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『シャワーのない場所で(2)』
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『シャワーのない場所で(2)』
先生は、うーむ、と少し悩んだ後、こう話を続けた。
「荷物持ち、というのは隠語の一種でな。正確には重役のカバンを持ってついてまわる仕事だ」
「隠語? いかがわしいお仕事ですか?」
「いや、法的にも倫理的にもまったく問題ない、至極まっとうな仕事だ。教師の私が危ない仕事を紹介するわけがいなだろう」
「それは確かにそうですね」
危うい人だが責任感の強い人だ。正気の時であれば常識もある。
「ただし色々と決まりはある。まずスーツの着用が基本だ。お前の場合は制服になるのか、もしくは指定の衣装の着用になるだろう。あと、仕事は毎日あるわけじゃないから定期的な収入は難しい。だが一回あたりの報酬金額を考えれば、学生の旅行程度は余裕でまかなえるだろう」
「ええと?」
一通りの説明を聞き終えたものの、いまいちよくわからない。
そもそも重役さんが持つカバンなんて、社外秘の書類やらなんやらが入っているだろう。
小遣い欲しさにやってきた高校生なんぞに持たせていいものじゃない。
……だが、ここは男女逆転の異世界だ。逆に考えてみる。
もし過去の世界で重役になっていたとして、女子高生にカバンを持たせて同伴させるというのはどうか?
いや、ダメだ。
考えるまでもなく前世基準で考えると、色々アウトすぎて比較にならない。
「やっぱりよくわからないです。重役さんも学生に重要書類の入ったカバンなんて持たせたくないと思いますよ? 情報漏洩とかカバンそのものの紛失や盗難の恐れもありますし」
「ああ、その点は安心しろ。持たされるカバンに大したものは入っていない」
「ええ?」
情報は増えたが、余計にわからなくなった。
首をかしげるオレに対し、先生はテーブルの上の名刺をトントンと指で叩く。
「実はこの人は私の空手部時代の先輩でな。今もお世話になっている人なんだ。ほら、私の部屋の家具はもらいものだと言っただろう? あれらはこの人から贈られたものだ」
「ああ、そう言えばそんな事、言っていましたね」
高級感のある家具や調度品の出どころは、この方だったらしい。
「竹を割ったような性格の人だ。上にへつらう事もないし、下に当たり散らす人でもない。自分に厳しく他人に優しい。慕われるタイプの体育会系だな」
「人格者、という感じですね」
微妙に言葉を変えてオレも同意する。
言われてみれば、確かに武道をやっていそうな緊張感のある雰囲気の人だった。
「ただし悪い意味でも体育会系だ。礼儀や上下関係には厳しい。私も何度かぶん殴られた事がある」
「非がないなら責める事もしないのでは? 電車の時に少し話しただけですけど、とてもいい人そうでした」
あんな優しい人が、理由もなく人を殴ると言うのは想像しにくい。
どうせ目の前の、この先生がいらん事をしたのではなかろうか。
「なんだその目は。ともかく手は早い人だが善人だ。空手部時代も先輩からは可愛がられ、後輩からは慕われていた。ただ……ああ、うーん……いや、やめておこう」
何かを言いかけてやめてしまう冬原先生。余計に気になる。
「何ですか。そこまで言われると気になりますよ?」
「……本人には絶対に私から聞いたなどと言うなよ? 奥歯をもっていかれる」
本当に厳しい上下関係のようだ。
「あの人はな。かなりの男好きだ」
「はぁ」
「はぁ、じゃないぞ。週末は男の子のいる店で大酒かっくらうからな。金払いもいいしチップもはずむから、男の子も大抵のことはガマンする」
「まるで見たように話しますね? 一緒に行っているんですか?」
「宮城。先輩からちょっとつき合えと言われたら黙ってうなずく。それが出来た後輩の処世術というものだ」
「おごってもらえるんですか?」
「立派な先輩たるもの、可愛い後輩に財布を出させるなんてしない。ウインウインという言葉を知っているか?」
なるほど。色々と二人の関係が見えてくる。
卒業して、それぞれの生活がある中でも予定をあわせて一緒に飲みにいくぐらい仲がいいわけだ。
先輩と後輩という立場のままでいる事も、それが二人にとってちょうどいい距離感なのだろう。
名刺の人を時折小馬鹿にするような話し方をしているが、それも仲のいい者同士特有のじゃれ合いだ。
オレだって前世の記憶の中でそういう思い出がある。
ピンク髪ヒロインが好きな山田君相手に、ピンクは淫乱と言ってよくからかっていた。
一方、ポニテ、ツインテ派のオレは、現実に高校生でツインテなんていないこのファンタジー野郎と山田君から逆撃を食らったりもした。
現実度でいえばピンク髪のほうが圧倒意的に非現実的だと思うが、そういうキリのない口喧嘩は実に楽しかった。
つまり先生と名刺の人の関係は、大人になっても一緒にバカをやれる後輩、そして甘えられる先輩というわけか。
羨ましい関係だ。
「というわけで、だ」
「はい」
「私としては、お前に接客業をされるよりは、信頼できる先輩の所で小遣い稼ぎをしてもらった方が安心できる」
「確かにボクとしても、先生のお知り合いであれば安心できます」
実際、これはその通りだ。
あの人とまた再会できる喜びもあるが、まったく知らない場所と人を相手にするより、よっぽど気楽だしやりやすい。
「だが、その前に確認しておくぞ」
「はい」
「お前は先輩のアレを見てどう思った?」
「アレ?」
「コレだ」
先生は胸のあたりを自分の手で弧を描く。
「ああ。お胸の事ですか?」
「正直、先輩はあの見た目だ。中身は立派な人だし、容姿もキツめな印象はあるが整っている。だがあのスタイルだ。高身長とメーター越えのバストサイズ。男からすると良くは見られないはずだがお前はどうだ?」
「ボクはウエルカムです」
一瞬の間も置かず、そして一瞬の迷いもなく、オレは断言した。
先生は少しだけオレの目を見て、嬉しそうに笑った。
「そう言うと思ったし、そう言ってくれて助かるよ。先輩には普通の視線で接して欲しい」
普通。普通の視線、か。
それはちょっと難しいかもしれない。
先生は、うーむ、と少し悩んだ後、こう話を続けた。
「荷物持ち、というのは隠語の一種でな。正確には重役のカバンを持ってついてまわる仕事だ」
「隠語? いかがわしいお仕事ですか?」
「いや、法的にも倫理的にもまったく問題ない、至極まっとうな仕事だ。教師の私が危ない仕事を紹介するわけがいなだろう」
「それは確かにそうですね」
危うい人だが責任感の強い人だ。正気の時であれば常識もある。
「ただし色々と決まりはある。まずスーツの着用が基本だ。お前の場合は制服になるのか、もしくは指定の衣装の着用になるだろう。あと、仕事は毎日あるわけじゃないから定期的な収入は難しい。だが一回あたりの報酬金額を考えれば、学生の旅行程度は余裕でまかなえるだろう」
「ええと?」
一通りの説明を聞き終えたものの、いまいちよくわからない。
そもそも重役さんが持つカバンなんて、社外秘の書類やらなんやらが入っているだろう。
小遣い欲しさにやってきた高校生なんぞに持たせていいものじゃない。
……だが、ここは男女逆転の異世界だ。逆に考えてみる。
もし過去の世界で重役になっていたとして、女子高生にカバンを持たせて同伴させるというのはどうか?
いや、ダメだ。
考えるまでもなく前世基準で考えると、色々アウトすぎて比較にならない。
「やっぱりよくわからないです。重役さんも学生に重要書類の入ったカバンなんて持たせたくないと思いますよ? 情報漏洩とかカバンそのものの紛失や盗難の恐れもありますし」
「ああ、その点は安心しろ。持たされるカバンに大したものは入っていない」
「ええ?」
情報は増えたが、余計にわからなくなった。
首をかしげるオレに対し、先生はテーブルの上の名刺をトントンと指で叩く。
「実はこの人は私の空手部時代の先輩でな。今もお世話になっている人なんだ。ほら、私の部屋の家具はもらいものだと言っただろう? あれらはこの人から贈られたものだ」
「ああ、そう言えばそんな事、言っていましたね」
高級感のある家具や調度品の出どころは、この方だったらしい。
「竹を割ったような性格の人だ。上にへつらう事もないし、下に当たり散らす人でもない。自分に厳しく他人に優しい。慕われるタイプの体育会系だな」
「人格者、という感じですね」
微妙に言葉を変えてオレも同意する。
言われてみれば、確かに武道をやっていそうな緊張感のある雰囲気の人だった。
「ただし悪い意味でも体育会系だ。礼儀や上下関係には厳しい。私も何度かぶん殴られた事がある」
「非がないなら責める事もしないのでは? 電車の時に少し話しただけですけど、とてもいい人そうでした」
あんな優しい人が、理由もなく人を殴ると言うのは想像しにくい。
どうせ目の前の、この先生がいらん事をしたのではなかろうか。
「なんだその目は。ともかく手は早い人だが善人だ。空手部時代も先輩からは可愛がられ、後輩からは慕われていた。ただ……ああ、うーん……いや、やめておこう」
何かを言いかけてやめてしまう冬原先生。余計に気になる。
「何ですか。そこまで言われると気になりますよ?」
「……本人には絶対に私から聞いたなどと言うなよ? 奥歯をもっていかれる」
本当に厳しい上下関係のようだ。
「あの人はな。かなりの男好きだ」
「はぁ」
「はぁ、じゃないぞ。週末は男の子のいる店で大酒かっくらうからな。金払いもいいしチップもはずむから、男の子も大抵のことはガマンする」
「まるで見たように話しますね? 一緒に行っているんですか?」
「宮城。先輩からちょっとつき合えと言われたら黙ってうなずく。それが出来た後輩の処世術というものだ」
「おごってもらえるんですか?」
「立派な先輩たるもの、可愛い後輩に財布を出させるなんてしない。ウインウインという言葉を知っているか?」
なるほど。色々と二人の関係が見えてくる。
卒業して、それぞれの生活がある中でも予定をあわせて一緒に飲みにいくぐらい仲がいいわけだ。
先輩と後輩という立場のままでいる事も、それが二人にとってちょうどいい距離感なのだろう。
名刺の人を時折小馬鹿にするような話し方をしているが、それも仲のいい者同士特有のじゃれ合いだ。
オレだって前世の記憶の中でそういう思い出がある。
ピンク髪ヒロインが好きな山田君相手に、ピンクは淫乱と言ってよくからかっていた。
一方、ポニテ、ツインテ派のオレは、現実に高校生でツインテなんていないこのファンタジー野郎と山田君から逆撃を食らったりもした。
現実度でいえばピンク髪のほうが圧倒意的に非現実的だと思うが、そういうキリのない口喧嘩は実に楽しかった。
つまり先生と名刺の人の関係は、大人になっても一緒にバカをやれる後輩、そして甘えられる先輩というわけか。
羨ましい関係だ。
「というわけで、だ」
「はい」
「私としては、お前に接客業をされるよりは、信頼できる先輩の所で小遣い稼ぎをしてもらった方が安心できる」
「確かにボクとしても、先生のお知り合いであれば安心できます」
実際、これはその通りだ。
あの人とまた再会できる喜びもあるが、まったく知らない場所と人を相手にするより、よっぽど気楽だしやりやすい。
「だが、その前に確認しておくぞ」
「はい」
「お前は先輩のアレを見てどう思った?」
「アレ?」
「コレだ」
先生は胸のあたりを自分の手で弧を描く。
「ああ。お胸の事ですか?」
「正直、先輩はあの見た目だ。中身は立派な人だし、容姿もキツめな印象はあるが整っている。だがあのスタイルだ。高身長とメーター越えのバストサイズ。男からすると良くは見られないはずだがお前はどうだ?」
「ボクはウエルカムです」
一瞬の間も置かず、そして一瞬の迷いもなく、オレは断言した。
先生は少しだけオレの目を見て、嬉しそうに笑った。
「そう言うと思ったし、そう言ってくれて助かるよ。先輩には普通の視線で接して欲しい」
普通。普通の視線、か。
それはちょっと難しいかもしれない。
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