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『幕間:二年一組、猪瀬加奈子の場合(4)』
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『幕間:二年一組、猪瀬加奈子の場合(4)』
見れば座ったばかりの宮城君が立っていた。
私を含めた全員が反射的に立ち上がる。
あら? という顔の梅守先生に向かって宮城君が「れーい」と続ける。
全員が後ろの宮城君を見ながら器用に礼をする。
首を可愛くかしげながら梅守先生が教室から出ていったあと。
皆が宮城君の所へ殺到……しようとしたが、宮城君の席の近くで騒ぐと隣の席の夏木が怖いので春日井ちゃんのもとへ全員が殺到し事情を聴きだす。
なんと宮城君が副委員長になったと伝えられた。
しかもそうなるように頼んだのは春日井ちゃんだという。
つまり、これから毎日。
いや、毎時間ごとに宮城君のイケボで号令が聴けるというわけだ。
クラス全員が神へ感謝した。
そしてこの福音を最も感謝したのは、引っ込み思案で話しかけられないクラスメート達だった。
クラスの中には、挨拶をしただけで男子に冷たくされたり、無視されたり、罵られたりした事のある子が結構いる。それがショックで男性恐怖症とまではいかずとも、男子そのものを怖がるようになった子だっている。
だがやっぱり男の子とは仲良くしたいし、年頃の女として興味はある。
せめて声くらい聴きたいと願ってもしかたないことだろう。
だが宮城君が号令係になった今、そういった内気な彼女たちから会話を盗聴されたり、録音をせがまれたりすることも減るはずだ。
春日井ちゃん、まさにグッジョブ。
だが、なにより。
今、賞賛されるべき人物は他にいる。
冬原だ。
我らが担任、冬原大先生だ。
ジャケットはないものの、黒のカッターシャツに黒のベストなんてけしからんものを短時間で用意したその手柄はこれまでの全てのマイナス印象を消し飛ばした。
いつも暑苦しい恰好だの、高圧的な態度でうっとうしいだのと、さんざんの言われようだったというのに。
「冬原、最高かよ」
「私は今日から冬原先生と呼ぶ」
「アタシたちは冬原の事、何もわかってなかった……」
「私は前々から冬原先生はデキる女と思ってたね!
などとクラスでの評価が右肩上がりで脱臼する勢いである。
ちなみに帰りのホームルームでは冬原が教室に入ってきたとたん、スタンディングオベーションが行われ、鳴り止まぬ拍手の中で冬原は困惑していた。本人は何で礼を言われているのかわかっていなかった。
私達一組の未来は明るい。
***
ちなみに帰宅後の夜。
二組に在籍している私の親友、立花恵子にその旨、自慢のメールをしてやった。
すぐさま電話がかかってきた。
着信を取った瞬間、発狂してるんじゃないかというぐらいの勢いで私を罵倒した後、正気に戻ったのか謝罪を始め、その後、ものすごく下手に出た態度と口調で濡れた髪の宮城君の写真を懇願してきた。
今日一日ずっと凄腕カメラマンと称賛されていた琴美が撮った、水もしたたるイケメンダブルピース写真はすでにクラス中にシェアされていたし、宮城君も撮られているとわかってポーズをとってくれたものだから他人に渡してやっても大丈夫だろう。
だが、つい先ほどまで一方的に罵倒された私が素直に渡すと思うのだろうか。
当然、渡してやった。
恵子と私はもはや別世界の、いやさ、別次元に住まう住人だ。
憐れに地べたでもがく者に蜘蛛の糸を垂らしてやるように、私は慈悲という名の糸をもって宮城君の写真データを垂らしてやった。
恵子はそれを受け取りデータを確認した瞬間、またも発狂しそうな声で、しかも今度はその声が枯れるほどの絶叫とともに私に礼を言うと、すぐに電話を切ってしまった。
分からん事もない。
恵子も私も今夜は忙しい。
もう夜も更けた。
ベッドのシーツにはバスタオルを敷き、替えの下着だって用意してある。
私は部屋の鍵をかけ電気を消す。
そして宮城君の写真を写したままのケータイを手にしてベッドの中に潜り込んだ。
――今夜は実にはかどりそうだ。
見れば座ったばかりの宮城君が立っていた。
私を含めた全員が反射的に立ち上がる。
あら? という顔の梅守先生に向かって宮城君が「れーい」と続ける。
全員が後ろの宮城君を見ながら器用に礼をする。
首を可愛くかしげながら梅守先生が教室から出ていったあと。
皆が宮城君の所へ殺到……しようとしたが、宮城君の席の近くで騒ぐと隣の席の夏木が怖いので春日井ちゃんのもとへ全員が殺到し事情を聴きだす。
なんと宮城君が副委員長になったと伝えられた。
しかもそうなるように頼んだのは春日井ちゃんだという。
つまり、これから毎日。
いや、毎時間ごとに宮城君のイケボで号令が聴けるというわけだ。
クラス全員が神へ感謝した。
そしてこの福音を最も感謝したのは、引っ込み思案で話しかけられないクラスメート達だった。
クラスの中には、挨拶をしただけで男子に冷たくされたり、無視されたり、罵られたりした事のある子が結構いる。それがショックで男性恐怖症とまではいかずとも、男子そのものを怖がるようになった子だっている。
だがやっぱり男の子とは仲良くしたいし、年頃の女として興味はある。
せめて声くらい聴きたいと願ってもしかたないことだろう。
だが宮城君が号令係になった今、そういった内気な彼女たちから会話を盗聴されたり、録音をせがまれたりすることも減るはずだ。
春日井ちゃん、まさにグッジョブ。
だが、なにより。
今、賞賛されるべき人物は他にいる。
冬原だ。
我らが担任、冬原大先生だ。
ジャケットはないものの、黒のカッターシャツに黒のベストなんてけしからんものを短時間で用意したその手柄はこれまでの全てのマイナス印象を消し飛ばした。
いつも暑苦しい恰好だの、高圧的な態度でうっとうしいだのと、さんざんの言われようだったというのに。
「冬原、最高かよ」
「私は今日から冬原先生と呼ぶ」
「アタシたちは冬原の事、何もわかってなかった……」
「私は前々から冬原先生はデキる女と思ってたね!
などとクラスでの評価が右肩上がりで脱臼する勢いである。
ちなみに帰りのホームルームでは冬原が教室に入ってきたとたん、スタンディングオベーションが行われ、鳴り止まぬ拍手の中で冬原は困惑していた。本人は何で礼を言われているのかわかっていなかった。
私達一組の未来は明るい。
***
ちなみに帰宅後の夜。
二組に在籍している私の親友、立花恵子にその旨、自慢のメールをしてやった。
すぐさま電話がかかってきた。
着信を取った瞬間、発狂してるんじゃないかというぐらいの勢いで私を罵倒した後、正気に戻ったのか謝罪を始め、その後、ものすごく下手に出た態度と口調で濡れた髪の宮城君の写真を懇願してきた。
今日一日ずっと凄腕カメラマンと称賛されていた琴美が撮った、水もしたたるイケメンダブルピース写真はすでにクラス中にシェアされていたし、宮城君も撮られているとわかってポーズをとってくれたものだから他人に渡してやっても大丈夫だろう。
だが、つい先ほどまで一方的に罵倒された私が素直に渡すと思うのだろうか。
当然、渡してやった。
恵子と私はもはや別世界の、いやさ、別次元に住まう住人だ。
憐れに地べたでもがく者に蜘蛛の糸を垂らしてやるように、私は慈悲という名の糸をもって宮城君の写真データを垂らしてやった。
恵子はそれを受け取りデータを確認した瞬間、またも発狂しそうな声で、しかも今度はその声が枯れるほどの絶叫とともに私に礼を言うと、すぐに電話を切ってしまった。
分からん事もない。
恵子も私も今夜は忙しい。
もう夜も更けた。
ベッドのシーツにはバスタオルを敷き、替えの下着だって用意してある。
私は部屋の鍵をかけ電気を消す。
そして宮城君の写真を写したままのケータイを手にしてベッドの中に潜り込んだ。
――今夜は実にはかどりそうだ。
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