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番外編 勇者の休日
王宮の鳥籠②
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ナナセの理想とする生活とはどのようなものかと訊ねると、ナナセは顔を上げ、困ったように眉尻を下げた。
「決まった時間に寝起きして飯食って仕事や勉強して、市場に買い物に行ったり、近所の人やガキと話したり、時々でいいから、どこかに遊びにも行きたい。俺の安全のためだってことは分かってるけど、こんな風に何もやることなくて、ひとりで部屋に引き籠っているのはつらい」
――なるほど。どうやらナナセは診療所にいた頃のような生活に戻りたいらしい。
「そういうことだったか……」
フリードリヒ陛下もルートヴィヒ殿下も、ナナセに良かれと思い、見当違いなもてなしをしていたようだ。
これは早急に手を打たなければ、ナナセが参ってしまいそうな案件だった。
しかし、聖者ナナセが帰国したとの報を受け、診療所にも連日人が詰め掛けていると所長から聞いている。
暫くは、荷物を取りに戻ることも出来ないどころか、所長に会いに行くことすら適わないだろう。
折角手に入れたナナセを手放すつもりは毛頭ないので、診療所に戻す考えを早々に排除していたことが仇になったか。
ナナセの生まれ育った国では、貧富の差はあれど身分制度が廃止されていて、皇帝の他は、国民は皆平等で貴族や平民という身分がないのだと、昨夜ルートヴィヒ殿下に招待された晩餐の席で聞いた。
その他にも政治や文化など、商人たちとはまた違った視点から見た異世界の興味深い話を沢山して、殿下はすっかりナナセに夢中になっていたようだ。
ルートヴィヒ殿下は、あの方は危ない。
優男のような見た目をして、国のためなら何でも――それこそ己の命でさえも犠牲に出来る冷徹な方だ。
殿下は暴君になりそうな性格ではないにしても、それでもナナセを政治利用させるわけにはいかない。
だが、そんな殿下でも、やはり一度でも身体の関係を結んだ相手を使い捨てるには躊躇いがあるだろう。
私にとって非常に不本意ではあるが、ここへきてナナセが殿下と身体の関係を持っていたことに救われるかも知れないとは何とも皮肉なことである。
殿下はナナセを国のための最後の切り札として取っておくだろうし、多少なりとも情が移った相手を手札として切るときに一瞬でも躊躇いが生まれるなら、それは私にとっての勝機でしかない。
王子一人斬って捨てるくらいなら造作もないが、そういった私の行動を読めない殿下ではないだろう。
昨夜の晩餐での様子を間近で見ていた私は、ナナセをあまり長くこの宮殿に置いておくのは宜しくないと思っていたところでもある。
「ナナセ、もしよかったらなんだが――」
両手でナナセの頬を包み込んで上向かせながらそう切り出す。
こうなればもう、ナナセを連れて行けるのは、あそこしかない。
もとより、遅かれ早かれ連れて行くつもりではあったのだから。
後はナナセが「うん」と言ってくれさえすればいいのだが――。
「――騒ぎが落ち着くまでの間、私の実家で過ごさないか?」聊か唐突ではあるが、予てより考えていた、私の実家であるブルーメンタール辺境伯領行きを提案してみると、焦げ茶色の瞳が零れ落ちそうなほど見開かれた。
髪と同じく黒だとばかり思っていたナナセの瞳は、間近で見れば濃い茶色で琥珀色の虹彩が混じっていることを今では私も知っている。
「えっ、エリーの実家って、ブルーメンタール辺境伯の城だろ……!? 行く行く! 行きたい!」
ナナセを鳥籠に囲っておきたいこの国の重鎮たちも、私が婚約者を両親に紹介するという建前があれば、止めることは出来ないだろう。
「エルフ領との国境都市で賑やかで活気もあるが、王都よりは静かだし、私も暫く戻っていないから私やナナセの顔を知る者も少ない。それにナナセが来てくれたら私の両親も喜ぶと……」
「だから行くって! 何時から行ける? すぐ出る?」
「え、行く……? 今そう言ったか?」
「言った! 四回も言ったぜ!」
予想外の食いつきっぷりに反応が遅れた。
ナナセは私の腕から抜け出して、今にも自分で荷物を纏めかねない勢いだ。
「……いいのか?」
「どうやって行くんだ? 馬か? 俺、馬はちょっとまだ一人で乗るのは自信ないけど、エミューならルッツに教えて貰ったから一人で乗れると思うぜ」
「何故殿下に……? いや、移動は転移門があるからそれで行く」
「最高かよ!」
「決まった時間に寝起きして飯食って仕事や勉強して、市場に買い物に行ったり、近所の人やガキと話したり、時々でいいから、どこかに遊びにも行きたい。俺の安全のためだってことは分かってるけど、こんな風に何もやることなくて、ひとりで部屋に引き籠っているのはつらい」
――なるほど。どうやらナナセは診療所にいた頃のような生活に戻りたいらしい。
「そういうことだったか……」
フリードリヒ陛下もルートヴィヒ殿下も、ナナセに良かれと思い、見当違いなもてなしをしていたようだ。
これは早急に手を打たなければ、ナナセが参ってしまいそうな案件だった。
しかし、聖者ナナセが帰国したとの報を受け、診療所にも連日人が詰め掛けていると所長から聞いている。
暫くは、荷物を取りに戻ることも出来ないどころか、所長に会いに行くことすら適わないだろう。
折角手に入れたナナセを手放すつもりは毛頭ないので、診療所に戻す考えを早々に排除していたことが仇になったか。
ナナセの生まれ育った国では、貧富の差はあれど身分制度が廃止されていて、皇帝の他は、国民は皆平等で貴族や平民という身分がないのだと、昨夜ルートヴィヒ殿下に招待された晩餐の席で聞いた。
その他にも政治や文化など、商人たちとはまた違った視点から見た異世界の興味深い話を沢山して、殿下はすっかりナナセに夢中になっていたようだ。
ルートヴィヒ殿下は、あの方は危ない。
優男のような見た目をして、国のためなら何でも――それこそ己の命でさえも犠牲に出来る冷徹な方だ。
殿下は暴君になりそうな性格ではないにしても、それでもナナセを政治利用させるわけにはいかない。
だが、そんな殿下でも、やはり一度でも身体の関係を結んだ相手を使い捨てるには躊躇いがあるだろう。
私にとって非常に不本意ではあるが、ここへきてナナセが殿下と身体の関係を持っていたことに救われるかも知れないとは何とも皮肉なことである。
殿下はナナセを国のための最後の切り札として取っておくだろうし、多少なりとも情が移った相手を手札として切るときに一瞬でも躊躇いが生まれるなら、それは私にとっての勝機でしかない。
王子一人斬って捨てるくらいなら造作もないが、そういった私の行動を読めない殿下ではないだろう。
昨夜の晩餐での様子を間近で見ていた私は、ナナセをあまり長くこの宮殿に置いておくのは宜しくないと思っていたところでもある。
「ナナセ、もしよかったらなんだが――」
両手でナナセの頬を包み込んで上向かせながらそう切り出す。
こうなればもう、ナナセを連れて行けるのは、あそこしかない。
もとより、遅かれ早かれ連れて行くつもりではあったのだから。
後はナナセが「うん」と言ってくれさえすればいいのだが――。
「――騒ぎが落ち着くまでの間、私の実家で過ごさないか?」聊か唐突ではあるが、予てより考えていた、私の実家であるブルーメンタール辺境伯領行きを提案してみると、焦げ茶色の瞳が零れ落ちそうなほど見開かれた。
髪と同じく黒だとばかり思っていたナナセの瞳は、間近で見れば濃い茶色で琥珀色の虹彩が混じっていることを今では私も知っている。
「えっ、エリーの実家って、ブルーメンタール辺境伯の城だろ……!? 行く行く! 行きたい!」
ナナセを鳥籠に囲っておきたいこの国の重鎮たちも、私が婚約者を両親に紹介するという建前があれば、止めることは出来ないだろう。
「エルフ領との国境都市で賑やかで活気もあるが、王都よりは静かだし、私も暫く戻っていないから私やナナセの顔を知る者も少ない。それにナナセが来てくれたら私の両親も喜ぶと……」
「だから行くって! 何時から行ける? すぐ出る?」
「え、行く……? 今そう言ったか?」
「言った! 四回も言ったぜ!」
予想外の食いつきっぷりに反応が遅れた。
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「何故殿下に……? いや、移動は転移門があるからそれで行く」
「最高かよ!」
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異世界で聖者やってたら勇者に求婚されたんだが
第一章 聖者降臨
📖文庫版(紙の書籍)
📖Kindle(電子書籍)
📖BOOK☆WALKER(電子書籍)
次章続巻も順次刊行予定
OLOLON
※この作品の出版権は作者本人に帰属しています。詳しくはこちらを参照してください。
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