異世界で聖者やってたら勇者に求婚されたんだが

マハラメリノ

文字の大きさ
上 下
58 / 266
番外編 勇者の休日

王宮の鳥籠①

しおりを挟む
獣人領からヴェイラへ帰国すると、これまでの日々がまるで夢だったかのようにまた元通りの日常が訪れた――なんてことはなく、ヴェイラ王国ヴェルスパ王宮のベランダから王族に続いて私とナナセが二人揃って無事な姿を披露すれば、一般庶民から貴族に至るまであらゆる立場や身分の民から予想以上に盛大な歓待を受けた。
魔王討伐から戻った時の数倍の歓迎っぷりなので複雑な気分ではあるが、私とナナセの幸せを祝ってくれているのだと素直に受け止めて置こう。

一方、これまで王族の前ですら物怖じせず堂々と振舞っていたナナセも群衆となると苦手なようで、強がってはいるがこれには完全に委縮して怯えてしまっていた。
恐らく、獣人領の城内の広場で治癒を施した際に、熱狂的な信徒と化した群衆に飲まれかけた記憶が蘇るのだろう。
幸い大事には至らなかったものの、あのときは私も下手を打ってしまったことを不甲斐なく思う。

そこで急遽、ナナセの身の安全を考慮して暫くこのヴェルスパ王宮へ滞在するようにという女王陛下から申し出を受けることになったのだが、現在、ナナセは酷くご機嫌斜めだ。
どうもルートヴィヒ殿下が手配させたという宮殿内の部屋がお気に召さなかったらしい。
フリードリヒ陛下がアルブム城でナナセのために用意させた部屋に対抗してとのことだとは思うが、ナナセの様子を窺うに完全に逆効果だったようで、王族同士の争いを高みの見物する身としては胸のすく思いだ。

今も鳥の巣を模したカウチソファーで卵型のクッションに埋もれるようにして不貞寝している。
殿下に呼ばれて少し席を外していたから、一人で詰まらなかったのだろう。

鳥を主題にしているらしいこの部屋は、鳥籠型のベッドを始め、調度品や壁紙や天井に至るまで白とピンクと金で統一されていて、他の男が用意したことを抜きにすれば、ナナセにとてもよく似合っていた。

以前、ナナセは白が好きだと言っていたが、実際その象牙色の肌が最も良く映えるのは、白よりも淡いピンクだと私は密かに主張したい。
淡いピンク色のシーツの上で官能に乱れる肢体には劣情を禁じ得ず、昨夜は果てしなく求めてしまった。
流石に少ししつこかったかも知れないと反省したが、今夜も同じことをしないとは言い切れない。

フリードリヒ陛下がアルブム城に用意した夜空のような部屋も私などは流石のセンスだと唸ったものなのだが、当人は気に入らなかったようだし、ナナセの好みはなかなかに難しい。

私は健やかな寝息を立てて眠るナナセを起こさないよう細心の注意を払いながら、卵型のクッションの上に無造作に散る艶やかな黒髪をさらさらと指先で梳き、指通りのいい髪質を楽しんだ。
この世界へ来た頃は、耳に掛かるか掛からないか程度に短かった髪は、舞踏会の前に私の侍従のエミールが少し全体の毛先の長さを整えたが、それでも今はサイドや後ろ髪は肩よりも長い。

診療所にいた頃は、アルビオンへ帰る旅費を貯めるため倹約生活を送っていて、理容師に切って貰うほどの余裕がなく前髪だけは自分で切り、後は伸ばしっぱなしなのだと本人が言っていた。
私塾で授業を受けるときは髪を後ろで一つに結い、商家の子息の平服のような普通の格好をしていたものの、治癒術士の装束は顔を除いて肌も髪も覆い隠してしまうので、それで特に問題ないと思っていたようだ。
そんな生活を送っていたとは知らず、近くにいながら何の力にもなれなかったことが口惜しいが、同時にナナセが髪を切ることができなかったことに少し安心している自分もいる。この黒髪は切ってしまうには惜しい。
調子に乗って地肌にまで指を通して撫でていると、不意にナナセが身動ぎする。

「……エリー?」
「悪い。起こしてしまったか」
「いや、やることなくて寝てただけだから。エリーがいるなら起きる」

起こしてくれというように伸ばしてきた両腕を取って引き起こした途端、私の背に腕を回して甘えるように胸のあたりにしがみついてきた。
想いが通じ合ってからというもの、ナナセは度々こういった不意打ちを仕掛けてくる。私としては大歓迎でしかない。

ただ抱き合っているだけで、服も着たままだというのになんと気持ちの良いことか。
甘い雰囲気のまま、私も鳥の巣の端に腰を下ろして二人で暫くそうしていた。

「この部屋は気に入らないか?」

頃合いをみて訊ねると、ナナセは私の胸に顔を押し付けたまま、ぼそぼそと答える。

「部屋もなんだが、普通に生活出来ないことがつらい……」

その言葉に少なからぬ衝撃を受ける。
なんということだ。
私としたことがナナセにつらい思いをさせていたというのに少しも気が付かなかったとは何たる失態。

「……そう、だったのか。つらい思いをしていたというのに気付けなくてすまない」

だがしかし、このヴェルスパ宮殿でも獣人領のアルブム城でも上げ膳据え膳の何不自由ない生活をしてきたはずだ。それの一体どこがつらいというのだろう。
結婚後の参考までに是非とも訊いておかなければならない。

「ナナセの望む普通とはどういう生活なんだ。教えて欲しい」
しおりを挟む
異世界で聖者やってたら勇者に求婚されたんだが
第一章 聖者降臨


📖文庫版(紙の書籍)
📖Kindle(電子書籍)
📖BOOK☆WALKER(電子書籍)

次章続巻も順次刊行予定
OLOLON

※この作品の出版権は作者本人に帰属しています。詳しくはこちらを参照してください。
感想 21

あなたにおすすめの小説

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

怒られるのが怖くて体調不良を言えない大人

こじらせた処女
BL
 幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。 しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。 「風邪をひくことは悪いこと」 社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。 とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。 それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

神官、触手育成の神託を受ける

彩月野生
BL
神官ルネリクスはある時、神託を受け、密かに触手と交わり快楽を貪るようになるが、傭兵上がりの屈強な将軍アロルフに見つかり、弱味を握られてしまい、彼と肉体関係を持つようになり、苦悩と悦楽の日々を過ごすようになる。 (誤字脱字報告不要)

俺は触手の巣でママをしている!〜卵をいっぱい産んじゃうよ!〜

ミクリ21
BL
触手の巣で、触手達の卵を産卵する青年の話。

一人の騎士に群がる飢えた(性的)エルフ達

ミクリ21
BL
エルフ達が一人の騎士に群がってえちえちする話。

処理中です...