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第一章 聖者降臨

〇四四 その手でナナセを殺してから死ね②

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親父はそれには答えず「フン」と鼻で笑って話を続けた。

「……闇魔法ってのは生贄にグレードがあってな。徹頭徹尾、粗食で済ませてりゃあ問題はないんだが、一度グレードを上げちまうと下げられねえんだ。つまりナナセが自分でシコッてるうちは良かったが、途中から勇者様の子種にグレードアップしちまったんだろう? だから、そこからはもう下げられない」

なっ!?
それって俺がこうなっちゃったのほぼエリアスのせいじゃねえか!
俺はあのとき、求婚された直後に身体が贄を求めて発情しちゃってて、可及的速やかにお引き取り願いたかったのに、強引に事に及んだのは他ならぬエリアスだからな!
このお馬鹿!
どうしてくれるんだよ!

普段スカしてるくせに時々頭のネジが抜けちゃうんだよな。エリアスって。
俺を捜しに海に行っちゃったときとか、聖者のメダイユを自慢してたフリードリヒ陛下を遣り込めたときとか、白騎士隊の隊員に揶揄われたときとか。
あれ……?
それって全部俺に関することじゃないか?
俺に関することになるとエリアスはポンコツになる?
エリアスてめえ、後で話があるから覚えてろよ!

だが、同時にほっとしている自分にも気付く。
エリアスは迷惑じゃないとは言ってくれてはいたけど、治癒を施すたびに迷惑をかけているんじゃないかっていう不安や罪悪感はどうしても拭えない。
それが全部エリアスのせいだったならば、俺が後ろめたい思いをすることは一切なかったわけだ。
これからもずっと――。

「ここまで言やあわかるだろ? あっちの世界にもこの世界にも、勇者であるオマエ以上のグレードの奴なんていないんだ。可能性があるとすれば勇者に匹敵する力を持つ魔王の子種くらいだが、その魔王はオマエが倒しちまったとくる。生贄を捧げられなくなった闇魔法士の末路は悲惨だ」

淡々と語られる内容に、ゴクリと生唾を飲み込んだのは俺だったのかエリアスだったのか、それとも二人共だったのか。
――生贄を捧げられなくなった闇魔法士の末路。
俺は一度それを経験している。
フリードリヒ陛下の怪我を治癒した後、迎えに来た船の中でフリードリヒ陛下とルートヴィヒ殿下から緊急避難的に子種を貰っていたんだけど贄にはならなくて、ひたすら「無理」と「しんどい」を繰り返す語彙力のない腐女子みたいになっちゃってたときのことだ。
エリアスもそのときの俺の状態を見ている。
自分のものではない意思に支配され、自分が自分でなくなる感覚は今思い出しても恐ろしい。
戦慄する俺たちに、親父は更なる現実を突きつけた。

「勇者様、アンタ、絶対にナナセより先に死ぬなよ? もしもそれが難しい状況に陥ったら、オマエがその手でナナセを殺してから死ね」

それどういう状況!?
エリアスが俺を殺す!?
それこそ無理ゲーだろ!?
だってエリアス俺に無茶苦茶甘いぞ!?
どっちかっていうと命に代えても護ってくれる感じだぞ!?
これにはエリアスも息を呑み、流石にすぐには返答しかねるようで言葉に詰まる。

「コイツと一緒になるってことはそういう面倒臭ェことが死ぬまで付き纏うんだ。オマエにその覚悟があるか? オマエにそれが出来るか? まあ、出来なくてもやって貰うしかないんだが」

その言葉にエリアスは一度俺を見て、それから真っすぐ親父に向き直った。
エリアスはなんて答えるんだろう。
俺が固唾を飲んでその整った横顔を見守る中、エリアスは静かに口を開いた。

「死ぬときは一緒です」

異世界心中!?
なにそのメリーバッドエンド!
やっぱり俺エリアスに殺されちゃうのかよ!?
全力で回避したい!

その答えに少なからずショックを受けたが、不図、エリアスに殺されるところを想うと、それはそれでいいような気がして自分でも驚いた。
それは、きっと甘い誘惑に違いない。
生憎と俺は死を美化するような思想は持ち合わせていないが、最期に俺を苦しみから解き放ってくれるのは、なんとなくエリアスのような気がする。
それがエリアスならいい。
エリアスがいい。
きっともう苦しむことはないんだと思うと、何故だかとても安心したのだ。
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