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第三章 黎明と黄昏
〇二九 天体観測所
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声に呼ばれて墻壁を越え、永遠の死の国の森を抜けた先にあったのは、周囲を黄色い針金雀児の生垣に囲まれた円柱形の建築物だった。
太古を思わせる羊歯植物の森の中に、突然現れたそれは一種異様な光景だ。
「こんなところに建物が……霊廟?」
建物の正面に焼け焦げて年季の入った鉄の扉がついているが、ちょっと開けたくはない感じだった。
「天体観測所のようだ。上に明かりが見える」
見上げれば確かに建物の屋上にはガラス製の半球のドームになっていて巨大な六分儀みたいなものが付いていてそれっぽい雰囲気だ。
六分儀ってのは二つの星の間の角距離を三角関数を用いて求める器具で、分度器と望遠鏡が合体したような複雑な形をしている。
角距離を求める道具には四分儀や八分儀もあるが、六分儀が一番理に適っているので高性能だ。
航海士が星を見て現在地を割り出したりするときにも使われるから携帯用のものが多いが、今目の前にある施設にあるのはドームと一体化した据え置き型の大きなものだ。
多分、六分儀がドームごと三百六十度回転する仕組みになっているのだろう。
こんなに大きくてしかも野ざらしで露出しているものは初めて見る。
「行こう」
俺がぼけっと見上げているとエリアスが俺の手を引いて先導した。
エリアスは正面の焼け焦げた扉は無視して、建物の外周に設置された外階段へ向かう。
円柱状の建物は窓がないので何階建てなのかは分からないが、蛇のように螺旋を描いて巻き付く外階段を上るとやがてドームのある屋上へ辿り着く。
ドームは硝子で出来ているので屋内の様子は丸見えだ。
半球形の部屋には天体観測用の器具が所狭しと置かれ、その隙間を縫うように観葉植物兼照明のつもりだろうか、外に自生している提灯のような花だか実だかを付けた植物の鉢植えが要所要所に置かれていて淡いピンク色の光を発している。
その中央付近に、男がいた。
男は竪琴を抱えてドームの天井から吊り下げられたハンギングチェアに揺られていたが、俺たちの姿を視認するとドームの一角を指さして手招きをしながらゆっくりと立ち上がる。
男が指さした場所には小さなガラス戸があり、俺たちは戸を開けて中に入った。
「遅かったじゃないか。待ちくたびれたよ」
竪琴をかき鳴らしながらまるで歌うように言ったその男は、亜麻色の髪にオリーブ色の肌、東欧とも中東ともつかない顔立ちでなかなかの色男なんだが一見して吟遊詩人のような風貌だ。
だが、ちょっと待ってくれ。
竪琴を持った姿はどこか見覚えがある。
そう、獣人領の舞踏会で進行役の侍従や宮廷道化師と一緒にいた、あの「宮廷吟遊詩人」だ。
俺が正体不明の声に導かれ、エリアスが魔王化し、逃げ込んだ死の国の天体観測所で出会ったのはなんと、いつぞやの獣人領の舞踏会にいた宮廷吟遊詩人だった。
「色々訊きたいことはあるだろうけど、君たちにはもう私が誰だか分かってるんだろう?」
ここは「北の宇宙ウルソナ」が分離した人格「ロス」が治める地だけど、創造都市ゴルゴヌーザの外にある永遠の死の国だ。
ウルソナは鍛冶が盛んな地で、俺がエリアスから貰った婚約指輪もウルソナの鍛冶術士に打たせたものらしい。
そしてロスはウルソナの鍛冶の性質も受け継いでいて当然炉も持っている。
この建物の一階の正面の焼け焦げた鉄の扉。
ここは炉で、それが答えだ。
ロスの炉――苦しみの炉に放り込まれて業火に焼かれたのは――。
「ルヴァ……」
答えたのはエリアスだったのか俺だったのか。
だが、そんなことはどうでもいい。
ルヴァはずっと見ていた。
この天体観測所から俺たちを観測していたんだ。
「よくできました」
宮廷吟遊詩人――ルヴァはまた竪琴をかき鳴らして歌うように言った。
「でももう遅すぎたみたいだね」
チラリとエリアスに向けられた視線を辿って隣を見上げれば、エリアスの角が多分これが最終形態だろうと思われるほどに伸びていて俺は思わず息を呑んだ。
何時の間にこんな――!
エリアスはずっと前を歩いていたし、俺は柔らかい苔に足を取られないように足元を見ながら歩いていた。
だからエリアスの角がどんな状態になっているか気付く余裕すらなかったんだ。
「私は席を外すから、二人で心を決めると良い」
そう言い置いてルヴァは内階段から階下へ降りて行き、後には硝子のドーム越しに差し込む満月の光に照らされた俺とエリアスだけが残された。
太古を思わせる羊歯植物の森の中に、突然現れたそれは一種異様な光景だ。
「こんなところに建物が……霊廟?」
建物の正面に焼け焦げて年季の入った鉄の扉がついているが、ちょっと開けたくはない感じだった。
「天体観測所のようだ。上に明かりが見える」
見上げれば確かに建物の屋上にはガラス製の半球のドームになっていて巨大な六分儀みたいなものが付いていてそれっぽい雰囲気だ。
六分儀ってのは二つの星の間の角距離を三角関数を用いて求める器具で、分度器と望遠鏡が合体したような複雑な形をしている。
角距離を求める道具には四分儀や八分儀もあるが、六分儀が一番理に適っているので高性能だ。
航海士が星を見て現在地を割り出したりするときにも使われるから携帯用のものが多いが、今目の前にある施設にあるのはドームと一体化した据え置き型の大きなものだ。
多分、六分儀がドームごと三百六十度回転する仕組みになっているのだろう。
こんなに大きくてしかも野ざらしで露出しているものは初めて見る。
「行こう」
俺がぼけっと見上げているとエリアスが俺の手を引いて先導した。
エリアスは正面の焼け焦げた扉は無視して、建物の外周に設置された外階段へ向かう。
円柱状の建物は窓がないので何階建てなのかは分からないが、蛇のように螺旋を描いて巻き付く外階段を上るとやがてドームのある屋上へ辿り着く。
ドームは硝子で出来ているので屋内の様子は丸見えだ。
半球形の部屋には天体観測用の器具が所狭しと置かれ、その隙間を縫うように観葉植物兼照明のつもりだろうか、外に自生している提灯のような花だか実だかを付けた植物の鉢植えが要所要所に置かれていて淡いピンク色の光を発している。
その中央付近に、男がいた。
男は竪琴を抱えてドームの天井から吊り下げられたハンギングチェアに揺られていたが、俺たちの姿を視認するとドームの一角を指さして手招きをしながらゆっくりと立ち上がる。
男が指さした場所には小さなガラス戸があり、俺たちは戸を開けて中に入った。
「遅かったじゃないか。待ちくたびれたよ」
竪琴をかき鳴らしながらまるで歌うように言ったその男は、亜麻色の髪にオリーブ色の肌、東欧とも中東ともつかない顔立ちでなかなかの色男なんだが一見して吟遊詩人のような風貌だ。
だが、ちょっと待ってくれ。
竪琴を持った姿はどこか見覚えがある。
そう、獣人領の舞踏会で進行役の侍従や宮廷道化師と一緒にいた、あの「宮廷吟遊詩人」だ。
俺が正体不明の声に導かれ、エリアスが魔王化し、逃げ込んだ死の国の天体観測所で出会ったのはなんと、いつぞやの獣人領の舞踏会にいた宮廷吟遊詩人だった。
「色々訊きたいことはあるだろうけど、君たちにはもう私が誰だか分かってるんだろう?」
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そしてロスはウルソナの鍛冶の性質も受け継いでいて当然炉も持っている。
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