陽気な吸血鬼との日々

波根 潤

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お墓参りへ

二十六、

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 墓地の入り口にはツツジの木が植えられていて、丁度花が咲いていて綺麗だった。中に入ってバケツと柄杓を借り、バケツに水を注ぐ。それを持って少し歩き、あるお墓の前に立った。墓石には「宮本家之墓」と彫られてある。「宮本」は俺の旧姓だ。叔母夫婦と養子縁組をして「杉野」となった。宮本でいた期間の方が長いはずなのに、今ではすっかり杉野に馴染んでしまった。

「お母さん、と一応お父さんも。来たよ。春の彼岸ぶりだね」

 ここには父親も一緒に入っている。俺は父親の顔は知らない。俺が生まれてすぐに病気で亡くなってしまったようだ。故に、父に対して悲しみ等はないが、ぼんやりと頭を撫でてくれた男の人の手を覚えている気がする。そんなに都合よく、物心つく前の記憶を覚えているなんて無いとは思うので、恐らく夢か勘違いだと思う。しかし、そのことを母に伝えると「作業服着てなかった?」と男の人の雰囲気と一致していた為、あれは父なのだと思うことにした。

「そっちで元気にしてる?って故人に言うのも変だと思うけど」

 背負ってきたリュックをおろし、中から線香や蝋燭、お墓を拭くタオルを出す。祖父母が手入れしてくれていて、あまりお墓は汚れていないので水拭きで綺麗になりそうだった。叔母夫婦の家から少しだけ離れた所に母方の祖父母の家もある。父方の祖父母には会ったことはない。
 活けてあった少し枯れた花を抜いて、花立の中の水を捨てる。一旦地面に置いて、蝋燭や線香をたてる金具類も外せるものは外した。慣れた手付きにいなくなってしまった年月を感じる。

「相変わらず美恵子さんは進路について口煩いよ。性格はお母さんと似てるのにそういう所は似ていないよね。勉強よりも外で遊んできなさいって言ってたよね」

 柄杓でお水を掬って、上からかける。何度か繰り返してタオルで拭き始めた。見た目は綺麗でもタオルはすぐに真っ黒くなった。外に置いてあるのだから当然だしまたすぐに汚れるだろうが、できるだけ綺麗にしようと拭き進める。

「そういえば最近吸血鬼と暮らし始めたんだけど、お母さんが言ってたの本当だったんだね。夢の話かと思ってた。血吸われてから、なんか体が元気になったよ。あと料理が上手。プロの料理人なんだって」

 お墓を全て拭き終わる頃にはタオルが表裏真っ黒になっていた。花立の中を軽くゆすいで買ってきた花を活ける。あとで誰かが供えてくれるかもしれないが、今のままだと少なくて少し悲しい。もう少し買ってくれば良かっただろうか。

「おじいちゃん吸血鬼じゃなかったけど。しかも一年が長いらしいから人間だと何歳だったんだろうね。ケリーは……一緒に暮らしてる吸血鬼は二十二歳らしいけど、それでも人間に換算すると七十歳超えるしおじいちゃんって言えばおじいちゃんだけど」

 金具類も元に戻して、蝋燭をさして火をつける。線香を二本蝋燭に近づけるとスーッと煙があがった。線香を置いて、目をふせて手を合わせる。

 
 お母さんは、女手一つで俺を育ててくれた。当時の母は、実家の誰とも連絡を取っておらずほぼ絶縁状態だった。学生時代の行き過ぎた反抗期で家を出て、出会った父親と結婚して俺を産んだらしい。俺が小学生になる頃にやっと実家と連絡をとり仲直りしていた。
 このお墓は祖父母が建ててくれたものだった。お墓を建てるお金が無くて、母が亡くなった時に建ててくれた。それまで、父の骨は当時暮らしていたアパートに保管していたがその時に一緒に入れてくれた。父のお墓が無いのを祖父母は知らなかった。

 なかなか大変な人生を母親は歩んでいたと思う。それでも、「清飛がいてくれたから、腐らず生きることができた!」と耳にタコができるくらい何度も話してくれた。また言ってると思いながらも、そう言われると嬉しかった。

(だけど、じゃあ俺は?)

 父親の顔は知らなくて、大好きだった母親はいなくなって、俺は何を心の支えにして生きれば良いのだろうと途方に暮れた。マザコンだと思われても、お母さんよりも大切な存在なんて俺にはいなかった。何年経っても悲しみは薄れない。いや、薄れていくのが怖い。本当に母がいなくなってしまう気がする。
 なんて、いない人に対して思うなんて滑稽だろう。


 「……永く生きられる種族がいて、人間の平均寿命も延びていて、なんで元気なお母さんは死んじゃったんだろうね。俺の家族はお母さんだけだったのに」


 胸にせりあがってくる痛みと、目頭が熱くなる感覚。嗚咽を噛み殺しながら、顔を伏せて一人静かに泣いた。




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