216 / 415
『幕間:二年一組、猪瀬加奈子の場合(1)』
しおりを挟む
『幕間:二年一組、猪瀬加奈子の場合(1)』
その日、私のクラスである二年一組は騒がしかった。
天使の不在。
最後列、その左端の席にいるべき人の姿がないのだ。
新学期が始まったばかりの四月に転入してきた男子生徒。
ただの男子生徒じゃない。
超、カッコいい。
超、優しい。
超、好き。
この教室の九十九割がそう思っている。
挨拶をすれば、笑顔で挨拶を返してくれる。
話しかければ、笑顔で言葉を返してくれる。
抱きしめれば、笑顔で抱き返してもらえる……かもしれないが、それをやるとこの一組では確実に私刑執行され、残りの学園生活は悲惨なものになるだろう。
血や法より強い、結束と監視によって一組の平和と幸福は成り立っているのだ。
もはやそれは信仰のようなものとなっている。
それほどに彼は――宮城君は完璧な存在だった。
宮城君という天上からの輝きが失われてしまえば、地べたで這いずり回るだけの私たちもまた闇の中へと沈み込む。
宮城君に会うためだけに学校に来ていると豪語する隣の席の友人、麻川琴美は教室に入ってすぐに異変に気付く。
琴美は宮城君に挨拶するために作っていた心からの笑顔を凍り付かせたまま、教室内をキョロキョロと見まわしている。
天使の姿がないとわかるやいなや、その視線はすぐに机の横のフックに向けられた。
彼のカバンがあればトイレかもしれない、と思い立ったのだろう。
ああ、その思考、わかる、わかりすぎる。
だって、今朝、教室に入った時の私とまったく同じだから。
そしてカバンがないと知った瞬間、顔から生気が抜けた。
ヒザから崩れ落ちそうになりながらも、ヨタヨタと私の隣の自分の席へとたどりつき、イスに座るなりそのまま天をあおぐ。
そう、まるで力尽きたボクサーが自分のコーナーで燃え尽きたような恰好で。
「……加奈子ぉ」
その姿勢のまま、ゾンビのような声で私の名を呼んだ。聞きたいことはわかる。
「あー。今日はお休み? みたいよ」
「風邪、とかかなぁ」
「さすがにそこまでは知らないけど……あと、言うまでも無いけどダメだかね?」
「わかってる」
琴美が何を考えているのか手に取るようにわかる。
もし病欠であればお見舞いと称して宮城君の家に行けないかという事だ。
それはダメだ。誰かが行けば当然、私も、私も、私だって、となる。
宮城君に迷惑をかける事だけは絶対に許されない。
もしそんな事になれば私刑が死刑になる事は間違いない。
その後も登校してきた他のクラスメートたちは、琴美と同じく。教室に入った瞬間から自分の席につくまでだいたい同じような醜態をさらしていた。
そうしてホームルームの時間になると冬原ではなく三年の生徒指導がやってきて、冬原不在のため代わりにホームルームをしていった。特に連絡事項もなく出席をとっただけだ。
はて、冬原まで休みか? まー、それはどうでもいい。
しばらくして一限目開始のチャイムが鳴り、現国のおばあちゃん、梅守(ウメモリ)先生がやってくる。
授業が始まって時間も半分ほど過ぎただろうか?
教室のドアがノックされた。
顔を出したのは我らが担任の冬原だ。
「梅守先生、授業中失礼します。すまん、春日井、ちょっといいか?」
「あ、はい」
冬原はいつもの赤ジャージではなくスーツだった。
そのせいで一瞬、誰か分からなかったが珍しい恰好をしているもんだと見ていると、ドアを開けたところで委員長の春日井ちゃんを手招きした。
そして手に持っていた手提げの紙袋を渡す。
「これを保健室にいる宮城に持って行ってくれるか」
「え? 保健室?」
春日井ちゃんの動揺は私達も感じたものだった。
保健室? 宮城君が?
急病とかケガとか、そういったものだろうかと、皆が不安げになった。
その日、私のクラスである二年一組は騒がしかった。
天使の不在。
最後列、その左端の席にいるべき人の姿がないのだ。
新学期が始まったばかりの四月に転入してきた男子生徒。
ただの男子生徒じゃない。
超、カッコいい。
超、優しい。
超、好き。
この教室の九十九割がそう思っている。
挨拶をすれば、笑顔で挨拶を返してくれる。
話しかければ、笑顔で言葉を返してくれる。
抱きしめれば、笑顔で抱き返してもらえる……かもしれないが、それをやるとこの一組では確実に私刑執行され、残りの学園生活は悲惨なものになるだろう。
血や法より強い、結束と監視によって一組の平和と幸福は成り立っているのだ。
もはやそれは信仰のようなものとなっている。
それほどに彼は――宮城君は完璧な存在だった。
宮城君という天上からの輝きが失われてしまえば、地べたで這いずり回るだけの私たちもまた闇の中へと沈み込む。
宮城君に会うためだけに学校に来ていると豪語する隣の席の友人、麻川琴美は教室に入ってすぐに異変に気付く。
琴美は宮城君に挨拶するために作っていた心からの笑顔を凍り付かせたまま、教室内をキョロキョロと見まわしている。
天使の姿がないとわかるやいなや、その視線はすぐに机の横のフックに向けられた。
彼のカバンがあればトイレかもしれない、と思い立ったのだろう。
ああ、その思考、わかる、わかりすぎる。
だって、今朝、教室に入った時の私とまったく同じだから。
そしてカバンがないと知った瞬間、顔から生気が抜けた。
ヒザから崩れ落ちそうになりながらも、ヨタヨタと私の隣の自分の席へとたどりつき、イスに座るなりそのまま天をあおぐ。
そう、まるで力尽きたボクサーが自分のコーナーで燃え尽きたような恰好で。
「……加奈子ぉ」
その姿勢のまま、ゾンビのような声で私の名を呼んだ。聞きたいことはわかる。
「あー。今日はお休み? みたいよ」
「風邪、とかかなぁ」
「さすがにそこまでは知らないけど……あと、言うまでも無いけどダメだかね?」
「わかってる」
琴美が何を考えているのか手に取るようにわかる。
もし病欠であればお見舞いと称して宮城君の家に行けないかという事だ。
それはダメだ。誰かが行けば当然、私も、私も、私だって、となる。
宮城君に迷惑をかける事だけは絶対に許されない。
もしそんな事になれば私刑が死刑になる事は間違いない。
その後も登校してきた他のクラスメートたちは、琴美と同じく。教室に入った瞬間から自分の席につくまでだいたい同じような醜態をさらしていた。
そうしてホームルームの時間になると冬原ではなく三年の生徒指導がやってきて、冬原不在のため代わりにホームルームをしていった。特に連絡事項もなく出席をとっただけだ。
はて、冬原まで休みか? まー、それはどうでもいい。
しばらくして一限目開始のチャイムが鳴り、現国のおばあちゃん、梅守(ウメモリ)先生がやってくる。
授業が始まって時間も半分ほど過ぎただろうか?
教室のドアがノックされた。
顔を出したのは我らが担任の冬原だ。
「梅守先生、授業中失礼します。すまん、春日井、ちょっといいか?」
「あ、はい」
冬原はいつもの赤ジャージではなくスーツだった。
そのせいで一瞬、誰か分からなかったが珍しい恰好をしているもんだと見ていると、ドアを開けたところで委員長の春日井ちゃんを手招きした。
そして手に持っていた手提げの紙袋を渡す。
「これを保健室にいる宮城に持って行ってくれるか」
「え? 保健室?」
春日井ちゃんの動揺は私達も感じたものだった。
保健室? 宮城君が?
急病とかケガとか、そういったものだろうかと、皆が不安げになった。
31
お気に入りに追加
893
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

男女比が1対100だったり貞操概念が逆転した世界にいますが会社員してます
neru
ファンタジー
30を過ぎた松田 茂人(まつだ しげひと )は男女比が1対100だったり貞操概念が逆転した世界にひょんなことから転移してしまう。
松本は新しい世界で会社員となり働くこととなる。
ちなみに、新しい世界の女性は全員高身長、美形だ。
PS.2月27日から4月まで投稿頻度が減ることを許して下さい。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

高身長お姉さん達に囲まれてると思ったらここは貞操逆転世界でした。〜どうやら元の世界には帰れないので、今を謳歌しようと思います〜
水国 水
恋愛
ある日、阿宮 海(あみや かい)はバイト先から自転車で家へ帰っていた。
その時、快晴で雲一つ無い空が急変し、突如、周囲に濃い霧に包まれる。
危険を感じた阿宮は自転車を押して帰ることにした。そして徒歩で歩き、喉も乾いてきた時、運良く喫茶店の看板を発見する。
彼は霧が晴れるまでそこで休憩しようと思い、扉を開く。そこには女性の店員が一人居るだけだった。
初めは男装だと考えていた女性の店員、阿宮と会話していくうちに彼が男性だということに気がついた。そして同時に阿宮も世界の常識がおかしいことに気がつく。
そして話していくうちに貞操逆転世界へ転移してしまったことを知る。
警察へ連れて行かれ、戸籍がないことも発覚し、家もない状況。先が不安ではあるが、戻れないだろうと考え新たな世界で生きていくことを決意した。
これはひょんなことから貞操逆転世界に転移してしまった阿宮が高身長女子と関わり、関係を深めながら貞操逆転世界を謳歌する話。
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
転生したら男女逆転世界
美鈴
ファンタジー
階段から落ちたら見知らぬ場所にいた僕。名前は覚えてるけど名字は分からない。年齢は多分15歳だと思うけど…。えっ…男性警護官!?って、何?男性が少ないって!?男性が襲われる危険がある!?そんな事言われても…。えっ…君が助けてくれるの?じゃあお願いします!って感じで始まっていく物語…。
※カクヨム様にも掲載しております


転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~
月
恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん)
は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。
しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!?
(もしかして、私、転生してる!!?)
そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!!
そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる