異世界で聖者やってたら勇者に求婚されたんだが

マハラメリノ

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第一章 聖者降臨

〇三九 美しい花瓶①

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ここ数年で一番仲良くなった。
過去十年でトップクラスに仲良くなった。
ここ十年で最も仲良くなった。
エトセトラ、エトセトラ、エトセトラ。
バリエーションはボジョレー・ヌーボー先輩が考えてくれるから心配いらない。

エリアスと仲良くしていたらあっという間に夜会当日になっていた。
フリードリヒ陛下もルートヴィヒ殿下も単に夜会としか言わなかったから、俺も余り難しく考えていなかったんだが、実際は宮廷舞踏会と呼ばれるなかなかに大規模なものだった。
元々はお忍びでルートヴィヒ殿下が来るから気晴らしにでもってことで予定していたところ、急遽、勇者と聖者――つまり、エリアスと俺が滞在することになり、今全世界で話題騒然の二人が参加するとあって、俺たちのお披露目がメインになってしまったのだという。
フリードリヒ陛下の奴、俺たちを使って承認欲求を満たすつもりだな。
しかも当日まで黙っていやがって。
王族汚い。やり方が汚い。

そういうわけで、これだけ大規模な夜会は獣人領始まって以来だそうで、城中が慌ただしい。
夜会なんて俺は初めてだし、エリアスにくっついているしかないんだが、以前、聖者のメダイユを自慢し出したフリードリヒ陛下の対応に困って助けを求めた時、助けるどころか明後日の方向へ煽りやがったポンコツ勇者っぷりを見るに、こういった社交の場でエリアスがどれほど頼りになるか未知数なんだよな。

舞踏会って聞くと十九世紀以降のヴィーナー・オーパンバルみたいなのを想像すると思うが、夜会のダンスがああいうヒールから歩く競技ダンスのようなスタイルへ確立したのは二十世紀に入ってからだ。

この世界の貴族の女性の普段着は一九〇〇年代に入ってからの近代のアール・ヌーヴォーやアール・デコっぽいんだが、礼装は一七〇〇年代後期から一八〇〇年代前期のエンパイア・スタイルの異世界版て感じで、まだドレスの裾が床から離れず、後ろの裾をやや引き摺っている。近代のボールルームダンスを踊るのは難しいだろう。

更に男性の礼装はというと、一気に遡って大体一三〇〇年代から一五〇〇年代の中世後期くらいという時代考証の乱れっぷりなので、その格好では最低限の接触で集団で踊るタイプのものしか無理だろうと思っていたから心配はしていなかったが、やはり爪先だけで踊るスタイルのガリアード、パヴァーヌ、アルマンドといったラウンドダンスが主流だとエリアスが言っていた。
相手も固定ではなくて、次々に変わるからお誘いなんかもほとんど意味がない。
大抵は盛り上げ役の侍従や宮廷道化師クラウン宮廷吟遊詩人ミンネゼンガーがいて、面白おかしく踊り方を解説してくれるから、男女に分かれて二列になったり輪になったりして、音楽に合わせて爪先でぴょんぴょん跳ねていればいい。俺でもぶっつけ本番で余裕だ。
そういうことなら、ちょっと踊ってみたいよな。
俺も社交界デビューだぜ。

「踊るの楽しみだな!」

夜会の支度をしながら俺がそう言うと、エリアスは意外だったらしく少し驚いていた。
運動神経が良さそうなエリアスがダンスが苦手なはずはない。
俺が不思議そうに見詰めていると渋々と言った感じで口を割った。

「社交界というものが余り好きではないんだ。良い思い出がなくて」

何事かを拗らせている気配を察知した。
これは何としても俺が楽しませてやるしかないな。
俺との楽しい思い出で上書きしてやるんだ。

「そっか。じゃあ今夜は俺と一緒に楽しもうぜ」

夜会は夜八時頃に始まり朝四時頃に終わる。
途中で帰っても良いが、こうなったら一緒に食べたり飲んだり踊ったりしてエリアスを目いっぱい甘やかして楽しませてやる。
俺は人生を楽しむことに掛けてはプロだからな。
そういう意味を込めて俺はエリアスの胸に拳を押し当てた。

「……ああ、そうだな。ナナセと一緒なら楽しいに違いない」

夜会用にとフリードリヒ陛下とルートヴィヒ殿下が誂えてくれた衣装は、以前の朝食会のときに着たロロコ調のジュストコールとはまだ一風違う絢爛さを思わせるものだった。
朝食会用のものとの大きな違いは、夜会用なので装飾がより華美なのと、ボトムがキュロットではなく細身のパンツにニーハイブーツを合わせるロシアのロマノフ王朝時代思わせる誂えになっているところだろう。
ヒールは若干あるが、以前の靴より断然歩き易いので助かる。
それに今回は全体を白で纏めてあるし、このボトムの構成は、いつかの祝勝祭の式典のときの白騎士隊の礼服と同じなので多分合わせてくれたんだと思う。

エリアスが従僕のエミールに髪を色気駄々洩れのオールバックにして貰っていたのを見て「俺も俺も!」と言ったら前髪をチャラいポンパドールにされて生花をあしらわれた。
似合っちゃったので悪くはないんだが、なんか悔しい。
それにしても今日の俺はジャポネズリの陶磁器になりきるつもりでいたが、花器だったか。
花器といっても一応断っておくが、俺は美しい花瓶になるつもりは微塵もないからな。
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異世界で聖者やってたら勇者に求婚されたんだが
第一章 聖者降臨


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次章続巻も順次刊行予定
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