陽気な吸血鬼との日々

波根 潤

文字の大きさ
74 / 89
ホッとする人

七十三、

しおりを挟む
 「じゃあ、帰る」
「うん、また明日」

すっかり話し込んでしまって、夕方になり清水が帰るのを玄関まで見送る。

「今日は来てくれてありがと」
「ああ。……」
「……どうしたの?」

なかなか帰らない清水の様子が気になりそう尋ねると、

「杉野、進路決まってないなら一緒のとこ来ない?」

と言われて目を丸くした。

「清水の志望校って」
「ここ」

スマホで大学のホームページを見せられる。

「国公立だよね」
「うん。杉野なら大丈夫でしょ」

確かに合格圏内だとは思う。しかし、ずっと悩んでいた進路を清水に誘われたからという理由で決めてしまっても良いのだろうか。
 決めかねていると、「思いついて言っただけだから、そんなに悩まなくて良い」とスマホをしまった。

「だけど、名前書いたら入れるような所でも無いし。杉野はどの場所にいてもとりあえず頑張れるだろうから大丈夫だと思って誘ってみた。杉野が心配してた金銭面での負担も私立よりは抑えられるだろうし、公立志望だと叔母さんも安心してくれるかなって」
「でも、清水が行くから決めるってなんか不純じゃ……」
「俺の志望理由もまあまあ不純だし。それに杉野がいたら楽しいとも思う」

「俺は指定校推薦でさくっと決める予定だけど」と清水はあっけらかんと言った。
 確かに、美恵子さん達も安心してくれるだろうし俺も清水がいると心強い。しかし、それ以上に行きたいと思う理由も無いし、やはりすぐには決められそうにも無かった。
 ただ、少しだけではあるが卒業後の候補ができて少し嬉しくはあった。

「ちょっと、考えてみる」
「うん。まあ言ってみたけど、無理はせずに」

「お大事に」と言って清水は帰って行った。そういえば病み上がりだったと、清水に言われて気付いた。
 一人きりになってしまった部屋を見て、相変わらず寂しさは感じたが気持ちを吐露したおかげか喪失感はいくらかはマシになっていた。



 翌日、学校に着くともう清水がいて驚いた。

「おはよ……あれ?部活は?」
「今日は休み。放課後も。明日から普段通り」 
「そっ、か」

自分のことでいっぱいで、清水が試合に負けたと言っていたのを今思い出した。今日一日リフレッシュして、明日からまた練習に励むのだろう。

(俺、話聞いてもらってばかりで良かったのか?)

辛かったのは清水もなのに、すぐに俺の話を聞く為に切り替えてくれた。俺にできることはあまり無いかもしれないけど、何か気の利いた一言でも言えたら……そう思っていたのに、

「休んでいた時のノート見る?」

とやはり清水の方が先に気を利かせてくれて、ノートを写している間に予鈴と本鈴が鳴り、何も言えないままとなってしまった。

(そうだ、滝野にお礼言わないと。)

教室に入ってきた滝野の姿を見て、清水にお見舞いの品を買って行くように促してくれたのを思い出した。

(バレー部の副顧問か……似合わない。)

俺が言うのも可笑しいが、滝野はひょろっとしてるし性格も良い感じに適当で体育系のイメージは無い。むしろ囲碁とか将棋とか、体を動かさないような部活動の顧問だと思っていた。
 しかし、部活動の顧問に本人の希望がどのくらい通っているのかは分からないし、ただの偶然でバレー部の副顧問になった可能性の方が高いだろう。

(三年生の担任に加えて、全国行くか行かないかのバレー部の副顧問なんて大変だな。)

心の中で、連絡事項を話す滝野にエールを送った。

 「滝野先生」
「ん?なんだ?」

朝のHRのあと、滝野を呼び止める。

「ありがとうございました。清水にお見舞いに何か買って行くように促してくれたって」
「ああ、そうか。お前体調大丈夫か?」
「はい、もう大丈夫です」
「それなら良かった」

安心したように笑う滝野に、そんなに心配されていたのかと驚いた。

「でも金曜と土曜は本当に大丈夫だったか?試合が無ければ清水を止めなかったんだが」
「寝てたら治りましたし、大丈夫です。というか、清水を止めてくれてありがとうございます」

滝野が止めなければもしかしたら風邪を移してしまうかもしれなかった。風邪ひかないらしいけど。

「お前も清水もあんまり子供らしくない時があるよな」
「え?なんですか」
「いや……ってすまん、時間が」

何か言いかけて、時計を見て焦ったように滝野は出て行った。不思議に思ったが、俺自身のことはなんとも言えないが清水は確かに子供らしくないというか大人びていてる。昨日の話で高校生なんて子供だって自分から言ってたけど、実際に見えている姿は大人っぽい。

(清水も無理してたりするのかな。)

そりゃ落ち込むことはあるだろうけど、昨日もすぐに前を向いていたし無理をしているのか気持ちの切り替えが上手いだけなのかはよく分からない。
 若干モヤモヤとした気分のまま席に戻り、一限目をむかえた。


 

 放課後、清水に「杉野のバイト先に行きたい」と言われて立ちあがろうとした体がピタリと止まった。

「バイト先?」
「うん」
「古本屋だよ。なんで?」
「急に部活休みになると何したら良いのかわからなくなって」
「あーなるほど」

普段部活動に明け暮れている清水らしい言葉だった。とは言っても、清水があまり本を読んでいるイメージは無いし楽しめるだろうか。
 
(まあ、飽きたら帰るかな。)

あまり深く考えずに、二人で学校を出た。移動教室とかで並んで歩くことはあるけど、改めて一緒に歩くと清水は背が高い。
 そろそろ校門にさしかかる、その時だった。

「雪久ーーー!!!」
 
突然大きな声が聞こえてきてびくりと体が固まった。視線を声が聞こえてきた方向に向けると、校門のすぐ近くから誰かが俺たち目掛けて駆け寄ってきた。

(あ、あの人……。)

その人は俺も名前を知っている人だった。

(雪久って、清水?)

清水を見るときょとんとした表情を浮かべて、その人の名前を呼んだ。

「濱谷先輩……」
「良かったー!時間丁度良かった!今日部活休みだよね?休講と空きコマ被ったから、ちょっと雪久に会いに行こうと思って!!」
(わー、賑やかな人だ。)

ケリーを彷彿とさせる、いや、ケリーよりも遥かに元気な濱谷先輩の様子に少々面食らってしまう。俺は濱谷先輩と一度しか話したことないし、近くでこの大きな声を聞くことには慣れていなかった。

(というか、清水に会いにきたのか。俺ここにいていいのか?)

予定がないから俺のバイト先に行こうとしたのだし、濱谷先輩が訪ねてきたならわざわざ来ないだろうと清水に声をかけようとして、隣を見た。
 その瞬間、頭の中が真っ白になった。

「すみません……」

両手で顔を覆って、直接は見えなかった。しかし、その声色と肩を震わせる様子からすぐに理解できた。

(泣いてる。)
「すみませ……すみません……ほっとして……」

清水は泣いていた。あんなに大人びていて、すぐに前を向いていた清水が。昨日、俺の話を聞いて励ましてくれた清水が、濱谷先輩の姿と声をかけられただけでホッとしたと泣いていた。

「おー!そうだよね、大丈夫大丈夫!お疲れさま!」

濱谷先輩は清水の様子に少しも動じることなく、そうするのが当然というようにぎゅーっと抱きしめた。先輩は意外と背が低くく、俺と同じくらいか、もしかしたら俺よりも低かった。
 しかし、柔らかな笑顔と明るい言葉をかける濱谷先輩には見る者をホッとさせてくれるような安心感があった。傍で見ているだけの俺ですら、なんだか肩の力が抜けるような思いを抱いた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。 漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。 陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。 漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。 漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。 養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。 陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。 漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。 仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。 沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。 日本の漁師の多くがこの形態なのだ。 沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。 遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。 内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。 漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。 出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。 休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。 個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。 漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。 専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。 資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。 漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。 食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。 地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。 この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。 もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。 翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。 この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

ヤンデレBL作品集

みるきぃ
BL
主にヤンデレ攻めを中心としたBL作品集となっています。

お兄ちゃんができた!!

くものらくえん
BL
ある日お兄ちゃんができた悠は、そのかっこよさに胸を撃ち抜かれた。 お兄ちゃんは律といい、悠を過剰にかわいがる。 「悠くんはえらい子だね。」 「よしよ〜し。悠くん、いい子いい子♡」 「ふふ、かわいいね。」 律のお兄ちゃんな甘さに逃げたり、逃げられなかったりするあまあま義兄弟ラブコメ♡ 「お兄ちゃん以外、見ないでね…♡」 ヤンデレ一途兄 律×人見知り純粋弟 悠の純愛ヤンデレラブ。

処理中です...