陽気な吸血鬼との日々

波根 潤

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ホッとする人

七十三、

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 「じゃあ、帰る」
「うん、また明日」

すっかり話し込んでしまって、夕方になり清水が帰るのを玄関まで見送る。

「今日は来てくれてありがと」
「ああ。……」
「……どうしたの?」

なかなか帰らない清水の様子が気になりそう尋ねると、

「杉野、進路決まってないなら一緒のとこ来ない?」

と言われて目を丸くした。

「清水の志望校って」
「ここ」

スマホで大学のホームページを見せられる。

「国公立だよね」
「うん。杉野なら大丈夫でしょ」

確かに合格圏内だとは思う。しかし、ずっと悩んでいた進路を清水に誘われたからという理由で決めてしまっても良いのだろうか。
 決めかねていると、「思いついて言っただけだから、そんなに悩まなくて良い」とスマホをしまった。

「だけど、名前書いたら入れるような所でも無いし。杉野はどの場所にいてもとりあえず頑張れるだろうから大丈夫だと思って誘ってみた。杉野が心配してた金銭面での負担も私立よりは抑えられるだろうし、公立志望だと叔母さんも安心してくれるかなって」
「でも、清水が行くから決めるってなんか不純じゃ……」
「俺の志望理由もまあまあ不純だし。それに杉野がいたら楽しいとも思う」

「俺は指定校推薦でさくっと決める予定だけど」と清水はあっけらかんと言った。
 確かに、美恵子さん達も安心してくれるだろうし俺も清水がいると心強い。しかし、それ以上に行きたいと思う理由も無いし、やはりすぐには決められそうにも無かった。
 ただ、少しだけではあるが卒業後の候補ができて少し嬉しくはあった。

「ちょっと、考えてみる」
「うん。まあ言ってみたけど、無理はせずに」

「お大事に」と言って清水は帰って行った。そういえば病み上がりだったと、清水に言われて気付いた。
 一人きりになってしまった部屋を見て、相変わらず寂しさは感じたが気持ちを吐露したおかげか喪失感はいくらかはマシになっていた。



 翌日、学校に着くともう清水がいて驚いた。

「おはよ……あれ?部活は?」
「今日は休み。放課後も。明日から普段通り」 
「そっ、か」

自分のことでいっぱいで、清水が試合に負けたと言っていたのを今思い出した。今日一日リフレッシュして、明日からまた練習に励むのだろう。

(俺、話聞いてもらってばかりで良かったのか?)

辛かったのは清水もなのに、すぐに俺の話を聞く為に切り替えてくれた。俺にできることはあまり無いかもしれないけど、何か気の利いた一言でも言えたら……そう思っていたのに、

「休んでいた時のノート見る?」

とやはり清水の方が先に気を利かせてくれて、ノートを写している間に予鈴と本鈴が鳴り、何も言えないままとなってしまった。

(そうだ、滝野にお礼言わないと。)

教室に入ってきた滝野の姿を見て、清水にお見舞いの品を買って行くように促してくれたのを思い出した。

(バレー部の副顧問か……似合わない。)

俺が言うのも可笑しいが、滝野はひょろっとしてるし性格も良い感じに適当で体育系のイメージは無い。むしろ囲碁とか将棋とか、体を動かさないような部活動の顧問だと思っていた。
 しかし、部活動の顧問に本人の希望がどのくらい通っているのかは分からないし、ただの偶然でバレー部の副顧問になった可能性の方が高いだろう。

(三年生の担任に加えて、全国行くか行かないかのバレー部の副顧問なんて大変だな。)

心の中で、連絡事項を話す滝野にエールを送った。

 「滝野先生」
「ん?なんだ?」

朝のHRのあと、滝野を呼び止める。

「ありがとうございました。清水にお見舞いに何か買って行くように促してくれたって」
「ああ、そうか。お前体調大丈夫か?」
「はい、もう大丈夫です」
「それなら良かった」

安心したように笑う滝野に、そんなに心配されていたのかと驚いた。

「でも金曜と土曜は本当に大丈夫だったか?試合が無ければ清水を止めなかったんだが」
「寝てたら治りましたし、大丈夫です。というか、清水を止めてくれてありがとうございます」

滝野が止めなければもしかしたら風邪を移してしまうかもしれなかった。風邪ひかないらしいけど。

「お前も清水もあんまり子供らしくない時があるよな」
「え?なんですか」
「いや……ってすまん、時間が」

何か言いかけて、時計を見て焦ったように滝野は出て行った。不思議に思ったが、俺自身のことはなんとも言えないが清水は確かに子供らしくないというか大人びていてる。昨日の話で高校生なんて子供だって自分から言ってたけど、実際に見えている姿は大人っぽい。

(清水も無理してたりするのかな。)

そりゃ落ち込むことはあるだろうけど、昨日もすぐに前を向いていたし無理をしているのか気持ちの切り替えが上手いだけなのかはよく分からない。
 若干モヤモヤとした気分のまま席に戻り、一限目をむかえた。


 

 放課後、清水に「杉野のバイト先に行きたい」と言われて立ちあがろうとした体がピタリと止まった。

「バイト先?」
「うん」
「古本屋だよ。なんで?」
「急に部活休みになると何したら良いのかわからなくなって」
「あーなるほど」

普段部活動に明け暮れている清水らしい言葉だった。とは言っても、清水があまり本を読んでいるイメージは無いし楽しめるだろうか。
 
(まあ、飽きたら帰るかな。)

あまり深く考えずに、二人で学校を出た。移動教室とかで並んで歩くことはあるけど、改めて一緒に歩くと清水は背が高い。
 そろそろ校門にさしかかる、その時だった。

「雪久ーーー!!!」
 
突然大きな声が聞こえてきてびくりと体が固まった。視線を声が聞こえてきた方向に向けると、校門のすぐ近くから誰かが俺たち目掛けて駆け寄ってきた。

(あ、あの人……。)

その人は俺も名前を知っている人だった。

(雪久って、清水?)

清水を見るときょとんとした表情を浮かべて、その人の名前を呼んだ。

「濱谷先輩……」
「良かったー!時間丁度良かった!今日部活休みだよね?休講と空きコマ被ったから、ちょっと雪久に会いに行こうと思って!!」
(わー、賑やかな人だ。)

ケリーを彷彿とさせる、いや、ケリーよりも遥かに元気な濱谷先輩の様子に少々面食らってしまう。俺は濱谷先輩と一度しか話したことないし、近くでこの大きな声を聞くことには慣れていなかった。

(というか、清水に会いにきたのか。俺ここにいていいのか?)

予定がないから俺のバイト先に行こうとしたのだし、濱谷先輩が訪ねてきたならわざわざ来ないだろうと清水に声をかけようとして、隣を見た。
 その瞬間、頭の中が真っ白になった。

「すみません……」

両手で顔を覆って、直接は見えなかった。しかし、その声色と肩を震わせる様子からすぐに理解できた。

(泣いてる。)
「すみませ……すみません……ほっとして……」

清水は泣いていた。あんなに大人びていて、すぐに前を向いていた清水が。昨日、俺の話を聞いて励ましてくれた清水が、濱谷先輩の姿と声をかけられただけでホッとしたと泣いていた。

「おー!そうだよね、大丈夫大丈夫!お疲れさま!」

濱谷先輩は清水の様子に少しも動じることなく、そうするのが当然というようにぎゅーっと抱きしめた。先輩は意外と背が低くく、俺と同じくらいか、もしかしたら俺よりも低かった。
 しかし、柔らかな笑顔と明るい言葉をかける濱谷先輩には見る者をホッとさせてくれるような安心感があった。傍で見ているだけの俺ですら、なんだか肩の力が抜けるような思いを抱いた。


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