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六十一、宮本清飛
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「せいと」という名前は元々"青飛"という漢字だったらしい。青空を自由に飛んでいけるように、のびのびとどこまでも行けるようにという意味が込められていた。だけど「この世界で行ける所は空だけじゃない」と、氵(さんずい)をつけて水の中ーー川も海も、そして空も、好きな時に好きなように行けるようにという意味を込めて最終的に"清飛"という字になったとお母さんは話していた。「清い」という漢字の意味は関係無さそうで、聞いた当初はなんだそれと思ったけど名前に意味があるというのは嬉しいと、幼心に思った。
小学校にあがる前、おかあさんが悩んでいる姿をよく見かけるようになった。一緒にいる時は元気で明るい、いつものおかあさんなのに、夜目が覚めるとテーブルの上にノートを広げてため息を吐いていた。ぼくは、見てはいけないものを見てしまったのだと思って寂しい気持ちを我慢して一人また、布団に潜り込んだ。
おかあさんが何に悩んでいたのか、ぼくはわかっていた。ランドセルが買えないからだ。ぼくとおかあさんの生活は裕福ではなかったけど、ぼくはおかあさんがいたら幸せだったし、おかあさんもぼくがいると幸せだと言っていた。だけど、小学校にあがるタイミングで、ランドセルだけじゃなく色々な物に色々なお金がかかってしまうことにおかあさんは悩んでいた。ぼくは別にランドセルじゃなくて良かったし、せいふく?も着なくても困らないと思っていたから「気にしなくていいよ」って言った。お金に悩むおかあさんより、あまいものを食べて幸せそうにしているおかあさんの方がだいすきだったから。
だけど、ぼくがそう言うと、おかあさんは泣きそうな顔になって「ごめんね、清飛」と言ってぼくをぎゅーっと抱きしめた。なんで謝られたのかわからなかったけど、おかあさんを悲しい気持ちにさせてしまったことはわかった。それっきり、このことについては何も言えなくなってしまった。
ある冬の土曜日。
「清飛、出かけるから着替えてくれる?」
朝から早い時間に起こされて、眠たい目をこすりながら起き上がった。温かい毛布から出るのは嫌だったけど、おかあさんの声がかたく感じてすぐに立ち上がった。上着にマフラーにニット帽、手袋としっかりと暖かい恰好にさせられておかあさんと家を出た。
初めて電車に乗ったから、すごくワクワクした。景色がどんどん変わっていくのがおもしろくて、乗った時はたくさん家があったのに、しばらくすると田んぼだらけになった。
「こんにちは」
電車で隣に座ったおばあちゃんに挨拶をすると「こんにちは」とにこにこしながら返してくれた。
「ぼく、おかあさんとお出かけ?」
「うん、そうだよ!」
「挨拶できて偉いわね」
優しいおばあちゃんで、鞄の中からお菓子を出してぼくにくれた。おかあさんが「すみません」と謝る。
そのおばあちゃんが電車を降りた後も、ぼくとおかあさんは乗り続けた。疲れてこっくりこっくりしていると「寝てていいわよ」と頭を撫でてくれて、いつの間にか眠ってしまった。
「清飛、起きて。着いたわよ」
「うーん……」
おかあさんに起こされて窓の外を見ると、田んぼだらけではなくなっていた。駅に降りて辺りを見渡す。
「ここはどこ?」
おかあさんの手を握って尋ねる。
「おかあさんが、昔住んでいた所よ」
「むかし?ずっとあのお家にいたんじゃないの?」
ぼくの疑問に、おかあさんは曖昧に微笑んだ。聞いたらいけないことだったのかな?
駅から出て、すぐ近くに小さなタクシー会社があっておかあさんは「タクシー乗ろっか」と言った。お金がたくさんかかる乗り物だとなんとなく知っていて、戸惑ってしまった。
「乗ってもいいの?」
「少し遠い場所に行くの。おかあさん一人だと大丈夫だけど、清飛にはとてもしんどいと思うわ」
その言葉にぼくの為にタクシーに乗ろうと言ってるのだと知って、止めようとした。
「大丈夫だよ!電車でたくさん寝たもの。疲れてないし、歩けるよ!」
「……ありがと、清飛は優しいわね。でも奮発しちゃお!なかなかタクシーなんて乗れないわよ!」
そう言うおかあさんの顔は笑顔だったので結局、いいのかな?と思いつつタクシーに乗り込んだ。ドアが自動で開いてびっくりした。
おかあさんが運転手さんに告げた場所は全然聞いたことがない場所だった。全然わらなかったからどこまで行くのだろうとおかあさんを見ると、さっきのまでの笑顔は無くなってて、少し怖い表情をしていた。……怖い、というよりも辛そうな表情?おかあさんのそんな表情は見たくなくて、握っている手をぎゅーっと握りしめた。おかあさんは、はっとした表情を浮かべてぼくを見ると、優しく微笑んでくれた。
(おかあさんが、こんな表情するのなら怖い場所に行くのかな?)
何かあったら、ぼくがおかあさんを守らなきゃーータクシーが進んでいく道を見つめて、そのように思った。
小学校にあがる前、おかあさんが悩んでいる姿をよく見かけるようになった。一緒にいる時は元気で明るい、いつものおかあさんなのに、夜目が覚めるとテーブルの上にノートを広げてため息を吐いていた。ぼくは、見てはいけないものを見てしまったのだと思って寂しい気持ちを我慢して一人また、布団に潜り込んだ。
おかあさんが何に悩んでいたのか、ぼくはわかっていた。ランドセルが買えないからだ。ぼくとおかあさんの生活は裕福ではなかったけど、ぼくはおかあさんがいたら幸せだったし、おかあさんもぼくがいると幸せだと言っていた。だけど、小学校にあがるタイミングで、ランドセルだけじゃなく色々な物に色々なお金がかかってしまうことにおかあさんは悩んでいた。ぼくは別にランドセルじゃなくて良かったし、せいふく?も着なくても困らないと思っていたから「気にしなくていいよ」って言った。お金に悩むおかあさんより、あまいものを食べて幸せそうにしているおかあさんの方がだいすきだったから。
だけど、ぼくがそう言うと、おかあさんは泣きそうな顔になって「ごめんね、清飛」と言ってぼくをぎゅーっと抱きしめた。なんで謝られたのかわからなかったけど、おかあさんを悲しい気持ちにさせてしまったことはわかった。それっきり、このことについては何も言えなくなってしまった。
ある冬の土曜日。
「清飛、出かけるから着替えてくれる?」
朝から早い時間に起こされて、眠たい目をこすりながら起き上がった。温かい毛布から出るのは嫌だったけど、おかあさんの声がかたく感じてすぐに立ち上がった。上着にマフラーにニット帽、手袋としっかりと暖かい恰好にさせられておかあさんと家を出た。
初めて電車に乗ったから、すごくワクワクした。景色がどんどん変わっていくのがおもしろくて、乗った時はたくさん家があったのに、しばらくすると田んぼだらけになった。
「こんにちは」
電車で隣に座ったおばあちゃんに挨拶をすると「こんにちは」とにこにこしながら返してくれた。
「ぼく、おかあさんとお出かけ?」
「うん、そうだよ!」
「挨拶できて偉いわね」
優しいおばあちゃんで、鞄の中からお菓子を出してぼくにくれた。おかあさんが「すみません」と謝る。
そのおばあちゃんが電車を降りた後も、ぼくとおかあさんは乗り続けた。疲れてこっくりこっくりしていると「寝てていいわよ」と頭を撫でてくれて、いつの間にか眠ってしまった。
「清飛、起きて。着いたわよ」
「うーん……」
おかあさんに起こされて窓の外を見ると、田んぼだらけではなくなっていた。駅に降りて辺りを見渡す。
「ここはどこ?」
おかあさんの手を握って尋ねる。
「おかあさんが、昔住んでいた所よ」
「むかし?ずっとあのお家にいたんじゃないの?」
ぼくの疑問に、おかあさんは曖昧に微笑んだ。聞いたらいけないことだったのかな?
駅から出て、すぐ近くに小さなタクシー会社があっておかあさんは「タクシー乗ろっか」と言った。お金がたくさんかかる乗り物だとなんとなく知っていて、戸惑ってしまった。
「乗ってもいいの?」
「少し遠い場所に行くの。おかあさん一人だと大丈夫だけど、清飛にはとてもしんどいと思うわ」
その言葉にぼくの為にタクシーに乗ろうと言ってるのだと知って、止めようとした。
「大丈夫だよ!電車でたくさん寝たもの。疲れてないし、歩けるよ!」
「……ありがと、清飛は優しいわね。でも奮発しちゃお!なかなかタクシーなんて乗れないわよ!」
そう言うおかあさんの顔は笑顔だったので結局、いいのかな?と思いつつタクシーに乗り込んだ。ドアが自動で開いてびっくりした。
おかあさんが運転手さんに告げた場所は全然聞いたことがない場所だった。全然わらなかったからどこまで行くのだろうとおかあさんを見ると、さっきのまでの笑顔は無くなってて、少し怖い表情をしていた。……怖い、というよりも辛そうな表情?おかあさんのそんな表情は見たくなくて、握っている手をぎゅーっと握りしめた。おかあさんは、はっとした表情を浮かべてぼくを見ると、優しく微笑んでくれた。
(おかあさんが、こんな表情するのなら怖い場所に行くのかな?)
何かあったら、ぼくがおかあさんを守らなきゃーータクシーが進んでいく道を見つめて、そのように思った。
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