陽気な吸血鬼との日々

波根 潤

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ホッとする人

七十一、

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「うん。聞いても良い」

元々、清水の試合が終われば話そうとしていたのだ。ケリーが帰ると気づいた日から、今日まででもう二週間近くが経つ。随分と長い間、気を揉ませてしまった。

(でも、ケリーについてはあまり話せないし……。)

なんであの日に帰ったのか、何故一ヶ月も一緒に暮らしていたのか、このことについては本当のことなんて話せない。吸血鬼だなんて言ったら流石に清水でも俺の頭が可笑しくなったのかと思うだろうし。
 どんな理由をでっちあげようか悩んでいると、

「正直、島崎さんが何でなかなか帰らなかったのかは今の所どうでもいい」

と予想外のことを言われて「え?」と間抜けな声が出た。俺の様子が可笑しかった理由なんてケリーのことしか思い浮かばないと思ったのだが。

「それよりも、今の杉野の気持ちが聞きたい」
「今の気持ち?」
「一時期あんなに活き活きしてたのに、どんどん元気無くなっていったし。ちょっと俺にもイライラしてたでしょ」
(気付かれていたのか、いや、そりゃ気付くか。)

イライラされていても、それでも心配してくれる清水はやはり優しい。八つ当たりみたいになってしまって申し訳無く感じる。

「杉野は、今何が一番辛い?島崎さんが作ってくれた料理が食べられないことや、負担が一気に戻ってきたこと?」
「いや……」

問われた答えを、清水に……同級生に話すのが少し恥ずかしかった。こんな子供じみた感情は一人で抱えるもので、他の誰にも話す事は無いと思っていた。
 しかし、清水は微かに首を傾げながら続きを促した。その目は言葉を真摯に受け止めてくれるように見えた。遂に折れて、口を開く。

「この部屋に一人でいるのが寂しい。それが、一番辛い」

言ってしまって、やはり恥ずかしくて少し後悔したが、清水は「まあ、そりゃ寂しいよね」と当然のように呟いた。ここまで素直に受け止められると、俺の方が戸惑ってしまい、それが顔に出ていたのか「なに?」と不思議そうに尋ねられた。

「……それだけ?」
「え?一人が寂しいのって当たり前じゃない?」
「高三にもなって、て言われるかと」
「いや、高校生なんて子供だから。俺も杉野も。庇護ありで生きるもんでしょ」
「……なんでそんな達観してるの」

大人びている清水からそんな言葉が出るとは思わなかった。

(いや、達観してるから子供だと理解できているのか。)

「でも、ごめん。杉野のこと否定する訳じゃないんだけどさ。一人でいるのが寂しいのに、なんで一人暮らししてるの?」
「それは……」
「叔母さんを見る限り、追い出すような酷い事するような人じゃないし、杉野も嫌いじゃないでしょ。どういう過程で、今ここにいるのかなって」

 清水の疑問は最もだし、側から聞いたら俺も同じことを質問すると思う。今となっては俺自身も、この選択が合っていたのかが分からなくなる時がある。話しても良いのだろうか。美恵子さんと母との違和感が発端となって、心安らげる場所を無くしてしまったことを。
 しかし、中学の時に友達から言われた「贅沢な悩み」という言葉が、話すのを躊躇わせた。確かに贅沢だと腑に落ちたのも事実で、何不自由無く生活させてくれたのにそれでも苦しいと思うのは可笑しいじゃないかと思う。
 言うのが怖い。「それで寂しいと思うのは自業自得じゃないか」と言われるかもしれないし、清水にそう言われたら立ち直れない気がする。

「杉野は少し吐き出す事を覚えた方が良い」
「え?」
「抱えこみすぎるのも良くない。というか抱えこんでも平気なふりができる程強くもないでしょ」

「現に体調も崩してるし」と最後にチクリと言われ、確かになと思ったと同時に、清水がよく俺を見てくれていることに気付いた。恐らく、あの友達よりも。

(清水なら、別の言葉をくれるかもしれない。)

確証も無い、そんな思いが胸に沸いてきた。理解はされないかもしれないが、もっと別の言葉を。
 
「中学の時、ちょっと悩んでたことがあって……」

緊張しながらそう切り出した声は震えていた。
 
 母と美恵子さんのこと、友達に言われたこと、逃げるように行っていた祖父母の家で思い出した大切な人がいなくなる恐怖、どこにいても辛そうにしている俺を心配して家族が一人暮らしを提案してくれたこと。
 
 話している最中、情けなくて口籠る瞬間もあったが全て話した。清水は相槌を打ちながら、静かに聞いてくれた。
 話し終えて、一瞬の間の後「それで全部?」と聞かれた。話しているうちに喉が渇いて、ぬるくなってしまった生姜湯をひと口飲む。

「……そう」
「そっか」

恐る恐る清水を見るといつも通りの無表情で、呆れも嘲笑も無くて安心した。

「ずっと話せなかったのって、友達の言葉があったから?」
「うん」
「その友達も軽い気持ちで言ったのかもしれないし、冗談で言ったのかもね」
「そう……だよね」

否定はされなかった、良かったと密かに安堵した。

(やっぱり清水は大人だな。)

と、思っていたのもつかのま。

「でも正直はらわた煮えくりかえってる」
「……え?」

無表情から物騒な言葉が解き放たれて思わず耳を疑った。


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