流星

リュウ

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1. around 30

No.1-3

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比良井さんが指定したお店は初めて行く場所だった。普段は平井さんの故郷、名古屋料理のチェーン店で飲むことが多いのだけれど、今日はちょっと上品で結構お高そうなお店だった。

席に着いて飲み物を選ぶ。いつもだったら一発目ビールといくところだけど、今日はワインを選んだ。わたしと比良井さんは基本的になんでも飲み、お酒は弱くない方である。どちらかと言うと割と飲む方。だからワインだってこれまで何本も一緒に開けてきたけれど、今日みたく緊張するのは初めてだ。

「30歳、お誕生日おめでとう。」

「わざわざ30って強調しなくてもよくないですか。」

30代の世界にようこそ、と比良井さんが不敵な笑みを浮かべた。

「比良井さんは四捨五入したらもう40じゃないですか。」

「まだ34だよ。」

30ってもっと大人のイメージだった。比良井さんの34って歳も20歳の頃はずっと先の話だと思っていた。けれど今は34という数字がちょっと先の未来だと想像できる。そう言えば、20歳の頃も20ってもっと大人だと思っていた。結局いくつ年を重ねても同じこと感じるのかもしれない。

「比良井さんって学生時代、制服の第2ボタンって誰かに渡しましたか?」

ふと昨夜舞と話したことを思い出した。芸能人顔ではないが、身長178cm、標準体型、割とスポーツ全般できる比良井さんだから、少しはモテたんじゃないかと疑った。案の定「あげたかな」との回答があった。

「誰にですか?」

「学校の後輩」

「彼女?」

少し躊躇った後、「その後彼女になった子」と比良井さんは答えた。

「比良井さんも青春してたんですね。」

「そういう立花さんはボタン、誰かからもらわなかったの?」

「わたしはそういうキャラじゃなかったんで。誰からももらえず、静かに一人寂しく過ごしていました。」

自虐ネタも20後半からは抵抗なく言えるようになった。恥ずかしさがないと言えば嘘だが、昔のように過去の自分に見栄を張ることがなくなった。

「じゃあさ、今第2ボタンもらうとしたら、俺のボタンもらってくれる?」

急になにを言いだすかと思ったら、比良井さんは突然スーツのポケットからなにかを取り出した。一瞬第2ボタンかと思ったけれど、彼の手のひらには鍵があった。

「結婚を前提に、俺と付き合ってくれませんか。」

なんで鍵なんだろう。きっと彼の自宅の鍵なのだろう。指輪とかじゃないんだ。いや、指輪だったらダメだ、断れない。じゃあ指輪が目の前にあったら比良井さんと結婚するのか。彼の言葉よりもそんな考えが頭の中を巡っていた。「立花さん?」と彼の不安そうな声で我に返る。

「ごめんなさい。ちょっとびっくりしちゃって。えーっと、こんなわたしにありがとうございます。」

比良井さんの表情が少しずつ変わる。これはやばい。期待を持たせちゃダメだ。

「だけどごめんなさい。ちょっと結婚とか付き合うとか今は考えられなくて。」

わたしが言葉を濁すと、「急に変なこと言ってごめん」と比良井さんが謝った。

「この前久しぶりにあったばっかりなのにこんなこと言って、困るよな。ごめん、今言ったこと忘れて。」

彼の言葉になにも反応できなかった。ごめんなさい、の謝罪の言葉も、そうじゃない、の否定の言葉も口にできない。

コース料理で前半でこんな話になってしまったので、後半のメインディッシュや楽しみにしていたデザートの味はほとんどしなかった。ただ、食事が終わったら真っ直ぐ帰るという流れが自然とできたのが良かった。

22時前には家路につき、湯船にお湯を張った。いつもより丁寧に化粧を落とし、髪と体を洗ってからゆっくりと湯船に浸かる体を浸かる。

比良井さん傷つけちゃったかな。別れ際の彼の顔が横顔から離れなかった。比良井さんには帰りの電車の中で食事のお礼だけメールした。彼からはどういたしましてとおやすみが含まれた返信がすぐにきた。

また飲みに誘ってもらえるかな。気まずいからもう2人っきりで行くことはなくなるかもしれない。それはそれで良いことだ。こんな曖昧な女に構ってないで、比良井さんには早く良い人と付き合って欲しい。

お風呂から上がって、髪を乾かしながら化粧水や乳液、美容液を塗りたくる。奮発してデパートで買ったスキンケア用品。自分には効果があるのかないのか分からないけれど、いつの間にか手放せなくなってしまった。

社会人になり、制限はあるもののお金と自由を手に入れた。だけどルーンティーン化した日常が年々固定化されていて、抜け出せない自分がいる。

普段だったら日付が変わる前に布団に入ってしまうけれど、今日はまだ目が冴えている。比良井さんのことが気になるのか、あるいは30に突入することに興奮しているのか。

ベッドの上でスマートフォンを片手にネットニュースを見ていると、13日の未明から朝方にかけて流星群が観測できるとの情報を目にした。

わたしが初めて流星群を意識したのは中学生の頃。前日からクラスの中では流星群の話が持ちきりで、わたしの初恋の相手も流星群が見れることに興奮していた。だから少しでも彼と同じ話題を持ちたくて流星群を見たかったのだけれども、残念ながらわたしが住んでいた地域は悪天候で流星群の観測はできなかった。

その後も何度かチャンスはあったのだけれど、結局わたしは流星群を見たことがないままこの歳を迎えた。

今夜の天気予報を調べると、天晴、流星群はしっかり見えるとの予報だった。20代にやり残したことは山の数だけあるけれど、30代1日目に長年叶えられていない流星群観測を目標に掲げた。
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