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第三章 黎明と黄昏
〇三二 生と死②
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「もういいだろ、父さん――」
「何を……!? 増長したか、餓鬼が!」
「おれは許されない過ちを犯し、咎を負い、今日この時のために生かされてきた。全てはこの瞬間に集約する」
「何の話だ……?」
それから静かな声が響く。
「おれの最愛の人の名を以て終わらせてあげる――」
ヒューはそこで一旦言葉を切って、それから俺の方を見ずにレンを見据えたまま言う。
「おれを人として扱ってくれて有難う聖者様――『ナナセ』」
その呪文は知っている。
俺の名を用いた呪いの呪文。
それからレンに向かって放たれた閃光。
これも知っている。
――以前、俺の目の前で魔王がエリアスに向かった放った呪いだ。
「なッ……!?」
全ては一瞬の出来事だった。
エリアスが咄嗟に俺の頭を自分の胸に抱き込んで、その瞬間を見せないようにしてくれていたが、例え一部始終を目撃していても何が起こったのか理解出来なかっただろう。
結果だけ述べれば、相打ちだったのだ。
凄惨な現場だったわけではない。
亡骸が横たわっていたわけでもない。
実際はそれよりもっと酷いことが起こっていた。
そこにいたはずの二人は跡形もなく消滅していたのだから。
俺はその時、初めて理解した。
あれは余命を使い切って相手を消滅させる呪詛だ。
上位魔族のレンを半人半魔のヒューが倒せたのは幾つかの好条件が重なった結果だろう。
まず、ヒューは魔王のように新たな名を受けて弱体化してなかったこと。
そして対象となるレンがエリアスのように新しい名に変わっていなかったので真名を知っていたこと。
更に今夜は魔族の力が最高潮になる満月だった。
何より大きかったのは十四歳というヒューの余命。
半魔であるが故にこの先数百年か或いは千年単位で残っていたであろうヒューの余命を全て使ったとすれば、首を切り落とされて余命幾許もなかった魔王がエリアスに向けて放った呪詛とは比べるべくもなく、レンを遥かに凌駕して余りある強力な呪詛となったのだろう。
それらすべての条件がヒューに味方したのだ。
ヒューはレンから俺を護るために己の命を引き換えにした。
残りの命をすべて呪詛にして放つあの呪いは本来これほど威力のあるものだったのだ。
なんでだよ。
なんでなんだ。
何故ヒューが死ななければならないんだ。
俺はこんなことのためにあのときヒューを救ったんじゃない。
「人として生きるために救ったのに……!」
編纂したばかりでまだ不安定な魔導書「黎明と黄昏」が、俺の感情に呼応するように握りしめた拳の中で小刻みに震えた。
「……ナナセ、今は先に魔導書を安定させてしまおう。彼の想いを無駄にしてはいけない」
エリアスの言う通りだ。
この魔導書は、この世に生まれたばかりで魔族と人族の死を目撃して、極めて不安定な状態になっている。
「黎明と黄昏」の最初の頁に新たに刻まれたのは、奇しくも「生と死」だったのである。
「何を……!? 増長したか、餓鬼が!」
「おれは許されない過ちを犯し、咎を負い、今日この時のために生かされてきた。全てはこの瞬間に集約する」
「何の話だ……?」
それから静かな声が響く。
「おれの最愛の人の名を以て終わらせてあげる――」
ヒューはそこで一旦言葉を切って、それから俺の方を見ずにレンを見据えたまま言う。
「おれを人として扱ってくれて有難う聖者様――『ナナセ』」
その呪文は知っている。
俺の名を用いた呪いの呪文。
それからレンに向かって放たれた閃光。
これも知っている。
――以前、俺の目の前で魔王がエリアスに向かった放った呪いだ。
「なッ……!?」
全ては一瞬の出来事だった。
エリアスが咄嗟に俺の頭を自分の胸に抱き込んで、その瞬間を見せないようにしてくれていたが、例え一部始終を目撃していても何が起こったのか理解出来なかっただろう。
結果だけ述べれば、相打ちだったのだ。
凄惨な現場だったわけではない。
亡骸が横たわっていたわけでもない。
実際はそれよりもっと酷いことが起こっていた。
そこにいたはずの二人は跡形もなく消滅していたのだから。
俺はその時、初めて理解した。
あれは余命を使い切って相手を消滅させる呪詛だ。
上位魔族のレンを半人半魔のヒューが倒せたのは幾つかの好条件が重なった結果だろう。
まず、ヒューは魔王のように新たな名を受けて弱体化してなかったこと。
そして対象となるレンがエリアスのように新しい名に変わっていなかったので真名を知っていたこと。
更に今夜は魔族の力が最高潮になる満月だった。
何より大きかったのは十四歳というヒューの余命。
半魔であるが故にこの先数百年か或いは千年単位で残っていたであろうヒューの余命を全て使ったとすれば、首を切り落とされて余命幾許もなかった魔王がエリアスに向けて放った呪詛とは比べるべくもなく、レンを遥かに凌駕して余りある強力な呪詛となったのだろう。
それらすべての条件がヒューに味方したのだ。
ヒューはレンから俺を護るために己の命を引き換えにした。
残りの命をすべて呪詛にして放つあの呪いは本来これほど威力のあるものだったのだ。
なんでだよ。
なんでなんだ。
何故ヒューが死ななければならないんだ。
俺はこんなことのためにあのときヒューを救ったんじゃない。
「人として生きるために救ったのに……!」
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