陽気な吸血鬼との日々

波根 潤

文字の大きさ
1 / 89
出会い

一、

しおりを挟む
 岡本書店でのバイトの帰り道、俺は目の前に倒れている男の存在に気付き足を止めた。もうあと数分歩くと一人暮らしをしているアパートに着くというところで、とんだ厄介ごとに巻き込まれた。今日は厄日かもしれない。

 (店長が眼鏡を無くさなければ早く帰れたのに。)

 岡本書店はおじいちゃん店長が一人で切り盛りしていた古書堂である。俺が一年生の時に偶然、一人で本の整理をするのは辛くなったとバイトを募集し、そこからお世話になっている。
 書店自体は十九時までなので片付けを含めても二十時過ぎには家に着くのだが、今日は無くしてしまった眼鏡を一緒に探して欲しいと言われ、今の時刻は二十一時前であった。

 (眼鏡あったから良かったけど。)

 机の上に置いていた眼鏡に何を思ったのか、ハタキのモケモケが被せてあって、なかなか見つけられなかったことと、目の前の男を助けなければならないのだろうかということに小さくため息をついた。 
 
 (そもそも俺が助けなければいけないのだろうか。誰か通……らないか。田舎だし。)

 意を決して近寄り、倒れている男に声をかけた。

「あのー、大丈夫ですか?」

 俺の声に反応してピクリと動いた指と「うぅ…」というくぐもった声が聞こえ、意識はあるようだと安心する。ざっと見た所外傷は無く、体調が悪いのかはたまた酔っ払いかと思案しながら更に声をかけた。

「体調悪いんですか?救急車呼びましょうか?それともただの酔っ払いですか?」
「……か、……いた」
「え?なに?」

 僅かに聞こえた声に耳を寄せて聞き取ろうとするが、聞こえてきたのは、

「おなか、すいた……」

 という情けない一言だった。

「は?」

 (え、なに?ただ空腹なだけ?)

 男の言葉にただ呆れ、声をかけたのが馬鹿らしくなった。どういう事情があったのかはわからないが、目の前の男は同い年ぐらいで身なりも綺麗で、体格もいい。普段から食事を与えられていないようでは無さそうだし、空腹も一時的なものであると推測される。それなのに倒れる程のことがあるのは正直理解できなかった。

 (ただでさえ帰る時間も遅くなって疲れてるのに、なんで空腹で倒れてる人を助けなければならないんだ。)

 いっそ見なかったことにして帰ってやろうかと思った。だが、一度声をかけてしまった手前、見捨てるのも後味が悪い。再び、今度は盛大ため息を吐いた。

 「空腹なだけなんですよね?うちすぐそこなんで、来ます?カップ麺しかないですけど。ただ、あなたガタイいいし、担ぐとか無理ですよ。そんなに力無いので」
「むり……歩けない……」
「……それなら救急車呼びますね。あ、パトカーの方がいいのか。警察に連れて帰ってもらって……」
「それはやめてくれ」

 (あ、もうイライラしてきた。)

 「じゃあどうしろって言うんですか。俺別にお人好しじゃないので、あんたのこと放って置いて帰りますよ」

 疲れもあり苛立ちもそのままに男にぶつける。ここでごねられたら、なけなしの良心も捨てて本当に帰ってしまおうかと思った。

 「すまない……」

 聞こえてきた声は小さかったが、本当に申し訳なさそうで思うままに感情をぶつけたことに俺もほんの少しだけ申し訳なくなった。なる必要もないとは思うけども。
 俺の苛立ちを察してか、それまで地面に伏せられていた顔がやっとあげられ、どんな男か確認することができた。
 日本人にしては彫りが深く、男の俺から見てもかっこいい顔をしていたのだが、それよりも一つ気になることがあった。

 (なんだ、この目の色……。)

 彫りが深い顔だが、どう見ても日本人で髪の色も黒色。だが、その瞳の色は深く少し黒色がかった青色だった。

 (ハーフか?だけど顔は日本人なんだよな。なんだか目の色だけが馴染んでないように感じる。)

 男の目をじーっと見つめると、宝石のようで綺麗だと思った。しかし、ただの高校生が宝石について詳しい訳もなくどのような宝石に見えるのかはわからない。帰ったら少し調べてみようか……。

 「……。」
「え、なんですか?」

 考え事をしていると男が何か言ってるのに気づかず、暫くして聞き返した。聞き返したは良いものの、また喋らなくなる。
 聞いたんだから喋れよと、また苛立ちそうになるが、何かを躊躇しているように見えて黙ったまま、再び男が話しだすのを待った。

 時間にして十数秒程、漸く男が口を開いた。

 「血を、くれないか……」
「は?」

 何を馬鹿なことを言ってるんだと、さっきまでの静寂の時間を返せと一蹴しそうになったところで、ぐっと言葉を飲み込んだ。
 母が昔話していた、ある思い出が頭によぎったから。

 「あんた、吸血鬼?」

 男の目が、迷ったように泳いだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。 漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。 陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。 漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。 漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。 養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。 陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。 漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。 仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。 沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。 日本の漁師の多くがこの形態なのだ。 沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。 遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。 内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。 漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。 出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。 休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。 個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。 漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。 専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。 資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。 漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。 食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。 地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。 この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。 もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。 翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。 この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

【BL】捨てられたSubが甘やかされる話

橘スミレ
BL
 渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。  もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。  オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。  ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。  特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。  でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。  理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。  そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!  アルファポリス限定で連載中  二日に一度を目安に更新しております

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

スライムパンツとスライムスーツで、イチャイチャしよう!

ミクリ21
BL
とある変態の話。

処理中です...