陽気な吸血鬼との日々

波根 潤

文字の大きさ
上 下
20 / 87
中間テスト期間

二十、

しおりを挟む

 
 テスト前の週末。
 詰め込むものは土曜日のうち全て詰め込んで、比較的まったりとした日曜日を過ごしていた。バイトも休みにした為、一日予定らしい予定も無い。久しぶりにゆっくりと本を読み、時折視界に映るカーペットの上を駆け回るテテに癒される。
 
 朝起きた時、ケリーは俺に朝ごはんの準備をしてから「買い物行ってくるー!」と出て行った。目が覚めたのが十時前だったので特段早い訳ではないのだが、朝から元気だなと眩しいものを見るような思いで見送った。普段のケリーがあまりにも吸血鬼らしくないから違和感を感じなかったのだが、日光に当たっても大丈夫なようで不思議な気持ちになる。本格的に夏が来たらどうなのかは分からないけど。

(口だけじゃなくて全身温かくしたら夏の暑さも大丈夫だったりするのか?)

 清水に勉強を教えた日に、帰宅してからケリーと話したことをぼんやりと思い出した。



 前回、血を吸われた日の翌日、帰宅すると普段通りのケリーから「おかえりー!」と声をかけられた。朝から特に変わった様子は無かったので、当たり前と言えば当たり前なのだが、自分の行動を思い出してしまった俺は少し戸惑った。

「どうしたの?清飛」
「いや、あの……俺昨日変なことしただろ」
「変なこと?」
「……顔触った」
「ああ!」

 不思議そうに首を傾げていたケリーだったが、俺の言葉で思い出したように納得する。

「ん?でもなんで気まずそうなの?」
「逆になんで普通なんだ」
「そりゃびっくりしたけど、俺も説明してなかったしね。冷たくないのが気になったって言われて確かに!って思った」

 あっけらかんというケリーは本当に気にしてないようだった。だから、急に触られて嫌ではなかったかと聞こうとしていたのだが、それこそしつこく思われるかもしれないと思い言わなかった。

「他の場所も温められるの?」
「できるよ。慣れないと疲れるからあんまりしないけど」
「そっか」

(手、温められないかなって思ったけど、疲れるならやめておこう)

 もしできるなら、と自分の中に沸いた都合のいい願望に、そっと蓋をして無かったことにした。


 「ただいまー!」
「おかえり」

十二時過ぎにケリーが帰ってきた。袋からとびでたネギが見える。

(現実でもこの光景って見るんだなぁ)

「お昼ごはんどうする?朝遅かったしお腹すいてない?」
「うん、あんまりすいてない。でも何か作る予定?」
「焼きそば作ろうかなって思ってた!」
「焼きそば……」

ソースの香りと炒める音が頭に浮かぶ。たっぷりの野菜とお肉、ソースと合わさった麺。

「ちょっと少なめで作ろっか!」
「うん」

焼きそばの魅力には勝てなかった。

 
 ケリーが手早く作り上げた焼きそばを食べ終え、各々のんびりと過ごしていると「清飛」と呼ばれる。続いた言葉に、固まった。

「テスト明けの土曜日って、何か予定ある?」
「……なんで?」

なぜよりにもよってその日の予定を聞いてきたのか分からず、聞き返す。

「いや、気になっただけ。テスト終わったんだし、ゆっくりできるのかなって」

それを聞いて、ふっと肩の力が抜けた。それはそうだ。ケリーはただ来週の予定が気になっただけ。俺が過剰に意識してるだけなんだから。
 それに、食事を作ってくれているのだから普通予定を知りたいだろう。勉強に集中していてきちんと伝えていなかったことを今更ながら反省した。

「土曜日、予定ある。一日空けるから昼ごはんはいいよ」
「そっか、わかった。何の用事?」
「母の命日」

そう言うと、ケリーの表情がはっとなった。つい視線を逸らす。

「墓参り行ってくる」

できるだけ何ともないような感じで言う。いつも通りの俺のはずだ。一瞬の沈黙の後、ケリーが声を発した。優しい声だ。

「お母さん、亡くなられてたんだね」
「うん」
「失礼だけど、いつ頃か聞いてもいい?」
「小六の時。今年で六年になる」
「……そっか」

それっきり何も言われず、沈黙が続いた。
 流石にこのままだと気まずいので何か言おうとケリーに視線を戻そうしたその時、肩に温もりを感じた。え、と思っていると隣にケリーがいることに気付き、肩を抱かれていることを知った。血を吸われる時以外は頭を撫でられることしかなくて、初めてされることに身を固くした。だが、抱き込まれた手は優しくすぐに抜け出せる程度の力で、次第に緊張は解けていった。
 そして、何よりその手の温度。

(疲れるから、あんまりしないって言ってたのに……)

 ケリーの手の温もり。元気付けようとしてくれているのだろうケリーの行動に胸の中が暖かくなった。もたれかかるように肩に頭をのせると、手は頭に移動し優しく撫でられる。なんだか泣きそうになってしまって、目をギュッと閉じて耐えた。


 暫くしたのち、感情の波が落ち着いた頃を見計らってケリーが言った。

「お墓参り、俺も近くまで行ってもいい?」
「え?」

思ってもみなかったことを言われて呆気にとられる。

「お墓までは行かないから、近くまで一緒に行きたい」
「いや、電車だけでも一時間かかるし、ここと似たような場所だからスーパーくらいしか時間潰せるとこないし」
「スーパーあるなら大丈夫!生物は無理でも乾物は買えるし、陳列見てるだけで楽しいし!」

(いや、本当に普通のスーパーなんだけど。)

料理人というのは普通のスーパーの食料品売り場で楽しめるのだろうか。よく分からないが、恐らくケリーだけのような気がする。

「だからさ、一緒に行かせて。清飛が悲しい時は近くで励ましたい」
「……なんでそこまで」
「恩人だから」

当然のように言われて、まだそんなこと言ってるのかと思った。あの最初に助けた時の恩なんて、もう返してくれてるし、以降の吸血のことを言ってるなら俺に負担なんて殆どないのだし、気にしなくてもいいのに。

 だけど、そう思っても、ケリーが来てくれると言ってくれて心強くて、嬉しくて、気づけば「わかった」と頷いていた。



しおりを挟む

処理中です...