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『氷雨社長のお仕事(3)』 

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『氷雨社長のお仕事(3)』 

「――改めて確認させてくれ。つまり宮城君は発表会の場で私の後ろからついてまわり、会場の女たちから不躾な視線にさらされ、時に下心が見え隠れする会話に応じる業務を請け負ってくれる、という事だな?」

氷雨社長が大げさな物言いでオレに確認をする。

そこに冬原先生のフォローが入った。

「先輩、宮城はちゃんと理解していますよ。宮城、先輩はオーバーに確認しているだけだ。実際、そういう仕事と言われても仕方ない内容だからな」

氷雨社長が奥歯にモノが挟まったような顔になってうなずく。

「誤解しないで欲しい。宮城君だからどうこうという話でなく、男性と一緒に仕事をするということは、念には念を、用心には用心を重ねるということでね。それでも準備が足りない場合の方が多い。特に君未成年だ。学業などに支障をきたすなどあってはならないからな」

なるほど。後で話が違うとモメたりしないよう、慎重に話を進めているわけだ。

男と軽くモメるだけで訴訟沙汰になるなんて話も聞いているし、オレの場合は未成年ということもあってなおさらだ。

「氷雨社長。伺ったお仕事の内容は理解しました。けれど大丈夫ですよ。ボクは女性と楽しくお話するのが好きですから」
「……そうか。ならば、その。是非お願いしたい。おそらく最初の仕事は来週の土曜日になると思う。急で予定が立たないのであれば、次の機会でもかまわないがどうだろう?」
「来週の土曜ですか?」

金曜日の夜は先生の所にお泊りする事が多い。とは言え、最初の仕事から断るというのは避けたい。

「大丈夫です。ぜひお願いします」

チラリと先生を見ると、まぁ仕方ないか、という顔だった。このあたりはしっかり割り切るあたり大人の人だ。

「では契約書に関してだが……」

氷雨社長が足元のブリーフケースから数枚の書類を取り出した。

それらを丁寧にこちら向きに並べながら、まず先生を見る。

「美雪」
「押忍」
「押忍はやめろ。契約書にはお前の署名も頼む。宮城君、君は私が告げた業務内容を親御さんに伝え、この契約書の内容に了解を得られたら署名と判をお願いして欲しい。学校側の了解を得ている証拠に美雪にも名前を借りているが、それでも保護者の方が認めないのであれば残念だがこの話はご破算だ」

なるほどなるほど。オレは未成年だから保護者の署名とハンコが必要、と。

……保護者?

あ。

確かオレの両親は海外在住となっている。あの女神様はそんな設定にしたと言っていたはずだ。先生がそんなオレを見て何か思い当たったらしく。

「宮城。ご両親との連絡はいつもどうしているんだ?」

と確認してきた。うーん、これどうしたものか。

「おや? 宮城君はご両親と一緒ではないのか?」

先生の確認を不審に思ったのか、氷雨社長がさらに質問を重ねた。

「はい。ボクは今一人暮らしです。両親は海外赴任中で、連絡に関しては……」

電話やメールと答えれば連絡をとってくれと言われるだろうし、音信不通と答えれば、なぜだ、どうしてだ、と面倒な話になりそうだ。

考えろオレ。この場で通じそうな理由と架空の両親の設定をひりだせ。

「ええと、その、電気やネットワークが満足、ではない場所なので? 手紙、とか、時折向こうから電話がかってくる、カンジ? です。あと、あちこち移動することも多いので、住所も不定です。携帯も持っていません。紛失や故障、盗難されることも珍しくないみたいですから?」

考えながらなので言葉尻に疑問符がつきまくってしまったが、とっさに出た言い訳としては悪くないと思う……いや、やっぱり苦しいか?

オレの冴えない言い訳に、最初に反応したのは冬原先生だった。

「ご両親が海外とは聞いていたが、ずいぶんと奥まった国のようだな」

それを見た氷雨社長が困ったように眉をしかめる。

「美雪。彼はお前の教え子だろう? 何も知らないのか?」
「先輩、担任とは言え相手は男子生徒。つまり男性でありプライバシーの塊です。そこに干渉する事はトラブルになりかねないご時世ですよ」
「ふむ。宮城君。そうなるとご両親に契約書へ署名を頂く事は難しそうだな。エアメールで郵送したとしても、定住されていなければご両親の元に届くかもあやしい。一応は会社の機密書類だし、君の個人情報も含まれているから扱いは気を付けたい」

うーむ、と腕を組む氷雨社長。

豊かすぎるデッッッなお胸が腕の下で潰れている。実に眼福だ。

無意識に真剣な表情を浮かべていたオレのケータイが鳴った。

しまった。バイヴ設定にしているはずのケータイだが、設定を変えてしまっていたか?

「どうぞ」

氷雨社長が手の平を差しだし、着信を促す。

「すみません、失礼します」

とは言ったものの……まずい。

オレの番号を知っているのは、夏木さん、先生、春日井さん、この三人だけだ。

先生が横にいる以上、どちらかからの着信だと思うが、この場では非常に取りにくい。

春日井さんならともかく、夏木さんからの着信だった場合、先生に会話を聞かれるのは避けたい。

先生はオレとのセフレ関係を了承済みだし、他の女の子とも仲良くしたいと宣言しているが、自分が最初のセフレと思い込んでいる。

その誤解を今解く必要はないし、今解けてしまうには最悪のタイミングだ。少なくとも氷雨社長の前で先生と痴話喧嘩を匂わせるような雰囲気にしたくない。

とはいえ氷雨社長に、どうぞ、と言われてしまった以上、気遣いを無碍にするのは空気が悪い。手早く会話を終わらせるなり、後でかけ直すと返事をするなりしないといけない。

オレは尻ポケットからケータイを抜いて誰からの着信だろうと確認する。

そこには、『夏木』でもなく『春日井』でもなく。そうかと言って『非通知』でもない。

四人目の名前だった。

そう、登録していないはずの名前。

――『偉大で優しい美人の女神様』

という、クソみたいな文字が液晶に浮かんでいた。
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