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第三章 黎明と黄昏
〇三四 三回もセックスって言った①
しおりを挟む 霧が気になっていたのは、自分の作ったそのストーリーだ。
(なんであたし、こんな感傷的なものを作ってしまったんだろう……)
母親と子供の、涙の再会。
(ベタだよなぁ……。お涙ちょうだいのおセンチな内容。奪われた子供、取り戻すために奔走する母親。あたしの母親とは大違いの、愛情に満ちた、優しい、通りすがりの生き物すら助ける慈愛に満ちた女性……。この娘は、幸せだな。きっと信じていただろう、母親が、助けに来てくれると……)
そこまで考えて、霧は、ハッとした。
(あ……そうか……)
霧の心に刺さっていた、何か。
その、正体に気付いたのだ。
(この子供は、あたしなんだ。あたしは自分のために……自分の願いを消化するために、この物語を作ったのか)
突然それに思い当たり、愕然とする。
大人になった今もなお、霧の中には、膝を抱え、愛情に餓え、泣き叫ぶ子供がいる、ということに。
(ああ……そうか。そういうことか)
霧はやるせない溜息をつくと、呟いた。
「あたしは……迎えに来てほしかったのか……。あんな、クズでも、愛して欲しかったのか……あたしを捨てて、二度と帰ってこなかったのに。はは……あほらしい……」
自虐的に歪んだ唇の端に、あふれ出した涙が、滑り落ちてゆく。
自己憐憫の涙は、陶酔的な甘い香りを放ちながら、絶望的な苦味と吐き気を催すほどの激辛風味を併せ持ち、霧の心中を打ち据えた。
それは容認しがたい苦しみを伴って、何度味わっても慣れることなく、霧を無力な子供に戻してしまう。
泣いている自分が苛立たしい。過去の痛みに翻弄される自分が、心底煩わしかった。
止めたいのに、一度堰を切ったその涙は次から次へと溢れ出て、霧の頬を濡らしていく。
「忘れたい……もう全部……それなのになぜ……。悪夢だ。もう終わったこと」
そう言い聞かせても、心に刻みつけられた傷跡は、ことあるごとに疼きだす。
人とは、なんと脆弱な生き物だろう。
霧は尚も自分をあざ笑った。いまだ親の与えた暴力と枷から抜け出せない自分を。
「考えるな、思い出すな、今はもう、こちらにいるのだから……」
しかし思い出すまい、とすればするほど、過去の亡霊が恨みがましく脳裏によみがえってくる。
霧の両親は、控えめに言っても、クズだった。
母親は、他人の稼ぎで楽をして生きいきたいという思いで結婚し、当然ながら目論見が外れた。「夫婦は合わせ鏡」という言葉がある。人は自分と同じランクの人間としか出会えないという。両親の結婚は、それを悪い意味で如実に反映した結果となった。
結婚当初それなりに稼いでいた父親は、霧が生まれた後に仕事を辞めてしまい、酒浸りの毎日となる。母親は、幼い霧に数々の暴言を吐きながら育て、やがて貧乏と夫の浮気に嫌気がさし、小さな娘を置いて家を出て行った。その後、父親は霧の世話を放棄し、挙句の果てに娘で金もうけをしようと、娘の裸を撮影し、いかがわしい連中と取り引きを始めた。
その時のことを思い返せば、今でもゾッとする。
荒い息を吐きながら子供の裸を凝視する、見知らぬ大人の男たち。
あの気持ち悪い目。触れてくる汚い手。邪悪な欲望にまみれた、変態たち。
「ううっ……!!」
霧は吐き気を催して顔を手で覆った。
(なんであたし、こんな感傷的なものを作ってしまったんだろう……)
母親と子供の、涙の再会。
(ベタだよなぁ……。お涙ちょうだいのおセンチな内容。奪われた子供、取り戻すために奔走する母親。あたしの母親とは大違いの、愛情に満ちた、優しい、通りすがりの生き物すら助ける慈愛に満ちた女性……。この娘は、幸せだな。きっと信じていただろう、母親が、助けに来てくれると……)
そこまで考えて、霧は、ハッとした。
(あ……そうか……)
霧の心に刺さっていた、何か。
その、正体に気付いたのだ。
(この子供は、あたしなんだ。あたしは自分のために……自分の願いを消化するために、この物語を作ったのか)
突然それに思い当たり、愕然とする。
大人になった今もなお、霧の中には、膝を抱え、愛情に餓え、泣き叫ぶ子供がいる、ということに。
(ああ……そうか。そういうことか)
霧はやるせない溜息をつくと、呟いた。
「あたしは……迎えに来てほしかったのか……。あんな、クズでも、愛して欲しかったのか……あたしを捨てて、二度と帰ってこなかったのに。はは……あほらしい……」
自虐的に歪んだ唇の端に、あふれ出した涙が、滑り落ちてゆく。
自己憐憫の涙は、陶酔的な甘い香りを放ちながら、絶望的な苦味と吐き気を催すほどの激辛風味を併せ持ち、霧の心中を打ち据えた。
それは容認しがたい苦しみを伴って、何度味わっても慣れることなく、霧を無力な子供に戻してしまう。
泣いている自分が苛立たしい。過去の痛みに翻弄される自分が、心底煩わしかった。
止めたいのに、一度堰を切ったその涙は次から次へと溢れ出て、霧の頬を濡らしていく。
「忘れたい……もう全部……それなのになぜ……。悪夢だ。もう終わったこと」
そう言い聞かせても、心に刻みつけられた傷跡は、ことあるごとに疼きだす。
人とは、なんと脆弱な生き物だろう。
霧は尚も自分をあざ笑った。いまだ親の与えた暴力と枷から抜け出せない自分を。
「考えるな、思い出すな、今はもう、こちらにいるのだから……」
しかし思い出すまい、とすればするほど、過去の亡霊が恨みがましく脳裏によみがえってくる。
霧の両親は、控えめに言っても、クズだった。
母親は、他人の稼ぎで楽をして生きいきたいという思いで結婚し、当然ながら目論見が外れた。「夫婦は合わせ鏡」という言葉がある。人は自分と同じランクの人間としか出会えないという。両親の結婚は、それを悪い意味で如実に反映した結果となった。
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「ううっ……!!」
霧は吐き気を催して顔を手で覆った。
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