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第三章 黎明と黄昏
〇三三 もげた①
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白々と夜が明ける頃、遺体がないまま森の中に墓標を置いて墓を作り、俺とエリアスの二人だけで弔いを終えたが、俺が泣くことはなかった。
だって、ヒューがもういないなんて俺には信じられない。
これまで俺は身近な人の死に立ち会ったことがなかった。
魔王が死んだときは、ただもう終わったのだと感じて泣いたけど、別に魔王の死を悼んで泣いたわけじゃない。
俺ん家は両親も祖父母も健在で、知り合いはみんなまだピンピンしている。
葬儀なんて会ったことがない親戚のしか出席したことがない。
だから死というものに対して実感がないのだ。
俺はまだ「死」という事象の本当の意味を理解していないのかも知れない。
ひょっとしたら、ホテルに戻ったらヒューが普通にいるんじゃないだろうか。
何も言わずに抜け出してきちゃったから、きっと心配してるに違いないと思えてならない。
今の俺にはそっちの方がずっと現実的だったのだ。
このときはまだ感情がついて来ていなかったが、後に俺は「死」とはどういうものかを思い知ることになる。
あれだけ幻想的に光輝いていた夜の森も、朝日を受けると全てが空々しく色褪せて見える。
「夏とはいえ朝の外気は冷える。室内へ戻ろう」
「……うん」
エリアスに肩を抱かれて振り仰いだ刹那、キン、と澄んだ音がして足元に白い角が一本転がった。
「角が……」
もげた!
角がもげた!
エリアスが己の額に手を当てると続いてもう一本も落ちる。
びっくりしてエリアスの前髪を掻き上げてみたけど、額にはもう角が生えていた形跡すらない。
良かった。角は生え際から生えてたから、エリアスがベジータみたいなM字の禿げ方したらどうしようって思ってたんだ。
角の中身は空洞になってるタイプかと思ったけど、音を聞いた限り金属っぽいし、何かが詰まってはいるらしい。
「角もちょっと格好良いかなって思い始めてきたとこだったのに」
「それは惜しいことをした」
エリアスは少しも惜しくなさそうに苦笑交じりでそう言ったが、いやほんと。
今にして思えば角の生えたエリアス滅茶滅茶格好良かったから。
でも角まで入れたらエリアスの身長二メートル軽く超えるし、生えたままだったら色々と大変だったかもな。
それに――。
「……なあエリー、いいこと教えてやろうか」
人差し指をクイクイと曲げて耳を貸すように催促すると、寄せてきた耳元に俺のとっておきの秘密を教えてやる。
「魔王じゃなくなっても俺はエリーのことが好きだよ」
――魔王になっても俺はエリーのことが好きだよ。
いつかの獣人領での舞踏会が終わった朝にエリアスに言った科白になぞらえたのだ。
だが、あの時と同じように耳にキスをしようとした刹那、エリアスの方が早く動いて唇を塞がれてしまった。
勇者に同じ手は二度も通用しないか。
それも予想外にじっくり吸われてしまい、薄目を開けて見れば偶然にもやはり薄目を開けて俺を見ていたエリアスと目が合う。
淡褐色と淡緑色が混ざり合う榛色の瞳には悪戯が成功した子供のような光を浮かべていた。
苛ついたから俺の方からキスを中断すると、エリアスは気を悪くした風もなく花が咲くみたいに優しく笑い、甘く囁かれる。
「……私も、ナナセが何者であっても愛しているよ」
顔が火を噴きそうなほど熱いから、自分じゃ見えないけど多分今俺の顔は真っ赤になっているんだろう。
照れ隠しと悔し紛れに落ちた角を拾い上げ、手に取ってみるとなんと本当に金属だった。
だって、ヒューがもういないなんて俺には信じられない。
これまで俺は身近な人の死に立ち会ったことがなかった。
魔王が死んだときは、ただもう終わったのだと感じて泣いたけど、別に魔王の死を悼んで泣いたわけじゃない。
俺ん家は両親も祖父母も健在で、知り合いはみんなまだピンピンしている。
葬儀なんて会ったことがない親戚のしか出席したことがない。
だから死というものに対して実感がないのだ。
俺はまだ「死」という事象の本当の意味を理解していないのかも知れない。
ひょっとしたら、ホテルに戻ったらヒューが普通にいるんじゃないだろうか。
何も言わずに抜け出してきちゃったから、きっと心配してるに違いないと思えてならない。
今の俺にはそっちの方がずっと現実的だったのだ。
このときはまだ感情がついて来ていなかったが、後に俺は「死」とはどういうものかを思い知ることになる。
あれだけ幻想的に光輝いていた夜の森も、朝日を受けると全てが空々しく色褪せて見える。
「夏とはいえ朝の外気は冷える。室内へ戻ろう」
「……うん」
エリアスに肩を抱かれて振り仰いだ刹那、キン、と澄んだ音がして足元に白い角が一本転がった。
「角が……」
もげた!
角がもげた!
エリアスが己の額に手を当てると続いてもう一本も落ちる。
びっくりしてエリアスの前髪を掻き上げてみたけど、額にはもう角が生えていた形跡すらない。
良かった。角は生え際から生えてたから、エリアスがベジータみたいなM字の禿げ方したらどうしようって思ってたんだ。
角の中身は空洞になってるタイプかと思ったけど、音を聞いた限り金属っぽいし、何かが詰まってはいるらしい。
「角もちょっと格好良いかなって思い始めてきたとこだったのに」
「それは惜しいことをした」
エリアスは少しも惜しくなさそうに苦笑交じりでそう言ったが、いやほんと。
今にして思えば角の生えたエリアス滅茶滅茶格好良かったから。
でも角まで入れたらエリアスの身長二メートル軽く超えるし、生えたままだったら色々と大変だったかもな。
それに――。
「……なあエリー、いいこと教えてやろうか」
人差し指をクイクイと曲げて耳を貸すように催促すると、寄せてきた耳元に俺のとっておきの秘密を教えてやる。
「魔王じゃなくなっても俺はエリーのことが好きだよ」
――魔王になっても俺はエリーのことが好きだよ。
いつかの獣人領での舞踏会が終わった朝にエリアスに言った科白になぞらえたのだ。
だが、あの時と同じように耳にキスをしようとした刹那、エリアスの方が早く動いて唇を塞がれてしまった。
勇者に同じ手は二度も通用しないか。
それも予想外にじっくり吸われてしまい、薄目を開けて見れば偶然にもやはり薄目を開けて俺を見ていたエリアスと目が合う。
淡褐色と淡緑色が混ざり合う榛色の瞳には悪戯が成功した子供のような光を浮かべていた。
苛ついたから俺の方からキスを中断すると、エリアスは気を悪くした風もなく花が咲くみたいに優しく笑い、甘く囁かれる。
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顔が火を噴きそうなほど熱いから、自分じゃ見えないけど多分今俺の顔は真っ赤になっているんだろう。
照れ隠しと悔し紛れに落ちた角を拾い上げ、手に取ってみるとなんと本当に金属だった。
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異世界で聖者やってたら勇者に求婚されたんだが
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次章続巻も順次刊行予定
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※この作品の出版権は作者本人に帰属しています。詳しくはこちらを参照してください。
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