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第三章 黎明と黄昏
〇三五 勇者の角
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俺たちの使う転移魔法とは根本的に違うと思うんだけど、宣言通り朝食後にルヴァに転移魔法っぽい方法で送って貰うと、早朝だったこともあり誰にも気付かれずに部屋に戻ることが出来た。
俺たちだけ送ってくれるのかと思って別れの挨拶までしたのに、何故かルヴァも一緒に付いて来ているのが謎だ。
「お礼をしたいんだが何が良いかな……普通のものではつまらないよね」
つまらないって、それはお前がだろうルヴァ。
俺たちとしては何もいらないから可及的速やかにお引き取り願いたい。
「おや? ナナセくん、きみ面白いものを持ってるね。それ、僕にちょっと見せてくれる? ほら、その懐に仕舞い込んでる物だよ」
言われて俺は懐からエリアスの角を取り出した。
「勇者の角か。面白いね。時々角を生やしてしまう勇者もいないこともないけど、これは珍品だ」
角生やした勇者、エリアスの他にもいるのかよ!?
驚いている俺たちを他所に、ルヴァは俺の手から受け取った角を両手に一本ずつ持つ。
「この勇者の角に、この僕――愛の化身であるルヴァの祝福を与えると……」
どうやったのかは分からないが、ルヴァは俺たちの見ている前で両手を握り、角をそれぞれの手の中に納めてしまった。
とても手の中に納まる長さじゃない角をだ。
そうして、ルヴァが次に手を開いた時、そこには左右の手に一つずつ白い金属の指輪が乗っていた。
勇者の角で作られた指輪だ。
「さあ、受け取って。愛の化身ルヴァの鍛えた、勇者の角の結婚指輪だ」
マジで気が利くな?
俺とエリアスは顔を見合わせて頷き合い、代表して進み出たエリアスが恭しく指輪を受け取りお礼を言う。
「感謝します。東の宇宙ルヴァ」
……エリアスがルヴァに感謝するなんて結婚指輪が余程嬉しかったんだな。
二人でそれを着ける日はまだもう少し先だけど、そう遠くない未来だ。
「どういたしまして」
ルヴァが満足げにそう返した刹那、ココココッという早いノックの音とともに扉の外から室内へ呼びかける声がする。
「エリアス様? 戻られたのですか?」
エリアスの従僕のエミールだ。
ルヴァは止める間もなく掻き消えてしまった。
エリアスが扉の外に向かって「入れ」と返すと、エミールが不思議そうな顔をして入室してくる。
「今、どなたかいらっしゃいませんでした?」
「いや……」
「そうですか。昨夜からヒューの姿が見えないので、てっきりご一緒かと思ったのですが、どこかへ使いにでもやっているのですか?」
それは何も知らないが故の何気ない質問だった。
エミールには一部始終を話さなければならないだろう。
「――私から話そう。ナナセは風呂にでも入って少し眠った方がいい。私もすぐに行くから先に行っていてくれ。今日の予定は断っておく」
目の前で起こった出来事ではあるが、俺は説明できるほどには理解していなかったのでここはエリアスの言葉に甘えることにした。
それに多分、俺がいない方が余計な気を遣わなくていい分、話しやすいだろう。
「ナナセ様は寝ていらっしゃらないんですか? まったく、エリアス様が付いていながら情けない! 大体お二人とも一晩中どちらへいらしてたんですか! 何があったかきっちり説明して頂きますからね!」
エミールがエリアスにお小言を並べているのを背後に聞きながら、俺は一人で風呂へ向かった。
温泉を引き込んだ風呂は、底に湯の花が沈んでいそうなほどとろりと白濁した湯だったが、沈殿しないように魔法で濃度が保たれている。
永遠の死の国の森は蒸し暑かったから近くに火山があるのかも知れない。
床より数段高いところへ造られたプールのような円形の風呂にひとりで浸かると、真っ先に思い返されるのはやはりヒューのことだった。
俺は身近な人の死に遭遇するのは初めてで未だ実感が湧かない。
さっきまでいた人が突然いなくなる。
もう会えない。
ヒューが死んだというのは全部エリアスの誤認なのではないだろうか。
だって死体も何もなかった。
それで信じろっていう方が無理だ。
でもエリアスがその手のことを間違えるだろうか。
エリアスは職業柄、人の死に遭遇することが多いから死への向き合い方も対処法も知っている。
何も感じないとか悲しくないとかいうことではなくて、病院に勤務している人が毎日泣き暮らしている訳じゃないのと同じ原理だろうと思う。
いや、俺も本当はどこかで分かっているんだ。
けど、認められない。
信じたくない。
誰かに嘘だって言って欲しい。
だって、酷い。
酷いよ。
こんな酷いことはない。
こんなにつらいことはない。
こんなに悲しいことはない。
どうしてヒューが死ななくちゃならないんだよ。
しかもあんな故郷から遠く離れた永遠の死の国で。
これからだったろ。
全部これからだった。
人として生きるって俺と約束したのに――。
そこで俺は不意に気付いた。
ああ、そうか。
死んだって思うから受け入れられないんだ。
死んだって言い方は良くない。
ヒューは死んだんじゃない。
だってヒューはあんなに必死で――。
俺が覚えているのはそこまでで、気が付いたら俺はベッドの上に寝ていて、エリアスとエミールが心配そうに覗き込んでいた。
俺たちだけ送ってくれるのかと思って別れの挨拶までしたのに、何故かルヴァも一緒に付いて来ているのが謎だ。
「お礼をしたいんだが何が良いかな……普通のものではつまらないよね」
つまらないって、それはお前がだろうルヴァ。
俺たちとしては何もいらないから可及的速やかにお引き取り願いたい。
「おや? ナナセくん、きみ面白いものを持ってるね。それ、僕にちょっと見せてくれる? ほら、その懐に仕舞い込んでる物だよ」
言われて俺は懐からエリアスの角を取り出した。
「勇者の角か。面白いね。時々角を生やしてしまう勇者もいないこともないけど、これは珍品だ」
角生やした勇者、エリアスの他にもいるのかよ!?
驚いている俺たちを他所に、ルヴァは俺の手から受け取った角を両手に一本ずつ持つ。
「この勇者の角に、この僕――愛の化身であるルヴァの祝福を与えると……」
どうやったのかは分からないが、ルヴァは俺たちの見ている前で両手を握り、角をそれぞれの手の中に納めてしまった。
とても手の中に納まる長さじゃない角をだ。
そうして、ルヴァが次に手を開いた時、そこには左右の手に一つずつ白い金属の指輪が乗っていた。
勇者の角で作られた指輪だ。
「さあ、受け取って。愛の化身ルヴァの鍛えた、勇者の角の結婚指輪だ」
マジで気が利くな?
俺とエリアスは顔を見合わせて頷き合い、代表して進み出たエリアスが恭しく指輪を受け取りお礼を言う。
「感謝します。東の宇宙ルヴァ」
……エリアスがルヴァに感謝するなんて結婚指輪が余程嬉しかったんだな。
二人でそれを着ける日はまだもう少し先だけど、そう遠くない未来だ。
「どういたしまして」
ルヴァが満足げにそう返した刹那、ココココッという早いノックの音とともに扉の外から室内へ呼びかける声がする。
「エリアス様? 戻られたのですか?」
エリアスの従僕のエミールだ。
ルヴァは止める間もなく掻き消えてしまった。
エリアスが扉の外に向かって「入れ」と返すと、エミールが不思議そうな顔をして入室してくる。
「今、どなたかいらっしゃいませんでした?」
「いや……」
「そうですか。昨夜からヒューの姿が見えないので、てっきりご一緒かと思ったのですが、どこかへ使いにでもやっているのですか?」
それは何も知らないが故の何気ない質問だった。
エミールには一部始終を話さなければならないだろう。
「――私から話そう。ナナセは風呂にでも入って少し眠った方がいい。私もすぐに行くから先に行っていてくれ。今日の予定は断っておく」
目の前で起こった出来事ではあるが、俺は説明できるほどには理解していなかったのでここはエリアスの言葉に甘えることにした。
それに多分、俺がいない方が余計な気を遣わなくていい分、話しやすいだろう。
「ナナセ様は寝ていらっしゃらないんですか? まったく、エリアス様が付いていながら情けない! 大体お二人とも一晩中どちらへいらしてたんですか! 何があったかきっちり説明して頂きますからね!」
エミールがエリアスにお小言を並べているのを背後に聞きながら、俺は一人で風呂へ向かった。
温泉を引き込んだ風呂は、底に湯の花が沈んでいそうなほどとろりと白濁した湯だったが、沈殿しないように魔法で濃度が保たれている。
永遠の死の国の森は蒸し暑かったから近くに火山があるのかも知れない。
床より数段高いところへ造られたプールのような円形の風呂にひとりで浸かると、真っ先に思い返されるのはやはりヒューのことだった。
俺は身近な人の死に遭遇するのは初めてで未だ実感が湧かない。
さっきまでいた人が突然いなくなる。
もう会えない。
ヒューが死んだというのは全部エリアスの誤認なのではないだろうか。
だって死体も何もなかった。
それで信じろっていう方が無理だ。
でもエリアスがその手のことを間違えるだろうか。
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何も感じないとか悲しくないとかいうことではなくて、病院に勤務している人が毎日泣き暮らしている訳じゃないのと同じ原理だろうと思う。
いや、俺も本当はどこかで分かっているんだ。
けど、認められない。
信じたくない。
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だって、酷い。
酷いよ。
こんな酷いことはない。
こんなにつらいことはない。
こんなに悲しいことはない。
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だってヒューはあんなに必死で――。
俺が覚えているのはそこまでで、気が付いたら俺はベッドの上に寝ていて、エリアスとエミールが心配そうに覗き込んでいた。
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