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君に惹かれた理由
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涼しい所、とできるだけ北上して辿り着いたそこは隣接する都道府県の山間部だった。雨が多い地域ではあるが元いた場所よりも気温が低い為、快適に過ごせるだろう。家がポツリポツリと二、三軒しか無く、周囲に人が居ないのを確認して元の姿に戻った。まだ人間が活動するには早い時間であり、見つけられる可能性は低いとは思うが、念の為木陰に身を隠す。木に寄りかかり、徐々に白んでいく空を眺めながら物思いに耽った。
(一週間、どうやって過ごそうか。)
二度コウモリの姿になり、長時間夜空を飛び回った為血を摂取しないと日本人の姿にはなれそうになかった。しかし、この姿で出歩くには些か目立ってしまう。
(テテが戻ってきたらとりあえずタブレット飲まなきゃ。)
吸血鬼にとって血は不可欠であるものの、食事とは別である。人間の体から直接吸血する分にはまだ、相手と会話をしたりスキンシップをとったりして楽しめるが、極力姿を現さないようにしている現状ではその行為自体は簡略化してきている。液体や粉末、タブレットと形状は様々で、いわば薬のように摂取するのだ。中身も人間の血とは限らず、動物であったり人間の血であっても培養したものであったりする。俺はその分野については興味が薄く製造された物を摂取するだけであることと、特に面白味も求めていなかったことから簡単に飲めるタブレットの形状を好んだ。しかし、それも清飛に出会う以前のことである。
(あれ知ったらもうタブレットには戻りたくない……。いやいや、今はそれどころじゃなくて。)
油断すると、つい清飛のことを考えてしまう。なんとか思考を切り替えて、今後どうするかを思案した。
日本円に換金した貨幣にはまだ余裕がある。姿さえどうにかすることができれば特に問題は無い。ゲストハウスにでも泊まれば簡易的なキッチンもあるだろう。一人では無い方が寂しさも幾分か和らぐはずだ。
「……味気ないなぁ」
無意識のうちに独りごちる。
誰かでは無く、清飛が良い。自分の中にこんなに大きな欲が生まれるなんて知らなかった。また食卓を囲みたい。話をしたい。……清飛が自由に縋れるような存在になりたい。甘えて欲しい。甘やかしたい。
「って、だから!今はそれどころじゃなくて!」
「わっ、なに?」
邪念を断つように少し大きな声を出すと、突然別の声が聞こえて息を飲んだ。白んでいた空は薄らと水色を帯びていて知らぬ間に時間か経っていたことを知る。
息を潜めて背後の人物が去るのを祈っていると、足音が遠ざかっていくのを感じ一息吐く。……のもつかのま、一つだった足音は複数の足音へと変化し、俺のいる場所に近づいてきていた。緊張感によって肌がピリつく。
「今、そこの木陰から声が聞こえて……」
「本当に誰かいたのか?こんな朝っぱらから」
「本当だよ!……ノア、起こしてごめんね」
「それは大丈夫だから、気にすんな」
近づいてきているのは男性の二人組のようだった。俺に気付いた男性の方は少し怖がりな性格なのか、話す声が震えていて申し訳ない気持ちが溢れる。
しかし、震える声が発した名前を聞いて俺は別のことで頭がいっぱいになった。
(って、あれ?ノア?)
その名前には聞き覚えがあり、少しぶっきらぼうに聞こえる声にも懐かしさを感じた。
恐る恐る、木陰から顔を出し二人の様子を窺うと一人と目が合い「わー!」と叫ばれてしまった。その様子に焦っているともう一人が冷たい目をしてこちらを振り返った。
が、俺の姿を見た途端、表情は一瞬で柔らかい物になった。
「ケリー……?ケイヴィスだよな?」
「やっぱり、ノアだよね?」
顎にヒゲを蓄えた黒の短髪の男、ノアは俺が幼い頃からの友達である吸血鬼だった。年齢は確か俺よりも三つ上だったはず。故郷から遠く離れた場所で見知った顔に出会えて萎んでいた気持ちが高揚する。
「久しぶりじゃん!元気そうだね」
「そっちこそ。なんだ、まだ若いな」
「まあね。今こっちで暮らしてるの?」
「ああ、トモと一緒にな」
「もしかして、伴侶?」
「お前時々古めかしい言い方するよな。まあ、そうだよ」
ノアが隣にいた子の背中をポンと叩いた。目が合った瞬間、身を震わせた後緊張した面持ちで「千早智耶です……」と話してくれた。俺やノア程では無いが背が高く、恐らく清飛よりも歳上だろう。緊張しやすい性格なのか、はたまた安心したいからかノアとぴったりくっ付いていて可愛らしい。
「ケリーです!よろしくね、千早くん」
俺が声をかけると、緊張が解れたのか表情を緩ませた。そして、ノアと視線を合わせて微笑む。
「可愛いだろ」
「ノア……!」
「うん!」
(いいなぁ。)
幸せそうな二人の様子を微笑ましく思うと同時に、想い人と昨夜離れてしまったことを思い苦い気持ちが胸に沸き上がってくる。そもそも俺と清飛は恋仲ですら無いのでこんなことを思うのはお門違いなのだが。
「というより、ケリーはなんでここにいるんだ?訳ありか?」
「ちょっと色々あって意中の人と暫く距離を置くことになって」
「は?なんだそりゃ……ってか悪い、ちょっと寒いわ。家の中で話聞くから、来いよ」
「本当?ありがとう!」
ノアの提案に感謝し、手を繋いで歩く二人に着いていく。その時、背後から「ぴゃー!」というテテの鳴き声がした。無事におつかいから帰ってきたようだ。
「おかえり!テテ」
「ぴゃー!ぴゃ?」
「おお。久しぶりだな、テテ。俺のこと覚えてるか?」
「ぴゃ!」
テテは俺の肩に乗り、ノアの問いに大きく頷いた。ノアの所のランともよく一緒に遊んでいた。
「そういえばランは?おつかい?」
「ああ、俺の仕事の手伝いしてもらってる」
「ノアの仕事って、ああ!」
久しぶりに会うと話も弾む。ノアと軽口を叩きながら二人の家の敷居を跨いだ。
(一週間、どうやって過ごそうか。)
二度コウモリの姿になり、長時間夜空を飛び回った為血を摂取しないと日本人の姿にはなれそうになかった。しかし、この姿で出歩くには些か目立ってしまう。
(テテが戻ってきたらとりあえずタブレット飲まなきゃ。)
吸血鬼にとって血は不可欠であるものの、食事とは別である。人間の体から直接吸血する分にはまだ、相手と会話をしたりスキンシップをとったりして楽しめるが、極力姿を現さないようにしている現状ではその行為自体は簡略化してきている。液体や粉末、タブレットと形状は様々で、いわば薬のように摂取するのだ。中身も人間の血とは限らず、動物であったり人間の血であっても培養したものであったりする。俺はその分野については興味が薄く製造された物を摂取するだけであることと、特に面白味も求めていなかったことから簡単に飲めるタブレットの形状を好んだ。しかし、それも清飛に出会う以前のことである。
(あれ知ったらもうタブレットには戻りたくない……。いやいや、今はそれどころじゃなくて。)
油断すると、つい清飛のことを考えてしまう。なんとか思考を切り替えて、今後どうするかを思案した。
日本円に換金した貨幣にはまだ余裕がある。姿さえどうにかすることができれば特に問題は無い。ゲストハウスにでも泊まれば簡易的なキッチンもあるだろう。一人では無い方が寂しさも幾分か和らぐはずだ。
「……味気ないなぁ」
無意識のうちに独りごちる。
誰かでは無く、清飛が良い。自分の中にこんなに大きな欲が生まれるなんて知らなかった。また食卓を囲みたい。話をしたい。……清飛が自由に縋れるような存在になりたい。甘えて欲しい。甘やかしたい。
「って、だから!今はそれどころじゃなくて!」
「わっ、なに?」
邪念を断つように少し大きな声を出すと、突然別の声が聞こえて息を飲んだ。白んでいた空は薄らと水色を帯びていて知らぬ間に時間か経っていたことを知る。
息を潜めて背後の人物が去るのを祈っていると、足音が遠ざかっていくのを感じ一息吐く。……のもつかのま、一つだった足音は複数の足音へと変化し、俺のいる場所に近づいてきていた。緊張感によって肌がピリつく。
「今、そこの木陰から声が聞こえて……」
「本当に誰かいたのか?こんな朝っぱらから」
「本当だよ!……ノア、起こしてごめんね」
「それは大丈夫だから、気にすんな」
近づいてきているのは男性の二人組のようだった。俺に気付いた男性の方は少し怖がりな性格なのか、話す声が震えていて申し訳ない気持ちが溢れる。
しかし、震える声が発した名前を聞いて俺は別のことで頭がいっぱいになった。
(って、あれ?ノア?)
その名前には聞き覚えがあり、少しぶっきらぼうに聞こえる声にも懐かしさを感じた。
恐る恐る、木陰から顔を出し二人の様子を窺うと一人と目が合い「わー!」と叫ばれてしまった。その様子に焦っているともう一人が冷たい目をしてこちらを振り返った。
が、俺の姿を見た途端、表情は一瞬で柔らかい物になった。
「ケリー……?ケイヴィスだよな?」
「やっぱり、ノアだよね?」
顎にヒゲを蓄えた黒の短髪の男、ノアは俺が幼い頃からの友達である吸血鬼だった。年齢は確か俺よりも三つ上だったはず。故郷から遠く離れた場所で見知った顔に出会えて萎んでいた気持ちが高揚する。
「久しぶりじゃん!元気そうだね」
「そっちこそ。なんだ、まだ若いな」
「まあね。今こっちで暮らしてるの?」
「ああ、トモと一緒にな」
「もしかして、伴侶?」
「お前時々古めかしい言い方するよな。まあ、そうだよ」
ノアが隣にいた子の背中をポンと叩いた。目が合った瞬間、身を震わせた後緊張した面持ちで「千早智耶です……」と話してくれた。俺やノア程では無いが背が高く、恐らく清飛よりも歳上だろう。緊張しやすい性格なのか、はたまた安心したいからかノアとぴったりくっ付いていて可愛らしい。
「ケリーです!よろしくね、千早くん」
俺が声をかけると、緊張が解れたのか表情を緩ませた。そして、ノアと視線を合わせて微笑む。
「可愛いだろ」
「ノア……!」
「うん!」
(いいなぁ。)
幸せそうな二人の様子を微笑ましく思うと同時に、想い人と昨夜離れてしまったことを思い苦い気持ちが胸に沸き上がってくる。そもそも俺と清飛は恋仲ですら無いのでこんなことを思うのはお門違いなのだが。
「というより、ケリーはなんでここにいるんだ?訳ありか?」
「ちょっと色々あって意中の人と暫く距離を置くことになって」
「は?なんだそりゃ……ってか悪い、ちょっと寒いわ。家の中で話聞くから、来いよ」
「本当?ありがとう!」
ノアの提案に感謝し、手を繋いで歩く二人に着いていく。その時、背後から「ぴゃー!」というテテの鳴き声がした。無事におつかいから帰ってきたようだ。
「おかえり!テテ」
「ぴゃー!ぴゃ?」
「おお。久しぶりだな、テテ。俺のこと覚えてるか?」
「ぴゃ!」
テテは俺の肩に乗り、ノアの問いに大きく頷いた。ノアの所のランともよく一緒に遊んでいた。
「そういえばランは?おつかい?」
「ああ、俺の仕事の手伝いしてもらってる」
「ノアの仕事って、ああ!」
久しぶりに会うと話も弾む。ノアと軽口を叩きながら二人の家の敷居を跨いだ。
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