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番外編 勇者の休日
花の指輪②
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先日、騎士団で小耳にはさんだ情報によると、アルビオンには結婚を申し込む際に指輪を贈る風習があるという。
しかもそれは左手の薬指と決まっていて、相場は給料の三か月分だそうだ。
思えば、最初に求婚を断られたのは指輪を贈らなかったせいではないだろうか。
そうだ。きっとそうに違いない。
指輪も用意せず求婚するような非常識な異世界人とは、やっていけないと思われたのだ。
事前にもっとアルビオンの風習について情報収集をしておかなかったことが悔やまれる。
猛アタックの末、ナナセを頷かせることに成功はしているが、指輪を贈る風習があることを知ってしまったからには今からでも贈らなければ格好がつかないし、指輪も贈らない相手と婚約したなどという肩身の狭い思いをナナセにさせたくはない。
というわけで、私は求婚のやり直しをすべく、指輪を用意しなければならないのだが、サイズが分からないという問題に立ち返るわけである。
当初は、寝ている間に測ればいいと安易に考えていたのだが、ナナセはブランケットや枕の端を握って眠る癖があり、敢え無く頓挫していたのだ。
諦めるわけにはいかない私は、この機会に賭けることにした。
谷までは馬で往復半時程だが、ナナセはまだ一人で馬に乗るのは難しいので私が乗せて行った。
ナナセは馬には乗ったことがあるそうで「チョットデキル」と言って、最初は一人で乗ろうとしていたのだが、こちらへ来る前、王宮では「一人で乗るのは自信ない」と言っていたはずで、怪しかったので詳しく聞いてみれば、座学を含む五時間程度の乗馬講習を一度受けただけということが判明する。
それで一人で乗ろうとしていたのかと思うと背筋が凍った。
「自分では『チョットデキル』レベルだと思ってたんだけど、エリーから見ると『完全に理解した』レベルだったか。せめて『なにもわからない』程度にはなりたいぜ……」
「待て。それは言葉の意味を間違えて覚えている訳ではないのか?」
「意味は分かってる。達人ほど謙虚だってことだな」
「なるほど、そういう……」
納得しかけて、やはりおかしいだろうことに気付く。
一瞬騙されそうになったが、いざというときナナセが一人で馬に乗れるのに越したことはないので、後で私が責任を持ってナナセに乗馬を教える約束をした。
「今度、軽食を持ってこの辺りでピクニックをするのもいいかも知れないな。泉でボート遊びも出来るからナナセも楽しめるだろう」
「へえ、ボートか! なんか楽しそうだな。それ絶対やろうな。あと、昼飯には海老も入れてくれよ」
「わざわざ伝えるまでもないと思うが、料理長に伝えておこう」
ここは海からは遠いが、川や沼地では大きいもので体長三十センチほどの手長海老が獲れる。
ナナセの口にも合ったようで、料理長からの特別メニューで一日一食は何らかの形でナナセには必ず海老が供されていた。
他愛もない会話を交わしているうちに、私たち二人を乗せた葦毛の馬は、泉を通り過ぎ、草原を抜け、林檎の花が覆い尽くす低い山が連なる谷あいに辿り着く。
「遠くからだと色も花の付き方も桜にしか見えないのに、近くで見ると本当に桜じゃないんだな……」
あんなに見たがっていたくせに、ナナセは少し残念そうに枝に触れて花を見ている。
ここの林檎の木はどれもみな低木なので、ナナセでも容易に花のついた枝に手が届くのだ。
「俺の国に、吉野ってとこがあって、ここって丁度そこの桜みたいなんだよ」
どうやらナナセは林檎の花が故郷の花に似ていて、それでここへ来たがっていたようだ。
ナナセの言う桜とは、さくらんぼの木とは違う品種らしい。
私はその桜の木も花も知らない。
それが少し面白くなくて、ブチブチとその辺の林檎の花を毟っていると、ナナセが呆れた声で嗜めてくる。
「エリー、そんなに毟っちゃ可哀想だろ」
可哀想なのは私の方だ。
ナナセは林檎の木にさえ心を砕くというのに、どうして私にはその半分も気遣ってくれないのか。
「……いいんだ。これは必要なものだから」
「何に使うんだ?」
八つ当たりしていたことを誤魔化すために、毟った林檎の花で指輪を編んだ。
林檎の花は、花柄が白詰草ほど長くはないので、花冠を作るのには適さないが、指輪くらいなら編める。
「ナナセ、左手を出して」
「指輪くれんのか?」
指輪と左手ときて察したらしい。
林檎の花で作った指輪をナナセの左手の薬指に填めてサイズを調整しているのを、ナナセは少し緊張した様子でじっと見ている。
「俺、桜より林檎の花のほうが好きかも」
ぽつりと零されたその言葉だけでもう、私は報われたのだ――。
しかもそれは左手の薬指と決まっていて、相場は給料の三か月分だそうだ。
思えば、最初に求婚を断られたのは指輪を贈らなかったせいではないだろうか。
そうだ。きっとそうに違いない。
指輪も用意せず求婚するような非常識な異世界人とは、やっていけないと思われたのだ。
事前にもっとアルビオンの風習について情報収集をしておかなかったことが悔やまれる。
猛アタックの末、ナナセを頷かせることに成功はしているが、指輪を贈る風習があることを知ってしまったからには今からでも贈らなければ格好がつかないし、指輪も贈らない相手と婚約したなどという肩身の狭い思いをナナセにさせたくはない。
というわけで、私は求婚のやり直しをすべく、指輪を用意しなければならないのだが、サイズが分からないという問題に立ち返るわけである。
当初は、寝ている間に測ればいいと安易に考えていたのだが、ナナセはブランケットや枕の端を握って眠る癖があり、敢え無く頓挫していたのだ。
諦めるわけにはいかない私は、この機会に賭けることにした。
谷までは馬で往復半時程だが、ナナセはまだ一人で馬に乗るのは難しいので私が乗せて行った。
ナナセは馬には乗ったことがあるそうで「チョットデキル」と言って、最初は一人で乗ろうとしていたのだが、こちらへ来る前、王宮では「一人で乗るのは自信ない」と言っていたはずで、怪しかったので詳しく聞いてみれば、座学を含む五時間程度の乗馬講習を一度受けただけということが判明する。
それで一人で乗ろうとしていたのかと思うと背筋が凍った。
「自分では『チョットデキル』レベルだと思ってたんだけど、エリーから見ると『完全に理解した』レベルだったか。せめて『なにもわからない』程度にはなりたいぜ……」
「待て。それは言葉の意味を間違えて覚えている訳ではないのか?」
「意味は分かってる。達人ほど謙虚だってことだな」
「なるほど、そういう……」
納得しかけて、やはりおかしいだろうことに気付く。
一瞬騙されそうになったが、いざというときナナセが一人で馬に乗れるのに越したことはないので、後で私が責任を持ってナナセに乗馬を教える約束をした。
「今度、軽食を持ってこの辺りでピクニックをするのもいいかも知れないな。泉でボート遊びも出来るからナナセも楽しめるだろう」
「へえ、ボートか! なんか楽しそうだな。それ絶対やろうな。あと、昼飯には海老も入れてくれよ」
「わざわざ伝えるまでもないと思うが、料理長に伝えておこう」
ここは海からは遠いが、川や沼地では大きいもので体長三十センチほどの手長海老が獲れる。
ナナセの口にも合ったようで、料理長からの特別メニューで一日一食は何らかの形でナナセには必ず海老が供されていた。
他愛もない会話を交わしているうちに、私たち二人を乗せた葦毛の馬は、泉を通り過ぎ、草原を抜け、林檎の花が覆い尽くす低い山が連なる谷あいに辿り着く。
「遠くからだと色も花の付き方も桜にしか見えないのに、近くで見ると本当に桜じゃないんだな……」
あんなに見たがっていたくせに、ナナセは少し残念そうに枝に触れて花を見ている。
ここの林檎の木はどれもみな低木なので、ナナセでも容易に花のついた枝に手が届くのだ。
「俺の国に、吉野ってとこがあって、ここって丁度そこの桜みたいなんだよ」
どうやらナナセは林檎の花が故郷の花に似ていて、それでここへ来たがっていたようだ。
ナナセの言う桜とは、さくらんぼの木とは違う品種らしい。
私はその桜の木も花も知らない。
それが少し面白くなくて、ブチブチとその辺の林檎の花を毟っていると、ナナセが呆れた声で嗜めてくる。
「エリー、そんなに毟っちゃ可哀想だろ」
可哀想なのは私の方だ。
ナナセは林檎の木にさえ心を砕くというのに、どうして私にはその半分も気遣ってくれないのか。
「……いいんだ。これは必要なものだから」
「何に使うんだ?」
八つ当たりしていたことを誤魔化すために、毟った林檎の花で指輪を編んだ。
林檎の花は、花柄が白詰草ほど長くはないので、花冠を作るのには適さないが、指輪くらいなら編める。
「ナナセ、左手を出して」
「指輪くれんのか?」
指輪と左手ときて察したらしい。
林檎の花で作った指輪をナナセの左手の薬指に填めてサイズを調整しているのを、ナナセは少し緊張した様子でじっと見ている。
「俺、桜より林檎の花のほうが好きかも」
ぽつりと零されたその言葉だけでもう、私は報われたのだ――。
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異世界で聖者やってたら勇者に求婚されたんだが
第一章 聖者降臨
📖文庫版(紙の書籍)
📖Kindle(電子書籍)
📖BOOK☆WALKER(電子書籍)
次章続巻も順次刊行予定
OLOLON
※この作品の出版権は作者本人に帰属しています。詳しくはこちらを参照してください。
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