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第三章 黎明と黄昏
〇一三 「力が欲しい」 ※エリアス視点
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それは、魔王に匂引かされたナナセを奪還し無事帰還を果たし、日付を越えて睦み合い二人で床に就いた未明のことだった。
すんすんと啜り泣く様な声と魔王の呪いの影響と思われる頭痛で目を覚まし、隣で寝ていたはずのナナセを見れば、ベッドの隅の方で丸くなっている。
抱き締めて寝ていたはずだが、寝返りを打った隙に腕の中からすり抜けてしまったらしい。
ベッドが広いと、こういうとき不便だ。
頭痛を押して近寄って覗き込めば、ナナセは眠ったまま泣いていた。
何か怖い夢でも見て魘されているようだ。
私は酷く狼狽して、抱き寄せてはみたものの起こすべきか躊躇っているうちにナナセが何か言った。
寝言なので何を言っているのかはっきりとは分からない。
だが、何かに怯え、私の名前を呼びながら助けを求めていることは分かった。
恐らく、魔王に勾引かされたときのことを夢に見て魘されているのだろう。
治癒術士であることから外傷もなく、昼間は何でもないように明るく振舞っていた。
けれど二人で共に入浴したとき、ナナセの中に誰のものとも知れぬ子種が残っていたことに気付かぬはずもない。
勾引されたナナセが魔王に強姦されたのは疑いようもない事実だ。
しかし、ナナセはそのことを恥じているのか必死で隠そうとしている様子だった。
ナナセがそう望むならと、私は気付かぬ振りをしてその場をやり過ごしたが、直後に強姦されていたばかりでなく魔王に剃毛までされていたことを知り、感情を抑え込むことばかりに気が行って魔力の制御に失敗し、冷気となり水滴を凍らせてしまったのだ。
魔王城に乗り込んだときも似たような状態だったのだが、呪いでその辺りの記憶を失っていた私にとっては、魔力が暴走するほど心を搔き乱されたことは初めての経験だった。
当事者ではない私でさえそこまで動揺したのだ。
幾ら気丈に振舞っていても、ナナセが平気であるはずがない。
私はナナセの名前を呼ぼうとするも、呪いによってそれすらできないことを思い出し、焦る。
――ナナセ、ナナセ!
「……助けに来た。遅くなってすまない。もう二度と離さない。決して一人にしない。私がずっと傍にいて護ると誓う」
ただ抱き締めて、悪夢の中で藻掻いているナナセにそう言うのが精一杯だった。
出来ることならナナセを悪夢から救い出してやりたい。
それなのに私はどうすればいいのかも分からないのだ。
私ではナナセを救えないという事実を突きつけられているようで、このときほど悔しく思ったことはなかった。
そうして私は初めて、誰かの心に寄り添いたいと思ったのだ。
魔王は死して尚、夢の中でまでナナセを苦しめる。
無理をしていたり嘘を吐いていたりする様子はないので、恐らくナナセ本人にも自覚はない。
例え自覚があったとしても、迂闊にも魔王の呪いなど受けてナナセの全ての記憶を失っている私にそんなことを言えるはずがないだろう。
しかし、こうして悪夢に魘されているということは、ナナセはそれを一人で抱え込んでいるという証に他ならない。
「私が傍にいる。私が護るから何も心配することはない」
抱き締めて悪夢が過ぎ去るのを待つしかないのかそれとも起こすべきかと未だ逡巡しているとき、不図、ナナセの手が何も握りしめていないことに気付いた。
ナナセは眠りに入るとき枕やブランケットの端など何かを掴んで手を握ったまま寝る癖がある。
その癖のお陰で、寝ている間に指輪のサイズを測ることが出来なくて苦労させられたが、今夜は抱き合って眠っていたから寝付くときナナセの手は私の胸の辺りと脇腹に回されていたと思う。
そのせいかもしれない。
思い立ってその手を握ってみれば、苦しそうに吐き出されていたナナセの呼吸がやがて静かな寝息に変わる。
繋いだ手は朝まで離さなかった。
ナナセは掴んでいたものを眠っている間も離さないので抱き合って眠るよりこちらの方が確実だろう。
明くる日の晩、寝る時も手を繋いでいて欲しいと私の方から申し出た。
――しかし、ナナセの身に訪れた異変はそれだけに留まらなかった。
それはナナセの二十歳の誕生日から断続的に発生し始める。
その日を境に、ナナセは時折ぼんやりと虚空を見つめて性交中に限らず気を遣っているような、所謂トランス状態に陥るようになったのだ。
すぐに気が付くのだが、その直後に決まって私に「呼んだ?」と訊いてくる。
呼んでいないと答えると、首を傾げていたが余り気に留めていない様子だった。
――ナナセが壊れていく。
ナナセはヴェイラを当初、幽霊か何かだと思って酷く怖がり怯えていたが、私にしてみればナナセが壊れていく方が余程怖い。
阻止しなければ。
力が欲しい。
何者からもナナセを護り切れるだけの圧倒的な力が――。
すんすんと啜り泣く様な声と魔王の呪いの影響と思われる頭痛で目を覚まし、隣で寝ていたはずのナナセを見れば、ベッドの隅の方で丸くなっている。
抱き締めて寝ていたはずだが、寝返りを打った隙に腕の中からすり抜けてしまったらしい。
ベッドが広いと、こういうとき不便だ。
頭痛を押して近寄って覗き込めば、ナナセは眠ったまま泣いていた。
何か怖い夢でも見て魘されているようだ。
私は酷く狼狽して、抱き寄せてはみたものの起こすべきか躊躇っているうちにナナセが何か言った。
寝言なので何を言っているのかはっきりとは分からない。
だが、何かに怯え、私の名前を呼びながら助けを求めていることは分かった。
恐らく、魔王に勾引かされたときのことを夢に見て魘されているのだろう。
治癒術士であることから外傷もなく、昼間は何でもないように明るく振舞っていた。
けれど二人で共に入浴したとき、ナナセの中に誰のものとも知れぬ子種が残っていたことに気付かぬはずもない。
勾引されたナナセが魔王に強姦されたのは疑いようもない事実だ。
しかし、ナナセはそのことを恥じているのか必死で隠そうとしている様子だった。
ナナセがそう望むならと、私は気付かぬ振りをしてその場をやり過ごしたが、直後に強姦されていたばかりでなく魔王に剃毛までされていたことを知り、感情を抑え込むことばかりに気が行って魔力の制御に失敗し、冷気となり水滴を凍らせてしまったのだ。
魔王城に乗り込んだときも似たような状態だったのだが、呪いでその辺りの記憶を失っていた私にとっては、魔力が暴走するほど心を搔き乱されたことは初めての経験だった。
当事者ではない私でさえそこまで動揺したのだ。
幾ら気丈に振舞っていても、ナナセが平気であるはずがない。
私はナナセの名前を呼ぼうとするも、呪いによってそれすらできないことを思い出し、焦る。
――ナナセ、ナナセ!
「……助けに来た。遅くなってすまない。もう二度と離さない。決して一人にしない。私がずっと傍にいて護ると誓う」
ただ抱き締めて、悪夢の中で藻掻いているナナセにそう言うのが精一杯だった。
出来ることならナナセを悪夢から救い出してやりたい。
それなのに私はどうすればいいのかも分からないのだ。
私ではナナセを救えないという事実を突きつけられているようで、このときほど悔しく思ったことはなかった。
そうして私は初めて、誰かの心に寄り添いたいと思ったのだ。
魔王は死して尚、夢の中でまでナナセを苦しめる。
無理をしていたり嘘を吐いていたりする様子はないので、恐らくナナセ本人にも自覚はない。
例え自覚があったとしても、迂闊にも魔王の呪いなど受けてナナセの全ての記憶を失っている私にそんなことを言えるはずがないだろう。
しかし、こうして悪夢に魘されているということは、ナナセはそれを一人で抱え込んでいるという証に他ならない。
「私が傍にいる。私が護るから何も心配することはない」
抱き締めて悪夢が過ぎ去るのを待つしかないのかそれとも起こすべきかと未だ逡巡しているとき、不図、ナナセの手が何も握りしめていないことに気付いた。
ナナセは眠りに入るとき枕やブランケットの端など何かを掴んで手を握ったまま寝る癖がある。
その癖のお陰で、寝ている間に指輪のサイズを測ることが出来なくて苦労させられたが、今夜は抱き合って眠っていたから寝付くときナナセの手は私の胸の辺りと脇腹に回されていたと思う。
そのせいかもしれない。
思い立ってその手を握ってみれば、苦しそうに吐き出されていたナナセの呼吸がやがて静かな寝息に変わる。
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