407 / 415
『氷雨社長との再会(3)』
しおりを挟む
『氷雨社長との再会(3)』
各テーブル同士は離れているとはいえ、有線放送すら流れていない静かなロビーだ。
信憑性を持たせる為、少し大きな声でそう告げたオレの言葉は思った以上に響いたようで、あちこちから視線が向けられた。
目の前の氷雨社長もそうだ。
一瞬、オレの言葉を理解できなかったのか、曇った表情のまま無言になったが。
「……ふ」
と、軽く微笑んだ。実に大人という感じだ。
オレが変態と思われる程度で、美人の曇った顔を笑顔に出来るのならば安いもの。
「若い男の子に気を使わせてしまったな」
「本心ですから」
「そうか。ならば私は誉められたのか? ありがとう、と言うべきなのかな」
静かに笑う氷雨社長。
いちいちカッコいい仕草がサマになる人だ。
冬原先生から聞いていたような、拳は口よりモノを言うとか、夜な夜な男漁りをしているような人には見えない。
「さて。男性を立たせっぱなしというのは女として居心地が悪い。掛けてくれるかな。話を始めよう」
氷雨社長がオレにイスをすすめ、オレも「失礼します」と言って腰かける。
オレの隣に先生が座り、先生の対面に氷雨社長が座ろうとした。
こういった場で、女性は男の正面に着席しない。
寂しいが、これがこの世界の常識でマナーとされる。
そんなマナーはくそくらえだ。
「氷雨社長。よければボクの前に座って頂けますか? 斜め向かいでは、お話が遠くなってしまいます」
「……それで君が良いならば」
少し驚いた顔になったものの、氷雨社長はオレの正面に座った。
「飲み物は何がいいかな? 放課後に呼び出してしまったし、腹も空いているだろう。ケーキなどもあるようだ。お好きなものをどうぞ」
「ありがとうございます。アイスコーヒーでお願いします」
「おや、甘いものは苦手かな?」
「一人でケーキをつっつくというのも……お二人も頼まれるのであればご相伴にあずかりたいですけれど」
甘いものは嫌いではないが、頼むのがオレだけだと恥ずかしい。
「ふむ。冬原先生はどうですか?」
「そうですね。では皆で頂くという事でどうでしょう?」
大人の女性たちが固い口調で会話を交わしている。
どれだけ仲が良くてもオレの面接という手前だからだろう。社会人としてTPOをわきまえているビジネスマナーだ。
これはこれでよい空気だと思うが、もう少し打ち解けた方が話も進めやすい。
「冬原先生と氷雨社長は学生時代から先輩後輩の仲だと伺っています。ボクの事はお気になさらず、普段通りにしてくださって結構です。ボクもその方がお話ししやすいですから」
氷雨社長が冬原先生を見る。無言の会話だろうか。
先生はそれを受け、真面な表情を崩し、オレと二人きりの時のユルい顔になった。
「宮城がそう言うのであればいいと思いますよ、氷雨先輩」
「そうか? では、そのようにしよう。それで美雪、ケーキはどうする?」
「そうですね。宮城はどれが食べたい?」
メニューをオレに見せる先生。
「ガトーショコラを。それとブラックコーヒーの組み合わせが好きなので」
チョコ系のケーキをブラックで流し込む快感は、チーズをウイスキーで流し込む快感に近いものがある。
「じゃあ私もそれで。氷雨先輩はどうします? 甘いものはあまりお好きではな」
「私も同じものをオーダーしよう。宮城君、私も甘いものが好きでな。気が合いそうで良かった」
……先生の言葉をさえぎった氷雨社長だが、あそこまで聞こえれば想像はつく。
冬原先生も氷雨社長に何か言いたげな目で見ている。答え合わせ終了だ。
若いイケメンの気を引くために、無理してでも話を合わせている。
逆の立場ならオレだってそのくらいするだろうし、ここは気付かなかったフリをするのが社会人としてのマナーだろう。
そうして、それぞれの前にガトーショコラとアイスコーヒーが並び、面接が始まった。
「では宮城君。まず仕事内容から説明しようと思うが……」
「はい、お願いします」
「美雪からまったく聞いていないのかな? 私の会社の事も?」
「はい」
うーん、と唸る氷雨社長はそのまま冬原先生を見て。
「美雪。宮城君は、その、大丈夫か?」
「大丈夫ですよ。むしろ喜ぶかもしれません」
「馬鹿者。男性を変態のように言うな」
二人の間で主語の抜けた言葉が交わされる。
「ええと?」
置いてきぼりだったオレが言葉を差すと。
「すまない。ただ私の会社が扱うものは男性にとって触れる機会は少なく、不快と感じる場合もあるからな。前情報無しで話していいものか、と」
「不快、ですか?」
なんだろう。
男性が触れることが無いというと……生理用品? けれど男性が不快と感じるというより、女性側のプライバシーという気もする。いや、この世界だとどういう扱いだろうか?
「先輩、それでは話が進みませんよ」
「わかっている。よし。宮城君、これを見て欲しい」
先生に話の続きを急かされた雨社長は、足元に置いていたブリーフケースから冊子を取り出した。
「これが私の扱う商品だ」
「……これは」
表紙に美人のモデルさんがデカデカと載っており、なによりそのモデルさんのデカデカした胸は下着姿で飾られていた。
しかし、これでは何を扱っているのかわからない。
……雑誌編集?
「ええと。モデル雑誌を作られている、とか?」
「いや。中を見てくれ」
「はい」
表紙をめくれば、やはりデッかい系のモデルさんが麗しい半裸姿でポーズを決めている。
うーむ、いったいコレは何だろうか。
謎を解くべく、オレはさらにページを繰る。
美女、美女、美女。すべてがデッかい美女の半裸、下着姿だ。
「どうだろうか? 私の仕事を理解した上で、面接を続けてもらえるだろうか?」
さっぱりわからない。
「宮城」
混乱しているオレに、隣から先生がこう言った。
「氷雨先輩の会社は下着メーカーだ。それもオーバーサイズ専門のブランドだ」
---お知らせ---
11/1よりノクターンノベルスに転載していた本作ですが、本日の日間総合ランキング1位となりました。
初日からポイントも多かった為、こちらからわざわざブックマークや☆評価など入れて頂いた方もいらっしゃると思います。本当にありがとうございました。
今後とも拙作をどうぞよろしくお願い致します。
各テーブル同士は離れているとはいえ、有線放送すら流れていない静かなロビーだ。
信憑性を持たせる為、少し大きな声でそう告げたオレの言葉は思った以上に響いたようで、あちこちから視線が向けられた。
目の前の氷雨社長もそうだ。
一瞬、オレの言葉を理解できなかったのか、曇った表情のまま無言になったが。
「……ふ」
と、軽く微笑んだ。実に大人という感じだ。
オレが変態と思われる程度で、美人の曇った顔を笑顔に出来るのならば安いもの。
「若い男の子に気を使わせてしまったな」
「本心ですから」
「そうか。ならば私は誉められたのか? ありがとう、と言うべきなのかな」
静かに笑う氷雨社長。
いちいちカッコいい仕草がサマになる人だ。
冬原先生から聞いていたような、拳は口よりモノを言うとか、夜な夜な男漁りをしているような人には見えない。
「さて。男性を立たせっぱなしというのは女として居心地が悪い。掛けてくれるかな。話を始めよう」
氷雨社長がオレにイスをすすめ、オレも「失礼します」と言って腰かける。
オレの隣に先生が座り、先生の対面に氷雨社長が座ろうとした。
こういった場で、女性は男の正面に着席しない。
寂しいが、これがこの世界の常識でマナーとされる。
そんなマナーはくそくらえだ。
「氷雨社長。よければボクの前に座って頂けますか? 斜め向かいでは、お話が遠くなってしまいます」
「……それで君が良いならば」
少し驚いた顔になったものの、氷雨社長はオレの正面に座った。
「飲み物は何がいいかな? 放課後に呼び出してしまったし、腹も空いているだろう。ケーキなどもあるようだ。お好きなものをどうぞ」
「ありがとうございます。アイスコーヒーでお願いします」
「おや、甘いものは苦手かな?」
「一人でケーキをつっつくというのも……お二人も頼まれるのであればご相伴にあずかりたいですけれど」
甘いものは嫌いではないが、頼むのがオレだけだと恥ずかしい。
「ふむ。冬原先生はどうですか?」
「そうですね。では皆で頂くという事でどうでしょう?」
大人の女性たちが固い口調で会話を交わしている。
どれだけ仲が良くてもオレの面接という手前だからだろう。社会人としてTPOをわきまえているビジネスマナーだ。
これはこれでよい空気だと思うが、もう少し打ち解けた方が話も進めやすい。
「冬原先生と氷雨社長は学生時代から先輩後輩の仲だと伺っています。ボクの事はお気になさらず、普段通りにしてくださって結構です。ボクもその方がお話ししやすいですから」
氷雨社長が冬原先生を見る。無言の会話だろうか。
先生はそれを受け、真面な表情を崩し、オレと二人きりの時のユルい顔になった。
「宮城がそう言うのであればいいと思いますよ、氷雨先輩」
「そうか? では、そのようにしよう。それで美雪、ケーキはどうする?」
「そうですね。宮城はどれが食べたい?」
メニューをオレに見せる先生。
「ガトーショコラを。それとブラックコーヒーの組み合わせが好きなので」
チョコ系のケーキをブラックで流し込む快感は、チーズをウイスキーで流し込む快感に近いものがある。
「じゃあ私もそれで。氷雨先輩はどうします? 甘いものはあまりお好きではな」
「私も同じものをオーダーしよう。宮城君、私も甘いものが好きでな。気が合いそうで良かった」
……先生の言葉をさえぎった氷雨社長だが、あそこまで聞こえれば想像はつく。
冬原先生も氷雨社長に何か言いたげな目で見ている。答え合わせ終了だ。
若いイケメンの気を引くために、無理してでも話を合わせている。
逆の立場ならオレだってそのくらいするだろうし、ここは気付かなかったフリをするのが社会人としてのマナーだろう。
そうして、それぞれの前にガトーショコラとアイスコーヒーが並び、面接が始まった。
「では宮城君。まず仕事内容から説明しようと思うが……」
「はい、お願いします」
「美雪からまったく聞いていないのかな? 私の会社の事も?」
「はい」
うーん、と唸る氷雨社長はそのまま冬原先生を見て。
「美雪。宮城君は、その、大丈夫か?」
「大丈夫ですよ。むしろ喜ぶかもしれません」
「馬鹿者。男性を変態のように言うな」
二人の間で主語の抜けた言葉が交わされる。
「ええと?」
置いてきぼりだったオレが言葉を差すと。
「すまない。ただ私の会社が扱うものは男性にとって触れる機会は少なく、不快と感じる場合もあるからな。前情報無しで話していいものか、と」
「不快、ですか?」
なんだろう。
男性が触れることが無いというと……生理用品? けれど男性が不快と感じるというより、女性側のプライバシーという気もする。いや、この世界だとどういう扱いだろうか?
「先輩、それでは話が進みませんよ」
「わかっている。よし。宮城君、これを見て欲しい」
先生に話の続きを急かされた雨社長は、足元に置いていたブリーフケースから冊子を取り出した。
「これが私の扱う商品だ」
「……これは」
表紙に美人のモデルさんがデカデカと載っており、なによりそのモデルさんのデカデカした胸は下着姿で飾られていた。
しかし、これでは何を扱っているのかわからない。
……雑誌編集?
「ええと。モデル雑誌を作られている、とか?」
「いや。中を見てくれ」
「はい」
表紙をめくれば、やはりデッかい系のモデルさんが麗しい半裸姿でポーズを決めている。
うーむ、いったいコレは何だろうか。
謎を解くべく、オレはさらにページを繰る。
美女、美女、美女。すべてがデッかい美女の半裸、下着姿だ。
「どうだろうか? 私の仕事を理解した上で、面接を続けてもらえるだろうか?」
さっぱりわからない。
「宮城」
混乱しているオレに、隣から先生がこう言った。
「氷雨先輩の会社は下着メーカーだ。それもオーバーサイズ専門のブランドだ」
---お知らせ---
11/1よりノクターンノベルスに転載していた本作ですが、本日の日間総合ランキング1位となりました。
初日からポイントも多かった為、こちらからわざわざブックマークや☆評価など入れて頂いた方もいらっしゃると思います。本当にありがとうございました。
今後とも拙作をどうぞよろしくお願い致します。
45
お気に入りに追加
893
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

男女比が1対100だったり貞操概念が逆転した世界にいますが会社員してます
neru
ファンタジー
30を過ぎた松田 茂人(まつだ しげひと )は男女比が1対100だったり貞操概念が逆転した世界にひょんなことから転移してしまう。
松本は新しい世界で会社員となり働くこととなる。
ちなみに、新しい世界の女性は全員高身長、美形だ。
PS.2月27日から4月まで投稿頻度が減ることを許して下さい。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

高身長お姉さん達に囲まれてると思ったらここは貞操逆転世界でした。〜どうやら元の世界には帰れないので、今を謳歌しようと思います〜
水国 水
恋愛
ある日、阿宮 海(あみや かい)はバイト先から自転車で家へ帰っていた。
その時、快晴で雲一つ無い空が急変し、突如、周囲に濃い霧に包まれる。
危険を感じた阿宮は自転車を押して帰ることにした。そして徒歩で歩き、喉も乾いてきた時、運良く喫茶店の看板を発見する。
彼は霧が晴れるまでそこで休憩しようと思い、扉を開く。そこには女性の店員が一人居るだけだった。
初めは男装だと考えていた女性の店員、阿宮と会話していくうちに彼が男性だということに気がついた。そして同時に阿宮も世界の常識がおかしいことに気がつく。
そして話していくうちに貞操逆転世界へ転移してしまったことを知る。
警察へ連れて行かれ、戸籍がないことも発覚し、家もない状況。先が不安ではあるが、戻れないだろうと考え新たな世界で生きていくことを決意した。
これはひょんなことから貞操逆転世界に転移してしまった阿宮が高身長女子と関わり、関係を深めながら貞操逆転世界を謳歌する話。
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
転生したら男女逆転世界
美鈴
ファンタジー
階段から落ちたら見知らぬ場所にいた僕。名前は覚えてるけど名字は分からない。年齢は多分15歳だと思うけど…。えっ…男性警護官!?って、何?男性が少ないって!?男性が襲われる危険がある!?そんな事言われても…。えっ…君が助けてくれるの?じゃあお願いします!って感じで始まっていく物語…。
※カクヨム様にも掲載しております


転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~
月
恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん)
は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。
しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!?
(もしかして、私、転生してる!!?)
そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!!
そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる