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賑やかな杉野家
三十五、
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「美恵子さんと大翔くんに会って、清飛のことについても色々と合点がいったし」
「え?なにそれ」
ケリーの言葉が気になり聞き返したが、「秘密ー!」と言われて答えてくれなかった。聞いたことには基本的に答えてくれるから秘密にされたのは初めてだ。不思議に思ったがこれ以上聞いても教えてくれないだろうし、なんだか嬉しそうだったから放っておいた。
電車に乗って、今日美恵子さんと話していたときのケリーの設定について色々と聞いた。
「島崎ってなに?」
「いや、いきなり聞かれて焦ってさ!アパートの本棚にあった島崎藤村の本と勉強してた時の清飛との会話が思い浮かんで咄嗟に出たんだ」
「本当に島崎藤村だったの」
もしかしてとは思っていたが、本当にそうだと言われると安直な思考に笑いそうになる。田中とか佐藤とか、もっと一般的な名前があるだろうに島崎が出てくる人なんてあまりいないだろう。
「それはそうと、清飛って嘘つけないんだなって思ったよ!俺について何か聞かれる度にピタって動き止めてたし」
「……気付いてたの?」
「そりゃ気づくよ!顔には出さないようにしてたみたいだけど、めっちゃ考え込んでたでしょ。」
美恵子さんに視線を向けて堂々と話していたから俺の様子なんて気付いていないと思っていた。考え込んでたことまで指摘されて恥ずかしくなる。
「逆になんでケリーはあんなにすらすら嘘つけるんだよ」
「俺人と話すの好きだけど、普段の会話が成り立たないと困るし。吸血鬼が人間と一緒に暮らすなんて、上手く話せないと詰むよ」
「確かに、そりゃそうか」
「そう、信頼できる人にしか明かさないし」
普段の様子を見ていると忘れそうになるが、吸血鬼というのは普通は恐ろしいイメージを持つものだろう。いくら今の吸血鬼が人を襲わなくて、ケリーの性格が明るくて優しくても先入観だけで恐れられるものだ。
「大変だな、吸血鬼も」
「そうかな?こっちの世界で暮らすの楽しいよ!」
(なんかこういうやりとり、初めて会った日にもした気がする。)
あの時は会ってすぐだったし、漠然としか思わなかったことがケリーという人柄を知った今となって恐れられることが心苦しく感じた。
「俺も少しでも口が上手くなるように頑張る」
「清飛はそのままでいいよ!真っ直ぐでいて!」
「俺別に真っ直ぐじゃないけど」
「真っ直ぐだよ。分かりづらいけど」
分かりづらい真っ直ぐってなんだ、と思っていると電車が駅に到着した。乗り換えの為にホームに出て歩いていると聞くタイミングも無くなり、その話はそれでおしまいとなった。
電車に乗って、行きと同じように窓際の席に座る。あとは暫く電車に揺られるだけなので気が緩むと少し眠気が襲ってきた。
「清飛眠い?寝てていいよ」
「大丈夫。降りそびれたら困るし」
「降りる駅はちゃんと覚えてるから大丈夫だよ!朝早かったし、遠出したから疲れたでしょ」
「そういうケリーは?眠くないの?」
「え?俺はそもそも眠らないから大丈夫だよ」
その一言で眠気がどこかに飛んでいった。
「え、吸血鬼って眠らないの?」
「うん。ちゃんと血吸ってたら眠らなくても平気」
「じゃあ俺と一緒に暮らしてる今も?寝てないの?」
「うん、寝てない」
当然のように言われるが、初めて知った。どうも可笑しいと思っていた。朝早くても元気に買い物出かけるし、夜も俺の方が先に寝るし……そうだ、確かにケリーが寝ているのを見たことがない。なぜ今まで気づかなかったのだろう。
(ん?ってことは血吸われたあとっていつまで寝顔見られてるんだ?)
頭がぼーっとなりながら布団に寝ころび、ケリーに優しく笑いかけられながら眠る日。もしかして俺が寝た後も暫くそのままじっと寝顔を見られているのかもしれない。一度考えるとじわじわと恥ずかしさが込み上げてくる。
「ケリーってさ」
「なに?」
「……やっぱりなんでもない」
どのくらい寝顔を見ているのか聞こうとして、やめた。もしずっと見られてると言われたら恥ずかしさで不眠症になりそうだった。
すっかり眠気が飛んでいったのでスマホを操作する。美恵子さんから「アパート着いたら連絡してね!」ともう一つ、清水から「大丈夫そう?」と一言メッセージが入っていた。
(大丈夫……うん、大丈夫だ。)
言い聞かせるので無く、本当にそう思った。美恵子さんからのメッセージは一旦保留しておいて、清水には「大丈夫」と返す。
(いきなり今年は大丈夫だと言うのも清水にとっては不思議だよな。)
そう思っていると、またメッセージの通知がきた。
「あ」
「どうしたの?」
清水からの返信かと思ったら違った。相手は「仁」と表示される。
「仁さんだ」
「仁さん?」
「美恵子さんの旦那さん」
久しぶりにメッセージが来た。何事かと開くと「またおいで」と一言だけ書かれている。美恵子さんと大翔に俺が来たことを知らされたのだろう。
「あまり喋らない人なんだ。なんで美恵子さんと結婚したのか分からないけど優しい人だよ」
「そっか。今日は仕事?」
「仕事。ホテルマンだから週末の方が忙しい」
田舎だが、少し車を走らせると都会らしくなるので一応ホテルはある。通勤時間は多少かかるが、今住んでいる土地が安く家を建てたらしい。
(静かで背高いからちょっと威圧感あるんだよなぁ。)
一緒に暮らし始めてすぐは緊張したけど、色々と気にかけてくれてすぐに慣れた。ホテルだから正月も忙しいので前帰省した時もあまり一緒に居られなかったが、アパートに帰る間際にマフラーをプレゼントしてくれた。
(また会いに行こう。)
仁さんのことを思い出しながら、久しぶりにそう思った。一人暮らしを始めてからは、帰省が終わってアパートに着くとホッとしていたのに。今は少し、家族に会いたい。そう思えたことが嬉しくて、家を見に行きたいと言ってくれたケリーに心から感謝した。
「ケリー、今日はありがと」
「ん?突然どうしたの?」
「言いたくなっただけ」
「そっか!でも、俺の方こそありがと!」
ありがとうと言ったらありがとうと返されて、このままだと延々と言い返すことになりそうだったからやめた。アパートに帰ったら清水から貰ったどら焼きも食べないとな、と思いながら帰りの電車に揺られた。
「え?なにそれ」
ケリーの言葉が気になり聞き返したが、「秘密ー!」と言われて答えてくれなかった。聞いたことには基本的に答えてくれるから秘密にされたのは初めてだ。不思議に思ったがこれ以上聞いても教えてくれないだろうし、なんだか嬉しそうだったから放っておいた。
電車に乗って、今日美恵子さんと話していたときのケリーの設定について色々と聞いた。
「島崎ってなに?」
「いや、いきなり聞かれて焦ってさ!アパートの本棚にあった島崎藤村の本と勉強してた時の清飛との会話が思い浮かんで咄嗟に出たんだ」
「本当に島崎藤村だったの」
もしかしてとは思っていたが、本当にそうだと言われると安直な思考に笑いそうになる。田中とか佐藤とか、もっと一般的な名前があるだろうに島崎が出てくる人なんてあまりいないだろう。
「それはそうと、清飛って嘘つけないんだなって思ったよ!俺について何か聞かれる度にピタって動き止めてたし」
「……気付いてたの?」
「そりゃ気づくよ!顔には出さないようにしてたみたいだけど、めっちゃ考え込んでたでしょ。」
美恵子さんに視線を向けて堂々と話していたから俺の様子なんて気付いていないと思っていた。考え込んでたことまで指摘されて恥ずかしくなる。
「逆になんでケリーはあんなにすらすら嘘つけるんだよ」
「俺人と話すの好きだけど、普段の会話が成り立たないと困るし。吸血鬼が人間と一緒に暮らすなんて、上手く話せないと詰むよ」
「確かに、そりゃそうか」
「そう、信頼できる人にしか明かさないし」
普段の様子を見ていると忘れそうになるが、吸血鬼というのは普通は恐ろしいイメージを持つものだろう。いくら今の吸血鬼が人を襲わなくて、ケリーの性格が明るくて優しくても先入観だけで恐れられるものだ。
「大変だな、吸血鬼も」
「そうかな?こっちの世界で暮らすの楽しいよ!」
(なんかこういうやりとり、初めて会った日にもした気がする。)
あの時は会ってすぐだったし、漠然としか思わなかったことがケリーという人柄を知った今となって恐れられることが心苦しく感じた。
「俺も少しでも口が上手くなるように頑張る」
「清飛はそのままでいいよ!真っ直ぐでいて!」
「俺別に真っ直ぐじゃないけど」
「真っ直ぐだよ。分かりづらいけど」
分かりづらい真っ直ぐってなんだ、と思っていると電車が駅に到着した。乗り換えの為にホームに出て歩いていると聞くタイミングも無くなり、その話はそれでおしまいとなった。
電車に乗って、行きと同じように窓際の席に座る。あとは暫く電車に揺られるだけなので気が緩むと少し眠気が襲ってきた。
「清飛眠い?寝てていいよ」
「大丈夫。降りそびれたら困るし」
「降りる駅はちゃんと覚えてるから大丈夫だよ!朝早かったし、遠出したから疲れたでしょ」
「そういうケリーは?眠くないの?」
「え?俺はそもそも眠らないから大丈夫だよ」
その一言で眠気がどこかに飛んでいった。
「え、吸血鬼って眠らないの?」
「うん。ちゃんと血吸ってたら眠らなくても平気」
「じゃあ俺と一緒に暮らしてる今も?寝てないの?」
「うん、寝てない」
当然のように言われるが、初めて知った。どうも可笑しいと思っていた。朝早くても元気に買い物出かけるし、夜も俺の方が先に寝るし……そうだ、確かにケリーが寝ているのを見たことがない。なぜ今まで気づかなかったのだろう。
(ん?ってことは血吸われたあとっていつまで寝顔見られてるんだ?)
頭がぼーっとなりながら布団に寝ころび、ケリーに優しく笑いかけられながら眠る日。もしかして俺が寝た後も暫くそのままじっと寝顔を見られているのかもしれない。一度考えるとじわじわと恥ずかしさが込み上げてくる。
「ケリーってさ」
「なに?」
「……やっぱりなんでもない」
どのくらい寝顔を見ているのか聞こうとして、やめた。もしずっと見られてると言われたら恥ずかしさで不眠症になりそうだった。
すっかり眠気が飛んでいったのでスマホを操作する。美恵子さんから「アパート着いたら連絡してね!」ともう一つ、清水から「大丈夫そう?」と一言メッセージが入っていた。
(大丈夫……うん、大丈夫だ。)
言い聞かせるので無く、本当にそう思った。美恵子さんからのメッセージは一旦保留しておいて、清水には「大丈夫」と返す。
(いきなり今年は大丈夫だと言うのも清水にとっては不思議だよな。)
そう思っていると、またメッセージの通知がきた。
「あ」
「どうしたの?」
清水からの返信かと思ったら違った。相手は「仁」と表示される。
「仁さんだ」
「仁さん?」
「美恵子さんの旦那さん」
久しぶりにメッセージが来た。何事かと開くと「またおいで」と一言だけ書かれている。美恵子さんと大翔に俺が来たことを知らされたのだろう。
「あまり喋らない人なんだ。なんで美恵子さんと結婚したのか分からないけど優しい人だよ」
「そっか。今日は仕事?」
「仕事。ホテルマンだから週末の方が忙しい」
田舎だが、少し車を走らせると都会らしくなるので一応ホテルはある。通勤時間は多少かかるが、今住んでいる土地が安く家を建てたらしい。
(静かで背高いからちょっと威圧感あるんだよなぁ。)
一緒に暮らし始めてすぐは緊張したけど、色々と気にかけてくれてすぐに慣れた。ホテルだから正月も忙しいので前帰省した時もあまり一緒に居られなかったが、アパートに帰る間際にマフラーをプレゼントしてくれた。
(また会いに行こう。)
仁さんのことを思い出しながら、久しぶりにそう思った。一人暮らしを始めてからは、帰省が終わってアパートに着くとホッとしていたのに。今は少し、家族に会いたい。そう思えたことが嬉しくて、家を見に行きたいと言ってくれたケリーに心から感謝した。
「ケリー、今日はありがと」
「ん?突然どうしたの?」
「言いたくなっただけ」
「そっか!でも、俺の方こそありがと!」
ありがとうと言ったらありがとうと返されて、このままだと延々と言い返すことになりそうだったからやめた。アパートに帰ったら清水から貰ったどら焼きも食べないとな、と思いながら帰りの電車に揺られた。
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