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『氷雨社長のお仕事(2)』
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『氷雨社長のお仕事(2)』
「それで、ええと。ボクの仕事というのは?」
「すまない。まわりくどい話になっているな。君に頼みたい事は、その発表会の場で私のカバンを持って後ろからついてくる事だよ」
「カバンを持って、ですか」
ようやく冬原先生の言っていた“カバン持ち”という言葉が氷雨社長の口から出てきた。
しかし。
「……正直、まだよくわからないのですが」
その発表会とやらでカバンを持って後ろからついていく? どういう仕事だ?
「そうだろう。私が君の立場でも同感だろうな。結局、今回の話は私の見栄のようなものだが業界の悪癖でもある」
「見栄ですか。それに悪癖?」
「ああ。さきほど言った発表会というのはね、ホテルのロビーなどを借りて行う小さなものだ。プレス(記者)も入らないし、一般人も入らない。出席するのは業界の者と新製品を着用したモデル、デザイナーや関連業者。それくらい内内のもので、実質は互いの近況報告を兼ねた懇親会のようなものさ」
なるほど、懇親会。
「同業のライバルにも笑顔であいさつ回りをする。ライバルといってもケンカしているわけではないからね。このあたりの機微は学生の君に理解しづらいかもしれないが」
「同業の方とはつかず離れず、という事でしょうか?」
「言い得て妙だ。そんな塩梅でうまくやっていくものなのさ」
氷雨社長が、だが、と付け加える。
「所詮は競争相手だ。どこかで相手より自分が優れていると証明する事が周囲へのアピールにもつながる。有力なデザイナーやクライアントの前で恰好がつけば、新しい仕事につながる契機にもなる」
「重要な場ですね」
要するに企業アピールの場というわけだ。
「そうだ。ここでの一手が、次の三手先、十手先につながるといっても過言ではない。そうして私はここでずっと負けっぱなしなのさ」
「負けっぱなし、ですか。どういう勝負なんですか?」
「……それは」
なぜか黙り込んでしまう氷雨社長。
「先輩。ご自分で迂遠とおっしゃったようにさっきから話が回りくどいですよ」
「そうは言うが美雪。私のような年上の女が、若い男の子にこんな頼み事は……」
なにやら氷雨社長は遠慮しているらしい。
荷物持ちとはそこまで難儀な仕事なのだろうか?
「宮城は気にしませんよ。宮城。お前から見てこちらの氷雨先輩は年増か?」
「年増とはどういうモノの言い方だ! 貴様はもっと私に気を遣え!」
何やら仲良さそうにケンカを始める年上のお姉さまがた。
もちろんオレの答えはこうだ。
「社長も先生もボクからすれば魅力的な年上の女性です。お世辞ではないですよ? ですからボクに出来る事であれば遠慮なくおっしゃってください。あ、モデル以外で、ですけれど」
「う、うむ」
氷雨社長は、ふう、と息を吐いた後、ついに仕事内容をオレに告げた。
「私のようなメーカー出席者は、たいてい男性を付き添いにつける。親類縁者だったり、自社専属のモデルだったり。見目のいい男性ほど良い。どうしてだと思う?」
「うーん……ダンスパートナー的なものですか?」
男性比率の少ないこの世界でダンスパートナーという概念があるかともかく、それぐらいしか思いつかない。
「ふふ。素敵な理由だな。そうであれば私はヒザをつき、君にバラの花束を差し出してお誘いしたいが……残念ながら違う。答えは簡単。いい男を連れていれば、その男性目当てに各方面から話しかけられるからさ。先ほども言った腕のいいデザイナーや有力なクライアントも女ばかりだからね」
ようやく理解した。
ダンスパートナー的な役割ではなく、ビジネスのための道具というわけだ。
ここまでの会話だけでも、氷雨社長は真面目で気を遣うタイプだとわかる。
そんな人がまだ学生のオレに対して、仕事のために女を引き寄せるエサになれ、とは言いにくいわけだ。
大人の男性であれば仕事と割り切れるだろうが、高校生にそれを期待するのも難しいだろう。女性を敬遠する男が多いこの世界であればなおさらだ。
「なるほど。つまりエサですね」
「……ッ。そう言われても仕方ない仕事ではあるよ。やはりこんな仕事は……」
いかん。別に悪意はなかったが、氷雨社長の顔が罪悪感に染まってしまった。
「面白そうですね。すごく興味が出てきました」
「そうだな。すまない、無理を言ってしま……?」
「氷雨社長さえよろしければ、是非ともお願いします!」
キョトンとする氷雨社長に、オレはとびっきりのイケメンスマイルを向けた。
「それで、ええと。ボクの仕事というのは?」
「すまない。まわりくどい話になっているな。君に頼みたい事は、その発表会の場で私のカバンを持って後ろからついてくる事だよ」
「カバンを持って、ですか」
ようやく冬原先生の言っていた“カバン持ち”という言葉が氷雨社長の口から出てきた。
しかし。
「……正直、まだよくわからないのですが」
その発表会とやらでカバンを持って後ろからついていく? どういう仕事だ?
「そうだろう。私が君の立場でも同感だろうな。結局、今回の話は私の見栄のようなものだが業界の悪癖でもある」
「見栄ですか。それに悪癖?」
「ああ。さきほど言った発表会というのはね、ホテルのロビーなどを借りて行う小さなものだ。プレス(記者)も入らないし、一般人も入らない。出席するのは業界の者と新製品を着用したモデル、デザイナーや関連業者。それくらい内内のもので、実質は互いの近況報告を兼ねた懇親会のようなものさ」
なるほど、懇親会。
「同業のライバルにも笑顔であいさつ回りをする。ライバルといってもケンカしているわけではないからね。このあたりの機微は学生の君に理解しづらいかもしれないが」
「同業の方とはつかず離れず、という事でしょうか?」
「言い得て妙だ。そんな塩梅でうまくやっていくものなのさ」
氷雨社長が、だが、と付け加える。
「所詮は競争相手だ。どこかで相手より自分が優れていると証明する事が周囲へのアピールにもつながる。有力なデザイナーやクライアントの前で恰好がつけば、新しい仕事につながる契機にもなる」
「重要な場ですね」
要するに企業アピールの場というわけだ。
「そうだ。ここでの一手が、次の三手先、十手先につながるといっても過言ではない。そうして私はここでずっと負けっぱなしなのさ」
「負けっぱなし、ですか。どういう勝負なんですか?」
「……それは」
なぜか黙り込んでしまう氷雨社長。
「先輩。ご自分で迂遠とおっしゃったようにさっきから話が回りくどいですよ」
「そうは言うが美雪。私のような年上の女が、若い男の子にこんな頼み事は……」
なにやら氷雨社長は遠慮しているらしい。
荷物持ちとはそこまで難儀な仕事なのだろうか?
「宮城は気にしませんよ。宮城。お前から見てこちらの氷雨先輩は年増か?」
「年増とはどういうモノの言い方だ! 貴様はもっと私に気を遣え!」
何やら仲良さそうにケンカを始める年上のお姉さまがた。
もちろんオレの答えはこうだ。
「社長も先生もボクからすれば魅力的な年上の女性です。お世辞ではないですよ? ですからボクに出来る事であれば遠慮なくおっしゃってください。あ、モデル以外で、ですけれど」
「う、うむ」
氷雨社長は、ふう、と息を吐いた後、ついに仕事内容をオレに告げた。
「私のようなメーカー出席者は、たいてい男性を付き添いにつける。親類縁者だったり、自社専属のモデルだったり。見目のいい男性ほど良い。どうしてだと思う?」
「うーん……ダンスパートナー的なものですか?」
男性比率の少ないこの世界でダンスパートナーという概念があるかともかく、それぐらいしか思いつかない。
「ふふ。素敵な理由だな。そうであれば私はヒザをつき、君にバラの花束を差し出してお誘いしたいが……残念ながら違う。答えは簡単。いい男を連れていれば、その男性目当てに各方面から話しかけられるからさ。先ほども言った腕のいいデザイナーや有力なクライアントも女ばかりだからね」
ようやく理解した。
ダンスパートナー的な役割ではなく、ビジネスのための道具というわけだ。
ここまでの会話だけでも、氷雨社長は真面目で気を遣うタイプだとわかる。
そんな人がまだ学生のオレに対して、仕事のために女を引き寄せるエサになれ、とは言いにくいわけだ。
大人の男性であれば仕事と割り切れるだろうが、高校生にそれを期待するのも難しいだろう。女性を敬遠する男が多いこの世界であればなおさらだ。
「なるほど。つまりエサですね」
「……ッ。そう言われても仕方ない仕事ではあるよ。やはりこんな仕事は……」
いかん。別に悪意はなかったが、氷雨社長の顔が罪悪感に染まってしまった。
「面白そうですね。すごく興味が出てきました」
「そうだな。すまない、無理を言ってしま……?」
「氷雨社長さえよろしければ、是非ともお願いします!」
キョトンとする氷雨社長に、オレはとびっきりのイケメンスマイルを向けた。
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