異世界で聖者やってたら勇者に求婚されたんだが

マハラメリノ

文字の大きさ
上 下
59 / 266
番外編 勇者の休日

王宮の鳥籠②

しおりを挟む
ナナセの理想とする生活とはどのようなものかと訊ねると、ナナセは顔を上げ、困ったように眉尻を下げた。

「決まった時間に寝起きして飯食って仕事や勉強して、市場に買い物に行ったり、近所の人やガキと話したり、時々でいいから、どこかに遊びにも行きたい。俺の安全のためだってことは分かってるけど、こんな風に何もやることなくて、ひとりで部屋に引き籠っているのはつらい」

――なるほど。どうやらナナセは診療所にいた頃のような生活に戻りたいらしい。

「そういうことだったか……」

フリードリヒ陛下もルートヴィヒ殿下も、ナナセに良かれと思い、見当違いなもてなしをしていたようだ。
これは早急に手を打たなければ、ナナセが参ってしまいそうな案件だった。

しかし、聖者ナナセが帰国したとの報を受け、診療所にも連日人が詰め掛けていると所長から聞いている。
暫くは、荷物を取りに戻ることも出来ないどころか、所長に会いに行くことすら適わないだろう。
折角手に入れたナナセを手放すつもりは毛頭ないので、診療所に戻す考えを早々に排除していたことが仇になったか。

ナナセの生まれ育った国では、貧富の差はあれど身分制度が廃止されていて、皇帝の他は、国民は皆平等で貴族や平民という身分がないのだと、昨夜ルートヴィヒ殿下に招待された晩餐の席で聞いた。
その他にも政治や文化など、商人たちとはまた違った視点から見た異世界の興味深い話を沢山して、殿下はすっかりナナセに夢中になっていたようだ。

ルートヴィヒ殿下は、あの方は危ない。
優男のような見た目をして、国のためなら何でも――それこそ己の命でさえも犠牲に出来る冷徹な方だ。
殿下は暴君になりそうな性格ではないにしても、それでもナナセを政治利用させるわけにはいかない。
だが、そんな殿下でも、やはり一度でも身体の関係を結んだ相手を使い捨てるには躊躇いがあるだろう。
私にとって非常に不本意ではあるが、ここへきてナナセが殿下と身体の関係を持っていたことに救われるかも知れないとは何とも皮肉なことである。
殿下はナナセを国のための最後の切り札として取っておくだろうし、多少なりとも情が移った相手を手札として切るときに一瞬でも躊躇いが生まれるなら、それは私にとっての勝機でしかない。
王子一人斬って捨てるくらいなら造作もないが、そういった私の行動を読めない殿下ではないだろう。

昨夜の晩餐での様子を間近で見ていた私は、ナナセをあまり長くこの宮殿に置いておくのは宜しくないと思っていたところでもある。

「ナナセ、もしよかったらなんだが――」

両手でナナセの頬を包み込んで上向かせながらそう切り出す。
こうなればもう、ナナセを連れて行けるのは、あそこしかない。
もとより、遅かれ早かれ連れて行くつもりではあったのだから。
後はナナセが「うん」と言ってくれさえすればいいのだが――。

「――騒ぎが落ち着くまでの間、私の実家で過ごさないか?」聊か唐突ではあるが、予てより考えていた、私の実家であるブルーメンタール辺境伯領行きを提案してみると、焦げ茶色の瞳が零れ落ちそうなほど見開かれた。
髪と同じく黒だとばかり思っていたナナセの瞳は、間近で見れば濃い茶色で琥珀色の虹彩が混じっていることを今では私も知っている。

「えっ、エリーの実家って、ブルーメンタール辺境伯の城だろ……!? 行く行く! 行きたい!」

ナナセを鳥籠に囲っておきたいこの国の重鎮たちも、私が婚約者を両親に紹介するという建前があれば、止めることは出来ないだろう。

「エルフ領との国境都市で賑やかで活気もあるが、王都よりは静かだし、私も暫く戻っていないから私やナナセの顔を知る者も少ない。それにナナセが来てくれたら私の両親も喜ぶと……」
「だから行くって! 何時から行ける? すぐ出る?」
「え、行く……? 今そう言ったか?」
「言った! 四回も言ったぜ!」

予想外の食いつきっぷりに反応が遅れた。
ナナセは私の腕から抜け出して、今にも自分で荷物を纏めかねない勢いだ。

「……いいのか?」
「どうやって行くんだ? 馬か? 俺、馬はちょっとまだ一人で乗るのは自信ないけど、エミューならルッツに教えて貰ったから一人で乗れると思うぜ」
「何故殿下に……? いや、移動は転移門があるからそれで行く」
「最高かよ!」
しおりを挟む
異世界で聖者やってたら勇者に求婚されたんだが
第一章 聖者降臨


📖文庫版(紙の書籍)
📖Kindle(電子書籍)
📖BOOK☆WALKER(電子書籍)

次章続巻も順次刊行予定
OLOLON

※この作品の出版権は作者本人に帰属しています。詳しくはこちらを参照してください。
感想 21

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

怒られるのが怖くて体調不良を言えない大人

こじらせた処女
BL
 幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。 しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。 「風邪をひくことは悪いこと」 社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。 とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。 それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?

ある日、人気俳優の弟になりました。

雪 いつき
BL
母の再婚を期に、立花優斗は人気若手俳優、橘直柾の弟になった。顔良し性格良し真面目で穏やかで王子様のような人。そんな評判だったはずが……。 「俺の命は、君のものだよ」 初顔合わせの日、兄になる人はそう言って綺麗に笑った。とんでもない人が兄になってしまった……と思ったら、何故か大学の先輩も優斗を可愛いと言い出して……? 平凡に生きたい19歳大学生と、24歳人気若手俳優、21歳文武両道大学生の三角関係のお話。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

アルファな俺が最推しを救う話〜どうして俺が受けなんだ?!〜

車不
BL
5歳の誕生日に階段から落ちて頭を打った主人公は、自身がオメガバースの世界を舞台にしたBLゲームに転生したことに気づく。「よりにもよってレオンハルトに転生なんて…悪役じゃねぇか!!待てよ、もしかしたらゲームで死んだ最推しの異母兄を助けられるかもしれない…」これは第二の性により人々の人生や生活が左右される世界に疑問を持った主人公が、最推しの死を阻止するために奮闘する物語である。

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします

み馬
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 設定ゆるめ、造語、出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。 ★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

処理中です...