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『シャワーのない場所で(1)』
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『シャワーのない場所で(1)』
「それで?」
「はい。その方とは助けられた時に会ったきりです。いずれお礼をと思いながら、そのままでした」
フードコートから逃げ出すようにして出た後、本題のアルバイトの話が途中である事と、さきほど落とした名刺の説明の為に、今度は少しお高めのコーヒーショップに入っていた。
ショッピングモールから出た後、オレが悪ふざけして煽ってしまったせいで、先生はすぐにでもシャワーのある場所に行きたいという顔をしていたが、ヤル事をやる前にやるべき事が先だ。
「本当にその名刺の主とは、そういった関係ではないのだな?」
「違いますって」
名刺の方も非常に気になっているようで、疑問と性欲が心の天秤で揺れ動いているようだった。
「むう……むむむむ。ええい、仕方ない! 手短に済ますぞ」
結果的に先生はハンドルをコーヒーショップの方に回したというわけだ。
そうして今、フードコートとは違って、パーティーションで区切れられた二人掛けが対面のセットになった半個室のようなテーブルに向かい合って座っている。
「それで? 助けられたとはどういう経緯だ? 女がらみのトラブルに巻き込まれていたのであれば、警察に届け出が必要な場合もあるぞ?」
オレの関心が別の女性に移るかもしれない、そんな杞憂もあるのだろうが普通に心配されていた。
こういう所に冬原美雪という女性の優しい本質と、教師としての責任感を感じる。
「いえ。ボクが急に体調を崩した時に助けて頂いたんですよ」
オレはあの日の事を順に話し始めた。
街中へ遊びに行こうとして電車に乗った事。
慌てて乗り込んだ列車が男性専用車両でなかった事。
「慌てて間違えただと? 本当か?」
「本当です」
話の途中でツッコミが入った。鋭いな。
「急に混雑したせいか人混みにあてられて、気持ち悪くなってしまって」
「席を変わってくれる女はいなかったか? お前に話しかけるためなら席ぐらい譲るだろうに」
「いえ、近くに座っていた女性に席を勧められましたが断わりました」
「ふむ。それで?」
「断ったんですが、やっぱり辛くて。倒れてしまいそうになった時、その女性がすぐに立ちあがってボクを支えてくれたんです。その時、ボクがちょっと、抱き着いたような形になってしまいました」
「お前から抱き着いた? うーむ……不可抗力か。痴女判定としてはギリギリセーフという所だな」
「いえ。本当にそういう邪な気配は有りませんでしたから。お相手の方が触ってくる事は有りませんでしたし」
オレが一方的に胸をわしづかみにしてしまっただけで、あの人は知らないフリをしてくれていた。
「待て。お前に抱き着かれて、これ幸いと触ってこない? 大義名分があるんだ。尻ぐらい撫でられても不思議じゃないぞ!?」
「先生だったらそうしたわけですね?」
「……ともかく。今の話が本当なら、その女は同性愛者、さもなくば鉄の制御心を持つ女。もしくは」
オレの質問に答えを返さず、状況整理をする冬原先生。
「社会的地位のある者で、人前では手を出さなかった。考えられるのはそんなところだな。ちょっとさっきの名刺を見せて見ろ」
「あ、はい」
オレは生徒手帳を取り出し、挟んでいた名刺をテーブルの上に置く。
「ふむ」
手にとった先生が名刺を見て。
「……はぁっ!?」
「どうしました?」
驚いた顔のまま、名刺をじっと見ている。
「お前。さっきの話は本当に本当か?」
「え? ええと?」
「本当にこの名刺の持主が、お前を介助し、手を出さなかったのかと聞いている」
「……もしかして、お知り合いですか?」
「待て。ちょっと待て。色々と頭の中を整理する」
冬原先生は、なんというか、とても微妙な顔でうんうんと何やら考え込んでいた。
ふと。
「いや、アリだな。このルートは諸々アリだ。良し」
何か良い事があったらしい。
「宮城」
「はい」
先生は名刺をテーブルに置き、オレに返しながら、こう言った。
「まずアルバイトの件だが、ちょうどいい所がある。時給は……どうだろうな。一万を下回る事はないはずだ」
「え? 日給じゃなくて?」
「どこの世界に若い男性アルバイトを日給一万で雇おうとするバカがいる?」
シマ先輩はどうなんだろう。今度会ったら聞いてみるか。
「けど、そんな高給のお仕事ってどういう内容ですか?」
男というだけでそんなにもらえるものだろうか?
いや、この世界であればその可能性も高いが、それでも金額に見合った仕事内容のはずだ。
若くて体力があるだけの男の使い道なんて、それこそそういう方向しか考えつかないが、教師である人がそういうものを勧めるはずもない。
しかし、先生の答えはまたも謎に満ちていた。
「荷物持ちだ」
「……引っ越し屋さんですか?」
なるほど。
性差による筋力差はこの世界でも同様だ。
力仕事である引っ越し業務であれば、女性よりたくさん頂いても納得できる。
ふむふむとオレが頷いていると、先生が首を横に振った。
「違う。どこの世界に男に引っ越し作業をさせる者がいるものか」
そういう世界から来たんです、とは言えないのでオレは誤魔化しの笑顔を浮かべて、話の続きをうながした。
「それで?」
「はい。その方とは助けられた時に会ったきりです。いずれお礼をと思いながら、そのままでした」
フードコートから逃げ出すようにして出た後、本題のアルバイトの話が途中である事と、さきほど落とした名刺の説明の為に、今度は少しお高めのコーヒーショップに入っていた。
ショッピングモールから出た後、オレが悪ふざけして煽ってしまったせいで、先生はすぐにでもシャワーのある場所に行きたいという顔をしていたが、ヤル事をやる前にやるべき事が先だ。
「本当にその名刺の主とは、そういった関係ではないのだな?」
「違いますって」
名刺の方も非常に気になっているようで、疑問と性欲が心の天秤で揺れ動いているようだった。
「むう……むむむむ。ええい、仕方ない! 手短に済ますぞ」
結果的に先生はハンドルをコーヒーショップの方に回したというわけだ。
そうして今、フードコートとは違って、パーティーションで区切れられた二人掛けが対面のセットになった半個室のようなテーブルに向かい合って座っている。
「それで? 助けられたとはどういう経緯だ? 女がらみのトラブルに巻き込まれていたのであれば、警察に届け出が必要な場合もあるぞ?」
オレの関心が別の女性に移るかもしれない、そんな杞憂もあるのだろうが普通に心配されていた。
こういう所に冬原美雪という女性の優しい本質と、教師としての責任感を感じる。
「いえ。ボクが急に体調を崩した時に助けて頂いたんですよ」
オレはあの日の事を順に話し始めた。
街中へ遊びに行こうとして電車に乗った事。
慌てて乗り込んだ列車が男性専用車両でなかった事。
「慌てて間違えただと? 本当か?」
「本当です」
話の途中でツッコミが入った。鋭いな。
「急に混雑したせいか人混みにあてられて、気持ち悪くなってしまって」
「席を変わってくれる女はいなかったか? お前に話しかけるためなら席ぐらい譲るだろうに」
「いえ、近くに座っていた女性に席を勧められましたが断わりました」
「ふむ。それで?」
「断ったんですが、やっぱり辛くて。倒れてしまいそうになった時、その女性がすぐに立ちあがってボクを支えてくれたんです。その時、ボクがちょっと、抱き着いたような形になってしまいました」
「お前から抱き着いた? うーむ……不可抗力か。痴女判定としてはギリギリセーフという所だな」
「いえ。本当にそういう邪な気配は有りませんでしたから。お相手の方が触ってくる事は有りませんでしたし」
オレが一方的に胸をわしづかみにしてしまっただけで、あの人は知らないフリをしてくれていた。
「待て。お前に抱き着かれて、これ幸いと触ってこない? 大義名分があるんだ。尻ぐらい撫でられても不思議じゃないぞ!?」
「先生だったらそうしたわけですね?」
「……ともかく。今の話が本当なら、その女は同性愛者、さもなくば鉄の制御心を持つ女。もしくは」
オレの質問に答えを返さず、状況整理をする冬原先生。
「社会的地位のある者で、人前では手を出さなかった。考えられるのはそんなところだな。ちょっとさっきの名刺を見せて見ろ」
「あ、はい」
オレは生徒手帳を取り出し、挟んでいた名刺をテーブルの上に置く。
「ふむ」
手にとった先生が名刺を見て。
「……はぁっ!?」
「どうしました?」
驚いた顔のまま、名刺をじっと見ている。
「お前。さっきの話は本当に本当か?」
「え? ええと?」
「本当にこの名刺の持主が、お前を介助し、手を出さなかったのかと聞いている」
「……もしかして、お知り合いですか?」
「待て。ちょっと待て。色々と頭の中を整理する」
冬原先生は、なんというか、とても微妙な顔でうんうんと何やら考え込んでいた。
ふと。
「いや、アリだな。このルートは諸々アリだ。良し」
何か良い事があったらしい。
「宮城」
「はい」
先生は名刺をテーブルに置き、オレに返しながら、こう言った。
「まずアルバイトの件だが、ちょうどいい所がある。時給は……どうだろうな。一万を下回る事はないはずだ」
「え? 日給じゃなくて?」
「どこの世界に若い男性アルバイトを日給一万で雇おうとするバカがいる?」
シマ先輩はどうなんだろう。今度会ったら聞いてみるか。
「けど、そんな高給のお仕事ってどういう内容ですか?」
男というだけでそんなにもらえるものだろうか?
いや、この世界であればその可能性も高いが、それでも金額に見合った仕事内容のはずだ。
若くて体力があるだけの男の使い道なんて、それこそそういう方向しか考えつかないが、教師である人がそういうものを勧めるはずもない。
しかし、先生の答えはまたも謎に満ちていた。
「荷物持ちだ」
「……引っ越し屋さんですか?」
なるほど。
性差による筋力差はこの世界でも同様だ。
力仕事である引っ越し業務であれば、女性よりたくさん頂いても納得できる。
ふむふむとオレが頷いていると、先生が首を横に振った。
「違う。どこの世界に男に引っ越し作業をさせる者がいるものか」
そういう世界から来たんです、とは言えないのでオレは誤魔化しの笑顔を浮かべて、話の続きをうながした。
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