上 下
400 / 415

『アルバイト探し(5)』

しおりを挟む
『アルバイト探し(5)』

冬原先生いわく、男に群がる野次馬にもいくつかパターンがあるらしい。
 
まずシンプルに、若いイケメンを間近で見たい勢力。大半の野次馬がここに属する。このテーブル周辺の人口密度の増加もコレが理由だ。
 
オレだって美少女や美女の近くの席が空いていれば、チラ見目的でそこに座るかもれしない。
 
次に盗撮目的の野次馬。
 
「見つかればお縄の可能性もある。それでも覚悟を決めた者は、あの手この手で盗撮をする。所詮はスマホのカメラだからな。被写体との距離は近い方がいい。大胆な奴ほど接近戦を挑んでくる」
 
これもなるほどだ。
 
さすがに前世のオレはそこまでしなかったが、気持ちはわかる。
 
「最後にコンタクト目的の女だ。私のような特に若くもなく、金も持っていなさそうな女が、お前のような若いイケメンを連れているんだ。親族でない限りほぼ姉活だと思われる。そして野次馬はこう思うのさ。あんな女でも付き合ってくれる男の子なら、自分にもワンチャンあるのではないか、と」
 
冬原先生が周囲をわざとらしく見回し、オレも釣られて視線を追った。
 
すると、サッと目をそらしたのが十人以上。
 
顔をそらしながら手元のケータイを隠したのは十人くらい。
 
そして冬原先生を睨んでいる、もしくはオレに笑顔を向けたのが数人。
 
「お前と視線が合ってもなお、私を見ている女、もしくはお前を見ている女。そのへんには注意しておけよ?」
 
彼女たちは野次馬の中でもタチの悪い、フルコンタクト系過激派勢力との事だった。
 
「私がいる間は近寄ってこないから安心しろ。そして私がこんな場所でお前から離れる事はない。男を守るのは女の役目だからな」
 
キリっとした顔で言い終えた先生の目は、とてもキラキラしていた。
 
なるほど?
 
「……それも昔から言ってみたかったセリフですか?」
「うむ。まさか本物の若い男を前にして、実現できるとは思っても見なかった」
 
冬原先生はまた古い夢の欠片を回収したようだ。
 
ほふっと息を吐いて冬原先生がイスに座りなおした時。
 
「あ」
 
そでに紙コップのコーヒーがひっかかり、見事にオレに向かって倒れた。
 
長く居座るつもりだったらしく、Lサイズのアイスコーヒーはまだ半分以上が残っていた。
 
津波のように襲い掛かったコーヒーの波は、オレの詰襟とズボンを濡らした。
 
「す、すまん、宮城!」
 
慌てて立ち上がる冬原先生。
 
「大丈夫ですよ。ちょっと冷たいですけど黒地ですし。ああ、けど中のカッターシャツに染みるとマズいですね」
 
オレは立ち上がり、詰襟だけを素早く脱ぐ。
 
周囲から、おお、というため息が聞こえてきた。
 
男でも上半身の裸体は乳首も含めて性的部位とはとらえられないはず(写真やテレビなどでもモザイクは入らない)だが、学生服を脱ぐというモーションが野次馬のレディたちには刺さったのかもしれない。
 
前世の感覚でいえば、カーディガンを脱いだノースリーブの女の子、ぐらいだろうか?
 
いや、ノースリーブを着る状況でカーディガンを羽織るだろうか?
 
例は悪いがだいたいそんなカンジだと予想する。
 
それくらいならサービスしても、冬原先生も文句は言わないだろう。
 
「し、しかし。風邪でもひいてしまったら大変だ」
 
と思いきや、冬原先生はひどく慌てて、オレの体を拭こうとハンカチを取り出していた。
 
いつものクセでオレの体に接触しようとしてくるが、さすがに衆目が多いココではマズいかもしれない。

好戦的な野次馬が先生を陥れるチャンスとばかりに、通報しようものならトラブルになってしまう。
 
オレは差し出されたハンカチを持つ先生の手をきゅっとつかむ。
 
そしてそのまま体を引き寄せ、耳元に口を近づけてこう言った。
 
「じゃあ、この後シャワーのある場所に連れて行ってもらえませんか?」
 
野次馬が反応する前に、すぐに体を離す。
 
固まった冬原先生がハンカチを手から落とした。
 
「落ちましたよ?」
「ハッ!?」
 
すぐにそれを拾って、コーヒーで濡れているテーブルをガッシガシと拭き始めた。
 
「こ、これでいいだろう。多少の汚れは勘弁してもらって……よし! カ、カゼを引いてしまう前に行こうか!」
 
ハッキリどこへとは言わないが、十分な匂わせゼリフをオレよりも周囲の野次馬に向けて口にする先生。
 
実に楽しそうな顔をしているので、オレも少しだけ協力する事にした。
 
「はい。行きましょう。ボクも体が冷えてきましたから、はやく温まりたいです」
 
オレは先生と腕を組んで体を寄せる、いや、密着させる。
 
「おほっ……ん?」
 
どこから出たのかわからない声をあげた冬原先生だが、ふと真顔になる。
 
「制服から何か落ちたぞ。生徒手帳か?」
「あ」
 
腕にかけていた制服から胸ポケットに入れていた生徒手帳が落ちていた。
 
「気を付けろ。男の写真が添付されているような落とし物は、まずまともに返ってこないからな」
「どうしてでしょう?」
「警察に届けても本人から感謝されるわけでもない。であれば、手元の写真を有効活用したいからだよ」
「なるほど」
「生徒手帳だぞ? 100パーセント確実に男子高校生が身に着けていたものだ。しかも見た目は最高のお前の写真付き。その価値、はかり知れんだろうな」
「見た目だけですか?」
 
からかうように聞くと、にへらっ、とだらしない顔になった冬原先生。
 
「バカ言え。中身も最高なのは私だけ……いや、私と春日井だけの秘密だ」
 
密着してヒソヒソ話をしていたのが、イチャイチャしていると思われたのか周囲からの視線が痛いものになってきた。
 
「いかん。刺激しすぎた。未成年の男子学生をかどわかしていると通報される前にここから……おい、まだ何か落ちているぞ? それは……名刺か?」
「え? あ。そう言えば中に挟んだままだっけ」
 
電車で体調不良になった時、助けてくれたお姉さんの名刺だ。
 
いずれ改めてお礼をと思っていたのに、完全に忘れていた。
 
「学生のお前がなぜ名刺などを持っている? ま、まさか姉活相手の……」
「違いますって。ともかくここから出ましょうか。歩きながらお話します」
 
オレは先生をうながし、緊張感の増したフードコートから立ち去った。
しおりを挟む
感想 31

あなたにおすすめの小説

シン・三毛猫現象 〜自然出産される男が3万人に1人の割合になった世界に帰還した僕はとんでもなくモテモテになったようです〜

ミコガミヒデカズ
ファンタジー
 気軽に読めるあべこべ、男女比モノです。  以前、私がカクヨム様で書いていた小説をリメイクしたものです。  とあるきっかけで異世界エニックスウェアに転移した主人公、佐久間修。彼はもう一人の転移者と共に魔王との決戦に挑むが、 「儂の味方になれば世界の半分をやろう」  そんな魔王の提案に共に転移したもう一人の勇者が応じてしまう。そんな事はさせないと修は魔王を倒そうとするが、事もあろうに味方だったもう一人の勇者が魔王と手を組み攻撃してきた。  瞬間移動の術でなんとか難を逃れた修だったが、たどり着いたのは男のほとんどが姿を消した異世界転移15年後の地球だった…。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

男女比がおかしい世界に来たのでVtuberになろうかと思う

月乃糸
大衆娯楽
男女比が1:720という世界に転生主人公、都道幸一改め天野大知。 男に生まれたという事で悠々自適な生活を送ろうとしていたが、ふとVtuberを思い出しVtuberになろうと考えだす。 ブラコンの姉妹に囲まれながら楽しく活動!

男女比1:10000の貞操逆転世界に転生したんだが、俺だけ前の世界のインターネットにアクセスできるようなので美少女配信者グループを作る

電脳ピエロ
恋愛
男女比1:10000の世界で生きる主人公、新田 純。 女性に襲われる恐怖から引きこもっていた彼はあるとき思い出す。自分が転生者であり、ここが貞操の逆転した世界だということを。 「そうだ……俺は女神様からもらったチートで前にいた世界のネットにアクセスできるはず」 純は彼が元いた世界のインターネットにアクセスできる能力を授かったことを思い出す。そのとき純はあることを閃いた。 「もしも、この世界の美少女たちで配信者グループを作って、俺が元いた世界のネットで配信をしたら……」

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

処理中です...