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第二章 魔王復活
〇一五 襟明日②
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それは、さっき洗濯係から預かった例の封筒だった。
「これは……?」
俺が拾う間もなくエリアスが拾い上げてしまう。
封蝋に俺の印璽が型押しされた封筒は、エリアスの興味を惹くのに十分だった。
「……っそれは」
その手紙は、聖者のメダイユと一緒にエリアスに渡したものだ。
いつぞやの獣人領でルートヴィヒ殿下とフリードリヒ陛下に手紙を書いていたとき、「七星」って漢字の意匠が彫られた俺の指輪印章に興味を示したエリアスに、冗談半分でエリアスの名前を当て字で「襟明日」って書いて意味を説明した後、下手糞な字をまじまじと見られて急に恥ずかしくなった俺は、封筒に入れて封蝋までしたんだった。
「前にエリーに渡したものだったんだけど、制服に入れっぱなしだったらしくて、今日、洗濯係のおばちゃんから俺が預かってたんだ」
「――ということは、魔王城へ攻め込んだ日に私が持っていたということか?」
「そうだと思う、多分」
「読んでも?」
「いいけど、今のエリーには読めないと思うぜ?」
「どういうことだ?」
「俺の生まれた国の言葉で書いてある」
それを聞いてエリアスは一層興味を惹かれたらしく、どこに仕込んであったのか投擲用のダガーを取り出して封筒の隙間に差し込んで手紙を開封した。
エリアスが便箋を開くと、俺の下手糞な字で「襟明日」と書いてある。
こうして改めて見られるのは、やっぱりちょっとした羞恥プレイだ。
ところが、その字をエリアスが指でなぞった、刹那――。
「――心のうち」
エリアスの呟きに、俺は思わず息を呑む。
――襟。
物凄く雑な当て字「襟明日」の「襟」という漢字は、訓読みのエリだと服の襟でしかないが、音読みのキンは、襟懐、襟度、胸襟、宸襟とどれも心のうちに関する言葉に使われている。
それはかつて、俺がエリアスに漢字の意味を説明したときに教えた言葉だった。
だが本来なら、エリアスに読めるわけがない。
ましてや、俺に関する記憶の一切を失っている今は。
それなのにどうして――。
「あした」
――明日。
エリアスは俺の書いた文字を指でなぞりながら、淀みなく続ける。
「あかるい」
――明るい。
手紙に掛かれていたのは、漢字たった三文字。
けれど、それぞれに意味を持っていた。
「たいよう」
――日。
心のうち、あした、あかるい、たいよう。
それらは言うまでもなく俺がエリアスに説明した――否、授けた名前だった。
そうだ。ここまでくれば、もう俺にだってわかる。
俺はあのとき、そうとは知らずに、エリアスに新しい名前を授けてしまっていたんだ。
便箋から顔を上げたエリアスの淡褐色と淡緑色の混ざり合う榛色の瞳と目が合う。
「――ナナセ」
エリアスが俺の名前を呼んだ。
それは一体どれくらい振りだろうか。
実際にはほんの何日かだったはずだが、俺にはもう何百年か振りのように胸に響いた。
「……エリー、今、俺の名前……呼んだ……?」
呼べた?
本当に?
俺の空耳じゃない?
「ああ、呼んだ! ナナセ、ナナセ、何度でも呼ぼう! ナナセ!」
言ってるうちにテンションが上がって来たのか、エリアスは俺を抱き上げて、その場でくるくる回りだした。
これ、前にもやられたけど、エリアスがテンション上がったときの癖なのかな。
「ナナセ、思い出した、ナナセ! 全部思い出した!」
「思い出したって、呪いが解けたのか!?」
「ああ」
エリアスは俺の目が回る前にピタリと回るのを止め、けれどまだ俺を抱き上げたままで答えた。
「呪いとはいえ、ナナセのことを忘れていたなんて自分でも信じられない。謝らせてくれ。本当に悪かった」
エリアスは俺が口を挟む隙がないほど滅多矢鱈に頬擦りしたり口付けたりしながら喋り倒す。
「ナナセに貰った新しい私の名がこの名が呪いに打ち勝ったんだ。魔王は私の名が変わっていたのを知らずに呪いを掛けたから死に至るほどの効果がなかったのだろう」
「じゃあ、俺のこと、思い出した……?」
「信じられなければ何か質問してみるといい」
俺は少し考えてから、恐る恐る質問してみる。
「手長海老の串焼きを一万本買ってくれるって約束も思い出したんだろうな?」
刹那、エリアスは目を瞠ってから破顔した。
「そんな約束はしていないことも思い出したが、何万本でも買ってやる!」
そこでまたエリアスが俺をぶん回しながらくるくる回りだしたので、エリアスのが気が済んで地上に下ろして貰ったときには、俺は目が回ってフラフラだった。
そして、あんなので俺がエリアスに新しく名前を付けたことになるんだって分かっていたら、当て字じゃなくもっと考えて命名したのにと激しく後悔したのは言うまでもない。
「これは……?」
俺が拾う間もなくエリアスが拾い上げてしまう。
封蝋に俺の印璽が型押しされた封筒は、エリアスの興味を惹くのに十分だった。
「……っそれは」
その手紙は、聖者のメダイユと一緒にエリアスに渡したものだ。
いつぞやの獣人領でルートヴィヒ殿下とフリードリヒ陛下に手紙を書いていたとき、「七星」って漢字の意匠が彫られた俺の指輪印章に興味を示したエリアスに、冗談半分でエリアスの名前を当て字で「襟明日」って書いて意味を説明した後、下手糞な字をまじまじと見られて急に恥ずかしくなった俺は、封筒に入れて封蝋までしたんだった。
「前にエリーに渡したものだったんだけど、制服に入れっぱなしだったらしくて、今日、洗濯係のおばちゃんから俺が預かってたんだ」
「――ということは、魔王城へ攻め込んだ日に私が持っていたということか?」
「そうだと思う、多分」
「読んでも?」
「いいけど、今のエリーには読めないと思うぜ?」
「どういうことだ?」
「俺の生まれた国の言葉で書いてある」
それを聞いてエリアスは一層興味を惹かれたらしく、どこに仕込んであったのか投擲用のダガーを取り出して封筒の隙間に差し込んで手紙を開封した。
エリアスが便箋を開くと、俺の下手糞な字で「襟明日」と書いてある。
こうして改めて見られるのは、やっぱりちょっとした羞恥プレイだ。
ところが、その字をエリアスが指でなぞった、刹那――。
「――心のうち」
エリアスの呟きに、俺は思わず息を呑む。
――襟。
物凄く雑な当て字「襟明日」の「襟」という漢字は、訓読みのエリだと服の襟でしかないが、音読みのキンは、襟懐、襟度、胸襟、宸襟とどれも心のうちに関する言葉に使われている。
それはかつて、俺がエリアスに漢字の意味を説明したときに教えた言葉だった。
だが本来なら、エリアスに読めるわけがない。
ましてや、俺に関する記憶の一切を失っている今は。
それなのにどうして――。
「あした」
――明日。
エリアスは俺の書いた文字を指でなぞりながら、淀みなく続ける。
「あかるい」
――明るい。
手紙に掛かれていたのは、漢字たった三文字。
けれど、それぞれに意味を持っていた。
「たいよう」
――日。
心のうち、あした、あかるい、たいよう。
それらは言うまでもなく俺がエリアスに説明した――否、授けた名前だった。
そうだ。ここまでくれば、もう俺にだってわかる。
俺はあのとき、そうとは知らずに、エリアスに新しい名前を授けてしまっていたんだ。
便箋から顔を上げたエリアスの淡褐色と淡緑色の混ざり合う榛色の瞳と目が合う。
「――ナナセ」
エリアスが俺の名前を呼んだ。
それは一体どれくらい振りだろうか。
実際にはほんの何日かだったはずだが、俺にはもう何百年か振りのように胸に響いた。
「……エリー、今、俺の名前……呼んだ……?」
呼べた?
本当に?
俺の空耳じゃない?
「ああ、呼んだ! ナナセ、ナナセ、何度でも呼ぼう! ナナセ!」
言ってるうちにテンションが上がって来たのか、エリアスは俺を抱き上げて、その場でくるくる回りだした。
これ、前にもやられたけど、エリアスがテンション上がったときの癖なのかな。
「ナナセ、思い出した、ナナセ! 全部思い出した!」
「思い出したって、呪いが解けたのか!?」
「ああ」
エリアスは俺の目が回る前にピタリと回るのを止め、けれどまだ俺を抱き上げたままで答えた。
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