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お墓参りへ
二十三、
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駅に着いて少し待つと、電車が到着した。ここから終点まで乗って、乗り換えてからまた二駅いったところに母のお墓がある墓地がある。学校とは逆方向なので定期券は使えず、二人で切符を購入して電車に乗り込んだ。朝とはいえ土曜日なので学生や通勤客は少なく座ることができた。クロスシートの座席で、俺は窓側に、ケリーは通路側に座る。
「ケリーって電車乗ったことある?」
「あるよ!でもここの電車は初めて。めっちゃガタンゴトンいうね!」
「そう?」
通学以外で電車を使ったことがないのでこういうものだと思っていたが、どうやら電車にも違いがあるらしい。初めて乗った種類の電車で少し楽しそうにしているケリーの様子に、先程の嫉妬のような感情が段々とどうでもよくなってきた。
(ケリーが優しいのは事実だし。)
それが俺個人に向けられたものじゃないくらいで嫉妬するのも馬鹿らしかった。俺とケリーは他人(他吸血鬼?)で出会って三週間程しか経っていないただの知り合いなのだ。
(友達っていうのも違う気がするしなぁ。)
乗り始めてすぐは楽しそうに話しかけてくるケリーだったが、すぐに静かになり一度会話は落ち着いた。無理に話さずぼんやりと窓の外を眺める。
(前に行ったのは春の彼岸か。その時も美恵子さんに会わないようにそそくさと帰ったけど。)
せっかく行ってもあんまりゆっくりはできない、と心の中で嘆いているとケリーに声をかけられた。
「ねえ、清飛」
「なに?」
「答えたくなかったらいいんだけど、清飛のお母さんって六年前に亡くなったんだよね。それからずっと……一人で暮らしていたの?」
いつか聞かれるだろうとは思っていた。俺みたいな高校生が一人で暮らしているなんて珍しいし何か問題でもあるのだろうと。結局一度もそういう話にはならなかったので、もしかしたら吸血鬼は必ずしも家族と暮らす生き物ではなく、俺みたいな奴が一般的なのかもしれないと密かに思っていた。
しかしやはりそうではなくて、ただ聞くタイミングを見計らっていただけなのだろう。言葉を選ぶように躊躇しながらそう問われた。
(隠してるつもり無かったんだけどな。わざわざ言うことではないだけで。)
清水にも聞かれたから答えただけで、自分から話した訳ではなかった。だが、淡々と事実を話すのと感情を隠さず話すのは違う。
「違う。お母さんが亡くなって暫くは叔母夫婦と暮らしてた。従兄弟もいた」
「……なんで一人暮らしを始めたの?」
「別に深い理由はない。馴染めなかったってだけ」
本当の理由は少し違うが、詳しく話す必要性を感じなかったのでそれだけ話した。すると、ケリーは「そっか」と頷いたっきり、何も言わなくなった。俺が言いたくないっていうのを察してくれたのだろう。
(あれ?)
そのことに、なんだか胸がチクリと痛んだ。なぜだ?と疑問に思ったが、すぐに気づいた。わざわざ着いてきてくれたケリーにあまりにも話さなすぎて申し訳なさが沸いてきたのだ。察してくれたのは嬉しいが、自分がケリーを都合の良い存在だと思っているように感じて嫌になってしまった。
(もう少しだけ。)
「別に」
「え?」
「嫌な人ではないんだ。ものすごく良くしてくれた。従兄弟も懐いてくれたし、一緒に遊んでたし。ただ俺が少し、意固地になっただけで」
それっきり今度は俺が黙った。言い出したことなのに、深く話すのは少し怖かった。自分が情けなくて、恥ずかしくて、ケリーでさえも馬鹿にしそうで。だから、今言えるのはこれだけ。きっとこれからも口に出すことはないと思う。
「そっか」
「うん」
「嫌な人じゃないんなら良かった。清飛が傷つけられて家を出たんじゃないかって少し気になってた」
その言葉にはっとして、ケリーの目を見る。
(あ……。)
いつもの優しい表情で俺を見ていてドキッとした。
そういえば、いつからこの表情がいつもの表情だと思うようになっただろう。駅に着くまでに話しかけてきた人たちに、ケリーは溌溂とした笑顔を向けていたが、俺も以前まではそういうのがケリーらしい表情だと思っていた。
だが、定期的に血を吸われるのようになって、一緒にごはんを食べるようになって、この優しげな表情もケリーらしいと思うようになった。陽気で優しく、だけど穏やかな一面のある吸血鬼、それがケリーだと思う。そして、そんなケリーの姿を知っている人間は俺だけだと思った。
優しい吸血鬼は一人暮らしをしている俺を訝しんでいたのではなく、傷つけられたのではないかと心配してくれていた。なぜそれが嬉しいと思うのか、まだ俺には分からなかった。
「ケリーって電車乗ったことある?」
「あるよ!でもここの電車は初めて。めっちゃガタンゴトンいうね!」
「そう?」
通学以外で電車を使ったことがないのでこういうものだと思っていたが、どうやら電車にも違いがあるらしい。初めて乗った種類の電車で少し楽しそうにしているケリーの様子に、先程の嫉妬のような感情が段々とどうでもよくなってきた。
(ケリーが優しいのは事実だし。)
それが俺個人に向けられたものじゃないくらいで嫉妬するのも馬鹿らしかった。俺とケリーは他人(他吸血鬼?)で出会って三週間程しか経っていないただの知り合いなのだ。
(友達っていうのも違う気がするしなぁ。)
乗り始めてすぐは楽しそうに話しかけてくるケリーだったが、すぐに静かになり一度会話は落ち着いた。無理に話さずぼんやりと窓の外を眺める。
(前に行ったのは春の彼岸か。その時も美恵子さんに会わないようにそそくさと帰ったけど。)
せっかく行ってもあんまりゆっくりはできない、と心の中で嘆いているとケリーに声をかけられた。
「ねえ、清飛」
「なに?」
「答えたくなかったらいいんだけど、清飛のお母さんって六年前に亡くなったんだよね。それからずっと……一人で暮らしていたの?」
いつか聞かれるだろうとは思っていた。俺みたいな高校生が一人で暮らしているなんて珍しいし何か問題でもあるのだろうと。結局一度もそういう話にはならなかったので、もしかしたら吸血鬼は必ずしも家族と暮らす生き物ではなく、俺みたいな奴が一般的なのかもしれないと密かに思っていた。
しかしやはりそうではなくて、ただ聞くタイミングを見計らっていただけなのだろう。言葉を選ぶように躊躇しながらそう問われた。
(隠してるつもり無かったんだけどな。わざわざ言うことではないだけで。)
清水にも聞かれたから答えただけで、自分から話した訳ではなかった。だが、淡々と事実を話すのと感情を隠さず話すのは違う。
「違う。お母さんが亡くなって暫くは叔母夫婦と暮らしてた。従兄弟もいた」
「……なんで一人暮らしを始めたの?」
「別に深い理由はない。馴染めなかったってだけ」
本当の理由は少し違うが、詳しく話す必要性を感じなかったのでそれだけ話した。すると、ケリーは「そっか」と頷いたっきり、何も言わなくなった。俺が言いたくないっていうのを察してくれたのだろう。
(あれ?)
そのことに、なんだか胸がチクリと痛んだ。なぜだ?と疑問に思ったが、すぐに気づいた。わざわざ着いてきてくれたケリーにあまりにも話さなすぎて申し訳なさが沸いてきたのだ。察してくれたのは嬉しいが、自分がケリーを都合の良い存在だと思っているように感じて嫌になってしまった。
(もう少しだけ。)
「別に」
「え?」
「嫌な人ではないんだ。ものすごく良くしてくれた。従兄弟も懐いてくれたし、一緒に遊んでたし。ただ俺が少し、意固地になっただけで」
それっきり今度は俺が黙った。言い出したことなのに、深く話すのは少し怖かった。自分が情けなくて、恥ずかしくて、ケリーでさえも馬鹿にしそうで。だから、今言えるのはこれだけ。きっとこれからも口に出すことはないと思う。
「そっか」
「うん」
「嫌な人じゃないんなら良かった。清飛が傷つけられて家を出たんじゃないかって少し気になってた」
その言葉にはっとして、ケリーの目を見る。
(あ……。)
いつもの優しい表情で俺を見ていてドキッとした。
そういえば、いつからこの表情がいつもの表情だと思うようになっただろう。駅に着くまでに話しかけてきた人たちに、ケリーは溌溂とした笑顔を向けていたが、俺も以前まではそういうのがケリーらしい表情だと思っていた。
だが、定期的に血を吸われるのようになって、一緒にごはんを食べるようになって、この優しげな表情もケリーらしいと思うようになった。陽気で優しく、だけど穏やかな一面のある吸血鬼、それがケリーだと思う。そして、そんなケリーの姿を知っている人間は俺だけだと思った。
優しい吸血鬼は一人暮らしをしている俺を訝しんでいたのではなく、傷つけられたのではないかと心配してくれていた。なぜそれが嬉しいと思うのか、まだ俺には分からなかった。
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