陽気な吸血鬼との日々

波根 潤

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出会い

五、

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 まず、確認の為に改めて聞く。

「あんたって吸血鬼なんだよな」
「そうだよ。でも無理矢理襲ったりしないからそこは安心して」
「別に心配してない」

あれだけ辛そうにしていても、血が欲しいということに躊躇していたのだ。行動からも、絶対そうしないだろうなということはわかる。

「清飛って吸血鬼に会ったことあるの?こんなにびびらない人間って初めてなんだけど」
「いや、無い。母親が昔なんか話してただけ。それも俺は夢の中のことを勘違いしてただけだと思ってたから今日まで信じて無かった」
「なるほど、お母さんが」

ケリーが納得したようにうんうんと頷く。確かに何も抵抗もせずにこちらから血を差し出すのって吸血鬼側からしたら気味悪かっただろう。今更自分の行動が突飛なことように思えてくる。

「というかなんで倒れるようなことになったんだ?ってかここに何しに来たの?」
「ああ、ちょっと旅行に来た!」
「……旅行?」

目的があまりにも平和なもので驚く。

(ん?じゃあ旅行に来て、血吸えなくて、お金使い切って、挙句にお腹すいて倒れたの?本当にただの馬鹿だったの?)

別に大層な理由を期待していた訳ではないが、正直呆れてしまう。

「あの、そんなに冷たい目を向けないで……」
「遊びに来て、金が尽きて帰れなくなったと?」
「いやいや、ちょっと待って!誤解なの!予定では一昨日帰るつもりだったの!なんだけど、満月の夜じゃないとあっちの世界には帰れなくて、ここ数日雨が続いてたじゃん?天気自体は関係無いんだけど日付感覚が狂って、三日前が満月だったのに一昨日だと勘違いして帰れなかったんだ!」
「結局のところポカやらかしたんだろ?」
「そういうこと!」
「声落として」
「ごめん」

声が大きくなったところを諫めるとケリーはシュンと落ち込んだ。しかし、間抜けとしか言いようがないが、予定した日に帰れなかったから食料が尽きて倒れていたのだと知って、向こう見ずな浪費による理由では無かったのだと少し安心する。

「さっきこっちのお金無いって言ってたけど、どうやって稼いだの?」
「いや、直接稼いだ訳じゃないよ。稼いだお金を人間界に来る時に換金してもらうんだ。ドルから円に換えるようなもん」
「あーなるほど。物価とかどう?」
「同じくらいかな?だけど日本はいいな。美味しい物が多いし、四季も美しい。制約が多いのがちょっと新鮮だけど」
「制約?」
「勉強しなくちゃいけない、働かなきゃいけない、何か趣味を持つなら極めなきゃいけない、とか。否定はしないけど大変そうだなーって思うよ」
「ああ……わかるかもしれない」

 高校進学するかどうかで祖父母や叔母と揉めたこと(というよりも軽い言い争い)を思い出し、今のケリーの言葉が深く沁み入ってくる。

 「せめて高校進学しないと良い働き口なんてない」と、心配してくれているのは分かっていたが、別に良い所に就職する気は無かったし、適当に生きてバイトでもして、日々を生きられたらいいと思っていた。しかも現在は大学進学も勧められていて、なぜこんなにもこだわるのだろうとかとうんざりしている。

(まあ一人暮らしさせてもらってるんだし、文句言えないか。)

 「どうした?難しい顔して」
「いや、なんでもない。吸血鬼には制約はないの?」
「無い訳ではないけど……いや、制約は無いか。理想みたいなもんは一応あるな。まあ、こっちの世界でも金が無いと生きていけないからな。生きる為に働いてるぞ」
「そっか。で、換金したお金が無くなって困ってたのか」
「そういうこと。持ってきた常備血も無くなって動けなくなるし、空腹でも血を飲めばとりあえず生きられるけど、めちゃくちゃ焦ってたんだよ。本当に清飛が助けてくれて良かったわ」
「常備血?なんでわざわざ持ってくんの?適当に吸えばいいじゃん」
「嫌だよ。無闇に怖がらせたくないし」
「え?」
「え?」
「もしかして倒れていた時に血が欲しいって言うのを躊躇してたのはそれが理由?」
「そうだよ」

なぜそう言われたのか分からないというように首を傾げながら、ケリーはあっさりとそう言った。限界になって倒れても尚、血を吸うことを躊躇ったのは好みだとか、人間にバレてはいけないだとか吸血鬼側の事情があるのだと思っていた。それがまさか、相手を怖がらせたくないという優しさによる物だったと知り、驚く。

(なんか、何もかも俺が思っていたのと違う。)

 母が言っていた吸血鬼の話も不思議だったけど、今目の前にいる存在はもっと不思議だ。

 血は生命維持の為に必要なもので、食事とは別。
 騒がしく、賑やかな陽気な性格。
 自分が苦しんでいても尚、相手を怖がらせたくないと配慮する優しさ。

 どうやら俺が想像していた吸血鬼像は、本物とは全然違うもののようだ。


 
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