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『GW編・三日目:7時20分発、急に混みだした電車内で起きた奇跡(2)』
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『GW編・三日目:7時20分発、急に混みだした電車内で起きた奇跡(2)』
「――……?」
周囲のざわめきを感じて、私は目を覚ました。
ちょうどどこかの駅についた所で、満員だった列車内に、さらに乗客がなだれ込んできた。
なんだこれは? こんなに混むのか、この線は。
車内の電光掲示場に目をやると次に到着する駅の名が流れている。
「……まだ半分か」
目的の駅はまだ先、ちょうど半分というあたりだろう。
「学生が多いが部活か? ご苦労な事だな」
彼女らの大半は同じ制服ばかりだが、中には別の学校のものもあるし、それらも見覚えのある制服だった。
入社試験の面接なんぞしていれば詳しくなろうもので、このように大半がブレザーとなっている昨今、我が母校はいまだにセーラー服だったと思い出す。
「やはり朝の電車なんぞ乗るもんじゃないな。耳に入ってくる会話が実にうっとうしい」
若い女たちがすし詰めになった列車なぞ、息苦しさが増しただけの空間だ。
別に年食った女がすし詰めでも不快感はかわらないが、若い女は元気が有り余っている感じがして暑苦しい。
私だって世間ではまだ若い女の範疇だろうが、彼女たちのように高望みの恋の話で盛り上がるほどの初心さは失せたし、素敵な男と偶然に巡り合う奇跡を夢みるほどの浪漫も失った。
だが目の前にはそんな夢物語が今にも起こると信じている若い女たちであふれている。
彼女たちの黄色い声の会話は、アイドルがどうととか、クラスメートの男子に挨拶をしてもらったとか、そういう青さが鼻につくものばかりだ。
「……ああ、若さが憎い。世間を知らないという若さが……うらやましい」
私は年の割に地位も金も得ている思う。
努力が報われ、運にも恵まれた成功者と言ってもいいだろう。
だからといって満たされているかと問われれば、否だ。
金で男は買えても愛は買えない。
そんな現実を知った私と知らない彼女たち。
「いかん……いかんな、この状態は。いつものアレだ」
あの年頃に戻りたいなどと普段なら絶対に思わない私だが、今は二日酔いによるアンニュイさが頭痛に拍車をかけている。
これは私の悪癖だ。
飲んでいる時は調子に乗りまくり、翌日、このような自己嫌悪に陥る。
普段から何があってもあまり表情には出ない方なので鉄の女とも言われている私だが、内心ではもうボロボロに乾ききってヒビわれている。
色々と無理をして駆け上がりすぎたんだと思う。
そろそろ一度休む頃合いか。
リタイアしたところで、食っていけるだけの金もある。
「……いかん。いかん、いかんぞ」
悪い方にばかり考えがループしている。
二日酔いがおさまれば、こんな暗い考えも抜けていく。
今はたまたま人込みにあてられて、悪癖が悪化しているだけだ。
私は自分にそう言い聞かせて、別の事を考える事にした。
……昨日の推しは惜しかった。
下手に酔い潰してしまっただけに、次回また指名しても警戒されるだろう。
鎖骨がホッソリして好みだった。
あいにく胸板は薄めだったが及第点はあった。
「実に良い感触だったな」
万札越しに触れた指をじっと眺める。
思い出すだけで三日は戦えるだろう。
つまり四日目には新しい店を発掘しなければならないわけだ。
「……ふむ、学生か」
改めて周囲の女生徒たちを見る。
ちらほら程度だが、懐かしきセーラー服の生徒もいる。
セーラー服なんぞ眺めていても何も楽しくないが、セーラーとくれば対になるのは学ランだ。
黒詰襟というのは実にそそるものがある。
かつて自分が学生としてセーラーを着ていた時はその中身ばかりに興味が向けられていたが、今は学ランというものがどれほど蠱惑的な衣装だったのか感じ入るものがある。
見るだけで、こう、なんというか、突き上げられるものがあるよな。
教室に一人、多くて二人しかいない男子とお近づきになれることは結局なかったが、本物のナマ学ランを間近で、しかもタダで拝める幸せを自覚するには、当時の私はまだ若く人生経験が足りていなかった。
もしかしたら後方の男性専用車両に、学ランの子がいるかもしれない。
もちろん見に行ったりはしないが、私の胸にときめくものがあった。
「そういった店には行った事がないな」
コスプレホストクラブ。
そういうものがあるという話は聞いているが、しょせんは偽物だ。
汚い大人の男が着る学ランになんの魅力があろうかと今まで近寄った事もないし、興味もなかった。
しかし、こうしてセーラー服を見ていると自分の過去を思い出す。
遠目で見る事しかなかった男子生徒の制服。
今ならホストの演じた偽物とはいえ触れられるだけの金がある。
代償行為? だがそれはそれで悪い事じゃないさ。
「今度、副社長に調べさせておくか」
あいつとは付き合いも長いし口も堅い。
そこそこいい給料を支払っているんだから丁稚働きもしてもらわんとな。
私は四日後のコスプレホストクラブに想いを馳せながら、再び目を閉じて仮眠の続きを取る事にした、のだが。
扉が閉まるころには眼前にもぎゅうぎゅうの乗客で埋まっていた。私の足と、前に立っている乗客の足が触れ合うほどだ。実にうっとうしい。
「はぁはぁ……」
なるべく足を引っ込めつつ、再びウトウトしだした私だったが、頭の上から妙になまめかしい吐息が降ってきた。
女の喉から出る高い声ではなく、心に沈み込むような低くて心地よい――男の声だ。
「――……?」
周囲のざわめきを感じて、私は目を覚ました。
ちょうどどこかの駅についた所で、満員だった列車内に、さらに乗客がなだれ込んできた。
なんだこれは? こんなに混むのか、この線は。
車内の電光掲示場に目をやると次に到着する駅の名が流れている。
「……まだ半分か」
目的の駅はまだ先、ちょうど半分というあたりだろう。
「学生が多いが部活か? ご苦労な事だな」
彼女らの大半は同じ制服ばかりだが、中には別の学校のものもあるし、それらも見覚えのある制服だった。
入社試験の面接なんぞしていれば詳しくなろうもので、このように大半がブレザーとなっている昨今、我が母校はいまだにセーラー服だったと思い出す。
「やはり朝の電車なんぞ乗るもんじゃないな。耳に入ってくる会話が実にうっとうしい」
若い女たちがすし詰めになった列車なぞ、息苦しさが増しただけの空間だ。
別に年食った女がすし詰めでも不快感はかわらないが、若い女は元気が有り余っている感じがして暑苦しい。
私だって世間ではまだ若い女の範疇だろうが、彼女たちのように高望みの恋の話で盛り上がるほどの初心さは失せたし、素敵な男と偶然に巡り合う奇跡を夢みるほどの浪漫も失った。
だが目の前にはそんな夢物語が今にも起こると信じている若い女たちであふれている。
彼女たちの黄色い声の会話は、アイドルがどうととか、クラスメートの男子に挨拶をしてもらったとか、そういう青さが鼻につくものばかりだ。
「……ああ、若さが憎い。世間を知らないという若さが……うらやましい」
私は年の割に地位も金も得ている思う。
努力が報われ、運にも恵まれた成功者と言ってもいいだろう。
だからといって満たされているかと問われれば、否だ。
金で男は買えても愛は買えない。
そんな現実を知った私と知らない彼女たち。
「いかん……いかんな、この状態は。いつものアレだ」
あの年頃に戻りたいなどと普段なら絶対に思わない私だが、今は二日酔いによるアンニュイさが頭痛に拍車をかけている。
これは私の悪癖だ。
飲んでいる時は調子に乗りまくり、翌日、このような自己嫌悪に陥る。
普段から何があってもあまり表情には出ない方なので鉄の女とも言われている私だが、内心ではもうボロボロに乾ききってヒビわれている。
色々と無理をして駆け上がりすぎたんだと思う。
そろそろ一度休む頃合いか。
リタイアしたところで、食っていけるだけの金もある。
「……いかん。いかん、いかんぞ」
悪い方にばかり考えがループしている。
二日酔いがおさまれば、こんな暗い考えも抜けていく。
今はたまたま人込みにあてられて、悪癖が悪化しているだけだ。
私は自分にそう言い聞かせて、別の事を考える事にした。
……昨日の推しは惜しかった。
下手に酔い潰してしまっただけに、次回また指名しても警戒されるだろう。
鎖骨がホッソリして好みだった。
あいにく胸板は薄めだったが及第点はあった。
「実に良い感触だったな」
万札越しに触れた指をじっと眺める。
思い出すだけで三日は戦えるだろう。
つまり四日目には新しい店を発掘しなければならないわけだ。
「……ふむ、学生か」
改めて周囲の女生徒たちを見る。
ちらほら程度だが、懐かしきセーラー服の生徒もいる。
セーラー服なんぞ眺めていても何も楽しくないが、セーラーとくれば対になるのは学ランだ。
黒詰襟というのは実にそそるものがある。
かつて自分が学生としてセーラーを着ていた時はその中身ばかりに興味が向けられていたが、今は学ランというものがどれほど蠱惑的な衣装だったのか感じ入るものがある。
見るだけで、こう、なんというか、突き上げられるものがあるよな。
教室に一人、多くて二人しかいない男子とお近づきになれることは結局なかったが、本物のナマ学ランを間近で、しかもタダで拝める幸せを自覚するには、当時の私はまだ若く人生経験が足りていなかった。
もしかしたら後方の男性専用車両に、学ランの子がいるかもしれない。
もちろん見に行ったりはしないが、私の胸にときめくものがあった。
「そういった店には行った事がないな」
コスプレホストクラブ。
そういうものがあるという話は聞いているが、しょせんは偽物だ。
汚い大人の男が着る学ランになんの魅力があろうかと今まで近寄った事もないし、興味もなかった。
しかし、こうしてセーラー服を見ていると自分の過去を思い出す。
遠目で見る事しかなかった男子生徒の制服。
今ならホストの演じた偽物とはいえ触れられるだけの金がある。
代償行為? だがそれはそれで悪い事じゃないさ。
「今度、副社長に調べさせておくか」
あいつとは付き合いも長いし口も堅い。
そこそこいい給料を支払っているんだから丁稚働きもしてもらわんとな。
私は四日後のコスプレホストクラブに想いを馳せながら、再び目を閉じて仮眠の続きを取る事にした、のだが。
扉が閉まるころには眼前にもぎゅうぎゅうの乗客で埋まっていた。私の足と、前に立っている乗客の足が触れ合うほどだ。実にうっとうしい。
「はぁはぁ……」
なるべく足を引っ込めつつ、再びウトウトしだした私だったが、頭の上から妙になまめかしい吐息が降ってきた。
女の喉から出る高い声ではなく、心に沈み込むような低くて心地よい――男の声だ。
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