陽気な吸血鬼との日々

波根 潤

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出会い

一、

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 岡本書店でのバイトの帰り道、俺は目の前に倒れている男の存在に気付き足を止めた。もうあと数分歩くと一人暮らしをしているアパートに着くというところで、とんだ厄介ごとに巻き込まれた。今日は厄日かもしれない。

 (店長が眼鏡を無くさなければ早く帰れたのに。)

 岡本書店はおじいちゃん店長が一人で切り盛りしていた古書堂である。俺が一年生の時に偶然、一人で本の整理をするのは辛くなったとバイトを募集し、そこからお世話になっている。
 書店自体は十九時までなので片付けを含めても二十時過ぎには家に着くのだが、今日は無くしてしまった眼鏡を一緒に探して欲しいと言われ、今の時刻は二十一時前であった。

 (眼鏡あったから良かったけど。)

 机の上に置いていた眼鏡に何を思ったのか、ハタキのモケモケが被せてあって、なかなか見つけられなかったことと、目の前の男を助けなければならないのだろうかということに小さくため息をついた。 
 
 (そもそも俺が助けなければいけないのだろうか。誰か通……らないか。田舎だし。)

 意を決して近寄り、倒れている男に声をかけた。

「あのー、大丈夫ですか?」

 俺の声に反応してピクリと動いた指と「うぅ…」というくぐもった声が聞こえ、意識はあるようだと安心する。ざっと見た所外傷は無く、体調が悪いのかはたまた酔っ払いかと思案しながら更に声をかけた。

「体調悪いんですか?救急車呼びましょうか?それともただの酔っ払いですか?」
「……か、……いた」
「え?なに?」

 僅かに聞こえた声に耳を寄せて聞き取ろうとするが、聞こえてきたのは、

「おなか、すいた……」

 という情けない一言だった。

「は?」

 (え、なに?ただ空腹なだけ?)

 男の言葉にただ呆れ、声をかけたのが馬鹿らしくなった。どういう事情があったのかはわからないが、目の前の男は同い年ぐらいで身なりも綺麗で、体格もいい。普段から食事を与えられていないようでは無さそうだし、空腹も一時的なものであると推測される。それなのに倒れる程のことがあるのは正直理解できなかった。

 (ただでさえ帰る時間も遅くなって疲れてるのに、なんで空腹で倒れてる人を助けなければならないんだ。)

 いっそ見なかったことにして帰ってやろうかと思った。だが、一度声をかけてしまった手前、見捨てるのも後味が悪い。再び、今度は盛大ため息を吐いた。

 「空腹なだけなんですよね?うちすぐそこなんで、来ます?カップ麺しかないですけど。ただ、あなたガタイいいし、担ぐとか無理ですよ。そんなに力無いので」
「むり……歩けない……」
「……それなら救急車呼びますね。あ、パトカーの方がいいのか。警察に連れて帰ってもらって……」
「それはやめてくれ」

 (あ、もうイライラしてきた。)

 「じゃあどうしろって言うんですか。俺別にお人好しじゃないので、あんたのこと放って置いて帰りますよ」

 疲れもあり苛立ちもそのままに男にぶつける。ここでごねられたら、なけなしの良心も捨てて本当に帰ってしまおうかと思った。

 「すまない……」

 聞こえてきた声は小さかったが、本当に申し訳なさそうで思うままに感情をぶつけたことに俺もほんの少しだけ申し訳なくなった。なる必要もないとは思うけども。
 俺の苛立ちを察してか、それまで地面に伏せられていた顔がやっとあげられ、どんな男か確認することができた。
 日本人にしては彫りが深く、男の俺から見てもかっこいい顔をしていたのだが、それよりも一つ気になることがあった。

 (なんだ、この目の色……。)

 彫りが深い顔だが、どう見ても日本人で髪の色も黒色。だが、その瞳の色は深く少し黒色がかった青色だった。

 (ハーフか?だけど顔は日本人なんだよな。なんだか目の色だけが馴染んでないように感じる。)

 男の目をじーっと見つめると、宝石のようで綺麗だと思った。しかし、ただの高校生が宝石について詳しい訳もなくどのような宝石に見えるのかはわからない。帰ったら少し調べてみようか……。

 「……。」
「え、なんですか?」

 考え事をしていると男が何か言ってるのに気づかず、暫くして聞き返した。聞き返したは良いものの、また喋らなくなる。
 聞いたんだから喋れよと、また苛立ちそうになるが、何かを躊躇しているように見えて黙ったまま、再び男が話しだすのを待った。

 時間にして十数秒程、漸く男が口を開いた。

 「血を、くれないか……」
「は?」

 何を馬鹿なことを言ってるんだと、さっきまでの静寂の時間を返せと一蹴しそうになったところで、ぐっと言葉を飲み込んだ。
 母が昔話していた、ある思い出が頭によぎったから。

 「あんた、吸血鬼?」

 男の目が、迷ったように泳いだ。
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