陽気な吸血鬼との日々

波根 潤

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賑やかな杉野家

二十九、

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  「お邪魔しまーす!あ!」

 ドアを開けると、土間も廊下の境目に腰よりも少し高い位置の柵あった。その向こうに黒色のモフモフとした四本足の生き物が「キャンキャン!」と吠えている。一見すると小熊のようだが、ポメラニアンだ。

「忍……」

物凄く興奮して吠えられているが尻尾を振っているし嫌ではないようだ。

「この子が忍!小熊みたい!」
「今一歳なのよー!」

柵を開けて廊下に立つと、後ろ足で器用に立って俺の膝下に手を添えた。舌を出してこちらを見てくる目がキラキラしていて思わずしゃがみこんで頭を撫でようとすると、その手をペロペロと舐められた。くすぐったいが可愛いし嬉しい。

「全然隠れてないね」
「一週間もしたら全然隠れなくなったわ。初めての場所で緊張してたんでしょうね」
「忍って名前尚更あってないじゃん」

 正座のような体勢になると、ピョンと跳んできた。そのまま抱き上げてみると大人しくされるがままとなった。体の殆どが毛なので軽くて驚く。

「可愛い!」
「やっぱり動物好きな人がわかるのね」
「人懐っこいだけじゃない?」
大翔ひろとにはまだ吠えまくってるわ」
「何したんだよ」
「何もしてないと思うけど、何故か嫌われてるのよねー」

大翔というのは俺の従兄弟だ。戸籍上では弟だが。今は確か小学校五年生だったはず。

「今日大翔は?」
「少年野球の練習。雨降ってきたし、早めに帰ってくるんじゃないかしら。清飛に会いたがってたわよ」
「ゲーム相手が欲しいだけでしょ」
「清飛のこと大好きなのよ!」

 忍を抱きかかえたまま、廊下を歩き促されるままダイニングに向かう。家の前にモアイはあるが、中はいたって普通でウッド調のテーブルと柔らかな色合いの調度品が置いてある。時々突拍子のないことをするが根は真面目な美恵子さんらしいインテリアだ。
 ダイニングテーブルの椅子に座ると、忍が体を丸めて膝の上で眠り始めた。背中を撫でても、もう起きない。先程までの賑やかさからいきなり眠りにつけるのが信じられなかったが、暖かくて癒されるのでそっとしておいた。

 美恵子さんが台所に立った所で、ケリーにそっと耳打ちをする。

「なんかごめん、巻き込んで」
「ううん!俺はいいんだけど、清飛の方が大丈夫?」
「うん、ちょっと面倒くさかっただけだから」
「叔母さん……美恵子さん?本当に明るい人だね」
「賑やかだろ。人のペースを崩しまくる」
「だけど……」
「お待たせー!」

 ケリーが何かを言いかけたタイミングで美恵子さんが戻ってきた。二人で話すのをやめ、持ってきてくれた冷たいカフェオレを受け取る。

「ありがと」
「ありがとうございます!」
「ゆっくりしていってね!本当に来てくれて良かったわ。っていうか、京くんっていつから清飛と友達?初めて会ったわよね?」

 その言葉にカフェオレを飲もうとした手が止まる。決めたのは呼び名だけでその他の設定など何も決めていない。顔には出さないように頭をフル回転させて考えていると、

「今年からです!丁度共通の友達がいて、話すようになった感じです!」

と慌てた様子も無くケリーは答えた。

「共通の友達っていったら清水くんかしら。というより清飛の友達っていったらあの子しか知らないわ。清水くん元気?」
「元気だよ。昨日どら焼きくれた」
「なんでどら焼き?」
「さあ」

話題がケリーから清水にうつったことにホッとする。       
 以前、美恵子さんがアパートに来た時に二人で買い物をしていると偶然清水と会ったことがある。その時の美恵子さんの喜びようはすごかった。
 友達だと言うと美恵子さんは大喜びして清水の手をとってぶんぶんと振りまわした。その後、連絡先まで交換しようとしたので慌てて引っ張って帰ってきたのだ。流石に迷惑だからやめてくれと苦言を呈したのだが、後日清水にそのことを謝ったところ「ほっこりしたから大丈夫」と言われて余計に清水が分からなくなり困惑した。結局連絡先の交換はしなかったが、美恵子さんからは清水のことをよく聞かれる。

「あの子面白いわよねー!クールそうに見えて変なこと言い出すし」
「美恵子さんに言われたくないと思うよ」
「どういう意味よ!あ、京くんは名字なんていうの?」

またもケリーの話題になり、ヒヤッとする。呼び名だけではなく、フルネームを考えておくべきだったか。

「あ、島崎です。名前は京都の京で、ケイっていいます!」

またしてもケリーは慌てた様子も無く答えた。しかもケイの漢字まで考えていて、咄嗟に出た設定にしてはしっかりと練られている。

(というか、なんで島崎?でもどこかで……。)

ケリーから島崎京など聞いたことはないのに、なぜか島崎には聞き覚えがあるように感じた。カフェオレを飲みながら、記憶を探る。

(なんだっけ、どこかで……あ。)

すると、一回だけ国語のテスト勉強の時に言っていた名前を思い出した。

(え、もしかして島崎藤村?)

まさかそんな、と一蹴しようとしたがでもあり得なくは無いかと思った。もしかしてその時から名字を聞かれた時は島崎と答えようとしていたのだろうか。

(まあ、太宰よりは一般的か。)

そのように納得しながら、ケリーと美恵子さんのやりとりをハラハラしながら聞いていた。
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