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第一章 聖者降臨
〇三二 そういうとこな!
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俺の部屋とエリアスの部屋を交換する計画は、結果から言うと失敗に終わった。
理由はエリアスがすでに自分の部屋を返上してしまっていたからだ。
「ナナセと同室でいいと断った。婚約者なのだから当然だろう」
「それな、婚約者なんて言っちゃってどうするんだよ……」
「今から全力で口説き落として事実にしてしまおうと思っている」
「くどっ……エリー仕事あるんじゃないのかよ」
「呼び戻されるまでは好きにさせて貰うつもりでいる。それに私が聖者ナナセを口説き落としてこの世界に留めておくのはヴェイラにとっても都合がいい。女王陛下からも救出に成功したら婚約者と暫くゆっくりするようにとのお達しも受けている」
「それ、俺の最初の勘違いからきてた憶測が現実になってないか?」
公式逆輸入地雷です!
俺、最初はエリアスが女王陛下の命令で俺に求婚したんだと思ってたもんな。
でもな、その頃は同性なんてないわーと思ってたけど、今はもうそんな固定観念は吹き飛んでいる。
考えてみると、俺は誰かにこんなに好意を寄せられること自体初めてなんだ。
なんか胸の辺りがほわほわして擽ったいけど幸せな気分になる。
正直まだ戸惑いはあるが、それでもエリアスからの好意は素直に嬉しい。
「実は俺な、ずっとエリーと友達になりたいと思ってたんだ。でもエリーのことよく知らないから何話していいかも分からないしさ。そしたら友達すっ飛ばしていきなり求婚だろ?」
「それは逃げられても仕方がなかったな……」
エリアスは嘆くように片手で顔を覆って横を向いた。
「いや、あれは俺が悪かったって……でも、だからこそ今こうしてエリーが俺と普通に仲良くしてくれんのはすんげー嬉しい」
失言に慌ててフォローを入れるとエリアスはパッと顔を上げてこっちを向く。
「私もだ。欲を言えばナナセともっと仲良くなりたい」
「それホント? 実は俺ともっと仲良くなれる方法があるんだけど、知りたいか?」
「それは是非知りたいな。教えてくれ」
エリアスは興味を引かれたようで身を乗り出してきた。
反応が良すぎて今度は俺のほうが恥ずかしくなる。
「あー、でもやっぱこんなこと言うの恥ずかしいし無理だったらいいんだけど……」
「決して笑わないから言ってみてくれ」
更に身を乗り出してきたエリアスに指の背で頬をすりすりと撫でられて首を竦めながら俺は控えめに言ってみた。
「えっとな、その、エリーの聖剣……見せて欲しいな、なんて……出来れば持つだけでもいいから触らせてくれないかな、とか……思ったりだな」
「聖剣」
エリアスは俺を見据えたまま固まってしまった。
心なしか顔が赤いし、眉間に皺が寄っている。
もしかして怒らせたか?
聖剣を触らせてくれるなら靴を舐めることも辞さない所存だったのだが、ちょっと仲良くなれたからって突然これは流石に図々しかっただろうか。
もしかして距離ナシで退かれてる?
俺は焦ってしどろもどろになりながらもエリアスの許容範囲な着地点を探した。
「あっ、あのっ、もし駄目だったら全然いいから! 大事なものだし、本来、勇者しか触れないものなんだろ? 無理だったら聖剣に選ばれたときの話を聞かせてくれるだけでも嬉しいし、エリーはきっともう色んな人に百万回くらい聞かれててうんざりしてるかも知れないけど……」
俺が喋ってる途中でエリアスはまたもや片手で顔を覆うと、すぐ側に立て掛けて置いていた聖剣を鞘ごと俺の方へ突き出してきた。
拍子抜けするほどあっさり。
「……好きに見てくれて構わない」
「いいのかよ!? ありがと、エリー!」
エリアスが耳まで赤くなっていることに気付いてはいたが、念願の聖剣を有難く両手で受け取った俺にとってそんな些末事はどうでもよかった。
エリアスの聖剣は所謂両手剣に分類されるタイプのもので、柄まで入れると一五〇センチほどもあるが両手剣としては短い部類かも知れない。
十六世紀に神聖ローマ帝国で無類の強さを誇った派手で奇抜な衣装の傭兵団ランツクネヒトが使用していたことで有名なアレである。
最大の特徴は、剣身の根元にリカッソと呼ばれる刃を入れていない部分があり、そこを持って力圧しで振り抜くことも出来るので破壊力が非常に高い。
白兵戦では不利になることがなく合戦で敵陣営の前衛が突き出す槍襖なんかも突破出来てしまうのだ。
こういう説明を聞くと力任せに圧し切るだけの武骨な剣という印象を持つかも知れないが、ところがどっこいこの剣は性能を有効活用しようとすると得物の長さによる遠心力を利用した流れるような無駄のない動きになるため、必然的に剣の型も殺陣師でもついてんのかよってくらい理に適った流麗なものとなる。
剣身は長さも厚みもある割に幅は五センチほどで、通常リカッソは鞘に入らない部分なので、実戦用のものでも式典用と区別がつかないほどデザイン性も高くスリムで優美な剣が多い。
エリアスの聖剣も例に漏れず、柄や鞘に螺鈿や輝石が散りばめられ、びっしりと華麗で細かな花の模様の装飾が入っていてそれはもう綺麗だった。
こういうゴリッゴリのパワータイプの性能の剣に対する表現として正しいのか分からないが、この外観は繊細って言っても過言ではないと俺は思う。
これだけ長い得物だと普通は背中に背負うんだが、エリアスはこれを常に腰に差して持ち歩いているから滅茶苦茶格好良いのだ。
男子なら誰でもこういうの弱いだろ。
「うわ、重っ! スッゲー! カッケー! エリーこんなん振り回せんの? スッゲー!」
振り返ると、さっきまで片手で顔を覆っていたエリアスが今度は口元に拳を当てて肩を震わせていたが、興奮していた俺はそんなこと気にしてはいられない。
何しろ本物の勇者が持ってる本物の聖剣なんだからな!
「なあエリー、抜いてみてもいい?」
「抜けるものならな」
ふっと挑発的に笑われて、引き抜こうとしたがビクともしない。
ムキになった俺は縦にしたり横にしたりして暫く格闘していたが、全て徒労に終わった。
「ちょ、マ!? エリーにしか抜けねーのこれ?」
「貸してみろ」
そろそろ腹筋が限界だったらしいエリアスが俺の手の上から柄を掴んで軽く引くと、白い刃が音もなく滑らかに姿を現す。
刹那、周囲の空気が冴えるような気配に、ひゅっと息を呑む。
――綺麗だ。
すっきりとした諸刃の直剣だった。
よかった。もしこの聖剣の刃が波線状になってて死よりも苦痛を与えることを目的としたドS剣フランベルクだったら、ちょっとエリアスとの付き合い方を考えようと思ってたんだ。
そのまま鞘から抜き切ろうとしたが腕の長さが足りず、結局最後までエリアスに抜いて貰うと、剣身に見たこともない文字が仄白く光って浮き上がっているのが目に留まる。
――読めない。
それでも何て書いてあるんだろうと目を凝らして見ていると、不意に頬に手が添えられて強引にエリアスの方を向かされた。
「大丈夫か、ナナセ? こういう力の強い剣は余り見ていると魅入られる」
「え、こわ。そういうことは先に言えって」
「すまない。他人に触らせたのは初めてで思い至らなかった」
「そっか。俺、真剣持つの初めてなんだよ」
「剣を習ったりしなかったのか」
「子供の頃にちょっとだけ。でも合わなくてすぐ辞めた」
俺は立ち上がって聖剣を両手で持つと、中二病男子ならみんな大好き一刀流の上段霞の真似事をしてみたが、重さで切っ先がふらふらして止めが定まらない。
これは難しいな。
「ナナセ、無闇に振り回すと危ないから……」
重さに慣れるためぶんぶんと素振りをしていると、エリアスが胃に穴を開けそうな顔で物凄く不安そうに見ていたが、手を出そうか出すまいか迷っている様子だったので、俺はまだ平気だと判断する。
「もうちょっとだけいいだろ?」
もしも怪我をしても俺の治癒能力の出鱈目っぷりはエリアスも知るところだ。
俺は剣を上段霞から少し下げ、水平に持って目の高さに寄せる。
切っ先がふらついてしまうなら押さえればいい。
ここは一度はやっとかないと気が済まない、新選組の斎藤一の左片手一本突きの出番だろう。
俺が右手を刃に添えようとした刹那、見守っていたエリアスに横からリカッソを掴まれ止められてしまった。
「そこまでだ」
ちょ、まだ何もしてないのに!?
文句を言おうとエリアスを振り仰いだ俺の視界の端を黒いものが幾つかはらはらと落ちて行くのに気付いた。
見ればそれは俺の髪の毛で、どうやら振り被ったときに幾本か切ってしまっていたらしいが、触れただけで切れるって……。
「……!?」
もしかしてこの剣、物凄く切れ味がいいのか?
前に日本刀の刃の上にティッシュを落として、刃に触れた瞬間ティッシュがはらりと切れる動画を観たことあるけど、日本刀並み!?
こういう力で圧し切るタイプの剣は切れ味はそれほどでもないと勝手に思い込んでいたが、あのまま手で刃に触れていたら間違いなく切れていただろう。
俺、また助けて貰ったのか……。
「あ、ありがとう……」
「いや、ナナセに怪我がなくて何よりだ」
俺が柄から手を離すと、エリアスは華麗な所作で聖剣を鞘に納めた。
なんだか脱力してソファーにストンと腰を下ろすと、エリアスが前に立ち、俺の髪をしきりに撫でてくる。
さっき切れたところを気にしているらしい。
ほんの数本だし数センチなのに。
「本当は髪の毛一筋ほども傷付けたくなかったのだが……」
「……聖剣、見せてくれてありがとう」
その悔しそうな声音に、ごめんて言葉は飲み込んだ。
エリアスは俺に謝られるのは苦手だけど、お礼を言われるのは思いの外喜ぶことをこの数時間で俺は学んでいた。
だからきっと今は「ありがとう」が正解だ。
その読みは正しかったようで案の定、エリアスがほっと息を吐く気配がした。
「喜んで貰えたようで良かった」
ちょっと見せる顔がなかったので、目の前にあったエリアスの腹に頭を預け、深呼吸する。
女は首や手首に香水をつけるが、男は腹につけるから腹が一番良い匂いするんだ。
エリアスの良い匂い嗅いで少し落ち着こう俺。
「うん。充分堪能したよ。そういえばその聖剣、何ていう名前なんだ?」
「さあ、聞いたことがない。過去にはあったかも知れないが今は失われているのだろう。だが、そうか名前か、考えたこともなかったな」
剣身に書いてあったのが名前だと思ったんだが違ったか。
それともエリアスにも読めない文字なのかな。
「よければナナセが付けてくれないか?」
「――おい、俺にそんなこと頼むと後悔することになるぞ」
ガチな剣と魔法のこの世界ではイマイチ発揮できていないが、なにしろ重度の中二病患者だからな。
「ナナセに与えられるものなら後悔だって喜んで受け入れる。だから考えておいてくれ」
エリアスお前そういうとこな!
ほんっと、そういうとこだからな!?
俺は黙って目の前の硬い腹筋にぐりぐりと頭を押し付けると、エリアスが密やかに笑う気配がした。
「本当だ。ナナセともっと仲良くなれたようだ。ナナセの言う通りだったな」
ああ言ったな。
さっき俺が聖剣を触らせて貰うために言ったなそんなこと言ったよ言った。
だからそういうとこな!?
理由はエリアスがすでに自分の部屋を返上してしまっていたからだ。
「ナナセと同室でいいと断った。婚約者なのだから当然だろう」
「それな、婚約者なんて言っちゃってどうするんだよ……」
「今から全力で口説き落として事実にしてしまおうと思っている」
「くどっ……エリー仕事あるんじゃないのかよ」
「呼び戻されるまでは好きにさせて貰うつもりでいる。それに私が聖者ナナセを口説き落としてこの世界に留めておくのはヴェイラにとっても都合がいい。女王陛下からも救出に成功したら婚約者と暫くゆっくりするようにとのお達しも受けている」
「それ、俺の最初の勘違いからきてた憶測が現実になってないか?」
公式逆輸入地雷です!
俺、最初はエリアスが女王陛下の命令で俺に求婚したんだと思ってたもんな。
でもな、その頃は同性なんてないわーと思ってたけど、今はもうそんな固定観念は吹き飛んでいる。
考えてみると、俺は誰かにこんなに好意を寄せられること自体初めてなんだ。
なんか胸の辺りがほわほわして擽ったいけど幸せな気分になる。
正直まだ戸惑いはあるが、それでもエリアスからの好意は素直に嬉しい。
「実は俺な、ずっとエリーと友達になりたいと思ってたんだ。でもエリーのことよく知らないから何話していいかも分からないしさ。そしたら友達すっ飛ばしていきなり求婚だろ?」
「それは逃げられても仕方がなかったな……」
エリアスは嘆くように片手で顔を覆って横を向いた。
「いや、あれは俺が悪かったって……でも、だからこそ今こうしてエリーが俺と普通に仲良くしてくれんのはすんげー嬉しい」
失言に慌ててフォローを入れるとエリアスはパッと顔を上げてこっちを向く。
「私もだ。欲を言えばナナセともっと仲良くなりたい」
「それホント? 実は俺ともっと仲良くなれる方法があるんだけど、知りたいか?」
「それは是非知りたいな。教えてくれ」
エリアスは興味を引かれたようで身を乗り出してきた。
反応が良すぎて今度は俺のほうが恥ずかしくなる。
「あー、でもやっぱこんなこと言うの恥ずかしいし無理だったらいいんだけど……」
「決して笑わないから言ってみてくれ」
更に身を乗り出してきたエリアスに指の背で頬をすりすりと撫でられて首を竦めながら俺は控えめに言ってみた。
「えっとな、その、エリーの聖剣……見せて欲しいな、なんて……出来れば持つだけでもいいから触らせてくれないかな、とか……思ったりだな」
「聖剣」
エリアスは俺を見据えたまま固まってしまった。
心なしか顔が赤いし、眉間に皺が寄っている。
もしかして怒らせたか?
聖剣を触らせてくれるなら靴を舐めることも辞さない所存だったのだが、ちょっと仲良くなれたからって突然これは流石に図々しかっただろうか。
もしかして距離ナシで退かれてる?
俺は焦ってしどろもどろになりながらもエリアスの許容範囲な着地点を探した。
「あっ、あのっ、もし駄目だったら全然いいから! 大事なものだし、本来、勇者しか触れないものなんだろ? 無理だったら聖剣に選ばれたときの話を聞かせてくれるだけでも嬉しいし、エリーはきっともう色んな人に百万回くらい聞かれててうんざりしてるかも知れないけど……」
俺が喋ってる途中でエリアスはまたもや片手で顔を覆うと、すぐ側に立て掛けて置いていた聖剣を鞘ごと俺の方へ突き出してきた。
拍子抜けするほどあっさり。
「……好きに見てくれて構わない」
「いいのかよ!? ありがと、エリー!」
エリアスが耳まで赤くなっていることに気付いてはいたが、念願の聖剣を有難く両手で受け取った俺にとってそんな些末事はどうでもよかった。
エリアスの聖剣は所謂両手剣に分類されるタイプのもので、柄まで入れると一五〇センチほどもあるが両手剣としては短い部類かも知れない。
十六世紀に神聖ローマ帝国で無類の強さを誇った派手で奇抜な衣装の傭兵団ランツクネヒトが使用していたことで有名なアレである。
最大の特徴は、剣身の根元にリカッソと呼ばれる刃を入れていない部分があり、そこを持って力圧しで振り抜くことも出来るので破壊力が非常に高い。
白兵戦では不利になることがなく合戦で敵陣営の前衛が突き出す槍襖なんかも突破出来てしまうのだ。
こういう説明を聞くと力任せに圧し切るだけの武骨な剣という印象を持つかも知れないが、ところがどっこいこの剣は性能を有効活用しようとすると得物の長さによる遠心力を利用した流れるような無駄のない動きになるため、必然的に剣の型も殺陣師でもついてんのかよってくらい理に適った流麗なものとなる。
剣身は長さも厚みもある割に幅は五センチほどで、通常リカッソは鞘に入らない部分なので、実戦用のものでも式典用と区別がつかないほどデザイン性も高くスリムで優美な剣が多い。
エリアスの聖剣も例に漏れず、柄や鞘に螺鈿や輝石が散りばめられ、びっしりと華麗で細かな花の模様の装飾が入っていてそれはもう綺麗だった。
こういうゴリッゴリのパワータイプの性能の剣に対する表現として正しいのか分からないが、この外観は繊細って言っても過言ではないと俺は思う。
これだけ長い得物だと普通は背中に背負うんだが、エリアスはこれを常に腰に差して持ち歩いているから滅茶苦茶格好良いのだ。
男子なら誰でもこういうの弱いだろ。
「うわ、重っ! スッゲー! カッケー! エリーこんなん振り回せんの? スッゲー!」
振り返ると、さっきまで片手で顔を覆っていたエリアスが今度は口元に拳を当てて肩を震わせていたが、興奮していた俺はそんなこと気にしてはいられない。
何しろ本物の勇者が持ってる本物の聖剣なんだからな!
「なあエリー、抜いてみてもいい?」
「抜けるものならな」
ふっと挑発的に笑われて、引き抜こうとしたがビクともしない。
ムキになった俺は縦にしたり横にしたりして暫く格闘していたが、全て徒労に終わった。
「ちょ、マ!? エリーにしか抜けねーのこれ?」
「貸してみろ」
そろそろ腹筋が限界だったらしいエリアスが俺の手の上から柄を掴んで軽く引くと、白い刃が音もなく滑らかに姿を現す。
刹那、周囲の空気が冴えるような気配に、ひゅっと息を呑む。
――綺麗だ。
すっきりとした諸刃の直剣だった。
よかった。もしこの聖剣の刃が波線状になってて死よりも苦痛を与えることを目的としたドS剣フランベルクだったら、ちょっとエリアスとの付き合い方を考えようと思ってたんだ。
そのまま鞘から抜き切ろうとしたが腕の長さが足りず、結局最後までエリアスに抜いて貰うと、剣身に見たこともない文字が仄白く光って浮き上がっているのが目に留まる。
――読めない。
それでも何て書いてあるんだろうと目を凝らして見ていると、不意に頬に手が添えられて強引にエリアスの方を向かされた。
「大丈夫か、ナナセ? こういう力の強い剣は余り見ていると魅入られる」
「え、こわ。そういうことは先に言えって」
「すまない。他人に触らせたのは初めてで思い至らなかった」
「そっか。俺、真剣持つの初めてなんだよ」
「剣を習ったりしなかったのか」
「子供の頃にちょっとだけ。でも合わなくてすぐ辞めた」
俺は立ち上がって聖剣を両手で持つと、中二病男子ならみんな大好き一刀流の上段霞の真似事をしてみたが、重さで切っ先がふらふらして止めが定まらない。
これは難しいな。
「ナナセ、無闇に振り回すと危ないから……」
重さに慣れるためぶんぶんと素振りをしていると、エリアスが胃に穴を開けそうな顔で物凄く不安そうに見ていたが、手を出そうか出すまいか迷っている様子だったので、俺はまだ平気だと判断する。
「もうちょっとだけいいだろ?」
もしも怪我をしても俺の治癒能力の出鱈目っぷりはエリアスも知るところだ。
俺は剣を上段霞から少し下げ、水平に持って目の高さに寄せる。
切っ先がふらついてしまうなら押さえればいい。
ここは一度はやっとかないと気が済まない、新選組の斎藤一の左片手一本突きの出番だろう。
俺が右手を刃に添えようとした刹那、見守っていたエリアスに横からリカッソを掴まれ止められてしまった。
「そこまでだ」
ちょ、まだ何もしてないのに!?
文句を言おうとエリアスを振り仰いだ俺の視界の端を黒いものが幾つかはらはらと落ちて行くのに気付いた。
見ればそれは俺の髪の毛で、どうやら振り被ったときに幾本か切ってしまっていたらしいが、触れただけで切れるって……。
「……!?」
もしかしてこの剣、物凄く切れ味がいいのか?
前に日本刀の刃の上にティッシュを落として、刃に触れた瞬間ティッシュがはらりと切れる動画を観たことあるけど、日本刀並み!?
こういう力で圧し切るタイプの剣は切れ味はそれほどでもないと勝手に思い込んでいたが、あのまま手で刃に触れていたら間違いなく切れていただろう。
俺、また助けて貰ったのか……。
「あ、ありがとう……」
「いや、ナナセに怪我がなくて何よりだ」
俺が柄から手を離すと、エリアスは華麗な所作で聖剣を鞘に納めた。
なんだか脱力してソファーにストンと腰を下ろすと、エリアスが前に立ち、俺の髪をしきりに撫でてくる。
さっき切れたところを気にしているらしい。
ほんの数本だし数センチなのに。
「本当は髪の毛一筋ほども傷付けたくなかったのだが……」
「……聖剣、見せてくれてありがとう」
その悔しそうな声音に、ごめんて言葉は飲み込んだ。
エリアスは俺に謝られるのは苦手だけど、お礼を言われるのは思いの外喜ぶことをこの数時間で俺は学んでいた。
だからきっと今は「ありがとう」が正解だ。
その読みは正しかったようで案の定、エリアスがほっと息を吐く気配がした。
「喜んで貰えたようで良かった」
ちょっと見せる顔がなかったので、目の前にあったエリアスの腹に頭を預け、深呼吸する。
女は首や手首に香水をつけるが、男は腹につけるから腹が一番良い匂いするんだ。
エリアスの良い匂い嗅いで少し落ち着こう俺。
「うん。充分堪能したよ。そういえばその聖剣、何ていう名前なんだ?」
「さあ、聞いたことがない。過去にはあったかも知れないが今は失われているのだろう。だが、そうか名前か、考えたこともなかったな」
剣身に書いてあったのが名前だと思ったんだが違ったか。
それともエリアスにも読めない文字なのかな。
「よければナナセが付けてくれないか?」
「――おい、俺にそんなこと頼むと後悔することになるぞ」
ガチな剣と魔法のこの世界ではイマイチ発揮できていないが、なにしろ重度の中二病患者だからな。
「ナナセに与えられるものなら後悔だって喜んで受け入れる。だから考えておいてくれ」
エリアスお前そういうとこな!
ほんっと、そういうとこだからな!?
俺は黙って目の前の硬い腹筋にぐりぐりと頭を押し付けると、エリアスが密やかに笑う気配がした。
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だからそういうとこな!?
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異世界で聖者やってたら勇者に求婚されたんだが
第一章 聖者降臨
📖文庫版(紙の書籍)
📖Kindle(電子書籍)
📖BOOK☆WALKER(電子書籍)
次章続巻も順次刊行予定
OLOLON
※この作品の出版権は作者本人に帰属しています。詳しくはこちらを参照してください。
第一章 聖者降臨
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