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『餓狼たちの挽歌(2)』
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『餓狼たちの挽歌(2)』
「誰だ貴様は」
と、馴染みのラーメン屋にて、私は厳しい目で隣を見る。
カウンター席で隣り合う、この後輩の姿によく似た女へそう誰何した私を誰が責められようか?
「押忍。どういう意味ですか?」
「たわけ。私の知る冬原美雪という後輩はな? 私と同じく、男日照りをこじらせにこじらせ、ホストが横に座ろうものなら、その男が吐いた空気を吸いこもうとしたり、酔ったふりしてボディタッチをしたり、高い身長をごまかそうと常に猫背でいる、そんな女だ」
だというのに、今夜のこいつは常に背筋を伸ばし、ホストと話すときも大きく開かれた開襟シャツの胸元ではなく、ずっと目を見て話していた。
姿かたちは同じだが、完全に別人だ。
前回、一緒に飲んだのは三月ころか。
せいぜい二か月も経っていないというのに、一体何があったのか。
考えられる事はいくつかあるが……レズに走った?
別に珍しい事ではない。
男に見向きされなくなった女が、せめて人肌だけでもと同様の寂しさをもてあましている女同士でくっつく。
世間的には表向き否定される趣味だが、現実的にタブーな面を持ちつつも容認される事ではある。
バイブなりなんなり股に入れるモノさえ用意しておけば、互いを疑似男性と扱ってセックスは可能だ。
ままごとみたいなものだが、それでも得られる慰めはある。
だが……私の知る冬原美雪という女は同性愛に走る女ではない。
学生時代から私とコイツは男に飢えた狼と呼ばれていた。
実際、そういった言動をはばかる事なくとっていたので、そんな蔑称をつけられても仕方ない。
押忍、押忍、の声が響く日華学園の道場で、私とコイツのイントネーションだけが、雄(オス)と聞こえると言われて、先輩に張り飛ばされていたぐらいだ。
男と見れば飢えた狼のごとく襲い掛かるんじゃないかと後ろ指をさされた三年間。
私につけられたあだ名が、日華の餓狼、なのも納得だろう?
だがコイツは私を超えし者。
日華の餓狼スペシャル、と呼ばれた女だ。
私が保健室からパチったコンドームの半分はコイツが消費していたし、返礼とばかりに学園中の男たちを盗撮しては私にまわしてくれた、出来のいい後輩でもある。
そんな女が、まだ二十半ばで女に走るはずもない。
歯をくいしばり、姉活を駆使して、必死にもがいて、もがいて、もがきぬいて、なんとしてでも男をゲットする根性のある女だ。
つまり。
「……男が出来たか」
ズズズと美雪がラーメンの汁をすする。
からになったどんぶりをテーブルに置いた時。
「雄(オス)」
と、ひと言、返ってきた。
「そうか。今後はあまり連れ出せないな、寂しくなるよ」
「押忍」
私は美雪の頭を撫でる。
かわいい後輩だ。
「などと言うと思ったか?」
「……あだだだだ!」
私は美雪の頭をわしづかみにした指に力をこめる。
「痛い痛い痛い! 先輩、マジで痛いです!」
「私の心の方が痛いんだよ! この裏切り者がッ!」
私はすでに空になっていた自分のどんぶりを、カウンター越しの店主に向かってかかげる。
「チャーシュー麺、特盛おかわり! 美雪、お前は?」
「ゴチです!」
そうして二杯のラーメンが並べられ、美雪への事情聴取が始まる。
「それで?」
美雪はどんぶりを私に差し出し、無抵抗の意思を示す。
「地道な努力が実を結んだという事で」
私は美雪のどんぶりに箸をつっこみ、五枚あるチャーシューの二枚をかっさらう。
「あ、二枚はちょっと」
「うるさい。相手はどんな男だ? 妊活詐欺や筒持たせではなかろうな?」
妊活詐欺はよくある話だが、ひどいのになると、ホテルなどに誘われて男が筒(男性器)を出させた状態の時に部屋に妻や恋人と名乗る無頼が踏み込み、訴えられたくなくば金を出せと脅さられるという。
この世界、男に対しての性犯罪は非常に重い。
私がかつて満員電車で痴漢えん罪の危機に瀕した時、社会的な死を覚悟したのもそのためだ。
かわいい後輩には、そんな男がらみの犯罪に巻き込まれて、悲しい目にはあってほしくない。
そんな私の心配をよそに、美雪はこんな事を言いだした。
「先輩。実はお願いがあります」
「何だ」
「アルバイト、紹介してくれませんか?」
と。
「誰だ貴様は」
と、馴染みのラーメン屋にて、私は厳しい目で隣を見る。
カウンター席で隣り合う、この後輩の姿によく似た女へそう誰何した私を誰が責められようか?
「押忍。どういう意味ですか?」
「たわけ。私の知る冬原美雪という後輩はな? 私と同じく、男日照りをこじらせにこじらせ、ホストが横に座ろうものなら、その男が吐いた空気を吸いこもうとしたり、酔ったふりしてボディタッチをしたり、高い身長をごまかそうと常に猫背でいる、そんな女だ」
だというのに、今夜のこいつは常に背筋を伸ばし、ホストと話すときも大きく開かれた開襟シャツの胸元ではなく、ずっと目を見て話していた。
姿かたちは同じだが、完全に別人だ。
前回、一緒に飲んだのは三月ころか。
せいぜい二か月も経っていないというのに、一体何があったのか。
考えられる事はいくつかあるが……レズに走った?
別に珍しい事ではない。
男に見向きされなくなった女が、せめて人肌だけでもと同様の寂しさをもてあましている女同士でくっつく。
世間的には表向き否定される趣味だが、現実的にタブーな面を持ちつつも容認される事ではある。
バイブなりなんなり股に入れるモノさえ用意しておけば、互いを疑似男性と扱ってセックスは可能だ。
ままごとみたいなものだが、それでも得られる慰めはある。
だが……私の知る冬原美雪という女は同性愛に走る女ではない。
学生時代から私とコイツは男に飢えた狼と呼ばれていた。
実際、そういった言動をはばかる事なくとっていたので、そんな蔑称をつけられても仕方ない。
押忍、押忍、の声が響く日華学園の道場で、私とコイツのイントネーションだけが、雄(オス)と聞こえると言われて、先輩に張り飛ばされていたぐらいだ。
男と見れば飢えた狼のごとく襲い掛かるんじゃないかと後ろ指をさされた三年間。
私につけられたあだ名が、日華の餓狼、なのも納得だろう?
だがコイツは私を超えし者。
日華の餓狼スペシャル、と呼ばれた女だ。
私が保健室からパチったコンドームの半分はコイツが消費していたし、返礼とばかりに学園中の男たちを盗撮しては私にまわしてくれた、出来のいい後輩でもある。
そんな女が、まだ二十半ばで女に走るはずもない。
歯をくいしばり、姉活を駆使して、必死にもがいて、もがいて、もがきぬいて、なんとしてでも男をゲットする根性のある女だ。
つまり。
「……男が出来たか」
ズズズと美雪がラーメンの汁をすする。
からになったどんぶりをテーブルに置いた時。
「雄(オス)」
と、ひと言、返ってきた。
「そうか。今後はあまり連れ出せないな、寂しくなるよ」
「押忍」
私は美雪の頭を撫でる。
かわいい後輩だ。
「などと言うと思ったか?」
「……あだだだだ!」
私は美雪の頭をわしづかみにした指に力をこめる。
「痛い痛い痛い! 先輩、マジで痛いです!」
「私の心の方が痛いんだよ! この裏切り者がッ!」
私はすでに空になっていた自分のどんぶりを、カウンター越しの店主に向かってかかげる。
「チャーシュー麺、特盛おかわり! 美雪、お前は?」
「ゴチです!」
そうして二杯のラーメンが並べられ、美雪への事情聴取が始まる。
「それで?」
美雪はどんぶりを私に差し出し、無抵抗の意思を示す。
「地道な努力が実を結んだという事で」
私は美雪のどんぶりに箸をつっこみ、五枚あるチャーシューの二枚をかっさらう。
「あ、二枚はちょっと」
「うるさい。相手はどんな男だ? 妊活詐欺や筒持たせではなかろうな?」
妊活詐欺はよくある話だが、ひどいのになると、ホテルなどに誘われて男が筒(男性器)を出させた状態の時に部屋に妻や恋人と名乗る無頼が踏み込み、訴えられたくなくば金を出せと脅さられるという。
この世界、男に対しての性犯罪は非常に重い。
私がかつて満員電車で痴漢えん罪の危機に瀕した時、社会的な死を覚悟したのもそのためだ。
かわいい後輩には、そんな男がらみの犯罪に巻き込まれて、悲しい目にはあってほしくない。
そんな私の心配をよそに、美雪はこんな事を言いだした。
「先輩。実はお願いがあります」
「何だ」
「アルバイト、紹介してくれませんか?」
と。
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