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『薫の日常(3)』
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『薫の日常(3)』
「ヒカリぃ!」
背中の薫ちゃんが角を生やしたのがわかる。
「まぁまぁ、薫ちゃん。ヒカリちゃんも色々と興味が出てくるお年頃だから。ヒカリちゃん? 触ってみたいんだっけ? いいよ? どこ触ってみたい?」
「え、あ、う、腕!」
まさかオレがオーケーを出すと思っていなかったのか、キョトンとした後、すぐにオレの腕をさわり始めた。
「うわー……男の腕って本当に固いんだ! これ筋肉? ボコボコしてる! すごーい!」
制服の上から腕をさするリョウちゃん。
ぐっと腕に力をいれて筋肉を固めると。
「うわ、うわっ、うわぁ!」
なかなか気持ちのいいリアクションが返ってきた。
そんなヒカリちゃんに悲報がある。
オレの腕の筋肉をニギニギするのに没頭してしまい、ゲンコツを振り上げている薫ちゃんにまったく気づいていない。
そして、次の瞬間。
「あいたっ!」
ゴツンという音が聞こえてきた。
容赦のない鉄拳が、ヒカリちゃんのつむじに振り下ろされた。
さすがに女の子相手にやりすぎだと思ったが、前世の男兄弟の事を考えれば、まぁ、こんなもんだろう。
オレもこの世界に馴染んできたものだ。
「ヒカリ、店に戻れ! マコも……マコト? どうした?」
頭を押さえて恨めしそうな顔で、店に戻っていくヒカリちゃん。
そして、首をめぐらせてもう一人の妹ちゃんであるマコちゃん、本当はマコトちゃんかな? を見ると、オレをジッと見ていた。
「……あれ?」
よくよくマコちゃんを見ると……何やら見覚えがあるような。はて?
「やっぱり! あの時のよわよわお兄ちゃんだ!」
「あ」
その言葉の響きで、オレは思いだした。あの子だった。
オレを、ざーこざーこと罵ってくれた、いや、罵ったゲーマー少女だ。
しかし、このお店が家も兼ねているという事は、電車にのって街中まで遊びに出ていたという事か。
「おや、久しぶりだね。マコちゃんは、わざわざあんな遠くのゲームセンターまで行ってるの?」
「えんせーだよ。このへんじゃ、ウチの相手になるヤツいないし」
いわゆるガチ勢か。
しかし遠征とは、小学生にしては難しい言葉を知っていらっしゃる。
「あれ、京センパイ、うちのマコと知り合いなんスか?」
「知り合いというか。街中の駅前にあるゲームセンターに行った時に対戦して遊んだ仲かな?」
すると薫ちゃんは納得という顔で、こんな事を教えてくれた。
「あー。それってゴールデンウィークじゃないスか?」
「そうそう。心当たりある?」
はぁ、とため息をつきつつ、マコトちゃんを見る薫ちゃん。
「少し前、街中の駅付近で痴女が出るってんで、小学校の全校集会で近づくなって言われてたんです。けどコイツ、そんなのお構いなしで、あちこちのゲーセンに入り浸ってるもんだから、担任の先生に見つかりまして。家に電話があったんスよ。かーちゃんもさすがに怒って、罰としてしばらくの間、店の手伝いをしないと小遣い抜きって話になりました」
なるほど。
あの初老の先生も言っていたように、痴女が出て危ないと言っていたし、そんな場所で娘が遊んでいたら、母親が心配して怒るのも当然だ。
「お皿百枚洗ったから今日のぶんは終わったの! さーびすざんぎょう、したくない!」
マコトちゃんは難しい言葉だけではなく、世知辛い言葉も知っているようだ。
「ウチ、もう今日はおがり! おつかれさまでした! あとはねーちゃんの仕事!」
そう言うなり、マコトちゃんはダッシュで店の中に戻るが、ふと入口の前で足を止めて、振り返った。
「……お兄ちゃん、今度、ゲーム教えてあげる!」
思い出したように、そう言って、再び走り出すと店の中に消えていった。
今度会ったらゲームを教えてくれるという約束を覚えていたらしい。なんともかわいらしい。
「あ、あの。すいません、ウチの妹たちがご迷惑おかけしまして……」
背中の薫ちゃんが、恐縮しきりといった声で謝ってくるが、当然、オレは気にしない。
「いやいや。賑やかでいいね。薫ちゃんは四人姉妹の長女なんだ?」
「あ、はい、そうッス」
「薫ちゃんみたいなお姉ちゃんがいて、羨ましい」
ひとしきり小さな台風たちが去った後、ここまで来たら薫ちゃんのお母さんにも挨拶しておこうと思い、店内に入ろうとするオレ。
しかし、それを背中で必死に押しとどめる薫ちゃん。
「あ、あの、京センパイ! ここまででいいんで! ホント、ここで、ここまでで!」
よっぽど今の状況がよろしくないのだろう。
ここまで焦っている薫ちゃんは初めてだ。
「まあまあ。さっきから他のお客さんにも見られているし、妹ちゃん達は誤解してる。それもひっくるめて、お母さんに声をかけておいた方が、面倒な誤解をされないと思うよ? もし薫ちゃんが、学校の先輩男子相手にセクハラしたなんて思われたら大変でしょ? ボクが本当の事を言っておいた方がいいと思うよ」
三人の酔いどれ客には事情を説明しているが、なにせ酔っ払いだ。
酔っている時の記憶というのはアテにならない。むしろ曲解や捏造の可能性だってある。
であれば、オレから薫ちゃんのお母さんに説明した方が確実だ。
「う、あ、ええと……」
「ああ。安心してい。腰が抜けてるって本当の事は言わないよ。足をひねったっていう嘘の方で話を通すから合わせてね?」
「京センパイ!?」
うろたえる薫ちゃんを背にしたまま、オレは店の前に立つ。
自動ドアが横に開き、酒の匂いが鼻をついた。
洋酒ではなく米の香が強いのは、日本料理を出す飲み屋という所だろうか。
「いらっしゃい……あらぁ?」
カウンター中からおっとりとした声をかけてきたのは、薫ちゃんと同じぐらい小柄で……薫ちゃんと同じく胸の大柄な女性だった。
「ヒカリぃ!」
背中の薫ちゃんが角を生やしたのがわかる。
「まぁまぁ、薫ちゃん。ヒカリちゃんも色々と興味が出てくるお年頃だから。ヒカリちゃん? 触ってみたいんだっけ? いいよ? どこ触ってみたい?」
「え、あ、う、腕!」
まさかオレがオーケーを出すと思っていなかったのか、キョトンとした後、すぐにオレの腕をさわり始めた。
「うわー……男の腕って本当に固いんだ! これ筋肉? ボコボコしてる! すごーい!」
制服の上から腕をさするリョウちゃん。
ぐっと腕に力をいれて筋肉を固めると。
「うわ、うわっ、うわぁ!」
なかなか気持ちのいいリアクションが返ってきた。
そんなヒカリちゃんに悲報がある。
オレの腕の筋肉をニギニギするのに没頭してしまい、ゲンコツを振り上げている薫ちゃんにまったく気づいていない。
そして、次の瞬間。
「あいたっ!」
ゴツンという音が聞こえてきた。
容赦のない鉄拳が、ヒカリちゃんのつむじに振り下ろされた。
さすがに女の子相手にやりすぎだと思ったが、前世の男兄弟の事を考えれば、まぁ、こんなもんだろう。
オレもこの世界に馴染んできたものだ。
「ヒカリ、店に戻れ! マコも……マコト? どうした?」
頭を押さえて恨めしそうな顔で、店に戻っていくヒカリちゃん。
そして、首をめぐらせてもう一人の妹ちゃんであるマコちゃん、本当はマコトちゃんかな? を見ると、オレをジッと見ていた。
「……あれ?」
よくよくマコちゃんを見ると……何やら見覚えがあるような。はて?
「やっぱり! あの時のよわよわお兄ちゃんだ!」
「あ」
その言葉の響きで、オレは思いだした。あの子だった。
オレを、ざーこざーこと罵ってくれた、いや、罵ったゲーマー少女だ。
しかし、このお店が家も兼ねているという事は、電車にのって街中まで遊びに出ていたという事か。
「おや、久しぶりだね。マコちゃんは、わざわざあんな遠くのゲームセンターまで行ってるの?」
「えんせーだよ。このへんじゃ、ウチの相手になるヤツいないし」
いわゆるガチ勢か。
しかし遠征とは、小学生にしては難しい言葉を知っていらっしゃる。
「あれ、京センパイ、うちのマコと知り合いなんスか?」
「知り合いというか。街中の駅前にあるゲームセンターに行った時に対戦して遊んだ仲かな?」
すると薫ちゃんは納得という顔で、こんな事を教えてくれた。
「あー。それってゴールデンウィークじゃないスか?」
「そうそう。心当たりある?」
はぁ、とため息をつきつつ、マコトちゃんを見る薫ちゃん。
「少し前、街中の駅付近で痴女が出るってんで、小学校の全校集会で近づくなって言われてたんです。けどコイツ、そんなのお構いなしで、あちこちのゲーセンに入り浸ってるもんだから、担任の先生に見つかりまして。家に電話があったんスよ。かーちゃんもさすがに怒って、罰としてしばらくの間、店の手伝いをしないと小遣い抜きって話になりました」
なるほど。
あの初老の先生も言っていたように、痴女が出て危ないと言っていたし、そんな場所で娘が遊んでいたら、母親が心配して怒るのも当然だ。
「お皿百枚洗ったから今日のぶんは終わったの! さーびすざんぎょう、したくない!」
マコトちゃんは難しい言葉だけではなく、世知辛い言葉も知っているようだ。
「ウチ、もう今日はおがり! おつかれさまでした! あとはねーちゃんの仕事!」
そう言うなり、マコトちゃんはダッシュで店の中に戻るが、ふと入口の前で足を止めて、振り返った。
「……お兄ちゃん、今度、ゲーム教えてあげる!」
思い出したように、そう言って、再び走り出すと店の中に消えていった。
今度会ったらゲームを教えてくれるという約束を覚えていたらしい。なんともかわいらしい。
「あ、あの。すいません、ウチの妹たちがご迷惑おかけしまして……」
背中の薫ちゃんが、恐縮しきりといった声で謝ってくるが、当然、オレは気にしない。
「いやいや。賑やかでいいね。薫ちゃんは四人姉妹の長女なんだ?」
「あ、はい、そうッス」
「薫ちゃんみたいなお姉ちゃんがいて、羨ましい」
ひとしきり小さな台風たちが去った後、ここまで来たら薫ちゃんのお母さんにも挨拶しておこうと思い、店内に入ろうとするオレ。
しかし、それを背中で必死に押しとどめる薫ちゃん。
「あ、あの、京センパイ! ここまででいいんで! ホント、ここで、ここまでで!」
よっぽど今の状況がよろしくないのだろう。
ここまで焦っている薫ちゃんは初めてだ。
「まあまあ。さっきから他のお客さんにも見られているし、妹ちゃん達は誤解してる。それもひっくるめて、お母さんに声をかけておいた方が、面倒な誤解をされないと思うよ? もし薫ちゃんが、学校の先輩男子相手にセクハラしたなんて思われたら大変でしょ? ボクが本当の事を言っておいた方がいいと思うよ」
三人の酔いどれ客には事情を説明しているが、なにせ酔っ払いだ。
酔っている時の記憶というのはアテにならない。むしろ曲解や捏造の可能性だってある。
であれば、オレから薫ちゃんのお母さんに説明した方が確実だ。
「う、あ、ええと……」
「ああ。安心してい。腰が抜けてるって本当の事は言わないよ。足をひねったっていう嘘の方で話を通すから合わせてね?」
「京センパイ!?」
うろたえる薫ちゃんを背にしたまま、オレは店の前に立つ。
自動ドアが横に開き、酒の匂いが鼻をついた。
洋酒ではなく米の香が強いのは、日本料理を出す飲み屋という所だろうか。
「いらっしゃい……あらぁ?」
カウンター中からおっとりとした声をかけてきたのは、薫ちゃんと同じぐらい小柄で……薫ちゃんと同じく胸の大柄な女性だった。
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