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『シャワーのない場所で(3)』

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『シャワーのない場所で(3)』
 
普通の視線とは嫌悪感を出さない事だけではなく、特別な興味もないと振舞う事だ。
 
あのお胸の前で、オレは自然に振舞う事ができるだろうか?

否。断言できる。
 
「先生。ボクは大きいお胸が大好きですから、普通にしていられる自信はないですよ? 多分、隙あらばガン見すると思います」
「おい待て。つまり私はどうなんだ? そう言えばお前は私の胸を見る事があまりないな? 私は身長はともかくボディラインには自信があるぞ?」
 
自分の平坦な胸を張る冬原先生。
 
女性は男性の視線に敏感というが無いものは見ようがない。
 
「なんだ、その失礼な視線は。もしかしてお前は特殊な趣味の持ち主か? あ、いや、それは承知しているが、コッチもアッチも特殊性癖か?」
「今、ボク、ものすごく失礼な事を言われていると思いますけど、実際、全方向でウエルカムなので先生のお言葉に対して異存はありません」
「胸の大きさなど気にしないという言葉を聞き、お前の器の大きさに感心した私がバカだった。お前はただエロいだけのDKだ」
「褒めてもアレしか出ませんよ」
「そのイケメン顔でババアギャグはやめろ」
 
シンミリした雰囲気を感じ取ったので、下ネタをぶっこんでおく。

はぁ、とため息をつく先生。
 
「ともかく。お前さえ良ければ先輩を紹介する」
「ボクもあの方とはもう一度お会いしてお礼を言いたいと思っていましたし、紹介していただけるのはありがたいんですけど……もう少し詳しい仕事内容ってわかりませんか?」
 
肝心の仕事内容が、ふわっとしすぎている。
 
「ものすごく簡単に言うと、先輩のカバンを持って会合やパーティーに同伴出席し、後ろからついてまわる仕事だ。スーツなどの正装を求められるのはこのためだな。詳しい事は本人から聞けばいい」
「……へえ?」
 
金魚のフンをするだけ時給一万円? と思ったが、なるほどオレもこの世界になじんできた。
 
飾りとして男を連れまわす、というカンジかな?
 
「パーティーって、おいしいご飯とか出ます?」
「出るだろうな。私は行った事がないからわからん。そういう諸々も本人に聞け」
「わかりました。ではお願いします」
「ああ。つないでおこう。お前の予定は?」
「ボクはいつでも大丈夫です」
「よし。今週末に飲みに付き合えと言われていた。断るつもりだったが行って調整してこよう」
「あれ? 飲み会、断るつもりだったんですか? 先輩のいう事には従うと言っていませんでしたか?」
 
確か先ほどそんなような事を言っていたはずだが?
 
「時と場合による。お前とのお部屋デートの約束……若いイケメンが泊まりに来るのに、それを断ってまでどうして寂しく女同士で飲みに行かにゃならんのだ」
 
確かにここのところ週末ともなれば、先生の部屋に泊まり込んでいた。
 
特にデートと称していたわけではないが、それを言うのは野暮というものだ。
 
「しかし、お前のためなら私は何でもするぞ。バイトのつなぎなんてお安い御用だ。だから来週は今週のぶんまで色々と頼む」
「ふふ、わかりました。制服プレイ……は、もう何度もしていますし、今度は執事服でも着てみせましょうか?」
 
前世でいうメイド服のコスプレみたいなものだろうと、気軽に言ってみたところ。
 
「い、いいのか? そんな事まで……いいのか?」
「冗談のつもりでしたけど、先生がお望みならいつでも着ますよ?」
 
お、おお、おおお、と声にならない音を口から漏らしながら、先生がオレを拝み始めた。
 
前世のオレが現役女子高生にメイド服でオーケーですよ、と言われたら似たような奇行をするだろう。
 
そういえば、オレも先生にコスプレをしてもらおうと思っていたが、すっかり忘れていた。
 
先生には、相手にコスプレをさせるなら、自分もコスプレをする覚悟が必要という事を知って貰ういい機会でもある。
 
まぁ、それはまたいずれその時に。
 
「では、私は週末に先輩と会ってくる。さっきの名刺は預かってもいいか?」
「あ、はい。よろしくお願いします」
 
オレはテーブルの上にあったままの名刺を先生へと差し出す。
 
“氷雨 縁(ひさめ ゆかり)”。
 
そう書かれた名刺の主の姿を思い出す。
 
オレよりも背が高い美人さんだった事は覚えている。
 
しかし、お顔まではよく覚えていない。
 
美人だった印象はあるが、その整った顔の下にあった大きすぎる二つのふくらみの記憶があまりに強烈すぎるからだ。
 
しかもオレはアレを不可抗力とはいえ、わしづかみにしている。
 
夏木さんとはまた違った形と大きさ。
 
共通するのは、心までも包み込まれるような柔らかさだ。
 
などと美しい記憶をさかのぼっていたのが顔に出ていたのだろうか。
 
先生が今まで見た事もないようなジト目でオレを見て、ふぅ、とため息をついた。
 
「ともかく、先輩にもいい話ができそうだ」
「?」

先生は名刺を自分の財布にしまいこみ、立ち上がった。
 
「さて。一通りの話もついた。行くか」
「え? どこへですか?」
 
時計は二十時を回っている。
 
お互い明日も学校だし、後は送ってもらうだけかと思っていたのだが。
 
「決まっている! シャワーのある場所、つまり私の部屋だ! 今週末はお預けなんだからな!」
 
迷いのない顔でそう言われてしまった。
 
翌日、オレはけっこうな寝不足だったのに対して、朝のホームルームで連絡事項を伝える冬原先生は実にツヤツヤしていた。
 
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