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第二章 魔王復活
〇〇七 林檎の花の季節は過ぎている③
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それから少しお互いのことも話した。
ヒューはあの農村に住む農家の息子で十四歳だという。
魔族に強いられて俺を罠に掛けたことを何度も何度も謝られ、エリアスが俺に謝られると困った顔をするときの気持ちがよく分かった。
「あのな、ヒュー。こういうとき俺は、謝られるより『ありがとう』って言われた方が嬉しいんだ」
俺がそう言うと、ヒューは再び謝りかけたが途中で思い直して「あ、ありがとうございます」と言った。
なかなかの環境適応能力だ。
そう、環境適応能力と言えば、魔王に抱かれながら俺は、生存本能からか、無意識に何度も自分を治癒してしまっていたらしい。
これは魔王が俺の身体中に付けていたはずの鬱血痕が消えているから分かったことだが、道理で肛門括約筋が衰え知らずなわけだ。
治癒する側から贄が捧げられるんだから、まるで永久機関だな。
そんな永久機関は御免被るが。
そこでヒューが突然ピタリと動きを止めて扉の方を見たので、俺も釣られてそっちを見ると、部屋の扉が開け放たれた。
「ご機嫌いかがかな、聖者殿」
魔王だ。
両手に真っ黒なベルベットで出来たような薔薇の大きな花束を抱えていて、ついでに首から玻璃の涙壺まで提げている。
そうだよ。例の、俺の陰毛を入れてたやつだよ。
悪趣味が過ぎるだろ。
「……たった今、最悪な気分になった」
「それはよかった。俺がいない間はこの薔薇で癒されるといい。おい、そこのお前、これを後で活けておけ。それからもう下がれ」
魔王は戸惑うヒューに薔薇を預けて下がらせると、俺が身体に巻き付けていたブランケットを剥ぎ取り、鎖を掴んでベッドまで引き摺って行かれる。
容赦なく仰向けにひっくり返されたかと思うと、魔王は靴も脱がずに俺の上に乗っかってきた。
やっぱりまたそうなるわけか。
「……薔薇は嫌いだ」
「そうか、嫌いか。では、何の花が好きなんだ?」
どうやら魔王は、俺が嫌がっているところを見るのが好きらしく、指の背で頬を撫でられながら実に楽しそうに訊かれる。
それに顔を逸らしながら考えていたのは、エリアスと過ごしたブルーメンタール辺境伯領の花咲く谷のことだった。
辺境伯領はヴェイラの王都より北に位置しているため、夏が来るのが一か月ほど遅い。
俺が行った頃は、丁度林檎の花の時期で、谷あいを埋め尽くす林檎の花が、まるで吉野の桜のようで、言葉を失うほどの美しさだったのを覚えている。
エリアスは、その林檎の花で指輪を作ってくれたのだ。
俺は嬉しくて、それをドライフラワーにして硝子の小物入れにしまって大事にとってある。
「……林檎」
気付けばそう呟いていた。
「ふむ。林檎の花の季節は過ぎているな。果実の方なら用意できるが……」
「花なんていいから食事をどうにかしろよ」
「なんだ、手長海老は嫌いだったか? 寝言で手長海老と叫んでいたから、てっきり好物なのかと思って用意させたのだが」
「あれは旨かったよ。だからヒューの分も俺と同じものを用意しろって言ってんだ」
「ヒュー?」
俺の乳首を愛撫し始めた魔王は、ヒューが誰だか素で分からないし、どうでもいいという反応だ。
「お前らが脅して攫ってきた村の子だよ。あと、やることなくてつまんねえから本か何か持ってこさせろ」
「……本か。それは気付かなかったな。よかろう。食事も善処しよう。他に何か望みはないか?」
正直、裸族でいるのはつらいものがあるので、何か着るものが欲しかったが、エリアスに貰った制服を引き裂いた奴から貰った服なんて着たくないし、また破かれた服で手足を拘束されては堪ったもんじゃないから言わなかった。
だからその代わりに、魔王が絶対聞き入れられないだろう要求を言ってやる。
「今すぐ俺をエリアスのとこに帰せ」
「それは駄目だ」
機嫌を損ねた魔王に徐に唇を重ねられ、侵入してきた舌を俺は今度こそ思い切り噛んでやった。
魔王は激昂し、怒りに任せてその日は酷くされたが、優しく抱かれるよりずっと良い。
魔王なんかに気持ち良くさせれるのなんて御免だ。
大丈夫、大丈夫だ。
俺はまだ大丈夫。
男だし妊娠するわけでもないし、これくらい何てことない。
酷くされて怪我をしたって自分で治せる。
すぐにエリアスが助けに来てくれる。
それまでしっかりしないと。
ヒューはあの農村に住む農家の息子で十四歳だという。
魔族に強いられて俺を罠に掛けたことを何度も何度も謝られ、エリアスが俺に謝られると困った顔をするときの気持ちがよく分かった。
「あのな、ヒュー。こういうとき俺は、謝られるより『ありがとう』って言われた方が嬉しいんだ」
俺がそう言うと、ヒューは再び謝りかけたが途中で思い直して「あ、ありがとうございます」と言った。
なかなかの環境適応能力だ。
そう、環境適応能力と言えば、魔王に抱かれながら俺は、生存本能からか、無意識に何度も自分を治癒してしまっていたらしい。
これは魔王が俺の身体中に付けていたはずの鬱血痕が消えているから分かったことだが、道理で肛門括約筋が衰え知らずなわけだ。
治癒する側から贄が捧げられるんだから、まるで永久機関だな。
そんな永久機関は御免被るが。
そこでヒューが突然ピタリと動きを止めて扉の方を見たので、俺も釣られてそっちを見ると、部屋の扉が開け放たれた。
「ご機嫌いかがかな、聖者殿」
魔王だ。
両手に真っ黒なベルベットで出来たような薔薇の大きな花束を抱えていて、ついでに首から玻璃の涙壺まで提げている。
そうだよ。例の、俺の陰毛を入れてたやつだよ。
悪趣味が過ぎるだろ。
「……たった今、最悪な気分になった」
「それはよかった。俺がいない間はこの薔薇で癒されるといい。おい、そこのお前、これを後で活けておけ。それからもう下がれ」
魔王は戸惑うヒューに薔薇を預けて下がらせると、俺が身体に巻き付けていたブランケットを剥ぎ取り、鎖を掴んでベッドまで引き摺って行かれる。
容赦なく仰向けにひっくり返されたかと思うと、魔王は靴も脱がずに俺の上に乗っかってきた。
やっぱりまたそうなるわけか。
「……薔薇は嫌いだ」
「そうか、嫌いか。では、何の花が好きなんだ?」
どうやら魔王は、俺が嫌がっているところを見るのが好きらしく、指の背で頬を撫でられながら実に楽しそうに訊かれる。
それに顔を逸らしながら考えていたのは、エリアスと過ごしたブルーメンタール辺境伯領の花咲く谷のことだった。
辺境伯領はヴェイラの王都より北に位置しているため、夏が来るのが一か月ほど遅い。
俺が行った頃は、丁度林檎の花の時期で、谷あいを埋め尽くす林檎の花が、まるで吉野の桜のようで、言葉を失うほどの美しさだったのを覚えている。
エリアスは、その林檎の花で指輪を作ってくれたのだ。
俺は嬉しくて、それをドライフラワーにして硝子の小物入れにしまって大事にとってある。
「……林檎」
気付けばそう呟いていた。
「ふむ。林檎の花の季節は過ぎているな。果実の方なら用意できるが……」
「花なんていいから食事をどうにかしろよ」
「なんだ、手長海老は嫌いだったか? 寝言で手長海老と叫んでいたから、てっきり好物なのかと思って用意させたのだが」
「あれは旨かったよ。だからヒューの分も俺と同じものを用意しろって言ってんだ」
「ヒュー?」
俺の乳首を愛撫し始めた魔王は、ヒューが誰だか素で分からないし、どうでもいいという反応だ。
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