その膝の上に楓をのせる。彼女の腹に手を当て【早う産まれてこい】と子に語りかける。

「そんなに急かしてはこちらの支度が間に合わなくなるわ」
「それはそうだが……」

 楓がクスクス笑えば、吉隆も釣られて笑みを浮かべる。するとどうしたことか。楓が驚きの表情を浮かべる。

「どうかしたのか?」
「お腹の子が蹴ったわ」
「なに?」

 吉隆はそっと楓の腹に手を当てる。すると、その手を力強く蹴る衝撃が伝わってきた。二人は顔を見合わせる。

「ははは。これほど元気な子なら男の子に間違いない」
「そうとも限らないわよ?」
「楓みたいなお転婆と言うことか?」
「もう!」

 楓が頬膨らまして怒るが、吉隆はそんなことは気にしていないとばかりに笑みを浮かべた。そんな彼に身を預けるように彼の胸にもたれかかる。幸せな空気が二人を包み込んだ。

 それから間もなくして、楓は男児を産んだ。喜びに浸る間もなく、吉隆たちは織田と二度目の戦に臨んだ。

【織田に二度の負けはない】

 そう豪語していた信長の言葉通り、九鬼くき嘉隆よしたか率いる鉄甲船の前に毛利水軍は敗退を余儀なくされた。結果、織田の中国攻めが本格化する。
 尼子の残党をけしかけられ、一度は退けるも徐々に形勢は不利になっていく毛利。追い打ちをかけるように、毛利の不利を悟り備前の梟雄きょうゆう宇喜多うきた直家なおいえが離反する。戦の舞台は徐々に西へと広がる。それを何とかして押さえ込もうと隆景も恵瓊えけいも知恵を絞った。
 織田の中国攻めは思うようにはかどらなかった。播磨の有岡城主・荒木村重の離反、それを説得に向かった黒田孝高よしたかが囚われの身になるなど、足元を揺るがす事件が続いたためでもある。更には小寺こでら別所べっしょなどの播磨はりま国人衆が毛利についたことで羽柴秀吉は難しい舵取りを迫られることになった。
 そのおかげか、戦火は吉隆たちの備後・鞆の浦にまで届くことはなかった。そして、二人の生活は穏やかに過ぎていく。それはそうなることを、周りの皆が望んだからでもあった。

「寅王丸は?」
「今寝付いたところよ」
「そうか……」

 吉隆はゆりかごの中で眠る我が子の寝顔を見つめる。その安らかな寝顔を見ると何としても守ってやらねばとの思いがこみ上げる。自然と拳に力が入る。それを見て取ったかのように楓が手を重ねた。

「楓?」
「そんなに気負わないで」

 どこか不安そうに見つめる妻の瞳に吉隆は苦笑した。

「そうだな。俺の力で出来ることなどたかがしれてるか」
「難しいことは小早川様にお任せして、私たちは出来ることをしましょう」

 楓の言葉に吉隆は頷いた。彼女を抱き寄せ、眼前に広がる海を見つめた。海には戦のかげなど無く、穏やかにきらめいていたのだった。

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