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第三章 黎明と黄昏
〇二七 Bボタン②
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勇者であるエリアスにとって物理的に俺の手を振り払うことなんて造作もない。
それこそ俺の二十歳の誕生日にヴェイラがベッドの天蓋から覗き込んできたとき、エリアスにしがみついてた俺を引っぺがしたみたいに、やろうと思えばできる。
だけど俺が今エリアスに仕掛けているのは「精神論」だ。
エリアスは指輪のサイズを図るために、寝ている俺の手を開かせることすら躊躇するような奴だ。
あのときは指輪のサイズを図ろうとしていたなんて思いも寄らなかったけれど、寝ている俺にエリアスが何かしようとしていたことには気付いていた。
俺は何かを掴んだまま眠る癖があって、手を開かれたくらいじゃ俺は起きないし、起きたとしてもそれが左手の薬指のサイズを図っているのだということに気付けば、寝た振りをしていてやったのに。
けれどエリアスはそれをしなかった。
そんな風に、エリアスはいつでも俺の意思を尊重し護ろうとする。
力でなら俺をどうにでも出来ることを知っているからこそ、そうすることに意味を見出せないのかも知れない。
身も蓋もない言い方をしてしまえば、要するに飼い猫に机や椅子を占拠されても退かすことが出来ずに自分は隅っこで作業するタイプなんだろう。
だから俺はエリアスの手をただ触れるだけのように掴んでいた。
エリアスが俺を振り払えないように。
俺はエリアスを精神論で制したのである。
「離してくれナナセ、私はナナセを傷付けたくない……! 頼むから、お願いだ!」
「やだ! 離したらどっか行っちゃうだろ! 俺、エリーにアルビオンを案内して奢ってやるって言った! 見せたいとこだっていっぱいあるんだよ! あと、秋になったらまた辺境伯領へ一緒にりんご飴食いに行くって約束したのに破る気かよ! 守れない約束したのかよ!」
「ナナセ、事情が変わったんだ。聞き分けてくれ」
エリアスの悲痛な声に胸が痛んだが、離したら俺から逃げるだろ。
だったら離せるわけがない。
きっと、この手を離したらエリアスは本当に魔王になってしまう。
そして多分、それを阻止できるとしたら俺しかいない。
互いに一歩も引かず睨み合っていたが刹那、俺たちに鋭い声が浴びせられる。
「おい、お前たちそこで何をしている!」
声の主は街を巡回している警邏隊員のものだった。
灯りを持ってこちらへ駆け寄ってくる。
エリアスは咄嗟にニスデールのフードを被って遣り過ごそうとしたが、熄と覇までは隠し切れない。
しかもこんな夜に限って満月だ。
この都市でも勇者と聖者は目立ちすぎる。
だがエリアスの角を誰かに見られるわけにはいない。
灯りを向けてくる警邏隊員に「顔を見せろ」と言われてエリアスは瞬時に動いた。
こういうときのエリアスの判断力は凄まじい。
さっきまで俺の手を振り払えなかったのが嘘のように躊躇いなく俺を片腕で抱き上げると、魔法なのか身体能力なのか垂直な壁面を駆け上がるようにして一気に墻壁の上まで跳躍した。
そして決断する。
――この状況で逃げるとしたらそこしかないだろう。
俺たちは創造都市ゴルゴヌーザの墻壁の外、即ち、「永遠の死の国」へ足を踏み入れたのだった。
それこそ俺の二十歳の誕生日にヴェイラがベッドの天蓋から覗き込んできたとき、エリアスにしがみついてた俺を引っぺがしたみたいに、やろうと思えばできる。
だけど俺が今エリアスに仕掛けているのは「精神論」だ。
エリアスは指輪のサイズを図るために、寝ている俺の手を開かせることすら躊躇するような奴だ。
あのときは指輪のサイズを図ろうとしていたなんて思いも寄らなかったけれど、寝ている俺にエリアスが何かしようとしていたことには気付いていた。
俺は何かを掴んだまま眠る癖があって、手を開かれたくらいじゃ俺は起きないし、起きたとしてもそれが左手の薬指のサイズを図っているのだということに気付けば、寝た振りをしていてやったのに。
けれどエリアスはそれをしなかった。
そんな風に、エリアスはいつでも俺の意思を尊重し護ろうとする。
力でなら俺をどうにでも出来ることを知っているからこそ、そうすることに意味を見出せないのかも知れない。
身も蓋もない言い方をしてしまえば、要するに飼い猫に机や椅子を占拠されても退かすことが出来ずに自分は隅っこで作業するタイプなんだろう。
だから俺はエリアスの手をただ触れるだけのように掴んでいた。
エリアスが俺を振り払えないように。
俺はエリアスを精神論で制したのである。
「離してくれナナセ、私はナナセを傷付けたくない……! 頼むから、お願いだ!」
「やだ! 離したらどっか行っちゃうだろ! 俺、エリーにアルビオンを案内して奢ってやるって言った! 見せたいとこだっていっぱいあるんだよ! あと、秋になったらまた辺境伯領へ一緒にりんご飴食いに行くって約束したのに破る気かよ! 守れない約束したのかよ!」
「ナナセ、事情が変わったんだ。聞き分けてくれ」
エリアスの悲痛な声に胸が痛んだが、離したら俺から逃げるだろ。
だったら離せるわけがない。
きっと、この手を離したらエリアスは本当に魔王になってしまう。
そして多分、それを阻止できるとしたら俺しかいない。
互いに一歩も引かず睨み合っていたが刹那、俺たちに鋭い声が浴びせられる。
「おい、お前たちそこで何をしている!」
声の主は街を巡回している警邏隊員のものだった。
灯りを持ってこちらへ駆け寄ってくる。
エリアスは咄嗟にニスデールのフードを被って遣り過ごそうとしたが、熄と覇までは隠し切れない。
しかもこんな夜に限って満月だ。
この都市でも勇者と聖者は目立ちすぎる。
だがエリアスの角を誰かに見られるわけにはいない。
灯りを向けてくる警邏隊員に「顔を見せろ」と言われてエリアスは瞬時に動いた。
こういうときのエリアスの判断力は凄まじい。
さっきまで俺の手を振り払えなかったのが嘘のように躊躇いなく俺を片腕で抱き上げると、魔法なのか身体能力なのか垂直な壁面を駆け上がるようにして一気に墻壁の上まで跳躍した。
そして決断する。
――この状況で逃げるとしたらそこしかないだろう。
俺たちは創造都市ゴルゴヌーザの墻壁の外、即ち、「永遠の死の国」へ足を踏み入れたのだった。
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異世界で聖者やってたら勇者に求婚されたんだが
第一章 聖者降臨
📖文庫版(紙の書籍)
📖Kindle(電子書籍)
📖BOOK☆WALKER(電子書籍)
次章続巻も順次刊行予定
OLOLON
※この作品の出版権は作者本人に帰属しています。詳しくはこちらを参照してください。
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