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最終章 砂漠の薔薇
〇二〇 なのは完売②
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「今の髪型も素敵だ。良く似合っている」
切られたときのことを思い出して俺が気落ちしていることに気付いたのか、エリアスは慰めるように言って一房掬った髪に口付けを落とす。
優しいな、エリアスは。
しかもこの優しさはどういう訳か俺一人だけに向けられているらしい。
俺は俄かに顔が熱くなるのを感じて、どうでもいいようなことを話し続ける。
「ボブカットって言うんだって教えて貰った。でもこれ手入れが面倒なんだ」
俺みたいな直毛で毛先がぱっつんって揃ってると、髪が少しでも乱れるとだらしなく見えるから常に整えておくのは大変なんだ。
「専用のメイドを付けよう」
それはありがたい。
娼館ではメイドにやって貰っていたから何とかなっていたけど、俺ひとりの力ではこの髪型は維持できないだろう。
ちょっと気後れしてしまうが、ここで下手に遠慮して断るとエリアスの経済力を疑っているようで侮辱になってしまうこともある。
それにエリアスは何故か矢鱈と俺を甘やかしたがっていて、戸惑いつつも俺が甘えて見せるととても喜んでくれたのだ。
甘えるだけでエリアスを喜ばせることが出来るなら、俺はもっとエリアスを喜ばせてやりたい。
「そういえば私が迎えに行ったとき、ナナセは記憶を失っているのにも拘わらず私の顔を見て直ぐに名前を呼んだだろう? 何故私を知っていたんだ?」
エリアスにしてみれば尤もな疑問だろう。
あのとき俺がエリアスの名前を呼んだせいで感動の再会みたいになっちゃったもんだから、誤解が解けるのがちょっと遅れたよな。
「あれは新聞を見たんだよ。勇者が行方不明の聖者を捜してるって記事。けど、あの記事一体なんだったんだよ。俺の捜索に協力を呼び掛けるなら容姿とかもっと詳しく書いといて貰えばよかっただろ」
「それは出来なかった。もしもナナセが碌でもない輩に捕まって既に酷い仕打ちを受けていた場合、事件の発覚を恐れて証拠隠滅を図るだろう」
証拠隠滅。
つまり俺が殺されてしまう危険があったってことか。
レイプ犯罪の多い国ではレイプを重罪にしてしまうと、被害者が殺される確率が高くなるだけだから出来ないっていうものな。
エリアスはそこまで読んでいたのか。
「だがそうか。ナナセは新聞を読んでいて、それで私を知っていたのか」
「男娼の子たちは字が読めなかったから俺が読んでやってたんだ」
そこで不図、あの娼館の俺の自室の姿見の裏に隠したままだった新聞の切り抜きのことを思い出す。
勇者エリアスの姿絵だ。
記憶を失っている俺の現在唯一の宝物。
ただしエリアス本体は除く。
「エリーの部下ってまだウルソナにいる? 戻ってくるときついでに俺の持ち物を回収してきてくれるようにお願いして貰えないかな?」
「既に全員オアシスの街からウルソナの王都へ撤収している頃だが、今回の縁でギャレットとの連絡手段を確保したから言えば送って貰えるだろう。何か大切なものであるのか? すぐに入用な物なら私が用立てるが。どのような物だ?」
それをエリアス本人に訊かれるとは思っていなかった。
本人を目の前にしてエリアスの姿絵だなんて言えるかよ。
「え~っと……あれはこっちでは手に入らないと思うし、あれでなきゃ駄目っていうか……そうだ、ナズーリン! ナズーリンて男娼の子に俺の部屋の姿見の裏を探して貰ってくれよ」
「姿見の裏か……分かった。ナズーリンだな。頼んでおこう」
「忘れずに頼む。凄く大切な物なんだ」
現実逃避だったかも知れないが、あの姿絵がどれだけ俺の心の支えになったか知れない。
それに夜のオカズとしても超優秀だった。
「責任を持って引き受けた。私の大切なナナセが大切にしている物なら、きっと私にとっても大切な物だ」
だといいんだが……。
切られたときのことを思い出して俺が気落ちしていることに気付いたのか、エリアスは慰めるように言って一房掬った髪に口付けを落とす。
優しいな、エリアスは。
しかもこの優しさはどういう訳か俺一人だけに向けられているらしい。
俺は俄かに顔が熱くなるのを感じて、どうでもいいようなことを話し続ける。
「ボブカットって言うんだって教えて貰った。でもこれ手入れが面倒なんだ」
俺みたいな直毛で毛先がぱっつんって揃ってると、髪が少しでも乱れるとだらしなく見えるから常に整えておくのは大変なんだ。
「専用のメイドを付けよう」
それはありがたい。
娼館ではメイドにやって貰っていたから何とかなっていたけど、俺ひとりの力ではこの髪型は維持できないだろう。
ちょっと気後れしてしまうが、ここで下手に遠慮して断るとエリアスの経済力を疑っているようで侮辱になってしまうこともある。
それにエリアスは何故か矢鱈と俺を甘やかしたがっていて、戸惑いつつも俺が甘えて見せるととても喜んでくれたのだ。
甘えるだけでエリアスを喜ばせることが出来るなら、俺はもっとエリアスを喜ばせてやりたい。
「そういえば私が迎えに行ったとき、ナナセは記憶を失っているのにも拘わらず私の顔を見て直ぐに名前を呼んだだろう? 何故私を知っていたんだ?」
エリアスにしてみれば尤もな疑問だろう。
あのとき俺がエリアスの名前を呼んだせいで感動の再会みたいになっちゃったもんだから、誤解が解けるのがちょっと遅れたよな。
「あれは新聞を見たんだよ。勇者が行方不明の聖者を捜してるって記事。けど、あの記事一体なんだったんだよ。俺の捜索に協力を呼び掛けるなら容姿とかもっと詳しく書いといて貰えばよかっただろ」
「それは出来なかった。もしもナナセが碌でもない輩に捕まって既に酷い仕打ちを受けていた場合、事件の発覚を恐れて証拠隠滅を図るだろう」
証拠隠滅。
つまり俺が殺されてしまう危険があったってことか。
レイプ犯罪の多い国ではレイプを重罪にしてしまうと、被害者が殺される確率が高くなるだけだから出来ないっていうものな。
エリアスはそこまで読んでいたのか。
「だがそうか。ナナセは新聞を読んでいて、それで私を知っていたのか」
「男娼の子たちは字が読めなかったから俺が読んでやってたんだ」
そこで不図、あの娼館の俺の自室の姿見の裏に隠したままだった新聞の切り抜きのことを思い出す。
勇者エリアスの姿絵だ。
記憶を失っている俺の現在唯一の宝物。
ただしエリアス本体は除く。
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「既に全員オアシスの街からウルソナの王都へ撤収している頃だが、今回の縁でギャレットとの連絡手段を確保したから言えば送って貰えるだろう。何か大切なものであるのか? すぐに入用な物なら私が用立てるが。どのような物だ?」
それをエリアス本人に訊かれるとは思っていなかった。
本人を目の前にしてエリアスの姿絵だなんて言えるかよ。
「え~っと……あれはこっちでは手に入らないと思うし、あれでなきゃ駄目っていうか……そうだ、ナズーリン! ナズーリンて男娼の子に俺の部屋の姿見の裏を探して貰ってくれよ」
「姿見の裏か……分かった。ナズーリンだな。頼んでおこう」
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だといいんだが……。
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異世界で聖者やってたら勇者に求婚されたんだが
第一章 聖者降臨
📖文庫版(紙の書籍)
📖Kindle(電子書籍)
📖BOOK☆WALKER(電子書籍)
次章続巻も順次刊行予定
OLOLON
※この作品の出版権は作者本人に帰属しています。詳しくはこちらを参照してください。
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