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番外編 勇者の休日
王宮の鳥籠①
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獣人領からヴェイラへ帰国すると、これまでの日々がまるで夢だったかのようにまた元通りの日常が訪れた――なんてことはなく、ヴェイラ王国ヴェルスパ王宮のベランダから王族に続いて私とナナセが二人揃って無事な姿を披露すれば、一般庶民から貴族に至るまであらゆる立場や身分の民から予想以上に盛大な歓待を受けた。
魔王討伐から戻った時の数倍の歓迎っぷりなので複雑な気分ではあるが、私とナナセの幸せを祝ってくれているのだと素直に受け止めて置こう。
一方、これまで王族の前ですら物怖じせず堂々と振舞っていたナナセも群衆となると苦手なようで、強がってはいるがこれには完全に委縮して怯えてしまっていた。
恐らく、獣人領の城内の広場で治癒を施した際に、熱狂的な信徒と化した群衆に飲まれかけた記憶が蘇るのだろう。
幸い大事には至らなかったものの、あのときは私も下手を打ってしまったことを不甲斐なく思う。
そこで急遽、ナナセの身の安全を考慮して暫くこのヴェルスパ王宮へ滞在するようにという女王陛下から申し出を受けることになったのだが、現在、ナナセは酷くご機嫌斜めだ。
どうもルートヴィヒ殿下が手配させたという宮殿内の部屋がお気に召さなかったらしい。
フリードリヒ陛下がアルブム城でナナセのために用意させた部屋に対抗してとのことだとは思うが、ナナセの様子を窺うに完全に逆効果だったようで、王族同士の争いを高みの見物する身としては胸のすく思いだ。
今も鳥の巣を模したカウチソファーで卵型のクッションに埋もれるようにして不貞寝している。
殿下に呼ばれて少し席を外していたから、一人で詰まらなかったのだろう。
鳥を主題にしているらしいこの部屋は、鳥籠型のベッドを始め、調度品や壁紙や天井に至るまで白とピンクと金で統一されていて、他の男が用意したことを抜きにすれば、ナナセにとてもよく似合っていた。
以前、ナナセは白が好きだと言っていたが、実際その象牙色の肌が最も良く映えるのは、白よりも淡いピンクだと私は密かに主張したい。
淡いピンク色のシーツの上で官能に乱れる肢体には劣情を禁じ得ず、昨夜は果てしなく求めてしまった。
流石に少ししつこかったかも知れないと反省したが、今夜も同じことをしないとは言い切れない。
フリードリヒ陛下がアルブム城に用意した夜空のような部屋も私などは流石のセンスだと唸ったものなのだが、当人は気に入らなかったようだし、ナナセの好みはなかなかに難しい。
私は健やかな寝息を立てて眠るナナセを起こさないよう細心の注意を払いながら、卵型のクッションの上に無造作に散る艶やかな黒髪をさらさらと指先で梳き、指通りのいい髪質を楽しんだ。
この世界へ来た頃は、耳に掛かるか掛からないか程度に短かった髪は、舞踏会の前に私の侍従のエミールが少し全体の毛先の長さを整えたが、それでも今はサイドや後ろ髪は肩よりも長い。
診療所にいた頃は、アルビオンへ帰る旅費を貯めるため倹約生活を送っていて、理容師に切って貰うほどの余裕がなく前髪だけは自分で切り、後は伸ばしっぱなしなのだと本人が言っていた。
私塾で授業を受けるときは髪を後ろで一つに結い、商家の子息の平服のような普通の格好をしていたものの、治癒術士の装束は顔を除いて肌も髪も覆い隠してしまうので、それで特に問題ないと思っていたようだ。
そんな生活を送っていたとは知らず、近くにいながら何の力にもなれなかったことが口惜しいが、同時にナナセが髪を切ることができなかったことに少し安心している自分もいる。この黒髪は切ってしまうには惜しい。
調子に乗って地肌にまで指を通して撫でていると、不意にナナセが身動ぎする。
「……エリー?」
「悪い。起こしてしまったか」
「いや、やることなくて寝てただけだから。エリーがいるなら起きる」
起こしてくれというように伸ばしてきた両腕を取って引き起こした途端、私の背に腕を回して甘えるように胸のあたりにしがみついてきた。
想いが通じ合ってからというもの、ナナセは度々こういった不意打ちを仕掛けてくる。私としては大歓迎でしかない。
ただ抱き合っているだけで、服も着たままだというのになんと気持ちの良いことか。
甘い雰囲気のまま、私も鳥の巣の端に腰を下ろして二人で暫くそうしていた。
「この部屋は気に入らないか?」
頃合いをみて訊ねると、ナナセは私の胸に顔を押し付けたまま、ぼそぼそと答える。
「部屋もなんだが、普通に生活出来ないことがつらい……」
その言葉に少なからぬ衝撃を受ける。
なんということだ。
私としたことがナナセにつらい思いをさせていたというのに少しも気が付かなかったとは何たる失態。
「……そう、だったのか。つらい思いをしていたというのに気付けなくてすまない」
だがしかし、このヴェルスパ宮殿でも獣人領のアルブム城でも上げ膳据え膳の何不自由ない生活をしてきたはずだ。それの一体どこがつらいというのだろう。
結婚後の参考までに是非とも訊いておかなければならない。
「ナナセの望む普通とはどういう生活なんだ。教えて欲しい」
魔王討伐から戻った時の数倍の歓迎っぷりなので複雑な気分ではあるが、私とナナセの幸せを祝ってくれているのだと素直に受け止めて置こう。
一方、これまで王族の前ですら物怖じせず堂々と振舞っていたナナセも群衆となると苦手なようで、強がってはいるがこれには完全に委縮して怯えてしまっていた。
恐らく、獣人領の城内の広場で治癒を施した際に、熱狂的な信徒と化した群衆に飲まれかけた記憶が蘇るのだろう。
幸い大事には至らなかったものの、あのときは私も下手を打ってしまったことを不甲斐なく思う。
そこで急遽、ナナセの身の安全を考慮して暫くこのヴェルスパ王宮へ滞在するようにという女王陛下から申し出を受けることになったのだが、現在、ナナセは酷くご機嫌斜めだ。
どうもルートヴィヒ殿下が手配させたという宮殿内の部屋がお気に召さなかったらしい。
フリードリヒ陛下がアルブム城でナナセのために用意させた部屋に対抗してとのことだとは思うが、ナナセの様子を窺うに完全に逆効果だったようで、王族同士の争いを高みの見物する身としては胸のすく思いだ。
今も鳥の巣を模したカウチソファーで卵型のクッションに埋もれるようにして不貞寝している。
殿下に呼ばれて少し席を外していたから、一人で詰まらなかったのだろう。
鳥を主題にしているらしいこの部屋は、鳥籠型のベッドを始め、調度品や壁紙や天井に至るまで白とピンクと金で統一されていて、他の男が用意したことを抜きにすれば、ナナセにとてもよく似合っていた。
以前、ナナセは白が好きだと言っていたが、実際その象牙色の肌が最も良く映えるのは、白よりも淡いピンクだと私は密かに主張したい。
淡いピンク色のシーツの上で官能に乱れる肢体には劣情を禁じ得ず、昨夜は果てしなく求めてしまった。
流石に少ししつこかったかも知れないと反省したが、今夜も同じことをしないとは言い切れない。
フリードリヒ陛下がアルブム城に用意した夜空のような部屋も私などは流石のセンスだと唸ったものなのだが、当人は気に入らなかったようだし、ナナセの好みはなかなかに難しい。
私は健やかな寝息を立てて眠るナナセを起こさないよう細心の注意を払いながら、卵型のクッションの上に無造作に散る艶やかな黒髪をさらさらと指先で梳き、指通りのいい髪質を楽しんだ。
この世界へ来た頃は、耳に掛かるか掛からないか程度に短かった髪は、舞踏会の前に私の侍従のエミールが少し全体の毛先の長さを整えたが、それでも今はサイドや後ろ髪は肩よりも長い。
診療所にいた頃は、アルビオンへ帰る旅費を貯めるため倹約生活を送っていて、理容師に切って貰うほどの余裕がなく前髪だけは自分で切り、後は伸ばしっぱなしなのだと本人が言っていた。
私塾で授業を受けるときは髪を後ろで一つに結い、商家の子息の平服のような普通の格好をしていたものの、治癒術士の装束は顔を除いて肌も髪も覆い隠してしまうので、それで特に問題ないと思っていたようだ。
そんな生活を送っていたとは知らず、近くにいながら何の力にもなれなかったことが口惜しいが、同時にナナセが髪を切ることができなかったことに少し安心している自分もいる。この黒髪は切ってしまうには惜しい。
調子に乗って地肌にまで指を通して撫でていると、不意にナナセが身動ぎする。
「……エリー?」
「悪い。起こしてしまったか」
「いや、やることなくて寝てただけだから。エリーがいるなら起きる」
起こしてくれというように伸ばしてきた両腕を取って引き起こした途端、私の背に腕を回して甘えるように胸のあたりにしがみついてきた。
想いが通じ合ってからというもの、ナナセは度々こういった不意打ちを仕掛けてくる。私としては大歓迎でしかない。
ただ抱き合っているだけで、服も着たままだというのになんと気持ちの良いことか。
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なんということだ。
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異世界で聖者やってたら勇者に求婚されたんだが
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📖文庫版(紙の書籍)
📖Kindle(電子書籍)
📖BOOK☆WALKER(電子書籍)
次章続巻も順次刊行予定
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※この作品の出版権は作者本人に帰属しています。詳しくはこちらを参照してください。
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