61 / 87
.
六十一、宮本清飛
しおりを挟む
「せいと」という名前は元々"青飛"という漢字だったらしい。青空を自由に飛んでいけるように、のびのびとどこまでも行けるようにという意味が込められていた。だけど「この世界で行ける所は空だけじゃない」と、氵(さんずい)をつけて水の中ーー川も海も、そして空も、好きな時に好きなように行けるようにという意味を込めて最終的に"清飛"という字になったとお母さんは話していた。「清い」という漢字の意味は関係無さそうで、聞いた当初はなんだそれと思ったけど名前に意味があるというのは嬉しいと、幼心に思った。
小学校にあがる前、おかあさんが悩んでいる姿をよく見かけるようになった。一緒にいる時は元気で明るい、いつものおかあさんなのに、夜目が覚めるとテーブルの上にノートを広げてため息を吐いていた。ぼくは、見てはいけないものを見てしまったのだと思って寂しい気持ちを我慢して一人また、布団に潜り込んだ。
おかあさんが何に悩んでいたのか、ぼくはわかっていた。ランドセルが買えないからだ。ぼくとおかあさんの生活は裕福ではなかったけど、ぼくはおかあさんがいたら幸せだったし、おかあさんもぼくがいると幸せだと言っていた。だけど、小学校にあがるタイミングで、ランドセルだけじゃなく色々な物に色々なお金がかかってしまうことにおかあさんは悩んでいた。ぼくは別にランドセルじゃなくて良かったし、せいふく?も着なくても困らないと思っていたから「気にしなくていいよ」って言った。お金に悩むおかあさんより、あまいものを食べて幸せそうにしているおかあさんの方がだいすきだったから。
だけど、ぼくがそう言うと、おかあさんは泣きそうな顔になって「ごめんね、清飛」と言ってぼくをぎゅーっと抱きしめた。なんで謝られたのかわからなかったけど、おかあさんを悲しい気持ちにさせてしまったことはわかった。それっきり、このことについては何も言えなくなってしまった。
ある冬の土曜日。
「清飛、出かけるから着替えてくれる?」
朝から早い時間に起こされて、眠たい目をこすりながら起き上がった。温かい毛布から出るのは嫌だったけど、おかあさんの声がかたく感じてすぐに立ち上がった。上着にマフラーにニット帽、手袋としっかりと暖かい恰好にさせられておかあさんと家を出た。
初めて電車に乗ったから、すごくワクワクした。景色がどんどん変わっていくのがおもしろくて、乗った時はたくさん家があったのに、しばらくすると田んぼだらけになった。
「こんにちは」
電車で隣に座ったおばあちゃんに挨拶をすると「こんにちは」とにこにこしながら返してくれた。
「ぼく、おかあさんとお出かけ?」
「うん、そうだよ!」
「挨拶できて偉いわね」
優しいおばあちゃんで、鞄の中からお菓子を出してぼくにくれた。おかあさんが「すみません」と謝る。
そのおばあちゃんが電車を降りた後も、ぼくとおかあさんは乗り続けた。疲れてこっくりこっくりしていると「寝てていいわよ」と頭を撫でてくれて、いつの間にか眠ってしまった。
「清飛、起きて。着いたわよ」
「うーん……」
おかあさんに起こされて窓の外を見ると、田んぼだらけではなくなっていた。駅に降りて辺りを見渡す。
「ここはどこ?」
おかあさんの手を握って尋ねる。
「おかあさんが、昔住んでいた所よ」
「むかし?ずっとあのお家にいたんじゃないの?」
ぼくの疑問に、おかあさんは曖昧に微笑んだ。聞いたらいけないことだったのかな?
駅から出て、すぐ近くに小さなタクシー会社があっておかあさんは「タクシー乗ろっか」と言った。お金がたくさんかかる乗り物だとなんとなく知っていて、戸惑ってしまった。
「乗ってもいいの?」
「少し遠い場所に行くの。おかあさん一人だと大丈夫だけど、清飛にはとてもしんどいと思うわ」
その言葉にぼくの為にタクシーに乗ろうと言ってるのだと知って、止めようとした。
「大丈夫だよ!電車でたくさん寝たもの。疲れてないし、歩けるよ!」
「……ありがと、清飛は優しいわね。でも奮発しちゃお!なかなかタクシーなんて乗れないわよ!」
そう言うおかあさんの顔は笑顔だったので結局、いいのかな?と思いつつタクシーに乗り込んだ。ドアが自動で開いてびっくりした。
おかあさんが運転手さんに告げた場所は全然聞いたことがない場所だった。全然わらなかったからどこまで行くのだろうとおかあさんを見ると、さっきのまでの笑顔は無くなってて、少し怖い表情をしていた。……怖い、というよりも辛そうな表情?おかあさんのそんな表情は見たくなくて、握っている手をぎゅーっと握りしめた。おかあさんは、はっとした表情を浮かべてぼくを見ると、優しく微笑んでくれた。
(おかあさんが、こんな表情するのなら怖い場所に行くのかな?)
何かあったら、ぼくがおかあさんを守らなきゃーータクシーが進んでいく道を見つめて、そのように思った。
小学校にあがる前、おかあさんが悩んでいる姿をよく見かけるようになった。一緒にいる時は元気で明るい、いつものおかあさんなのに、夜目が覚めるとテーブルの上にノートを広げてため息を吐いていた。ぼくは、見てはいけないものを見てしまったのだと思って寂しい気持ちを我慢して一人また、布団に潜り込んだ。
おかあさんが何に悩んでいたのか、ぼくはわかっていた。ランドセルが買えないからだ。ぼくとおかあさんの生活は裕福ではなかったけど、ぼくはおかあさんがいたら幸せだったし、おかあさんもぼくがいると幸せだと言っていた。だけど、小学校にあがるタイミングで、ランドセルだけじゃなく色々な物に色々なお金がかかってしまうことにおかあさんは悩んでいた。ぼくは別にランドセルじゃなくて良かったし、せいふく?も着なくても困らないと思っていたから「気にしなくていいよ」って言った。お金に悩むおかあさんより、あまいものを食べて幸せそうにしているおかあさんの方がだいすきだったから。
だけど、ぼくがそう言うと、おかあさんは泣きそうな顔になって「ごめんね、清飛」と言ってぼくをぎゅーっと抱きしめた。なんで謝られたのかわからなかったけど、おかあさんを悲しい気持ちにさせてしまったことはわかった。それっきり、このことについては何も言えなくなってしまった。
ある冬の土曜日。
「清飛、出かけるから着替えてくれる?」
朝から早い時間に起こされて、眠たい目をこすりながら起き上がった。温かい毛布から出るのは嫌だったけど、おかあさんの声がかたく感じてすぐに立ち上がった。上着にマフラーにニット帽、手袋としっかりと暖かい恰好にさせられておかあさんと家を出た。
初めて電車に乗ったから、すごくワクワクした。景色がどんどん変わっていくのがおもしろくて、乗った時はたくさん家があったのに、しばらくすると田んぼだらけになった。
「こんにちは」
電車で隣に座ったおばあちゃんに挨拶をすると「こんにちは」とにこにこしながら返してくれた。
「ぼく、おかあさんとお出かけ?」
「うん、そうだよ!」
「挨拶できて偉いわね」
優しいおばあちゃんで、鞄の中からお菓子を出してぼくにくれた。おかあさんが「すみません」と謝る。
そのおばあちゃんが電車を降りた後も、ぼくとおかあさんは乗り続けた。疲れてこっくりこっくりしていると「寝てていいわよ」と頭を撫でてくれて、いつの間にか眠ってしまった。
「清飛、起きて。着いたわよ」
「うーん……」
おかあさんに起こされて窓の外を見ると、田んぼだらけではなくなっていた。駅に降りて辺りを見渡す。
「ここはどこ?」
おかあさんの手を握って尋ねる。
「おかあさんが、昔住んでいた所よ」
「むかし?ずっとあのお家にいたんじゃないの?」
ぼくの疑問に、おかあさんは曖昧に微笑んだ。聞いたらいけないことだったのかな?
駅から出て、すぐ近くに小さなタクシー会社があっておかあさんは「タクシー乗ろっか」と言った。お金がたくさんかかる乗り物だとなんとなく知っていて、戸惑ってしまった。
「乗ってもいいの?」
「少し遠い場所に行くの。おかあさん一人だと大丈夫だけど、清飛にはとてもしんどいと思うわ」
その言葉にぼくの為にタクシーに乗ろうと言ってるのだと知って、止めようとした。
「大丈夫だよ!電車でたくさん寝たもの。疲れてないし、歩けるよ!」
「……ありがと、清飛は優しいわね。でも奮発しちゃお!なかなかタクシーなんて乗れないわよ!」
そう言うおかあさんの顔は笑顔だったので結局、いいのかな?と思いつつタクシーに乗り込んだ。ドアが自動で開いてびっくりした。
おかあさんが運転手さんに告げた場所は全然聞いたことがない場所だった。全然わらなかったからどこまで行くのだろうとおかあさんを見ると、さっきのまでの笑顔は無くなってて、少し怖い表情をしていた。……怖い、というよりも辛そうな表情?おかあさんのそんな表情は見たくなくて、握っている手をぎゅーっと握りしめた。おかあさんは、はっとした表情を浮かべてぼくを見ると、優しく微笑んでくれた。
(おかあさんが、こんな表情するのなら怖い場所に行くのかな?)
何かあったら、ぼくがおかあさんを守らなきゃーータクシーが進んでいく道を見つめて、そのように思った。
0
お気に入りに追加
21
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
傷だらけの僕は空をみる
猫谷 一禾
BL
傷を負った少年は日々をただ淡々と暮らしていく。
生を終えるまで、時を過ぎるのを暗い瞳で過ごす。
諦めた雰囲気の少年に声をかける男は軽い雰囲気の騎士団副団長。
身体と心に傷を負った少年が愛を知り、愛に満たされた幸せを掴むまでの物語。
ハッピーエンドです。
若干の胸くそが出てきます。
ちょっと痛い表現出てくるかもです。
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
黄色い水仙を君に贈る
えんがわ
BL
──────────
「ねぇ、別れよっか……俺たち……。」
「ああ、そうだな」
「っ……ばいばい……」
俺は……ただっ……
「うわああああああああ!」
君に愛して欲しかっただけなのに……
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
守護霊は吸血鬼❤
凪子
BL
ごく普通の男子高校生・楠木聖(くすのき・ひじり)は、紅い月の夜に不思議な声に導かれ、祠(ほこら)の封印を解いてしまう。
目の前に現れた青年は、驚く聖にこう告げた。「自分は吸血鬼だ」――と。
冷酷な美貌の吸血鬼はヴァンと名乗り、二百年前の「血の契約」に基づき、いかなるときも好きなだけ聖の血を吸うことができると宣言した。
憑りつかれたままでは、殺されてしまう……!何とかして、この恐ろしい吸血鬼を祓ってしまわないと。
クラスメイトの笹倉由宇(ささくら・ゆう)、除霊師の月代遥(つきしろ・はるか)の協力を得て、聖はヴァンを追い払おうとするが……?
ツンデレ男子高校生と、ドS吸血鬼の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる