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第五話『初めての商売!?』

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 商業ギルドに登録してから、僕は初の売り出しに向けて準備を進めている。
 「リット。そういえば、運ぶ馬車はどうするんだ?」
 手伝いに来たナオルが聞いてきた。
 ここから街に、多くの野菜や卵を運ぶには馬車が必要だけど、今の僕にはそれを用意する予算がない。
 ということで、僕は商業ギルドにその事を相談しに来た。
 「……それで、相談ってのは何だい?」
 「馬と、荷台が欲しいんです」
 「家にはないのかい?」
 「……はい。今まで必要性を感じなかったので、馬もいないんです」
 正直に話すと、ギルド長は大笑いする。
 「必要性を感じないなんて、本当にリットは面白い奴だね。農場や牧場を持っている奴らは、必ず持っているもんだよ?」
 「持っているのが当たり前なのも、初めて知りました」
 「ハハハ、そうかい! それじゃあ、仕方ないね。馬と荷台は今日中に用意しておくから、明日にでもまた来ると良い。どれが良いかはリットが決めな」
 「ありがとうございます!」
 「良いんだよ、これがワシの仕事さね」
 この後も、陽気に笑うギルド長と話をしてから僕はギルドを出た。その帰り道、動物屋で働くポルンと会い、僕は商売をすることを話した。
 「それじゃあ、僕! 色んな人に宣伝しますね!」
 「宣伝してくれるのは嬉しいけど、まだ日時とか決まってないんだ……」
 「そうなんですか? 因みに、リットさんはどんな人をターゲットに売るつもりですか?」
 「どんな……決まってない。僕は買ってくれるなら、年齢、性別、家庭環境関係なく売りたいと思ってる」
 そう答えるとポルンは「なるほど……」と考え込み、思い付いた事を話す。
 「それなら、人が集まっている場所で売り出したらどうですか? それなら、どんなお客さんにも買ってもらえると思いますけど……」
 「色んな人が集まる場所……中央広場、商店街、城下町も人が多いよな」
 「はい。そういう場所で、尚且、路上販売を許されている場所を探せば、売り出す場所は決まりますよ!」
 「そうだな……ありがとう、ポルン。売り出す場所が決まりそうだよ」
 そういうと、ポルンは「力になれて嬉しいです」と嬉しそうに言う。
 その後も暫くポルンと話をしてから家に帰った。
 
 家に着く頃には、日が傾き始めていた。
 「遅くなったなぁ。二人は帰ったよな、流石に……ん?」
 手伝いに来ていたナオルとミリーナの事を考えていると、家の近くから話し声が聞こえてきた。
 「だから、どうして分かってくれないの!」
 「何度も言っているだろ! お前には後継ぎは無理だ。家に帰るぞ!」
 「嫌だ! 認めてくれるまで、ボクは帰らない!」
 声がする方に歩いていくと、家の前でアオイと知らない男の人が言い合っていた。それをナオルとミリーナは「どうしたら……」という顔で見ている。
 「あの。何があったの?」
 「リット!! 帰って来るのが遅いよ!」
 「ごめん。話をしてたら長引いちゃって……それより、この人は?」
 二人の話で大体の予想はつくけど、僕は確認の為にも敢えて聞く。
 「俺は、アオイの父親だ。お前が、ここの家主か?」
 「そうですけど……」
 「アオイを家に泊めているそうだが、どういうつもりだ!」
 まぁ、父親ならそう言うのは当たり前か。可愛い娘が見ず知らずの、しかも異性の家に泊まっているのだから怒るのは普通だ。
 「ちょっ! それはさっき説明したでしょ!」
 「信用できん! 年頃の娘を簡単に家にあげる奴だ。悪い男かも知れん!」
 「リットは父さんが思っている様な人じゃないから! もう、帰ってよ!」
 「アオイ。父さんは、お前の事を思って……」
 アオイは父親の体を押して言うと、アオイの父親は寂しそうに言う。
 「父さんの、分からず屋! 口なんて聞きたくない!」
 「アオイ……分かった。今日は帰る」
 分かりやすく落ち込むアオイの父親は、帰って行った。
 その後、ナオルとミリーナもアオイのことを気にしながら家に帰って行き、家には僕とアオイだけになった。
 「……少しは、落ち着いた?」
 「あ……うん」
 そう答えるアオイだけど、その表情は暗い。
 父親とまた言い合いになったんだから当然だけど、そもそもアオイはどうして後を継ぎたいんだろう。親に反対されているなら、自分の農場を作るなり、別の農場で働くなり、いくらでも道はあるはず。
 「……あの、さ。話したくないなら、無理に話さなくても良いんだけど」
 「……うん、何?」
 「どうして……家を継ぎたいの?」
 「……え?」
 「アオイは家が農家だからさ、それなりの知識はあるし、家を継ぐのがダメでも、別の道もあるのになって……」
 僕の話を聞いて、アオイは顔を伏せた。
 やっぱり言えない事情があるのかもしれない。無言になるアオイに聞いた事を謝ろうとした時、顔を少し上げてアオイは言う。
 「……そんなこと、考えたことなかった。ボクはただ、爺ちゃんのことがあったから後を継がないとって……どうしてそんなことを聞くの?」
 「いや、理由を聞いたことがなかったからさ。僕も、理由は違うけど家出した身だから気になったんだ……」
 「リットもなの? 理由が違うって、リットはどうして家出を?」
 「簡単に言えば、当時の生活が嫌になったから、かな」
 あれは十四の時。僕はあの頃の生活に耐えられなくなって、働きに出ると見せかけて家を出た。
 「でも、家出しても家に帰ったんだよね? その時、家族の人は……」
 「……ないよ」
 「え?」
 「家には、帰ってないよ。家出してから一度もね」
 そう、僕は家出以降、家族の元に帰った事がない。それくらい、家にいたくなかったんだ。家出してから四年くらいは経つけど、未だに家族に会いたいとも、家に帰りたいとも思わない。
 「それじゃあ、家族が何してるとか、知らないってこと? 探しに来たりしなかったの? ボクの父さんみたいに……」
 「いや、全くなかったよ。だからさ、アオイが少しだけ羨ましいよ。家族に心配されるくらい大事にされているんだから」
 「……でも、父さんはボクを認めてない。大事に思っているなら、娘の将来を応援するのが普通なのに、無理だって……」
 アオイの言うことは分かるけど、アオイが思っているような父親にも思えない。だって、アオイが心配でわざわざ居場所を探して、迎えに来る人が理由もなく「無理」だって言う様な人には思えない。
 「僕には、ちゃんと理由があると思う。今は、聞けなくても何時か聞いてみたら良いよ……父親に対する気持ちも少し変わるかもしれない」
 「……」
 「って、家族から逃げた僕に言われたくないよね。ごめん」
 自分が出来なかった事を、偉そうに言うのは自分でもどうかと思う。アオイだって、きっとそう思っているから何も言わない。言った事を後悔していると、アオイは言った。
 「そんな事ないよ。リットが言う通り、何か思うところがあって言っていた事かもしれないよね。ボク、父さんに理由を聞いたことないから……気持ちの整理が出来たら聞いてみる」
 アオイは、何処かスッキリした表情を浮かべた。
 それから僕はアオイと、馬と荷台の事や初売りの日について話し合った。
 
 それから数日が過ぎ、初売りの日がやって来た。
 僕は、ギルド長が用意してくれた荷台に野菜を詰めた木箱を四箱と、卵を詰めた木箱一箱を乗せていると、手伝いに来たナオルとミリーナが商業ギルドの話をしている。
 「ギルドの行動って、本当に早いよな……何時も思うけどさ」
 「馬と荷台をその日の内に用意したんでしょ? ギルドの力も凄いよね」
 ギルド長は宣言通り、話をした後直ぐに馬と荷台の手配をして、馬10頭に荷台十台を用意していた。翌日、ギルドを訪れた僕にギルド長は「さぁ、好きな物を選びな!」と笑った。
 僕は先に荷台から選ぶことにして、並んでいる荷台を一台ずつ見ていく。用意された荷台は、一般的な木材で出来た物から、派手な装飾品が飾られている最新型の物まであった。その中から採れる量とかも考えて二番目に小さい、一般的なこの荷台を選んだ。次に、馬も一頭一頭見て歩いた。顔付きが穏やかな馬や凛々しい馬、体格が立派な馬などがいたけど、僕は一番最後に並んでいた黒毛の馬に目が留まった。ギルト長の話だとこの馬は元城にいた馬で、足を怪我した事で騎士が乗る馬として扱うことが出来なくなり、引き取り手を探していた。だけど、足を怪我した事が大きな欠点で、なかなか引き取り手が見つからず「ダメ元で良いから見せて欲しい」と、この馬に乗っていた騎士がギルド長に頼み込んだらしい。足のことは気になるけど、話を聞く限り治っているみたいだし、自然と目に止まったこの馬を僕は選んだ。
 自分が選んだモノが本当に選んで良かったのか、正直自信はないけど選んだ事に後悔はしていない。
 「本当に大人しいよね。初対面の私でも触らせてくれるもの」
 「だな。俺でも触れるし……可愛いな、お前」
 選んだ馬を撫でながらナオルとミリーナは言う。
 馬を見た時に僕も同じことを思った。騎士が乗っていた馬なら警戒心が強そうって思っていたけど、手を伸ばしても嫌がらないし、触れても暴れることなく触らせてくれた。
 「ん~。きっと、背中に乗せていた騎士が大切に接していたのかもね。引き取り手を探すくらいには大切に思っていたんだろうし」
 「そうかもな……」
 「なぁ、そういえば。足を怪我してたんだろ? 大丈夫なのか? 空の荷台を引っ張るのと違って荷物乗せてる分重いし……」
 ナオルが気になるのも分かるけど、僕はあまり気にしていない。それは事前に、ある人に馬の足の具合を診て貰って、大丈夫なことを知っているから。
 「動物屋で働いているポルンに、診てもらったから大丈夫。足の怪我は完治してるって」
 「そっか! なら安心だな。今日はよろしくな! え~と……」
 「クロハだよ。因みに、オスだ」
 「見れば分かるよ!」
 「へぇ~、何処を見たら分かるのかなぁ?」
 ニヤニヤと笑みを浮かべるアオイに、ナオルはオドオドしながら答える。
 「そ、れは……」
 「顔つきだよな? 凛としてるし」
 「……え? 顔つき?」
 「あれ~? ナオルくんは違うの? じゃあ、何処を見たの?」
 また、ニヤニヤするアオイにナオルは顔を赤くさせて叫ぶ。
 「うるさーい! そんな事、どうでも良いだろ! さっさと、準備をするぞ!」
 ナオルが怒る様子を見て「やっぱり、ナオルはからかいがあるよね。反応が楽しい」とアオイは小さく言った。その言葉に意外と地獄耳のナオルは「俺は、楽しくない!」と返す。
 「まぁ、まあ。ナオル、落ち着いて。アオイちゃんのからかいなんて、今に始まったことじゃないでしょ?」
 ミリーナに穏やかに言われ、ナオルは落ち込む。
 ミリーナの言う通り、ナオルがアオイにからかわれるのは今に始まったことじゃない。ナオルと二回目に会った頃から、何かとナオルをからかうようになった。でもそれは、アオイがナオルに心を開いている証拠だ。疑われて、口を利かないよりは僕は良いことだと思う。だけど、ナオルにとっては、まぁ、嫌なことなのかも知れないけど。
 「ごめん、ごめん。つい、からかいたくなっちゃって。そういえば、この子の名前って、騎士が付けた名前なんでしょ?」
 「そうだよ。何時も背中に乗せていた騎士がつけた名前みたいだから、思い出深い名前ならそのままでも良いかなって」
 「私も良いと思う。呼び慣れた名前の方がこの子も戸惑わないし」
 「ボクも良いと思う。クロハ、今日はよろしくね」
 クロハは、アオイの言葉に返事をする様に「ヒヒーン」と声を上げた。
 それからも話をしながら、出発の準備を整えていく。
 「リット、忘れ物はない?」
 「大丈夫! 家の鍵も一応閉めたから!」
 「一応って……それじゃあ、行こう! 初売り出しに!」
 「おー!!」
 準備も気合いも十分な僕達は、野菜を乗せた馬車を走らせた。
 「お~、早いな! やっぱり、馬は良い!」
 「本当だよ。この道歩くのに、一苦労だった」
 「……なんか、ごめん」
 家と街を徒歩で行き来している事を懐かしむ様にナオル達は言う。
 「まぁ、リットはどうせ家に引きこもる予定だったから、必要には思わなかったんだろ?」
 「……え。何で知ってるの?」
 「……真顔で答えるなよ。冗談で言ったのに」
 「でも、リットならあり得そうだよね。自給自足の生活ってやつ。ボクは良いと思うけど」
 クロハに繋いだ手綱を握るアオイは、笑いながら言った。それに対しナオルとミリーナは「却下!」と僕の暮らし方の候補の一つを否定した。
 そんな話をしながら森の道を抜け、あっという間に街に着いた。その数分後、僕達は街の中心地「中央広場」にやって来た。人の邪魔にならない広場の隅に馬車を止め、売り出しの準備をする。ここは、人通りが一番多く、歩く人の年齢も家系もバラバラで色んな人に見てもらえそうな場所。それに、この広場は誰でも物を売り出すことが出来る場所の一つ。この国には、許可なく売り出せる場所と、許可を得て売り出せる場所、そして、商売をすること自体を固く禁じられている場所がある。もし、許可を得ていない、もしくは禁じられた場所で商売をしていたら、重い罰を受ける事になるらしい。それ以上の詳しい話を僕は全く知らないけど、この国で暮らす人なら誰でも知っている常識。
 「それじゃあ。どれだけお客が足を止めてくれるか、実験開始!」
 「実験って……まぁ、間違ってはいないけど」
 そう、これはあくまで「お客」を調べるのが目的。物を売るよりも先に、どんな客層に人気で、どの値段なら売れ行きが良いのかを知る必要があると僕は思った。だから「売る」のは二の次にしようとアオイに話すと、最初は「それも大事だけど、折角売り出すんだから……」と反対していたけど、売る野菜や卵は僕の牧場で育てた物だからと、僕の考えを受け入れてくれた。その上で、アオイは何処で売り出しをしたら良いのか考えてくれた。この事は、ナオルとミリーナにも話して、二人には接客をしながら客層やどれが売れて、どれが売れなかったのか、値段も含めて調べてもらうことにした。アオイには、客の呼び込みと接客。そして僕は、商品の補充と管理をしながら、トラブルの対処をすることになった。
 「新鮮な野菜や卵はいかがですか? とっても、美味しいですよ!」
 呼び込みを始めるアオイの声に、歩く人が一人、また一人と足を止め、アオイの話に耳を傾ける。それに興味がない人はまた歩きだし、興味を持った人は、野菜を並べている場所に近寄ってくる。
 「まぁ、本当に野菜と卵を売っているのね」
 「確かに、綺麗な色の野菜ね。卵も大きいような気がするわ」
 見に来てくれた人は、並べている野菜や卵を見て悩むことなく買って行く。その度に「そんなに安いの!」、「売り出すのは今回だけなの?」という嬉しい声が聞こえてきた。アオイやナオル、ミリーナがそれに答えると、お客さんは納得して笑顔で店を離れていく。それ以外にも「こうしたら良い」という意見の声も聞こえていたけど、それは僕達の接客や出している商品に不満を抱いて言ったことじゃなく「こうしたら、もっと売れ行きが良くなる」という客目線のアドバイスだった。
 この広場での売れ行きは思っていたよりも良くて、あっという間に商品は完売してしまった。実は、売り出す場所はこの広場以外にあと二ヶ所あったんだけど、その二ヶ所でもあっという間に完売した。
 嵐のような結果に僕達は無言になり、そのまま後片付けをして牧場に帰る。

 牧場に着くと、僕達は無言のまま荷台から空になった木箱を下ろして、それを家の横にある小屋に運んで荷台をその小屋の横に置き、クロハを馬小屋に誘導した僕達は家に入り一息つく。そして、一斉に声を上げる。
 「やったァァァァ!」
 「完売だよ!! 凄い!!」
 「しかも、あっという間だぞ!! スゲェ!!」
 興奮のあまり、僕達は吐き出しそうな胸の高鳴りを押さえて無言になっていた。それが、一息つくことで、我慢の糸が切れてしまった。
 「あんなに人が来てくれるなんて、思わなかったからビックリだよ!!」
 「本当、それ! それに、お客さんの満足度も良かったみたいだし、大成功でしょ!?」
 「これが、大成功じゃないなら、どれが大成功なんだよ!」
 アオイ達は、売れ行きの良さとお客の反応を見て「大成功」だと喜んでいた。勿論、僕もそう思う。だけど、それは今回の結果であって毎回こうなるとは限らない。今回はあくまでも、テスト。本格的に売り出すなら、この倍を売らないといけなくなる。そうなると、育てる野菜や飼育する動物の事も考えないといけない。やることは、まだまだ沢山あるし考える事もある。
 「どうしたの? リット、浮かない顔して……」
 「今回の結果、嬉しくないのか?」
 「それとも、具合が悪いの? 大丈夫?」
 三人が喜ぶ中、無言で考え込んでいる僕を気にして三人が声をかけてくる。
 「だ、大丈夫だよ! 売れ残りがあると思っていたのに完売だし。お客さんも笑顔で帰って行ったから、凄く嬉しいよ……」
 「それにしては、あまり嬉しそうに見えないけど? 何か気になる事でもあるの?」
 「気になるっていうか、上手く行きすぎて次売り出す時がどうなるか不安なんだ……」
 思っていることを言うと、アオイ達は口を閉じた。
 「……そうだよな。今回がうまく行っても、次がこうなるかは分からないもんな」
 「喜ぶのは良いけど、浮かれすぎは良くないよね……よし、喜ぶのは今回の反省点とか話した後にしよう!」
 「賛成! 次も、今日以上に売れるようにしたいしね!」
 「だな!」
 アオイ達は、僕の言葉に気持ちを切り替え話し合う体制になる。
 「皆、ありがとう。それじゃあ、今回の売り出しで気になった事はある? お客が話した事でもいいよ」
 アオイ達に話を聞くと、意外にも幾つか気になったことがあった。
 事前に場所や売り出す時間帯を知らせること。もっと品数を増やすこと。そして、人目を気にして買えない人がいたこと。これが、お客の声とアオイ達が見て思った事だった。
 「事前に知らせた方が良いのは分かるけど、その知らせ方をどうしたら良いのか決めてないからな……」
 「定期開催するのは……難しいよな。今の状況じゃ」
 僕達も悩んでいた、売り出しの知らせ方をどうするか話し始めた。
 「育ている作物の種類も、数も少ないし……決まった日に売りに出すのは難しいよ」
 「じゃあ、売り出しの日が決まったら、チラシでお知らせするとか!」
 「それだと、いっぱい人が押し寄せて、買えない人もいるかもしれない。今日の様子を見る限りだけど……」
 「完売したって伝えた時の、お客さんの残念そうな顔……見てるこっちも辛いよな」
 「うん。出来れば、そうならないようにしたいよね」
 知らせをどうするかの話から、今度は自然と品数の話に変わって行く。
 「そうなると、やっぱり問題は売り出す品数だよね。今回用意した種類は全部で五種類だから少ないって思われたのかもね」
 「その代わり、量は多かっただろ?」
 「でも買いたい人はまだいたよ? それに、品数を多くして欲しいっていう人もいたから、量の問題だけじゃないと思う」
 アオイの言葉にナオルは、言い返したいけど言い返せない、そんな顔をしている。この後も、暫く知らせる方法とか、売り出す品数はどうするとか話していたけど、結局、答えが出ないまま同じことを話し合っているだけだった。きっと、この問題は商売自体が初めての僕達には、どうした方が正しいのか知識がない分、答えが出ないのかもしれない。いくら考えても、どのくらいの量を売るべきなのか決められないし、街の人に売り出しの事や僕の牧場の事をどう知ってもらうかも思い付かない。
 「……ギルド長に相談してみる。その道のプロに聞いた方が一番、良い案を出してくれそうだから」
 「な、なるほど……確かにそれはあるかも」
 「私は、良いと思う!」
 「俺も、それで解決するなら良いと思う。それに、決めるのはリットだしな」
 アオイ達の意見も聞いて、この事をギルド長に相談することにした。
 「後は……人目を気にして近づけない人、か」
 「具体的にどんな人だったんだ?」
 残りの問題を解決するために、詳しい話をミリーナに聞いた。この事を「気になった」と話したのがミリーナだったからだ。
 「どんな……あまり言いたくないんだけど、裕福な人には見えなかったかな。服や靴も傷んでいたから……」
 「そうか……生活が苦しい人や、色々な事情で人目を気にする人もいるよな」
 「そういう人にも、リットは買って貰いたいんだよね?」
 「むしろ、裕福な人よりも買って欲しい」
 こう思うのには、僕なりの理由がある。今でこそ、生活が成り立つ暮らしをしているけど、過去・・の僕はそうじゃなかった。
 朝から晩まで働いても、一向に生活は改善しない。僕の体力と気持ちだけが削られていく、そんな毎日を何年も続けていた時期があった。だからこそ、そういう人達の助けになるならって僕は思ってしまう。
 「見た目とかお金のことで、物を買うのを諦める人の気持ち、僕は分かるから」
 「リット……」
 「だから、そういう人も気軽に立ち寄れる、そんなが商売がしたい」
 僕の言葉に、ナオルが答える。
 「俺もそういう商売、良いと思う。売る人を決めないで、立ち寄った人、全員が平等に買える。俺は、リットらしい考え方だと思うし、商売の仕方だと思う」
 「……私も、素敵だと思う。貴族とか貧乏とか関係なく買えるお店なんて、この国には少ないと思うから」
 「だね。今の世の中、格差がありすぎて、同じ人間なのに違う扱いをされる。そんなの可笑しいと思う。ボクも、リットが考える商売の仕方は凄く良いと思うよ」
 商売をする上で大切なのは、どう貴族を取り入れるかだ。そんな事を街で働いていた時に話していた人がいた。その時は、お金を稼ぐには必要な事だって僕も話を聴きながら思ってた。だけど、実際その立場になって見たら、それは絶対的に必要な事じゃなかった。その事をアオイ達も感じたみたいで僕の考えを理解してくれた。
 「でも……そういう人達が買えるようにするにはどうしたら良いんだろ?」
 「そこだよね。こっちがその人達の為に特別な事も出来ないし」
 「そんなことしたら、他の客から文句とか言われそうだよな。自分達にはしてくれないのかって……特別な事をしてやりたいけど、それは難しいと思うな」
 幾つか案は出たけど、「これだ!」と思う案は出なかった。結局、この日の夜は話し合っただけで答えがないまま終わり、少し今日の成果を祝ってからナオルとミリーナは家に帰り、僕とアオイも早めに眠った。

 一夜明け。牧場の事を終わらせた後、僕とアオイは、ギルド長に昨日の報告と相談、それと馬と荷台の代金を支払うため街に出掛けた。
 「……あの子達って、孤児院の子達だよね?」
 「うん。バザーでも近いのかな?」
 「バザー?」
 「リット、知らない? 孤児院の子達が、要らなくなった服とか小物とかを、バザーで売ってるの。開催時期は不定期だけど、やる日に合わせて呼び込みをしているんだ。あんな風にさ」
 小さな広場でお年寄りや家族連れ、若いお姉さんやお兄さんに、孤児院の服を来た子供達が呼び掛けならが手書きの紙を渡している。
 「そうか……これなら……」
 「リット? どうかした?」
 「アオイ、急いでギルドに行くよ!」
 「ちょっ、待ってよ、リット!」
 アオイの話や呼び込みしている子供達を見て、僕はあることを思い付き、急いで商業ギルドに向かった。
 「……確かに、代金を受け取ったよ。これがその証明書だよ」
 「はい……あの、少しだけ話を聞いて貰えませんか?」
 「ん? なんだい?」
 「昨日の売り出しで細かい問題が出てきて……ギルド長の意見が聞きたいんです」
 そう言うと、ギルド長はどこか嬉しそうに聞いてくれた。
 「どんな問題だい?」
 「売り出す品数とその量、売り出しの知らせ方なんですけど……」
 お客に言われたことを説明すると、ギルド長は「そうかい」と言って考え込む。
 「……客の意見も大事な事さね。だけど、それを一編にやるのはオススメしないね」
 「でも、お客さんを呼ぶ為には、出来ることはやった方が良いんじゃ……」
 「アオイの言うことも一理ある。だけど、一回に全部の事をやるのはかえって空回りすることもある。客の為に良い商売がしたいなら、抱える問題を一つずつ、確実に解決していく必要がある。それに……」
 今見えている問題以外にも、見えていない問題もいずれ出てくる。商売は試行錯誤の上に成り立つものだから問題はつきない。それがある度に問題を一編に急いで解決しようとして自滅した店や商人を見てきたと、ギルド長は続けた。
 「だからね、今一番、お前さんが解決したい問題から考えたら良いと思うよ。考えても、今はどうすることも出来ない問題は、出来るようになってから考えれば良いさ」
 「一番、解決したい……人目を気にして買えない人達に買って貰えるようにしたい」
 「それが、一番解決したいことかい?」
 「はい」
 迷わずに答えると、ギルド長はニカッと笑った。
 「その様子だと、解決策も何か浮かんでいるようだね」
 「そうなの、リット?」
  アオイが驚く横で頷いて答えた。
 「うん。ここに来る前に少しね」
 「どれ、話を聞こうかい」
 僕は二人に、思い付いたことを話した。
 「孤児院で売り出すのはどうかなって思ったんです」
 「それはまた……どうしてそう思ったんだい?」
 「孤児院だからです」
 孤児院は、身寄りがない子供達を育て世に出ても生活が出来るように支援する、そう国が決めて作った施設。そんな施設だからこそ、周りの目なんて気にしないで、好きに見て買える。僕はそう思った。
 「孤児院に集まる人の殆どが、生活に困っている人や、孤児院の子供達を気にしている人達です。その場所で、売り出したら人目も気にしないで買ってくれると思ったんです」
 「そう言われればそうだけど……」
 「……ふっ」
 自分が考えたことを話すと、ギルド長は突然笑い出した。
 「ギ、ギルド長? 僕、変なこと言いました?」
 「……いや、ね。まさか、孤児院で商売がしたいと思うなんて思わなくてね。リット、やっぱりお前さんは面白い。話してて飽きないよ」
 「そ、それは……ありがとうございます。それで……」
 「そうだったね。孤児院で売り出したいって話だが……無理ではないよ。ちゃんと孤児院と話し合えば、リットが思う形で売り出せるはずさね」
 売り出せる可能性が少しでもあるなら、僕は孤児院の人と話をすることに決めた。
 「……さて、さっき話していた問題に戻るけどね。売り出す品数とその量は、リット自身が決めても良い。売り出しの知らせ方は決まりがない。誰かに広めて貰うのも良し、自分で知らせても良し、チラシを作って家に配っても良い」
 「どうして……」
 「このくらいの助言は出来るさ。ただ、本当に解決したい問題なのか、考えて欲しかったんだよ、ワシは」
 そう言うと、ギルド長は優しい顔で言う。
 「リット、お前さんの商売だ。自分がやりたいように、やりやすいやり方でやったら良い。辛いとか、考えるのが嫌になったら休んでも良い。悩みがあるならギルドに来て相談すれば良いさね……」
 ギルド長は「まだまだ始めたばかりなんだから」と言ってくれた。僕はその言葉に、いつの間にか入っていた肩の力が抜けた。
 「……また何かあったら、遠慮せずに来な」
 「はい! ありがとうございました」
 きっと僕は無意識のうちに「期待に答えないと」、「良い商売にしないと」って気を張っていたのかもしれない。その事に気づかせてくれたギルド長に感謝しながら、僕は商業ギルドを後にした。
 
 ギルドを出て、少し歩いた所でアオイが言う。
「リット、話したい事があるんだ……」
 そう話すアオイは、真面目な表情で何か決意したような顔だった。僕はそんなアオイの話を聞くため、場所を変えた。
 人が少ない静な高台。街を一望出来るこの場所は、恋人や思い更ける人が集まる。ゆっくり話がしたい人にはぴったりの場所だ。
 僕は高台に設置されたベンチに座り、来る途中で買ったココアを一口飲む。
 「それで、話したい事って?」
 「ボクがやりたいことが、何なのか分かったんだ……」
 アオイがやりたいこと。それは家出をしてまで「後を継ぎたい理由」のこと。前は、自分でもその理由が分からなかったし、やりたい事も分からないと言っていた。
 「ボクね。人を笑顔にさせる仕事がしたい。農場の仕事も好きだから続けたい」
 アオイは静かに続ける。
 「後を継ぎたいと思ったのは、ボクがあの場所で農場の仕事を続けたいから。だから、後を継ぎたいんだって……自分の気持ちに気付いたんだ」
 アオイは嬉しそうに言った。
 「それがアオイの気持ちなんだね」
 「うん……皆と売り出しをしたお陰で気付けたんだ。ボクもこういう仕事がしたいって。だからボク、父さんと話をしてくる」
 「そっか。ちゃんとその事、話せると良いね」
 「うん!」
 笑顔を向けるアオイに、僕は少しだけ寂しい気持ちになった。
 アオイが父親とちゃんと話をしたら、きっと自分の家にアオイは帰る。そう考えると、嬉しい事なのに、寂しいとも思う自分がいた。
 「話したいことも話せたし、家に帰ろう!」
 「……そうだね」
 夕焼けが街を赤く染めるこの景色の中、僕とアオイは家に帰る。
 あと何日、アオイと同じ道を歩めるのか考えながら僕は歩いた。
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